兄弟と、兄妹 2
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世界には基礎となる五大元素、火、水、地、風、空がある。元素の神力が色濃く出ると、それは髪色に現れる。色濃く出るのが珍しいため、一般的には殆どが茶髪として生まれてくるが、それでも神力がないわけではないので簡単な神術くらいであれば扱える。
しかし、生まれつき神力を持たずして生まれた者や、なんらかの理由で神力を無くした者は白髪になる。珍しいその髪は一部の愛好家から特に好まれる為、高値で売れるとも聞く。
そしてそれは、ゼロにとっても例外ではなく。
「お、そこの兄ちゃん!今日こそ髪売ってくれよ!」
「いやいや、アタシんとこだよぉ!そうだろう?」
町に入ってからはずっとこうである。ゼロも慣れたもので「次髪切る時な」や「ハゲちまうから勘弁してくれ」など流している。民もわかっているのだろう、あまりしつこくは言い寄ってはこない。それで痛い目にあったことがあるのかもしれないと考え、町では、自分よりやはりゼロのほうが目立つのだなと改めて感じた。
「どこへ向かっている?」
ゼロは剣を指差し、それからハヤトの銃も見ながら
「整備。一応、馴染みの店あるからさ。ハヤトも覚えといたほうがいいだろ?」
確かにそうだと頷く。昨日は気づかなかったが、ゼロの剣も神機らしい。神力のないゼロにとって、自分の銃くらいは大事なものなのだろう。
活気のあった通りを抜けると、居住区がある。中心にサガレリエットの城があり、それを囲むように居住区、そして商業区がある。ちょうど昼時だからか、漂う香りはどこも美味しそうだ。しかし通りには人影が見当たらない。ハヤトは疑問を持ちつつもついていく。
そのうちのひとつ、あまり豪華とは言えない家の前でゼロは立ち止まり、門についている鐘を鳴らした。しばらく待つと、家の中から返事があり扉が静かに開けられた。
「はーい、どなたでしょうか?」
背丈は100センチほどだろうか。子供といっても過言ではない少女だが、その手には似合わないスパナと、立派なゴーグルが、少女が子供ではないことを示していた。
彼女はゼロを確認すると、小さく「あ」と呟き、先ほどのきょとんとした顔はどこへやら。急にゼロを睨むと勢いよく扉を閉めてしまった。
「閉めんなよ、サナちゃん。せっかく来たんだぜー」
招かれてもいないのに門を開けると、今度は扉を開けようと手をかけるが、鍵をかけられたらしく、扉はうんともすんとも言わなかった。
「ライビッツ、何しに来たのさ!この間壊したばっかなのにまた来たの!?」
サナ、とゼロが呼んだ彼女の言葉を察するに、神機を壊しては修理ばかりしているのだろう。どれだけ扱いが雑かがよくわかる。
ハヤトも神機を持つ以上わかるが、神機を造る側からすると、扱いが雑な持ち主はとても嫌われる。それは神機を使う側としても、雑な持ち主は好まれたものではない。
「違うってサナちゃん。今日はお客さんの紹介。オレのじゃないって」
町に来たのは整備の為とか言ってなかったかとハヤトは思うが、この空気でそれを言うほどハヤトも経験不足ではなかった。ただ、冷たい視線だけをゼロに投げておくことにする。
「……わかった、入ればいいよ」
渋々招いてくれた彼女に、心からの感謝と、そして自分をダシに使ったゼロへ呆れを持ちながら、ハヤトも家へと入っていった。
家の中には、女性的な家具などは少なく、むしろ神機を整備するための大きな机。さらに上に散らかったままの工具たちが、サナの性格を表しているかのようだ。
一応客人が来た時用なのか、隅のほうに心ばかりのテーブルとソファがある。そこで少し待っていると、カップを3つ乗せたトレイを持ってサナが戻ってきた。
「やっぱりライビッツのやんか。この嘘つき、アホ」
ことりと置いたカップの中身が、ゼロの分だけ少ないように感じるのは気のせいだろう。
「まぁまぁサナちゃん。確かにオレのだけど、ハヤトもこれから世話になると思うし、嘘は言ってないだろ?」
嘘だと思う、とは言わないが、ハヤトは出されたカップに口をつけつつゼロを横目で見た。2人のやり取りから察するに、ここに通い続けてそれなりに長いのだろう。自分が口を挟む必要はどこにもない。
「あ、ハヤト、さんだっけ?」
「ハヤトで構わない」
「うん、じゃハヤト。さっき見せてもらった神機なんだけど……」
サナは興奮を隠しきれないのか、頬が微かに紅い。いきなり机をバンと叩かれ、衝撃でゼロのカップがぐらりと傾く。少なくてよかったのかもしれない。
「これ、オリジナルだよね!?てかハヤトはなんで神機使ってんの!?神術使えるよね!?」
なんだろう、めんどくさい。
顔に思いっきり出したつもりだが、サナの興奮の前では殆ど意味がなかったらしい。話を聞きたくて仕方ないと言っているようだ。これだから西の技術者は……と渋々答えようとすると、
「ねぇサナちゃん、最近恐慌派はどんな感じ?」
割って入ったゼロに若干不思議がりながらも、サナは顎に手をやり、少し考えた後、ふるふると首を横に振った。
「変わってないよ。いや、んー、むしろ高揚してるかも。もうすぐ王女様が神生の儀を迎えるからね」
神生の儀。ハヤトもそれは聞いたことがある。
中央大地の女性の王族は15歳の誕生日を迎えると、神女としての力を授かる。その為の儀式が神生の儀だ。どのような儀式かというのは、立ち会う王族と、数人の騎士ぐらいしか知らない。
伝統的な由緒ある儀式が開かれるとあれば、町は賑わっていてもおかしくないはずだが、ここに来るまでそのような空気はどこにもなかった。人が歩いている様子すらない。
「恐慌派は焦ってるの。神生の儀が近いというのに、儀式に必要な何かがないらしくて。それを探すために」
そこまで話して、サナは慌てたように周囲を見渡す。顔色もあまり良いとは言えない姿に、さすがにハヤトもおかしいと感じ声をかけようとした時だった。
外からけたたましい鐘の音と、女子供の悲鳴。続く激しい男の怒声。入り交じるそれらは、明らかに日常のそれとはかけ離れていた。
「サナちゃん、神機どれくらいにできる?」
「え?えっと、3日くらい、かな……」
おどおどと答えるサナに「サンクス」と笑いかけたゼロは、次にハヤトに扉を示し
「多分、恐慌派が来てる。会わずに帰れるといいけど、無理そうならどうにかして帰ろう」
いつものゼロらしく軽く言ってはいるが、その表情は固く、ハヤトは黙って頷くしかなかった。大事そうに神機を抱えるサナに、手だけで挨拶を軽くすると、裏口へと向かっていった。
※
扉を蹴破って入ってきた茶髪の少年2人組は、その家の娘であろう幼い少女の首にナイフを突きつけていた。母親が「やめてください」と必死に請うが、2人がそれを聞き入れる様子はない。背が高く、腰まである髪をゆるくひとつにまとめた少年がにやりと笑う。
「かわいそうになぁ。王女サマから反感もらっちまってなぁ。可愛く生まれちまったからしょーがねぇよなぁ?」
ナイフの先を少女の頬に当てると、栓が切れたかのように、さらに少女は泣き叫んだ。もう一人の少年がうるさそうに耳を塞ぎつつ、長い前髪の間から母親を睨み付ける。
「ねぇ、この煩いの、どうすれば静かになるか知ってる?」
母親は何かを悟ったらしく、真っ青になった後、床に頭をこすりつけさらに許しの言葉を吐き続ける。そんな母親を、長髪の少年は蹴飛ばし唾を吐きかけて嘲笑う。
「そんなんしてさぁ、どうにかなると思ってる?本気で?」
母親は動くことができず、小さくうめき声を上げながらも、微かにその口からは同じ言葉を呟いている。
「……ショウ兄さん、もうつまらないよ。あれ、同じことしか言わなくなった」
あれ、と母親を指差しながらつまらなさそうに、前髪の長い少年は欠伸をする。ショウと呼ばれた長髪の少年は、ナイフで少女の腕を軽く切りつける。少女が悲鳴をあげると、さらに楽しげに高笑いをした。
「こっちは遊べるぞぉ。ケルン、お前もやるかぁ?」
「やだ。それ煩い」
前髪の長い少年ーーケルンは、ため息と共に隅にうずくまる母親の元に行くと、しゃがみこみ、髪を鷲掴みにし無理矢理顔を上げさせた。母親の片目は潰れてしまい、残る右目がショウの元にいる娘を捉える。
「うん、ちゃんと見えてるね。これは優しさだ、僕からの。娘の可愛い姿は、これが最後なんだから」
うんうんと頷く度揺れる前髪の奥には、優しさなど少しも感じられない瞳がゆらゆらと見える。母親は絞り出すようにやめてと手を延ばすが、その手が届く距離ではないことは見てわかる。
「お嬢ちゃん、ちゃあんと、啼いてくれよぉ?」
ショウの持つナイフが少女の腹部目掛けて降ろされる。
「いやぁぁぁあああ!まま!ままぁあ!」
ふわり。
風が吹いた。
その風は少女を優しく拐うと、壊された扉から外へと抜けていく。それは風ではなく、白髪の少年が自分を抱いて外へ出たと気づいたのは、少女が地面に降ろされた時だった。
「大丈夫か?怖かったよな」
頭を撫でる手が暖かく、少女に安心感を与えるには、それは十分すぎるものだった。少年は後ろに少女を庇うと、ショウとケルンを睨み付け、
「久し振りに会ったと思ったら……何やってんだよ」
外に出てきた2人はもう母親に興味を無くしたらしく、それこそ久し振りに会う白髪の少年を見ると、嬉しそうに高笑いをする。
ひとしきり笑い終えると、ショウは持っていたナイフを舐める。自分の舌が切れ血が出るが、むしろその血を舐めとると、興奮したように両手をあげた。
「ゼロぉ、オレさぁ、待ってたんだぜぇ?白い奴の血ぃ、白を赤く染めるって、きんもちぃんだろうなぁぁあああ」
「相変わらず胸糞わりぃ変態だなお前は!」
白髪の少年ーーゼロは、鳥肌が立つのを感じつつも、武器のないこの状況から少女を守るため、母親を救い出すため。
青髪の少年の合図を待つーー。