6、精霊のこと
光一と勉は、乾いた自分の服に着替えた。
清水探偵と先生の話は続いた。
「・・精霊などというとお化けみたいに気味悪がられるけど、そのようなことはないのよ。だんだん分かってきたのだけど、精霊というものは、ごく小さなエネルギーの粒が集まってできているみたいなの」
「それはあらゆる物が、原子、あるいはもっと小さなエネルギーの集合体であることと同じですか?」
勉が聞いた。
光一は話についていくために、耳たぶを引っぱって気合いを入れた。
「そう。何かのきっかけで特定の性質をもったエネルギーの粒がぎゅっと集まるの。そして精霊が生まれるのよ。目に見えるものもいれば、目に見えないものもいる。魂のように何かに宿るものもいれば、何かに宿って元の形を変えてしまうものもいるわ」
光一は首を傾げた。
「じゃあ、先生たちが出会った子犬も精霊が宿っていたということ?」
「そう、あの子犬に宿っていたのは、犬たちの恨みの気持ちが集まって精霊になったものだと思うわ」
「気持ちも集まると精霊になるのですか」
勉が聞いた。
「もちろんよ。気持ちって目には見えないけど、やはりエネルギーの粒という実体をもっているの。本当に強いものなら、一人の人間の気持ちでも精霊を作り出すのよ」
「それで清水探偵が犬になってしまったわけがわかりました。探偵の子犬を救いたいという気持ちが強烈なエネルギーをもっていて、それが精霊となって子犬に宿ったんですね」
「ええ、そう」
三人の横で清水探偵はプリプリと尾を振った。その目は優しく先生を見つめている。
『きっと清水探偵は、大切な娘を残して死んでしまうなんてできなかったんだ。父親の強い思いが精霊となって、この世に清水探偵を引き留めたんだ』
光一は思った。
さらに先生たちから聞かれた話では、この杉林に囲まれた土地には、千年以上も昔、偉い坊様の祈りの場があったそうである。暖炉がある所は、ちょうど祭壇があり、祈りが捧げられていた。
強い力をもった祈りは、大気中のエネルギーを集めて炎を生んだ。その時に炎の精霊も一緒に生まれたらしい。
先生達がこの家に引っ越してきて、暖炉に火をともしたとき、炎の精霊は昔のことをいろいろ語ってくれたそうだ。
「偉い坊様って、もしかして雷丸を封印した人のこと?」
光一の質問に、先生は大きく頷いた。
「そう、弘法大師といって、日本に密教を伝えた人なのだけど、ほんの短い時間しかここに留まらなかったし、名を刻んだ書も残さなかったから、はっきりとはわからないの。とにかく凄い霊力をもった人で、人々を苦しめていた雷丸から、雷光の瞳を抜き取り、その体を地底霊の中に封印したのよ。
あの地底霊はもとはただのナメクジ。そこに、暴れ狂う雷丸を逃がさないように、大地のエネルギーを注入して巨大化させたの。
もしかしたら地底霊の力は弱ってきているのかもしれない。そうでもなければ、あなたたちの体のエネルギーはすぐにも吸い取られ、こんなふうに話なんかできなかったでしょうから」
清水探偵は呑気にも、光一らが地底霊の腹の中から、飛び出してくることを予想していたらしい。でも先生は心配して、地底霊が嫌うラベンダーの香りのする水を、井戸の中に投げ入れ、二人を吐き出させようとしていたのだ。
「恐ろしい精霊、雷丸…。今は偉い坊様もいないし、どうなるんだろう…」
勉が光一の心によぎった疑問をつぶやいた。