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17、捨てられた物

光一たちは先生のかざす懐中電灯の光を頼りに前に進んだ。

さすがに元は塾だったらしく、小さく仕切られた部屋が幾つもあった。

鼠たちは建物の奥にある出発地点に帰り着いたのだろう、その姿は見えなかった。念のために、手近な所からドアを開け、中の様子を確かめていった。いまだに机やイスが残されている。整然と並んでいるのが、かえって不気味だった。

電気の消えたエレベーターの横に、五階建てのビルの配置図がかけられていた。塾が使っていたのは、地下と一階から三階までで、その上は、聞いたこともない会社の名前が書かれていた。

「進みましょう」

懐中電灯の光が非常階段の下り口に向けられた。


階段を降りていく途中、壁際を進む光一の顔に、蜘蛛の巣がべたりと張り付いた。まるで巨大な蜘蛛の巣におびき寄せられているようだ。勉は、酸気の強い息を吐きながら、後にぴたりと付いている。

階段の隅は、五センチほどの幅の排水用のスロープが刻まれていて、なるほどこれなら鼠も自由に行き来できるはずだった。


一同は突き当たりの部屋の前で立ち止まった。半開きになったドアの向こうから、カタカタという軽い音が聞こえてくる。

「精霊は中に?」

ひかりがうなずいた。

「さあ、やっとの対面だ」

清水探偵がいい、先生がおもむろにドアを引いた。光一は幽霊でも飛び出してくるかとばかりに身構えた。


そこは十畳ほどの広さの部屋だった。入ってすぐ横に事務机があり、電話機やら印刷機が積み重ねられていた。塾が移転した際に、ゴミのように集められ放置されたものに違いない。

皆の目を引いたのは、床にぼうっと浮かび上がる光だった。

覆いのとれた鼠の飼育カゴが五つ、光を囲んでいる。そして鼠だ。外から聞こえたカタカタという音は、カゴの中の車輪に鼠が入って回転させているからだった。辺りをうごめく数十匹のうちの一匹の横腹に、光一がつけた発信器が見えた。


「用心して」

部屋の隅々を懐中電灯で照らしながら、先生が声をひそめていった。光一と勉は光っている物の前に、そっと回りこんだ。


「これ、パソコンだ。しかも」

「あ、信二、それに」

パソコンのモニターには、数知れぬ生徒達の顔写真が映し出され、スロットマシーンのように回転していた。信二の他に、多くの見知った顔が見えた。


「そこに映っているのは、塾に通っている生徒たちね」

「はい。先生、ちょっと待って下さいね」

先生の声にうなずいた勉が、何をするつもりやら、ハンカチを取り出して軽くはたいた。ほこりが舞い上がり、下にキーボードが出てきた。勉はそのまま横に手を伸ばし、マウスをクリックした。

たちまち写真の回転が緩やかになり、やがてぴたりと止まった。


モニターの半分には信二の顔が、もう半分には、信二の家への地図が映し出された。が、急に砂時計のマーク(情報処理中のマーク)が現れ、先ほど訪れた病院の写真と地図、信二の病室の番号と入れ替わった。


「鼠の心に見た、動かない信二君の顔や、地図と同じ」

ひかりがつぶやいた。

「勉、何をした?」

「画面の端に、【表示履歴】という項目があるでしょう。そこの【最新】をクリックしたんだ。見てみて」

勉がさも簡単なようにいい、信二の写真の上を指さした。


【11月27日、試験結果、生徒番号0215 欠席にて評価点は0点】


「これ、塾の今夜の試験結果だよ」

このモニターを見せられて、鼠たちは病院にやってきたのだ。

「・・」

ふと気づくと、カタカタという音が止んでいた。鼠たちは静止した画面をじっと見つめている。

「だめだ、元に戻すんだ」

光一は画面の右上の×印に、マウスの矢印を移動してクリックした。

再びモニターは、多くの顔が回転するようになり、鼠たちは何も見なかったかのように動き始めた。


「こいつは発電器だぞ」

鼠の回す飼育カゴの車輪をのぞいていた清水探偵が唸った。

なるほどよく見れば、車軸を延長した先にはコイルを巻いた筒がついていて、そこから伸びた電線がパソコンの方に伸びていた。他の四つのカゴの中の車輪も同じだった。

「その発電器、ペットショップで見たことがある。そんな利用法があったんだね」

勉が感心したように息を漏らした。


【願いが逆に作用してしまった】

光一の耳の奧で、信二が話したことが蘇った。

【平均点未満だったら、インターネットから侵入して、データを消して。さもなければ電力をストップする】


信二は、発電器を回す鼠たちに餌をあげながら、パソコンに祈り、同時にパソコンを脅していたのだ。そしてそれが裏目に出てしまったのだ。

光一は身震いした。

人を呪えば、呪いは己に返るといわれてるが、それと同じだった。小さな被害はともかく、大怪我をしたのは、結局、信二自身だったのである。


「でも、すごいよ、塾の最新の試験結果や、信二君の入院している病室まで分かってしまうなんて、プロ級のハッカーじゃないとできないことだよ」

「ハッカー?」

光一は首をひねった。

「うん、インターネットの回線から侵入して、他のコンピュータの情報を盗んだり、データを変更してしまう人のことだよ。でもいったい誰が?やっぱり精霊?」

勉は部屋の暗がりに目を凝らした。


「まったく信二君とやらは趣味が悪い。パソコンをこのような気味悪い方法で脅して願かけするなんぞ。そりゃ、精霊が宿ったとしても不思議はない」

清水探偵がぼやくようにいった。

「じゃあ、精霊はそのパソコンに宿っているということ。その精霊がハッカーで、鼠に命令していたということ?」

光一の言葉に、ひかりがこくりと頷いた。同時に誰も触れていないキーボードがカツカツと音を立て始めた。


「ひいー」

勉が声にならない悲鳴をあげた。光一の全身にゾワリと鳥肌が立った。

画面が変わったモニターには、一同を睨むように二つの目玉が映っていたのだ。


「精霊よ、わしらはあなたを救いに来た」

清水探偵が横から話しかけた。

目玉がギョロリと動き、再びキーボードがカツカツと音をたてた。


・・あなたがたは、すべて人間か?【はい・いいえ】・・

画面の下に小さな文字が現れた。


「精霊が反応した。とりあえず答えてみよう」

清水探偵が、毛に覆われた指先でマウスを移動させ、【はい】をクリックした。


・・一名は人間の姿をしていない。それでも人間といえるか?【はい・いいえ】・・

清水探偵は再び【はい】をクリックした。


・・入力完了、しばらくお待ち下さい・・

再び文字が現れ、砂時計のマークと入れ替わった。


「何かおかしい。なぜ人間にこんなにこだわるの」

先生がつぶやいたその時だった。パソコンのスピーカーから不思議な音が聞こえ始めた。

浜辺に打ち寄せる波音と子守歌のようなオルゴールの音・・


『何だろう。この場違いな安らぎの気持ちは』

光一は、緊張で鋭く尖っていた自分の感情が、柔らかい綿で覆われていくように感じた。

「気を引き締めて」

先生が注意したが、表現とは矛盾したまどろんだ声だった。手に握られた懐中電灯は空中の何もない所を照らしている。

いつの間にか、ぬるぬるとした黒い影がモニターの上部から流れ出ていた。先端が五つに分かれている。ぼやけてはいるが、一つは犬の頭の形、あとの四つは人の頭のように見える。電灯の光の中で、陽炎のように揺れている。


「精霊よ、あなたはこのパソコンに宿っているのか?」

清水探偵が首を伸ばしながらたずねた。


光一は不思議に思った。

『なぜ清水探偵はそんなことを聞くのか。どうでもいいことではないか。でも、ならばなぜ、ボクはここに?もういい、余計なことは考えまい』


・・そのとおり、ワタシはここにいる・・

清水探偵の問いに影が答えた。うなり弓のように震える低い声だった。


「我らはあなたを苦しみから解放するために、ここにやってきた。できることがあるなら教えてほしい」


・・ワタシの苦しみ。それは不安定な電力供給と、データの流入が止まることへの怖れ。オマエたちにできること、それは電力供給を安定化させ、データをより入りやすくすること・・


「電力の問題なんて、すぐに解決しちゃうよ。鼠の発電なんかに任せないで、電源をコンセントに差し込めば済んじゃうよ。その前にブレーカを上げないといけないかも知れないけど」

勉がいった。心地よい音楽に酔ったように軽い口調だった。


・・電力の供給回路を変えるわけにはいかない。その小さき者たちがいるから、データの供給者は減ることがない。ワタシの存在する理由が確保される・・


「つまり、生徒たちは鼠に襲われるのが怖くて、塾を辞めることができない。だから、データの提供者が減ることはないというわけだ。一応うまくいっているようだが、あなたは苦しんでいる。ということは、まずいことがあるということだが」

黒い影に、清水探偵が冷静に話しかけた。


・・そのとおり。新しく導入された仲間たちは、ワタシのアクセスを不正なものと見なしている。ワタシがアクセスするほどに、ネットの扉を強固なものにし、その度に新たな鍵を作っている。ワタシがいるからデータの減少が防げているというのに。彼らはそんなワタシを排除しようとしている・・


勉がモニターを指さした。

「つまり、君はもう時代遅れのよそ者ということだよ。そんなことにも気付かずに、働いているんだ。でもまずはお掃除しなくてはね。埃だらけで体が壊れてしまっても知らないよ」

へらへらと話す勉に、光一もおかしくなり、「ハハハ」と笑ってしまった。


・・人間よ、オマエの話していることは、ワタシには理解できない。機械面の清掃も拒否する。だが、先の申し出には応じよう。オマエたちのできることを果たしてくれ・・

黒い影の一部が急に伸びて清水探偵と重なった。次に、勉と先生に抱きつくように重なった。


「このままでは精霊の為すがまま。光一殿、逃げるのです」

訳が分からなかったが、光一はひかりの馬鹿力に引きずられて廊下に出た。階段の登り口で振り返った時、足元からずり上がってくる細い影が見えた。


「ならぬ。光一殿、ご辛抱を!」

ひかりの声と共に、目前に火花の柱が立った。光一の心は暗闇に吸い込まれていった。




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