最終話 青の騎士、黒の王女 3
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気絶したままのルエを抱きかかえ、ハヤトは疲れたとばかりに座り込んでいた。倒れてからなんの変化も見られないが、しきりにゼロが心配していたことから、何かしら起こるのかもしれないと身構えていたが、それも杞憂に終わりそうだ。
規則正しく動く胸に安心しつつ、いやもしかしたら目が覚めないかもしれないと、不安にもなる。ヒリヒリする右手を見ると、これまた綺麗にこんがりと焼けており、ゼロの足よりも、自分の手を心配すべきだなとため息が零れた。
「ハヤトー、ルーちゃん起きたかー?」
神使に手当されたらしいゼロが、足を引きずりながら隣に並び、無遠慮に座り込む。ゼロの足には術を先程施したが、それ以外の傷には何もしていないからだ。
「いや、まだ起きないが……」
「ハヤトも手見てもらえよ?自分で自分に術は出来ないんだろ、それ」
それというのは、もちろん右手のことで、確かに術を自分に施すことは出来ない為、後で診てもらう必要がある。しかも水以外の元素の神使に、だ。面倒くさいことこの上ないが、まぁそれも仕方がないと腹を括る。
リーベは先程、ジェッタに連れられ城へと戻っていった。これからどうなるのかはわからないが、もう王女でいられはしないだろう。南にある、処罰施設に行くのかもしれないと、ハヤトはルエの髪を梳きながら考えた。
「……オレの見てる前で普通やる?」
「なんでお前の許可を取る必要がある?」
「っかー!はいはい、そうですかそうですよね!」
悔しげに天を仰ぐゼロを余所に、ハヤトは愛しげにルエにまた視線を戻す。この目が開かれたら、なんて言葉をかけようか。
「ん……」
長いまつげがピクリと震え、静かに開いていく。ゼロが嬉しげに前のめりになり、その先を今か今かと待ち続けている。ハヤトも梳いていた手を止めると、優しくルエを見つめた。
「あ、れ……私……」
うっすら開いた瞳がハヤトを捉える。
嬉しげな声を上げるかと思いきや、ルエは不安を帯びた瞳でハヤトを見つめ、すぐにハヤトから離れるように飛び起きた。ハヤトよりも、ゼロが驚いたようにルエを見る。
「ルーちゃん、どうしたんだ……?」
「あ、ゼロ……。私、一体どうして……」
ゼロのことは認識している。そして恐らく、ここで何があったのかも覚えているのだろう。
ゼロはこれに覚えがある。ハヤトやルエとあの日以来、初めて会った日、まるで昔の記憶だけが抜け落ちたかのような。
「ハヤトのこと、わからない?」
震える声でルエに問う。
「え、えと……」
困る表情のルエを見て、ゼロは悟った。神の詞の代償が、これなのだと。耐え切れずハヤトを横目で見ると、彼は理解したとばかりにゼロに視線だけで応える。
その瞳に悲しげな色が浮かんでいるのは、きっと気のせいではないはずなのに。
「ルーちゃん、何があったかは覚えてる、んだよな?」
「オディオ伯父様が、マーシアを連れていって、それであの……」
ルエは急に口籠り、頭を押さえてうつむいた。
「ルーちゃん、ごめん、大丈夫だから。ごめんな」
慌ててルエの頭に手をやり、優しく撫でてやりながら、本当ならばハヤトの役目だろうにとも思う。いや、ハヤトもわかっているのだ、このどうしようもない状況を。
一段落したらしいジェッタが3人の元へ来るが、気まずい空気が流れるのに気づき、言葉をかけることが出来ずにいた。その中、ハヤトはそっとホルダーから神機を出し、それを左手で持つと、ルエの前に跪き握った神機を差し出した。
困惑するルエ。
神機を受け取ろうとしないルエに、ゼロは仕方がないとばかりに苦笑いした。
「ルーちゃん。オレと初めて会った日のこと、覚えてる?」
「は、はい」
「あの儀、ハヤトにやってあげて?」
それでも神機に手を伸ばさない。それもそうだ、ルエは、ハヤトとは初めて会ったのだろうから。けれども、ここでゼロが何かを言ったとして。それはルエの中には何も残りはしないのだと、ゼロもよくわかっていた。
だから、もうそれ以上は何も言わず待つことにした。
「……貴方は」
ぽつりと、ルエの口から零れる。
「貴方は、なぜここにいるのですか?」
差し出した神機をそのままに、ハヤトは顔を上げる。2人の視線が絡み合う。
「……俺は、約束を果たしに来ました」
「約束?」
「盾となり、側にいると」
「た、て……」
差し出された神機をしばし見つめ、ルエはそっと手を伸ばしそれを掴んだ。それをしっかり握り直し、トリガーには指をかけずに持つと、銃口をハヤトへと向ける。ハヤトは薄く笑いかけ、そして頭を下げた。
「我、ハヤト・エイピア・ウィンチェスターは、汝、ルエディア・サガレリエットの盾と成らん。たとえ、我が生命尽きようと。たとえ、我が魂挫かれようと。汝がため、再び詞を紡がん」
ハヤトの言葉を待って、ルエは静かに頷き、その銃口の先を右肩に合わせる。ルエが問う。
「汝、その生命は民の盾と誓うか?」
「はい」
銃口を左肩に合わせ、再び問う。
「汝、その魂に裏切りはないと誓うか?」
「はい」
最後に銃口を胸あたりに合わせる。
「汝、その詞を神の為に紡ぐと誓うか?」
「……いいえ」
ルエが眉をひそめる。隣で聞くゼロも、どういうことかと耳を疑う。しかしハヤトは気にした様子もなく、顔を上げると真っ直ぐにルエを見上げた。
「俺が紡ぐ詞は、全部、貴方の為に」
「っ……」
はっとした顔でハヤトを見る。ハヤトの瞳が、優しく自分を見つめている。だからルエもふわりと笑った。
「ふふ、ちゃんと誓ってください、もう……。私、ルエディア・サガレリエットは汝、ハヤト・エイピア・ウィンチェスターを、ここに盾の騎士として認めましょう」
言葉が終わり、ルエが高く神機を掲げる。
後ろで聞いていたジェッタが、静かに腰から剣を抜くと、同じように掲げる。ゼロも剣を持っているかのように右手を掲げる。
ハヤトが立ち上がると、ルエは「どうぞ」と優しく神機を返してくる。「あぁ」と短く返し、同じように優しく神機を受け取る。
パチパチと乾いた音がどこからか響き出す。ジェッタの後ろに控えていた神使たちが、皆で手を叩いていた。ジェッタも剣をしまうと、さて、とゼロに肩を貸し立ち上がらせる。
「帰るぞ、話はまた明日にしよう」
背中を見せたジェッタに、帰るとは何処にだと言いかけたが、まぁついていくしかないのだろうと、ハヤトはルエの手を取り歩きだしたのだった。
※
3日。
ゼロが眠りこけていた日数だ。
あれからすぐに、ウィンチェスター家に連れていかれ、きちんと手当てを受け、それから死んだように眠っていたらしい。まぁ、それは仕方がない。
実際、折れた足はまだ治っていないし、全身打撲で身体は痛いままだ。それでも彼には、松葉杖をついてでも向かうべき場所があった。
すれ違うメイドたちが可笑しそうに笑う。それに軽い返事を返しつつ、ゼロは松葉杖とは思えないほどの速さで目的地へと到達した。
「ハヤト!いる!?」
ノックも何もせずに、力任せに開けた扉の先。
ハヤトは丸テーブルにて、優雅にもティータイムを過ごしていた。反対側に座るルエの肩が、驚きでびくりと大きく跳ねる。随分楽しそうに過ごしていたようで、ゼロを見て、ハヤトは盛大にため息を零した。
「え、何そのため息。嫌味?嫌味だよな?」
「嫌味ではない。煩いと思っただけだ」
「何がどう違うのか、はよ説明しろ。はよ、はよ」
松葉杖を片方ぶんぶん振り回すが、ハヤトは気にしていないとばかりに立ち上がると、部屋の隅から椅子をひとつ引っ張り出し、テーブルの近くに置いた。微妙に離れた場所に置かれてはいるが、ゼロはあまり気にせずどかりと腰を降ろす。
「ゼロ、もう大丈夫なんですか?」
心配そうに覗き込むルエに、ゼロは明るく笑いかけ、
「足は1ヶ月くらいかかるけどなー。それ以外はまぁすぐに治るんじゃね?」
よいしょと手を伸ばし、テーブルの上からマカロンをひとつ摘み口に放り込む。ハヤトが顔をしかめるが、もちろん気にしない。
「それよりもさ、色々聞きたいんだけど」
ハヤトのカップに手をかけ飲み干す。さらに顔が歪んでいくが、これくらいで怒るような奴ではないはずだ、たぶん。
無言で睨むハヤトに、いややっぱり怒っているなとゼロは思い直し、軽く手をひらひらさせながら「ごめん」とだけ謝る。これで済むのを、ゼロは経験からよくわかっていた。
「さっきさ、部屋にグレイが来たんだけどどうなってるわけ?なんかお城が無くなったとかメイドたちが言ってるし、よくわからん」
早口でまくしたてると、ハヤトは頭に手をやり、わかったと言わんばかりに首を横に振る。
「順を追って説明してやるから落ち着け」
町でマーシアが恐慌派に連れて行かれたと、ジェッタの元に伝令が届いたのは、ハヤトたちが塔を出る少し前だ。マーシアからも、自分が囮になれば尻尾を掴みやすいと言われていた為、あまり驚きはしなかった。それでも予想よりも早い恐慌派の行動に、ジェッタは焦りを隠せなかった。
塔にいるであろうルエを守る為向かったが、時すでに遅し。そこには恐慌派の騎士たちがいたのだ。奥まで進み、傷つきながらも剣を振るい続けるグレイと合流し、塔の騎士たちを気絶程度に収めつつ、事態が収拾したのは、月が昇り始めた頃だ。
そこから城へと急ぎ戻り祭壇へ、という流れになる。
「ふーん。で、なんでルーちゃんがここにいて、城が無くなったとかなってんの?」
そう言って、ゼロはさらにマカロンをつまむ。ハヤトは自分のカップを手に取り、そういえば飲まれてしまったのだとカップを戻す。
「よければこれ、どうぞ」
「あ、あぁ、すまない」
ルエが遠慮がちに自分のカップを勧め、それを飲もうと手をかけるが、鬼の形相でゼロが睨んできたため、ハヤトは飲まずにそれを戻した。元はゼロが飲んだせいなのだが。
「私からお話しますね。伯父様は負債を作っていたようでして、それの返済に、お城も王家所有の船も、あと神使団も無くしてしまいました」
「え、いやちょっと待って?」
「騎士団は元々ウィンチェスター家の管理下なので、そちらに還すという手筈で済んだのですが……」
いきなり過ぎて話についていけないが、つまり、ルエは家なしになってしまったということだ。家なしならまだしも、この様子だと、恐らくは王家の紋すら返還になったのではなかろうか。
ハヤトをちらりと見る。
「予想通りだ。ルエの身柄はこちら、ウィンチェスターで引き取ることにした。本来なら石を東に還すんだが、石が無いから城を東、紋は西、神使団は南に、船は民間に売却した。」
「はぁぁぁあああ!?」
思わず声が裏返る。それをしれっと言ってしまう辺り、このハヤトという男は、つくづく業務的な奴なのだと思い知らされる。今更、ゼロが異議申し立てをしたところで何も変わりはしないし、そもそも、ただの騎士である自分にはなんの発言権もない。
ルエの身柄も、本当ならばウィンチェスターが預かることは出来はしないだろうに。
「ということで、塔も壊れてしまいましたし、ハヤトくんたちと住むことに……」
「待って待って待って。男所帯に住むつもり?ショウっていう危険人物もいるのわかって言ってる!?」
「はい、あ、もちろんゼロも一緒ですよ」
そこではない。そこではないのだが、ふわりと笑う妹を前にして、甘いゼロは渋々ながらも了承するしかない。まぁ、自分が守ればいいのだ。
「わかった、でも部屋の鍵はちゃーんと閉めろよ?」
言い聞かせるように言うと、ルエは「はい」と嬉しそうに笑う。それを見て、ゼロは思う。思い描いた未来とは違うが、これがこの先も続くなら、まぁそれでいいじゃないかと。
楽しげに談笑する妹。
時折短い相槌を打つ親友。
マカロンをまた口に放り込み、ゼロはベランダへ続く扉を見る。
あの日よりも広い空が、そこには広がっていた。
サガレリエットが紋を還した。
それは瞬く間に世界へ広がった。
黒髪の男は笑う。
30代半ばに見えるその男は、手に持つ紙切れをくしゃりと潰す。
眼前に広がる海の向こう。
微かに見える中央の影に両手を広げ、男は声高々に笑ったのだ。
僕を忘れた、君へと紡ぐ。
中央編 完
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。とかげになりたい僕です。
これにて中央編は終わりになります。もちろん、全然書ききれていないこと、まだまだ書きたいことがあるので、それはこれからまたゆったり書いていくつもりです。
ゼロは未だに兄と認識されていないわけで、というか、ハヤトとルエは1からになってしまいましたし。早くくっつけばいいのにって思ってます、正直。
こんなとかげですが、これからも読んでやんよって優しい方がいたらいいなと思いつつ、東編に入りたいと思います。
それではまた、次のお話で。
本当にありがとうございました!




