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ここではない何処かへと願ったその先

作者: 美杉。

 サクッと読める短編を中心に書いております。たくさんの方に読んでいただけると、うれしくて転げ回ります。

 ここではないどこかへ。私はただそれを心のどこかで願っていた。いつでも、何度生まれ変わっても、何も変えられないのならばいっそ。それは絶望なのか、羨望なのか。それすらもただ曖昧で、まるで繰り返し夢を見ているかのようでもある。

「うん……また転生したんだね、私」

 17歳の誕生日を迎えた今日、私はまた前世の記憶を取り戻した。どこかに頭をぶつけるとか、事故や病気によるショックなどではない。まるで魂にタイマーでもかけているかのように、誕生日の日になる瞬間に必ず思い出すのだ。もうかれこれ、7回目になるだろうか。

「まったく、一体何をさせたいのよ」

 私はその怒りを枕にぶつける。放り投げた枕は、勢いよく壁にぶつかり地面へと落ちた。

 誰が何のためにこのタイマーをかけているのかは、まったく分からない。ただ言えることは同じ。いつも同じ人に恋をして、それが叶わぬまま死ぬという運命だけ。もう死ぬのはたくさんだ。いつだって死は何よりも悲しくて、辛くて、苦しい。

「まず整理しないと」

 私は部屋に置かれた自分の机へ向かう。机にはいくつかの恋文が、無造作に置かれていた。一週間ほど前に、夜会へのデビューをした私に向けられたものだ。それすら、もやは記憶を取り戻した私には意味のないものになってしまった。昨日まで、いろんな人にもらった恋文を一つ一つ開けては、読む楽しみに浸っていた。せめて、全て読み終わってから記憶が戻ってくれたのなら、もう少しドキドキした少女の気持ちで幸せを噛みしめられたというのに。

「必要なし」

 全ての手紙を、机の横に置かれたゴミ箱へ流し込む。そして恋文の返事を書こうと思っていた綺麗な便箋も片付け、メモ用の大きめの紙を取り出し、今の状況を書き始めた。

 今の私はアリサ・カーネイル。カーネイル公爵家の長女だ。家族は4人。現公爵である父は、この国の国王補佐官を務めており、母は国王の妹だ。そして5つ下に弟がおり、将来は弟がこの公爵家を継ぐことになっている。そのため地位が高く、まだ婚約者のいない私は、社交界では絶好の花嫁候補として名が挙がっていた。父が幼い頃から私を溺愛し、まだ婚約者がいないというのはある意味救いだ。

「あと三ヶ月。今度こそ、どうにかしないと」

 そう、私に残された時間はあとたった三ヶ月しかない。三ヶ月後の今日、例外なく死んで来たから。

 1番初めは田舎の村娘だった。そこで初めてあの人に会った。黒い髪に深い青い瞳をした、騎士様。辺境の地で疫病が流行ったということで調査のため王都から派遣されてきたらしい。村に滞在する騎士様の世話係を村長より頼まれ親しくなり、身分違いと分りながら恋をした。彼には王都に婚約者がいると知った私は、告白することもなく過ごし、疫病に罹って三ヶ月後に死んでしまった。

 2番目はどこかの修道女。そこに戦争で大怪我をした彼が担ぎ込まれた。黒い髪に深い青い瞳……。すぐに彼だと分かった。恋をしようとは思わなかった。でも彼を介抱するうちに、やはり恋に落ちていた。そしてまた三ヶ月後、彼を追ってきた追手から彼を庇って死んでしまった。

 3番目は子爵令嬢で、彼も子爵を継ぐ人で婚約者になるはずだった。今度こそ、これで彼と幸せになれると思っていたのに、継母が自分の娘である妹に婚約を書き換えてしまった。挙句、私が抗議すると、私は辺境の修道院へ送られることに。しかも、ご丁寧に馬車の事故に見せかけて殺されたんだっけ。

 4番目はなんだったかな。覚えている部分と、曖昧な部分が多く、無理に思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。

 5番目は地方の貧乏な男爵家令嬢だった。とにかくお金がなくて、親族のコネや前世の記憶をフル活用して身分を隠し、公爵家の侍女として雇ってもらった。そこの当主が彼だった。彼は使用人に対してもとても優しくて、私のことを何かと気にかけてくれた。もちろん恋に落ちたけど、そのことを認めたらまた死ぬのではないかと思い、急いで実家へ戻り家に援助をしてくれるという裕福な貴族の後妻となった。しかしその男の暴力で、やっぱり三ヶ月後に死んだ。いや、正確には、殺されたに近いだろう。

 6番目は記憶を取り戻したときにすでに絶望していた。もう死にたくない。どこかに逃げたい。そればかり考え、裕福な商家の娘として生まれたのに引きこもった。病気か何かにとり憑かれたと心配した父が、治すことが出来た者に娘も店も相続させると国中に触れ回った。王族のコネで教会から司祭様が呼ばれ、それが彼だった。彼に触れられるのが怖くて、そしてまた恋をして死ぬのが嫌で、私は家から飛び出した。まぁ、そのせいで馬車に轢かれ呆気なく死んでしまったんだけど。

 ここまで書き出して、なんとも碌な死に方をしていないこと気付く。ここまで来ると、私は何かよほどの犯罪でも犯してから死んだのではなかろうかと思えてくる。逃げてもダメ、見ててもダメ、諦めてもダメなら、今度は見つけた瞬間に告白でもしようかな。

「……それはさすがに、無理だ」

 告白と書いた文字を、グルグルとインクで塗り潰す。今まで試していない方法はこれしかないのだが、そんな勇気があるなら今までだってとっくにやっていた。

 その前に、まず今回は彼が誰なのか考えてみることにしよう。この前の夜会では、この国にいる適齢期のほとんどの男性に会ったが、黒い髪に深い青い瞳の人間はいなかった。王族にもあの髪の色はいない。そうなると、教会の人間か騎士か。しかしこの国の騎士はほとんどが貴族である。もし平民だとしたら、今の公爵令嬢という身分が足枷になる可能性が高い。いつものパターンで行くと、数日以内には彼と接触するだろう。今この時点で、可能性が一番高いのが今日の私の誕生パーティーだ。父がとても力を入れていて、貴族以外にも、父の親しい方も他国から来ると言っていた。だからその中に彼がいると考えるのが自然だ。

「で、また振り出しに戻る」

 問題はいたとしてだ。恋に落ちても、落ちなくても死ぬのだから……。

「はぁ」

 原因が分からない以上、どう対処しろというのだろうか。何番目かの令嬢の時に、王立の図書館で転生についてのお話がないかと探したこともあったが、ただの物語以上のものを見つけることは出来なかった。第一、たった三ヶ月しかないのにあの膨大な本の中から探し出すというのはまず無理だろう。

「それにしたって、なんで三ヶ月なのかしら」

 そう、これだけは全く変わらない法則だ。記憶が戻ってから三ヶ月、まるでそれが猶予だというように。

「何か大事なことを忘れている気がするのよね……」

 この繰り返しが始まる前の何か。それを思い出せないことには、どうにも進めない気がする。考えられるのは、やはり罪。それによる罰しか思いつかない。

「例えば、不倫……その上での自殺とか。いや、なんか違うな。誰かを殺してしまったとか? だから結ばれないように……。でも、結ばれないとは言ってないんだ。むしろ、記憶がなくても結ばれることが出来るかの試練とか……」

 ぶつぶつと残ってはいない記憶の推理を並べていく。神が与えた試練なら、きっと何かの理由があると考えた方が筋が通るだろう。神が罰を与えるほどの試練。神が固執するほどの何かか、誰か。

「んー、神に仕える聖女が、結ばれない運命の相手と駆け落ちし、二人でこの世界に悲観してその身を投げた」

 そう口に出して、どこか自分の中でしっくり来る。小さな頭痛が大きくなっていく。思い出せない何かは、これに近いことなのかもしれない。神に仕え、そして神を裏切った。だからずっと、ここではないどこかへ行きたかったのかもしれない。彼を連れて。

「そうだとしても、それならどこに救いがあるのよ」

 そのまま机に痛む頭を乗せた。机の冷たさで、多少痛みが和らぐ気がする。顔を横に向けると、遠くの空が白み始めて来ていた。一日目のカウントが始まる。爽やかな朝とは裏腹に、私の心にはどんよりとした霞がかかっているようだった。


「アリサお嬢様! 一体どうしたのですか」

 やや悲鳴にも近い数名の侍女たちの声で、重たい体を起こす。どうやら机に突っ伏したまま、空を眺めるうちに寝てしまったようだ。

「少し考え事をしていて、眠ってしまったのよ」

「お嬢様、いくら恋文を読むのに夢中になっていたからと言って、そんなところで寝てしまっては風邪を引いてしまいます」

「そうね、気を付けるわ」

 書き出していたメモを机にしまいながら、彼女たちに微笑むと、彼女たちも微笑み返してくれる。こんな会話が出来るほど、昨日までは平和そのものだったのに。断片的とはいえ、記憶が戻るというのはおかしな感じだ。昨日までのアリサ・カーネイルはもういないのだから。そうなると、私は一体誰なのだろうか。アリサでも前世の誰でもない、それでいて混ざった存在。

「……気持ち悪い」

 そんな、何者でもない自分が。

「大丈夫ですか、アリサお嬢様。きっと風邪を引かれたんですわ。今日は夕方からパーティーがあるのに……。誰か、急いでお医者様を手配して」

 ぼそっと呟いた私の言葉を聞き洩らさなかった侍女頭が、すぐに他の侍女に伝え、部屋の中がざわざわと騒がしくなる。言葉を口に出してしまってから、私もまずかったとは思ったのだが、どうやら遅かったらしい。

「お医者様なんて大げさよ。朝ご飯をやめて、少し休めばお昼には良くなるわ。お昼から仕度をすれば、夕方からのパーティーには、間に合うでしょ?」

「いえ、そういうわけにはいきません。今日のパーティーは旦那様よりいつも以上にと念を押されております。お医者様よりお薬をいただいたら、すぐにでも仕度を始めませんと間に合いません」

 夕方のパーティーのために、朝から準備とは一体どれだけかかるのだろう。いや、今はそう思っしまえるだけで、公爵令嬢でしかなかった時はそれも当たり前だった。それにしてもだんだんと身分が良くなっている気がする。もしかすると、次は王女にでもなれるのではないだろうか。もちろん今死んだ後という、全くうれしくはない話なのだが。

「分かったわ。では、そうしましょう」

 私が了承すると、侍女たちは一様にほっとしたような顔をしていた。


 医者から薬をもらい、入浴、マッサージ、ネイル、メイク、着付け、髪結いと念入りに行われた仕度が終わる頃には、パーティーに参加する人たちの馬車が窓の外にちらほら

見えた。途中、お菓子などの軽食は貰えたもののドレスが入らなくなるといけないと、まともな食事は貰えなかった。寝てもいなければ食べてもいない状態で、パーティーに参加すると思うとぞっとする。

「これで完璧ですわ」

 そう言いながら、侍女が私の首に大きなルビーの付いたネックレスをかけた。ハーフアップにされた髪にも色とりどりの宝石の飾りがついている。ピンクブロンドの私の髪に合わせるように作られた、やや紫がかったピンクのAラインのドレスにも、同じように宝石が散りばめられていた。

「少し、重たいわね」

 これでもかというように贅をつくしたドレスも装飾品たちも、これだけで一体いくらするのだろうか、見当もつかない。感動ではなく、重いとしか思えない自分に申し訳なさを感じる。

「今日の主役はお嬢様なのですから、いくら着飾っても足りないくらいですよ」

「……そうね」

「さあ、皆様も旦那様もホールでお待ちです。参りましょう」

 差し出された侍女頭の手を取り立ち上がると、部屋を出てホールへと向かう。

 すでにホールにはたくさんの人が集まっていた。その中心に公爵である父がいる。父は訪れた人たちと挨拶を交わしていた。ざっと見ただけでも、侯爵以上の人たちばかりだ。もしかすると今日、私の婚約者を発表する気なのかもしれない。それだけは阻止しないと。

「アリサ」

 私を見つけた父が手を上げ、声を上げると、ホールにいた人たちが拍手で迎えてくれる。そして彼らは父へと続く道を、さっと開けてくれた。私はその間を軽く会釈をしながら進み、父の元へ。

「ああ、今日は一段と綺麗だよ。まるで夜の女神みたいだ、アリサ」

「まぁ、お父様ったら」

「さあ、皆に挨拶をしておくれ」

 父にふわりと髪を撫でられたあと、私は来場客の方へ向き直る。

「この度は私のために、たくさんの方がお集まりいただいたこと、とてもうれしく思います。まだまだ淑女としては至らぬ点も多いと思いますが……」

「アリサ?」

 言いかけた言葉はそれ以上出てこない。ただ一点を見据える私に、父が私の見ている者へと視線を合わす。遅れて入って来た貴族らしき人物は黒い髪に深い青い瞳の男性だった。見間違えるわけもない、彼だ。彼は真っすぐに私を見つめている。私は何かに引かれるように、歩き出した。そして彼もまた私に近づいてくる。周りの音は何も聞こえない。まるで二人だけの時間が過ぎているような感覚だ。ホールに集まった人たちは何が起きたのか分からず、ただ道を開け、何が起きたのかと成り行きを見つめている。

 彼は私の前まで来ると、すっと片膝をつき、私に手を差し伸べる。私はその差し出された手に自分の手を重ねた。

「やっと、君にたどり着くことが出来た。遅くなってすまない。俺と結婚して欲しい。ずっと愛しているんだ」

 やっと、というその言葉に、彼もまた私と同じ記憶が残っていることが分かる。可笑しくて、嬉しくて、訳が分からなくて、笑みと共に涙が流れる。

「ええ、私もよ。ずっとずっと、あなたに恋をしていたの」

 彼は私の手の甲に口づけをした後立ち上がると、そのまま私を引き寄せた。彼の胸の中にすっぽりと収まる。緊張していたように早い彼の鼓動が、今は心地良い。

「良かった、今度こそ間に合ったんだな」

「私は一番初めの記憶がないの。どうしてこんなことになったの?」

 胸に抱かれたまま、彼の顔を見上げる。

「俺たち二人は神に仕える立場で、決して結ばれない運命だった。それならばと二人手を取り、ここではないどこかへと身を投げた。それが神の怒りに触れたんだ。勝手に運命に悲観して、多くの人たちを傷つけたこと。そして何より、運命に立ち向かわなかったことに」

「それで罰として、何度もすれ違いを繰り返したの?」

「君と僕とでは記憶を取り戻す時間に時差があったんだ。君は二人が助かるタイムリミットの三ヶ月前で俺は君が死ぬ三日前。だからいつも期限までに君を助けることが出来なかった。本当にすまない」

「それももう、終わったことだわ。今回は間に合ったんだもの。これでもう、この繰り返しはおしまいなんでしょ」

「ああ、おそらく」

 どこかほっとしたように、それでいていたずらっぽい笑みを浮かべる。

 ここではないどこかへと願うのならば、死など選ばずちゃんと立ち向かうべきだった。私たちはあの日、ただ自分たちの置かれた状況に悲観し、逃げただけにすぎない。そんなことをしなければ、こんなに遠回りしなくても済んだのかもしれない。しかし今となってはそれも、全て仮説の話だ。過去をいくら振り返っても、もう戻れないのだから。

「ねぇ、あなたの名前を教えて?」

 今ここから、あの日のやり直しをしていこう。もう二度と、後悔をしないように。

  空き時間にサクサク読める短編を書いています。通勤時間やちょっとした合間に読んでいただければ幸いです。また、ぽちっと★をいただけると興奮して寝れないくらい幸せだったりします。


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