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18、現在の塾へ

肩が異常に張っていた。

体がきつく締め付けられ、耳元を風がヒョウヒョウと鳴っている。恐ろしく寒い。

「あうーー」

肝を潰すというのは、このことだった。

目を開いた光一の足の下には地面がなかった。町の明かりが、遥か数百メートル下に流れていた。


「お目覚めか」

カラカラと掠れた声が降ってきた。

頭をねじ上げると、白い毛に覆われた恐ろしい鳥の頚があった。その鳥の鋭い鉤爪が肩にめり込んでいる。

光一は、巨大なハヤブサに変化へんげしたひかりに掴まれて空を飛んでいたのだ。

体が窮屈なのは、ジャンバーの上にひかりのコートとジーンズが巻きつけられていたからだ。人間の姿に戻った時に裸ではまずいので、このように運んでいるのだろう。


「でも、なんで・・」

上空の夜気の冷たさに喘ぎながら光一は聞いた。

「皆さまは、人の警戒心を麻痺させる、声ならぬ声に惑わされてしまったのです。それを聞き分けできたのは、私と犬の聴覚を持つ清水探偵だけ。しかし、清水探偵も精霊の伸ばした影に囚われました。

精霊の操り人となった先生たちは、屋上に逃れた我らを追ってきましたが、さすがに私には近寄れず、戻っていきました。が、ほどなく動きがあったのです。見失ってはならじと、今はこのように追いかけているのです」

「へっ?」

光一は地上に目を凝らした。


斜め前方に、ヘッドライトの明かりを伸ばす一台の車があった。ちょうどビルの建て込んでいる町の中心部を抜け、国道に出るところだ。

「あれなるが先生の車。精霊も一緒です」

『精霊は塾のパソコンとして認めてほしいと望んでいた。行き先はきっと英才ゼミナールだ』

「どうなされる。付いていくか、それとも先回りされるか」

まるで光一の心を読んだようにひかりが聞いた。

「先回りしよう」

「承知」

返事と共に白い翼が鋭く打ち下ろされた。光一の体は強烈な風圧に斜めに傾いだ。


これまで幾度となく鳥のように大空に舞い上がり、存分に風を浴びたいと思っていた光一だが、実際はとんでもなかった。冷風が矢のように目や喉奥に突き刺さり、目を開けているどころか、呼吸さえまともにできない。おまけに掴まれた肩が痛みを超えて、重く痺れ始めている。

『神様、もう空を飛びたいなんて思いません。だから、どうか早く地上に・・』

気を失いそうになりながら、必死に祈った。


五分とかからなかったに違いない。光一が意識を保っている間に、足が地面を捉えた。街路樹の植え込みの向こうに派手な黄色の建物の明かりが見えている。

「失礼をば」

ひかりが、鼻水や涙でむせ返してる光一をぐるりと回して服を解いた。


「これからどうなさる?」

少しして後ろから肩を叩かれた光一は、はたと困った。

ここに到着したら、精霊は何をするつもりなのだろうか。塾のパソコンの仲間入りをし、様々なデ−タを入れてもらい、そうしたら自分の存在意義にこだわる必要もなくなって・・

「ひかりちゃんはどう思う。あの精霊は悩み事が解決したら、満足して鼠事件など起こさなくなると思う?」

「おかしなことを聞かれる。私にあの者の気持ちは分かりませぬ。ただ一つ言えるのは、あの者は純朴じゅんぼくな要求こそあれ、邪悪さはもってはいないということ」

「じゃあ、特に考えることはないね。先に乗り込んで、先生たちを迎える準備をしとこう」

「準備とは?」

「行ってから考えよう」

光一は肩のストレッチをしながら、塾の正面玄関に向かった。



半透明のガラスドアを押し開けると、小さな体育館ぐらいのワンフロアーが広がっていた。

カウンターで仕切られた向こう側には、数人の大人が椅子に腰掛けて仕事をしている。

「君たち、中学部?どうしたのこんな深夜に?」

湯気の立つコーヒーカップを片手に、二十代ぐらいの若い男が近づいてきた。二人を怪しんでいる様子はない。

「はい、お聞きしたいことがありまして」

普段滅多に使わない丁寧語で光一は答えた。

「それは熱心だね。ちょっと待ってよ」

男はのけぞりながら、カウンターの向こうをのぞいた。

「あいにく、中学部の先生は帰ってしまってるよ。今、残ってるのは、僕ら高等部担当の職員だけなんだ」

「いや、先生でしたらどなたでもいいんです。パソコンのことを聞きたくて」

男の目が見開いた。

幸運にも、相談にぴったりの人物だったらしい。光一らを待合いの椅子に座らせて、自分も座った。ひかりは可愛らしく男を見つめている。男がご機嫌に応対してくれているのは、彼女も一役買っているのに違いない。


「パソコンのことって・・いったい、どんなことだい?」

事はうまく運んでいる。皆が到着するまでは、あと五分ぐらいか。それまでどう進めたらよいものか

・・出たとこ勝負のいけるところまで・・光一はいつもの自分の性格に賭けてみることにした。

「古いパソコンの使用法なのですが、新しく導入したものと平行して使えないかと思いまして」

「はああ」

男はコーヒーをすすりながら表情を綻ばせた。

「よくあることだね。家の人が新しいパソコンを買って、古いのが残ってしまって。でも放っておくのはもったいなくて・・ってことだよね」

「ええ、それとよく似たことです。それで、ここが大切なポイントなのですが、実はそのパソコンはこの塾で使われていたのですが」

「えっ!」

男は慌てたように急に立ち上がった。

「ちょ、ちょっと君たち、ここで待っててよ。うーん、なに、いい手が見つかるかも知れない。待っててよ」

念を押して言い残し、カウンターの向こうに走って行った。別室をノックして、顔を出した太り気味の中年男と話をしている。


「ここのパソコンだったなんて。まずいことを言ったかな」

「そう。しかし、事実を伝えたまでのこと」

顔を向けた光一に、ひかりは冷静な笑いを返した。


中年男は、あちこちの人に何やら耳打ちし、二人の前にやってきた。

一瞬、二人が手ぶらであることをいぶかしむような視線を浮かべたが、すぐに開けっぴろげな明るい表情になった。

「今、聞いたのだが、この塾の古いパソコンを持っているんだってね。ここではじっくりと話が聞けない。さあさ、こちらへ」

二人はカウンターの奥の部屋に通された。



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