もう一つタイプしたもの
列車を降りて、二人はウルミドの自宅へと帰った。なんだかんだあれからある程度、二人は教師と教え子という関係をしていたので、本当に暇で平穏な時間を過ごすことができた。
それについてエルへ礼を言うと、彼女は同じことをしただけですよと答える。
「あれほど俺は悪辣だったかね」
アルゴはその嫌みをどこで習ったのかねと、オブリテイン流に問う。
「悪辣さは私が決めることではありません。誰が何を感じたかだけです」
その流儀での返事はおそらく、自分のことを見られんのかボケということだった。そのくらい出来ているからわざと聞いているのだと、アルゴは答えたかった。
「そうかい。お気持ちは受け取っておくよ」
けれどひとかけらだけ残っている大人らしさが、彼をなんとか先輩の姿にとどめているのであった。これは何か前もやったような気がするが、その時と同じだけの威厳を確保することはできているだろうか。心配である。
眠っているだろうジェントリーバアさんを起こさないようにして、アルゴはついに用意してもらえた新しい自室の扉を開けた。本来の彼の部屋と同じ調度品がそろっているのは、わざわざ落ち着いたいつものを繰り返したかったからである————しかしその中に一つ、彼が見たことのない荷物がある。
所謂小包の形状をしているのだが、その表面に一枚貼られている紙は送り先が上であることを示していた。そういう荷物は部屋に安置して鍵を閉めるというのがバアさんが守っているルールであるから、明らかに彼に面倒が降りかかってくるという前触れであった。
ついに来てしまったかと、アルゴは魔導タイプライターを机の上に置いた。
魔導式のいいところは、スペースをあまり食わないから裏のシステムを使いやすいというところだ。本人の魔力を使うようにも、マナ・リキッドを使うようにもできる。そして今日は自分で賄えるマナ・リキッドをわざと挿入して使っていた。それがどういうことかは。
荷ほどきして丁寧に包まれた木の箱が出てくると、彼はそれを一瞬でひっくり返して節に偽装されたスイッチを押し込み、魔力を流し込んでエレメントを濾す。
表面偽装だ。ある程度の強度を持って組まれている。
魔導糸は…………A-10から、B-3。ブーメランとサンダーボルト、そしてスノウ・シャドウ。暗号強度は3か4か。ボンベもうまく回っている、ミステリオの解析は、やはりうまく行っていたようだ。
バシュンと節が飛び出て、後ろからコードと接続するためのプラグが伸びる。わずかに天面が上にスライドして、中からそのコードと繋がった、ローラーのついた機械が出てくる。そして同時に箱は魔導で折りたたまれて、金属のスタンドとなって機能を消滅するのだった。
アルゴはタイプライターをひっくり返して、メンテナンスハッチとはちがう裏の蓋を開いた。そこには本来あるはずのない紙の束が存在していて、それは昼の間に彼によって打ちこまれた解析待ちの文章である。
ばさりと引っこ抜いて、彼は一番上を取り、バツとマルで出来上がっている半暗号化文に目を通し、これが本当に最終状態なのかねぇと呟いてから、ローラーへと挟んだ。コードはスタンドに接続、棚からいつも使っているマナ・リキッドの瓶を一つ取り、上に置けば準備は完了。
彼は手でゆっくりと、ハンドルを回していった。
カチカチとラチェットの音がキャリッジを動かしているときのように、心地よく響く。マナの光が淡く輝く。紙に移ってそれは、インクの表示を書き換えていく。はずみ車で勢いがつけば、それからはエネルギーは補充されていくので、彼が手をやる必要はなかった。
完成した一枚目を取って、アルゴはちょうどそれが表紙だったのかと目を通す。ローラーは回っている。次をセットすれば働いてくれる。
カチカチとページが進んでいくのを眺めて、時間を進めようとアルゴは紅茶を淹れようと考えた。グレイの葉は残っていたはずだ。
彼が名の通りに灰色の箱を開けると、4つの麻袋に一杯分ずつ収められて入っている。サンプル用としてもらったやつが元だが、使いやすいので個人的にこれで送ってくれと、親友の問屋に頼んでいるもの。
湯を沸かしてページを進めて、ポットに注いでページを進めて、そして熱で暖めてページを送り、最後にカップに注いで袋を投げ入れ、最後にソーサーで蓋をしてさらに一枚、まとまった枚数を軽くレポートのように左手に持ち、懐中時計で時間を数える。
内容はさて、どんなものか。
一分が終わったのならば、彼はカチャリとのけて時計を置き、誰もいないのだからと指を入れて持ち上げ、そしてやっと紙に目を通す。
そして噴き出して、あと少しで資料を汚すところだったと恐怖しながら、濡れないように回避できた内容にマジかよと彼は胸を叩いた。
これはまた誰が世間を弄ったんだ。というより、元からそういう風に決まっていたのか?
書かれていたのは、全く綺麗でない事実である。何も考えないでいい普通の取材だと思っていたら、今度はその裏に極秘情報輸送を絡めてくるとは、いったい何のつもりなのだ。
地図、目的のカプセルの大まかな場所、そして埋め返してこちらから送らなければいけないウルトラの暗号。だから俺は便利な運び屋ではないのだが…………それでもまだ、こちらに関連するのがないだけはマシか。
敵はいないと考えていい。いや、この国で行動して明らかに邪魔になるくらいに敵がいるというのはどういう状況なのだ、ということではあるが、それでもちゃんと動けるというのは楽でいい。
そのうち洗濯屋に潜入させられた挙句に洗濯物の中に隠された暗号を見つけ出せ、なんていう冗談みたいな仕事を与えられるんじゃないか?
なんてな、あるわけがないか、そんなことは。
地図と必要な暗号、必要な子細を記録したのちにこれは焼き捨てることとあるので、彼はあまり使わないライターを取り出してフリントを回す。
いつもの魔導手帳に転写すれば、それでオリジナルは用済み。まるで火薬でも塗ってあるかのように、マギア・ペーパーは瞬間的に発火して消え去った。
次は、こっちも。
魔導タイプライターから転写原盤を取り出して、同じように火をつける。魔導結晶の性質はやはり水と火、爆発するように消滅をして、これで何もなかったことになるのであった。
これでいい。しかし、これからすることは面倒になったものだ。
指令についてエルに話すべきではあるが、いくらかアルゴは時間を置こうと考えた。ドンパチしない命令ならまだ行けるだろう。記者としてやらねばならないことも、きっとこれから学べるだろう。
だがそれとスパイとしてやることは完全に、別なのだ。
やはりというか当たり前というか、銃を扱えることと誰かを殺せることは、違うように。火の粉を払えるのと、炎の中に飛び込んでいくことが違うように。
最後のラインを踏むことができるのは、あの列車の件でスタンショットが使われた形跡があるのでわかった。一時的な封鎖があったことから、対応を出来ることも、同じく。
ギルトにやられないかはわからんが、まだ表面を取り繕うことはできている。だからその後がどうなるのか、見極め次第。
変な考えを持ったなと、彼はポットから湯を注いだ。まだ冷めていない、どちらの感覚も。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
励みになりますので、よろしければ下の☆☆☆☆☆から応援をお願いいたします。
何をどう入れてくれても構いません。
ブックマークも頂けると嬉しいです。
繰り返し、読んでいただきありがとうございました。




