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僕を忘れた君へと紡ぐ。  作者: とかげになりたい僕
青の騎士、黒の王女
23/23

最終話 青の騎士、黒の王女 3 

 ※




 気絶したままのルエを抱きかかえ、ハヤトは疲れたとばかりに座り込んでいた。倒れてからなんの変化も見られないが、しきりにゼロが心配していたことから、何かしら起こるのかもしれないと身構えていたが、それも杞憂に終わりそうだ。

 規則正しく動く胸に安心しつつ、いやもしかしたら目が覚めないかもしれないと、不安にもなる。ヒリヒリする右手を見ると、これまた綺麗にこんがりと焼けており、ゼロの足よりも、自分の手を心配すべきだなとため息が零れた。

「ハヤトー、ルーちゃん起きたかー?」

 神使(しんし)に手当されたらしいゼロが、足を引きずりながら隣に並び、無遠慮に座り込む。ゼロの足には術を先程施したが、それ以外の傷には何もしていないからだ。

「いや、まだ起きないが……」

「ハヤトも手見てもらえよ?自分で自分に術は出来ないんだろ、それ」

 それというのは、もちろん右手のことで、確かに術を自分に施すことは出来ない為、後で診てもらう必要がある。しかも水以外の元素の神使に、だ。面倒くさいことこの上ないが、まぁそれも仕方がないと腹を括る。

 リーベは先程、ジェッタに連れられ城へと戻っていった。これからどうなるのかはわからないが、もう王女でいられはしないだろう。(サウス)にある、処罰施設に行くのかもしれないと、ハヤトはルエの髪を梳きながら考えた。

「……オレの見てる前で普通やる?」

「なんでお前の許可を取る必要がある?」

「っかー!はいはい、そうですかそうですよね!」

 悔しげに天を仰ぐゼロを余所に、ハヤトは愛しげにルエにまた視線を戻す。この目が開かれたら、なんて言葉をかけようか。


「ん……」


 長いまつげがピクリと震え、静かに開いていく。ゼロが嬉しげに前のめりになり、その先を今か今かと待ち続けている。ハヤトも梳いていた手を止めると、優しくルエを見つめた。

「あ、れ……私……」

 うっすら開いた瞳がハヤトを捉える。

 嬉しげな声を上げるかと思いきや、ルエは不安を帯びた瞳でハヤトを見つめ、すぐにハヤトから離れるように飛び起きた。ハヤトよりも、ゼロが驚いたようにルエを見る。

「ルーちゃん、どうしたんだ……?」

「あ、ゼロ……。私、一体どうして……」

 ゼロのことは認識している。そして恐らく、ここで何があったのかも覚えているのだろう。

 ゼロはこれに覚えがある。ハヤトやルエとあの日以来、初めて会った日、まるで昔の記憶だけが抜け落ちたかのような。

「ハヤトのこと、わからない?」

 震える声でルエに問う。

「え、えと……」

 困る表情(かお)のルエを見て、ゼロは悟った。神の(スペル)の代償が、これなのだと。耐え切れずハヤトを横目で見ると、彼は理解したとばかりにゼロに視線だけで応える。

 その瞳に悲しげな色が浮かんでいるのは、きっと気のせいではないはずなのに。

「ルーちゃん、何があったかは覚えてる、んだよな?」

「オディオ伯父様が、マーシアを連れていって、それであの……」

 ルエは急に口籠り、頭を押さえてうつむいた。

「ルーちゃん、ごめん、大丈夫だから。ごめんな」

 慌ててルエの頭に手をやり、優しく撫でてやりながら、本当ならばハヤトの役目だろうにとも思う。いや、ハヤトもわかっているのだ、このどうしようもない状況を。

 一段落したらしいジェッタが3人の元へ来るが、気まずい空気が流れるのに気づき、言葉をかけることが出来ずにいた。その中、ハヤトはそっとホルダーから神機(しんき)を出し、それを左手で持つと、ルエの前に跪き握った神機(しんき)を差し出した。

 困惑するルエ。

 神機(しんき)を受け取ろうとしないルエに、ゼロは仕方がないとばかりに苦笑いした。

「ルーちゃん。オレと初めて会った日のこと、覚えてる?」

「は、はい」

「あの儀、ハヤトにやってあげて?」

 それでも神機に手を伸ばさない。それもそうだ、ルエは、ハヤトとは初めて会ったのだろうから。けれども、ここでゼロが何かを言ったとして。それはルエの中には何も残りはしないのだと、ゼロもよくわかっていた。

 だから、もうそれ以上は何も言わず待つことにした。

「……貴方は」

 ぽつりと、ルエの口から零れる。

「貴方は、なぜここにいるのですか?」

 差し出した神機をそのままに、ハヤトは顔を上げる。2人の視線が絡み合う。

「……俺は、約束を果たしに来ました」

「約束?」

「盾となり、側にいると」

「た、て……」

 差し出された神機をしばし見つめ、ルエはそっと手を伸ばしそれを掴んだ。それをしっかり握り直し、トリガーには指をかけずに持つと、銃口をハヤトへと向ける。ハヤトは薄く笑いかけ、そして頭を下げた。

「我、ハヤト・エイピア・ウィンチェスターは、汝、ルエディア・サガレリエットの盾と成らん。たとえ、我が生命(いのち)尽きようと。たとえ、我が(こころ)挫かれようと。汝がため、再び(うた)を紡がん」

 ハヤトの言葉を待って、ルエは静かに頷き、その銃口の先を右肩に合わせる。ルエが問う。

「汝、その生命(いのち)は民の盾と誓うか?」

はい(ヤー)

 銃口を左肩に合わせ、再び問う。

「汝、その(こころ)に裏切りはないと誓うか?」

はい(ヤー)

 最後に銃口を胸あたりに合わせる。

「汝、その(うた)を神の為に紡ぐと誓うか?」

「……いいえ(ナイン)

 ルエが眉をひそめる。隣で聞くゼロも、どういうことかと耳を疑う。しかしハヤトは気にした様子もなく、顔を上げると真っ直ぐにルエを見上げた。

「俺が紡ぐ(うた)は、全部、貴方の為に」

「っ……」

 はっとした顔でハヤトを見る。ハヤトの瞳が、優しく自分を見つめている。だからルエもふわりと笑った。

「ふふ、ちゃんと誓ってください、もう……。私、ルエディア・サガレリエットは汝、ハヤト・エイピア・ウィンチェスターを、ここに盾の騎士(シルトリッター)として認めましょう」

 言葉が終わり、ルエが高く神機を掲げる。

 後ろで聞いていたジェッタが、静かに腰から剣を抜くと、同じように掲げる。ゼロも剣を持っているかのように右手を掲げる。

 ハヤトが立ち上がると、ルエは「どうぞ」と優しく神機を返してくる。「あぁ」と短く返し、同じように優しく神機を受け取る。

 パチパチと乾いた音がどこからか響き出す。ジェッタの後ろに控えていた神使たちが、皆で手を叩いていた。ジェッタも剣をしまうと、さて、とゼロに肩を貸し立ち上がらせる。

「帰るぞ、話はまた明日にしよう」

 背中を見せたジェッタに、帰るとは何処にだと言いかけたが、まぁついていくしかないのだろうと、ハヤトはルエの手を取り歩きだしたのだった。



 ※



 3日。

 ゼロが眠りこけていた日数だ。

 あれからすぐに、ウィンチェスター家に連れていかれ、きちんと手当てを受け、それから死んだように眠っていたらしい。まぁ、それは仕方がない。

 実際、折れた足はまだ治っていないし、全身打撲で身体は痛いままだ。それでも彼には、松葉杖をついてでも向かうべき場所があった。

 すれ違うメイドたちが可笑しそうに笑う。それに軽い返事を返しつつ、ゼロは松葉杖とは思えないほどの速さで目的地へと到達した。

「ハヤト!いる!?」

 ノックも何もせずに、力任せに開けた扉の先。

 ハヤトは丸テーブルにて、優雅にもティータイムを過ごしていた。反対側に座るルエの肩が、驚きでびくりと大きく跳ねる。随分楽しそうに過ごしていたようで、ゼロを見て、ハヤトは盛大にため息を零した。

「え、何そのため息。嫌味?嫌味だよな?」

「嫌味ではない。煩いと思っただけだ」

「何がどう違うのか、はよ説明しろ。はよ、はよ」

 松葉杖を片方ぶんぶん振り回すが、ハヤトは気にしていないとばかりに立ち上がると、部屋の隅から椅子をひとつ引っ張り出し、テーブルの近くに置いた。微妙に離れた場所に置かれてはいるが、ゼロはあまり気にせずどかりと腰を降ろす。

「ゼロ、もう大丈夫なんですか?」

 心配そうに覗き込むルエに、ゼロは明るく笑いかけ、

「足は1ヶ月くらいかかるけどなー。それ以外はまぁすぐに治るんじゃね?」

 よいしょと手を伸ばし、テーブルの上からマカロンをひとつ摘み口に放り込む。ハヤトが顔をしかめるが、もちろん気にしない。

「それよりもさ、色々聞きたいんだけど」

 ハヤトのカップに手をかけ飲み干す。さらに顔が歪んでいくが、これくらいで怒るような奴ではないはずだ、たぶん。

 無言で睨むハヤトに、いややっぱり怒っているなとゼロは思い直し、軽く手をひらひらさせながら「ごめん」とだけ謝る。これで済むのを、ゼロは経験からよくわかっていた。

「さっきさ、部屋にグレイが来たんだけどどうなってるわけ?なんかお城が無くなったとかメイドたちが言ってるし、よくわからん」

 早口でまくしたてると、ハヤトは頭に手をやり、わかったと言わんばかりに首を横に振る。

「順を追って説明してやるから落ち着け」


 町でマーシアが恐慌派に連れて行かれたと、ジェッタの元に伝令が届いたのは、ハヤトたちが塔を出る少し前だ。マーシアからも、自分が囮になれば尻尾を掴みやすいと言われていた為、あまり驚きはしなかった。それでも予想よりも早い恐慌派の行動に、ジェッタは焦りを隠せなかった。

 塔にいるであろうルエを守る為向かったが、時すでに遅し。そこには恐慌派の騎士たちがいたのだ。奥まで進み、傷つきながらも剣を振るい続けるグレイと合流し、塔の騎士たちを気絶程度に収めつつ、事態が収拾したのは、月が昇り始めた頃だ。

 そこから城へと急ぎ戻り祭壇へ、という流れになる。


「ふーん。で、なんでルーちゃんがここにいて、城が無くなったとかなってんの?」

 そう言って、ゼロはさらにマカロンをつまむ。ハヤトは自分のカップを手に取り、そういえば飲まれてしまったのだとカップを戻す。

「よければこれ、どうぞ」

「あ、あぁ、すまない」

 ルエが遠慮がちに自分のカップを勧め、それを飲もうと手をかけるが、鬼の形相でゼロが睨んできたため、ハヤトは飲まずにそれを戻した。元はゼロが飲んだせいなのだが。

「私からお話しますね。伯父様は負債を作っていたようでして、それの返済に、お城も王家所有の船も、あと神使(しんし)団も無くしてしまいました」

「え、いやちょっと待って?」

「騎士団は元々ウィンチェスター家の管理下なので、そちらに還すという手筈で済んだのですが……」

 いきなり過ぎて話についていけないが、つまり、ルエは家なしになってしまったということだ。家なしならまだしも、この様子だと、恐らくは王家の紋すら返還になったのではなかろうか。

 ハヤトをちらりと見る。

「予想通りだ。ルエの身柄はこちら、ウィンチェスターで引き取ることにした。本来なら石を(イスト)に還すんだが、石が無いから城を(イスト)、紋は西(ウェス)、神使団は(サウス)に、船は民間に売却した。」

「はぁぁぁあああ!?」

 思わず声が裏返る。それをしれっと言ってしまう辺り、このハヤトという男は、つくづく業務的な奴なのだと思い知らされる。今更、ゼロが異議申し立てをしたところで何も変わりはしないし、そもそも、ただの騎士である自分にはなんの発言権もない。

 ルエの身柄も、本当ならばウィンチェスターが預かることは出来はしないだろうに。

「ということで、塔も壊れてしまいましたし、ハヤトくんたちと住むことに……」

「待って待って待って。男所帯に住むつもり?ショウっていう危険人物もいるのわかって言ってる!?」

「はい、あ、もちろんゼロも一緒ですよ」

 そこではない。そこではないのだが、ふわりと笑う妹を前にして、甘いゼロは渋々ながらも了承するしかない。まぁ、自分が守ればいいのだ。

「わかった、でも部屋の鍵はちゃーんと閉めろよ?」

 言い聞かせるように言うと、ルエは「はい」と嬉しそうに笑う。それを見て、ゼロは思う。思い描いた未来(ゆめ)とは違うが、これがこの先も続くなら、まぁそれでいいじゃないかと。


 楽しげに談笑する妹。

 時折短い相槌を打つ親友。

 マカロンをまた口に放り込み、ゼロはベランダへ続く扉を見る。

 あの日よりも広い空が、そこには広がっていた。







 サガレリエットが紋を還した。

 それは瞬く間に世界へ広がった。

 黒髪の男は笑う。

 30代半ばに見えるその男は、手に持つ紙切れをくしゃりと潰す。

 眼前に広がる海の向こう。

 微かに見える中央(セントラル)の影に両手を広げ、男は声高々に笑ったのだ。




 僕を忘れた、君へと紡ぐ。

 中央(セントラル)編 完


ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。とかげになりたい僕です。

これにて中央編は終わりになります。もちろん、全然書ききれていないこと、まだまだ書きたいことがあるので、それはこれからまたゆったり書いていくつもりです。

ゼロは未だに兄と認識されていないわけで、というか、ハヤトとルエは1からになってしまいましたし。早くくっつけばいいのにって思ってます、正直。

こんなとかげですが、これからも読んでやんよって優しい方がいたらいいなと思いつつ、東編に入りたいと思います。


それではまた、次のお話で。

本当にありがとうございました!

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