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銅の色をした犬


 犬が人間の言葉を発することは通常ありえない。ましてや犬は通常魔導を使用しない、犬は魔導を使えないゆえに安全なので、ペットであることを許されている生物であるからだ————逆に猫は魔導を用いて主人を助けるから、ペットであることを許されている。


 なのにその犬が魔導で文字を描いて見せるとは。


「……合言葉は何だ」


 アルゴは警戒を解かない。橋の上、霧の中。魔導を扱えるのなら、自然現象も扱えるかもしれない————この状況を作ったのは、この犬か、それを使役するものかもしれない。

警戒をするに越したことはない。

 彼はエルに下がっていろと肩で示して、マギア・リボルバーを向け続ける。


 合言葉なんてものは最初からなかった。会えばわかるだろうとだけ書かれていたし、エルを連れてくるようにと追加の指示があった。だから彼女に絡めた何かを言わなければ、敵だと見て射殺するつもりだった。


「あいことば。そんなものないだろう」


 犬はそれを見透かした。


「シュテリニじょうはうしろのこだろう?おひさしぶりです」


 そして彼は銃を気にせず彼女の元へ行き、まるでお辞儀をするかのようにひれ伏してから座り込む。知っているのかと問うてみたが、彼女は知らないと答えた。当然でしょうと犬は文字にした。そしてそれは、口を開ける。


「私の声ならお判りでしょう、お嬢様」

「ユトス…………?!」


 エルはそれに聞き覚えがあるようだった。


「どうして……どうしてあなたがそんな姿に……?だってあなたは……ずっと人間で……わたしの執事で…………!」

「ちょっとまて、それはどういうことだ……こいつが……人間……?」


 アルゴはそれが本当だったなら、上はそこまで倫理を無くしたのかと恐れる。諜報員を人間から犬に改造してまでスパイ合戦をしているというのか?この小さな平和のためだけに?

しかし一応味方であると見て、彼はシリンダーを横に向け、カチンとハンマーを落とす。ハーフコックでスイングを戻し、デコックして胸に入れる。それを見て犬————ユトスと呼ばれたその犬は、礼のように尻尾を振った。


「その通り、私は人間です。いや、元人間というのが正しい……オリジナルのユトスは既に死んでいましてね。おおよそ5年前、お嬢様からお暇を貰ってすぐ」


 そしてついて来いと言わんばかりに歩き出し、少し前で振り返る。

 二人は信じるべきだとついていく。だがこの霧と朝を超えたら、どうやって意思を疎通するつもりだろう。こちらは通じるが、あちらからは何を。


「そう、私はいわば生まれ変わり……というには少し雑に生まれましたがね。なんせ私の体の機材はほとんどが、彼の使っていた魔導機器の流用でした————それがどうしてか適合して、今の私になった。不思議なことに実は私は、アイデンティティというものは完全にこの犬なのですよ」


 ユトスはいくらか進んだところで止まる。車が一台あって、異常に高くされたシートと延長されたペダル類、そして助手席を丸ごと埋める変装魔導機によって、それは彼の車なのだとわかった。身体を入れて、表面を魔導でごまかすことで他人に化けるための道具だが、彼のそれはきっと、腕は結晶筋肉が入っているはず。


 彼はそれを誰の手を借りることなく身に纏って、身長の低い男に成りすます。引きずるような襟高のコートと目深にかぶったフェドーラで、細かい継ぎ目もほとんど見えない。


「これが私の仕事道具。昔に使っていた物ですがね……お乗りください」


 そして右に左にドアを開けて、二人を招くと彼は運転席に。マギヒーターを入れてバッテリーを暖めると、彼は車を走らせた。

 ガス車と比べてモーターの音は静かで、それに気づくものは誰もいないだろう。


「行き先は私の————いえ、オリジナルのセーフハウスです」


きっとユトスはそれらをそこから持ち出したのだろう。そしてこんなものを隠せるのだから、ひとまずは安全なのだろう。アルゴはエルにあまり心配をしなくていいだろうと呟いた。


「もちろん、お嬢様にそんなことはさせませんよ」


 彼は偶然か必然か、どちらなのかを探すようにハンドルを切った。


————


 いくらか中央から離れて住宅街と畑の混ざり始める距離に、彼のセーフハウスはあった。馬車で30分の直線距離で、彼が扉を開けて二人を中へ案内すると、あまり掃除はされていないのか埃っぽかった。

 家の外見は古い石材質のロマネスとゴシックの混ぜ合わせ、けれど内装はイースタニンを主にしたシンプルなものだった。実用一点主義と言い換えてもいい、研ぎ澄まされた最低限の飾り戸棚、引き出し、部材を面取りだけしたような机。


 そこから二人が招かれた部屋は、一転してシューノワズを採用した、貝殻とツタの曲線で装飾されたかのような部屋であった。


「グレイですか?ミスパール?それとも……ラピリス?」

「紅茶は好かんが、グレイだけは別でね。グレイを薄く頼む、ミルクはいい」

「承りました……お嬢様はミスパールでしたね」


 彼は給仕をしに奥に入った。客人に紅茶を出すときは茶葉を聞くのがマナー、聞かんで出せるのは知己か既に出した後だ————確かにエルの執事をしていたのだと、アルゴは推察した。ラピリスもミスパールに至らないものの、スモーキーな味のする紅茶、好き嫌いがわかれるのだ。

 彼の好きなグレイも、フレーバーに合う合わないがあるのだが。


「あれをよく飲めるものだ————あんな代用コーヒーみたいなものを」

「カフェ、と言って出される店を案内しましょうか?そちらなら苦みもありません、すっきり飲めるはずです」

「ブラックで飲めるのがうまいコーヒーとは思うがな、結局はフレーバーを楽しむもの。そして俺は焙煎が嫌いなんだ」

「なら残念です。イースタンの茶は少しいぶしますから」


 遠くからカチャリと、ソーサーをのける音が聞こえた。それからいくらかビスケットとチーズをのせた皿を共に盆にのせて、ユトスは部屋に戻ってきた。あまり細かい動きのできない変装魔導機でよくできるものだと感心しながら、アルゴは鼻に空気を流し込む。

 柑橘を口に含み飲み下すと、落ち着いただろうとユトスが話し始めた。


「この体になってからは、好きだった何を飲むことも、叶わなくてね……」


 たしか犬は紅茶を飲むと嘔吐する、早くて一時間で病院送り。

 魔導生物に近いだろう彼に通常の犬を押し付けていいのかもわからないが、しかし味覚も大きく変化したはずだ、同一性の危機があるのかもしれない。


「湯の具合、蒸らしの具合もずれているかもしれない。どうです?お嬢様のは」


 思い出があるのか、それとも本当に違うのか。アルゴには良く淹れたと感じられるが、エルにとっては違っていたようだった。


「少し、渋いわ」

「そう、ですか…………温度を等閑にしてしまいましたか……」


 仕方ないことだわと、エルは何を問うこともなかった。


「けれど、今はそれより」


 彼女は落ち着いた様子で、ほかにするべきことがあるでしょうと言った。ユトスはそれを理解していたから、ボディを脱いで犬になり、それを傅くようにまとめる。


「わかっております。私がどうして国へ戻ろうと願い出たか、でしたね」


 そしてブロンドの毛を向かい合った椅子の上に綺麗に置いて、彼は続けた。


「先の通り、私は魔導器具の流用のせいでしょうか、こうして意思を得ました。けれど戻ろうとは思ってはおりませんでした————しかし戻らざるを得なくなったのは、たった一つの情報が理由でした。ええ、すべて表しますとも」


 魔導を用いて空にスクリーンを固定し、目から光を放って描写する。

 白の上に光っていたのは、一丁の拳銃と一つのボビン、そして一人の人間と、アヴィセルンの二代前の大統領。その組み合わせはほとんど知られていないが、アルゴには覚えがある。


「先の戦争がアヴィセルンの大統領パレード襲撃から始まったのは、まだ記憶に新しいでしょう。ほんの3年で国々を破壊しつくした戦争。けれどその原因となった襲撃者が誰かというのは、いまだにわかっていない」

「テロリスト、人民主義者、連合主義者、三立国の干渉。ありとあらゆる原因が考えられた————しかし証拠は写真に撮られた拳銃だけ。ローゼンタールの二連発『チルドマン』だけだった」

「ええ。誰がやったのか、わからないはずでした」


 当然、目の前にあるのは『チルドマン』である。わずか1200丁しか売れなかった、不良在庫まみれの拳銃である。再販の品は番号が付けられているのだが、しかしこれにはフレームにあるべきそれがない。そして言いぶりからして、ボビンに巻かれているのは何か、容易に至れる。


「ここまで言えば、お判りでしょう?」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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何をどう入れてくれても構いません。


ブックマークも頂けると嬉しいです。


繰り返し、読んでいただきありがとうございました。

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