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僕を忘れた君へと紡ぐ。  作者: とかげになりたい僕
青の騎士、黒の王女
22/23

青の騎士、黒の王女 2

 蔓が地面を波打つ。

 その度に崩れていく足場に、思わずハヤトは舌打ちした。記憶が大体はっきりした為か、神術の扱い方、紡ぎ方もわかるが、元々体力に恵まれたほうでもないので、あまり動き過ぎると不利になるのはわかっていた。

 ゼロを見ると、同じように不安定になった足場を器用に渡りつつ、こちらに合わせようと機会を待っているように見える。合図を送らずとも、彼ならやってくれると信じて仕掛けるしかない。

 神機(しんき)で創った結界も、あまり長くはもたないのだから。


 自分の神機から筒を出し、いつもの要領で神力を注ぐ。ゼロの剣と同じ色に染まったそれをはめ、いつでも撃てるように銃を握る。

 蔓が左右からハヤトに襲いかかる。上に飛んでかわすが、追いかけるように伸びてくる蔓に、ハヤトは仕方なしに銃を撃つ。燃えていく蔓は、熱さで苦しいのか何度も地面を叩くが、炎が消える様子はない。

 今しかないと思った。

「火の(スペル)、3の章、複合。業火の鉄槌、破壊の不死鳥。我が声に応え、抉り出さん」

 右手が焦げるように熱くなる。

 あまり得意ではない火が、自分の肌を焼く臭いに顔をしかめつつ、ハヤトは右手を薙ぎ払った。炎が一文字になり、まるで鳥が目的に飛んでいくかの如く、オディオだったものへと向かっていく。

 苦しげにのたうち回る蔓は、その炎を叩き落とそうと高く蔓を掲げる。背後にゼロが回り込み、大木に向かって剣を横に振った。

「吼えろ、業炎(ごうえん)!怒りを我が手に!」

 大木に剣が入るか入らないか、その瞬間に(スペル)を紡ぎ、見えない何かで遮られた剣を炎で包み、刃をさらに奥へとねじ込んでいく。痛みと熱さからか、大木は壮絶な雄叫びをあげて身をよじった。

 その反動でゼロの剣が割れ、為す術もなくゼロは地面に放り出された。ダメかと起き上がり確認すると、大木は、鳥に啄まれるかのように赤く赤く燃え上がっていた。

「やった、のか……?」

 安堵するハヤト。ゼロが手を振るのに、軽く手を上げて合図してやる。と、その時。

 大木は、その燃えたままの体で石壁に近づくと、力任せに壁を殴りつけ破壊する。崩れていく石壁を見、あれを出すわけにいかないと、ハヤトは(スペル)を紡ごうとするが、右手に走る激痛に一瞬遅れを取ってしまう。

 ゼロも追いかけようとするが、崩れた壁が足に挟まってしまい、すぐに出れる状態ではない。ハヤトは銃の筒を取り出し握ろうとするが、火傷を負った手では上手く握れず、筒はカツンと地面に転がっていく。

 微かに振り向いた大木が、勝ったとばかりに嫌な笑いを見せる。

 駄目だと、思った。


「火の(スペル)、5の章。炎炎(えんえん)成りて太古の証、祖は在りし日の陽炎。満ち逝く久遠(くおん)にて炎煙(えんえん)へと換われ」

 大木の頭上に赤い円が造られる。同時に足元にも同じ円が。

 それは炎を上下から噴き出すように発すると、簡単に大木を真っ黒な姿へと変えていく。大木から、木の焦げる臭いとは別の、肉が焼けるような嫌な臭いに顔を歪め、ハヤトは右手を押さえつつ壊された壁を、いやその向こうを見つめた。

「待たせた」

 赤髪の神使(しんし)たちの奥、彼らを率いていたのは、ハヤトの父ジェッタだった。


 さらさらと風に乗って飛んでいく、灰。

 全てが燃え尽きた後、その場に現れたのは、顔のみが残されたオディオだった。ハヤトは近づき、そっと屈んでオディオを覗き込む。半分が焼け、醜い姿になっても尚、彼は生きていた。闇に(こころ)を渡した影響だろうかと、ハヤトは眉をひそめる。

 神使(しんし)たちによって助けられたゼロも、ハヤトの隣に座り込む。片足は完全に折れたようで、今度は全治どれくらいだろうかとため息が零れた。

「すま、なかった……」

 オディオから掠れた声が洩れる。

「わし、は、とりかえしの、つかぬことを、した。たくさんのちが、ながれた、だろう……」

 近くで聞くハヤトとゼロは、何を言うでもなく、いや何も言えずに、ただその言葉の先を待った。

「きしたち、は、たくさん……しんだ……」

「そうだよ!騎士だけじゃない、ルーちゃんの両親だって……オレ、だって……」

 最後まで言葉を続けられず、ゼロは顔を背けた。オディオは、何かに気づいたかのように少し間を開け、悲しげにゼロを見つめた。

 自分を兄さんと呼ぶ、在りし日の妹の面影。そうか、彼はあの王子なのかと気づくが、気づいたところで時間(とき)は戻せはしない。オディオに出来るのは「すまなかった」と声を絞るだけ。


 いつから闇を見たのだろうか。

 石を持たずして生まれた時?いや、違う。

 (イスト)で次代の王が生まれたと知った時?いや、違う。

 妹、ラインがグロリオサと婚姻関係を結ぶと聞いた時?いや、違う。

 違う。違う。違う。どれも違う。


「お父様!」

 叫びにも近い声が聞こえた。父と呼ばれたのはどれくらいぶりか。

「お父様……、こんな、こんな……!」

 傍らに泣き崩れたのは、大切な最愛の娘。

 娘を産んですぐにこの世を去った妻は、最期の願いだと、娘を大切に育ててほしいと。

 娘、リーべの姿を瞳に写し、オディオは闇が晴れていくのを感じた。全部、リーべの為にと思っていたのに。

「リー、べ。おぼえてるか?ははおやが、いないと、ないたことを……。ははおやを、まもれなかったわしは、わしが、ゆるせず……。ここ、ろを、わたしてでも、ははおやをまた、おまえのもとに……」

 浅くなっていく呼吸は、オディオの限界を示しているも同然だった。リーべは少し目を見開き驚いた後、そっとオディオの顔を持ち上げ、優しく抱えた。

「あたしが、あんなこと言ったからなのね。ごめんなさい、お父様。あたし、あたし、お父様と二人でも楽しかったのよ……?」

 半分無くなった口が、微かに微笑む。

 そのまま、オディオは静かに消えていった。

 月明かりが照らすだけの、暗闇に還るために。



 ※



 ルエは、不思議な場所に立っていた。

 上も下も、右も左もないそこは、ともすれば落ちているのかもしれない。

 死んだのかもしれない。

 それでも構わないと(スペル)を紡いだのだけれど。

「よ、ルエディア」

「ケディラ?」

 ふいに名前を呼ばれ、意識がはっきりしてくる。ルエとは少し離れた位置に、ケディラは楽しげに、可笑しげに漂っていた。ルエは辺りを見回し少し考える。

「ケディラ、どうなったんですか?」

「どう?どうって、可笑しなことを言うんだなルエディアは。全て忘れるのに、知りたいって言うのか?」

「忘れる?」

 はてと首を傾げるルエの周りを、ケディラはふむ、と考えながらふよふよと漂い続ける。ルエを上から下まで眺め、にやりと笑い、ルエの顔を覗き込んだ。

「ちょうどいいし、教えてあげるよ。これからどうなるのか、それを聞いたらルエディアがどんな答えを言ってくれるのか、とても興味があるからね」

「私の、答え……」

 戸惑うルエには構わず、ケディラは話し続ける。

神女(みこ)(スペル)を紡いだ君は、ボクが言うものを失う。あぁそうそう、この説明は君のお兄さんにもしたっけな」

「兄様もここに?」

「来たさ。ここでのことは忘れるから、お兄さんも君も、例に洩れず忘れるだろうけどね」

 ケディラが指をくるくる回すと、ルエの隣に、幼いレイの姿が現れた。透けている姿から、本物ではないことはわかるが、それでもルエは嬉しさから手を伸ばす。もちろん、それは虚しく(くう)を切っただけだ。

「本来なら失うものはまぁ、選べないんだけど……。ルエディアは、神女(みこ)になるべくして生まれた存在だからね、特別に選ばせてあげようと思うんだ」

 それはケディラなりの優しさなのか。それとも先程言った通り、興味を満たすための手段なのか。ルエには判断がつかず、ただ、言葉の先を待つしかない。

「君の大切な人から代償を払ってもらうか、君自身から払うか」

「私は、私自身が決めたことです。大切な人たちに、それを払わせることは有り得ません」

「まぁそうだろうね。じゃ、君の、神女(みこ)の力、それから……」

 ケディラは考える素振りを見せ、ルエの胸あたりをトントン、と指で軽く叩く。

「大事な気持ちをもらうとするよ」

 言葉の真意が掴めないまま、ルエの意識は遠のいていく。その中で、微かに青の彼の姿を見て、ルエはそうかと妙に納得する。


 恐らく、目覚めたら自分は何も覚えてはいないだろう。

 ここでのやり取りはもちろん、きっと彼と過ごしてきた数週間のことも。

 それでも自分は、必ず彼にまた惹かれるだろう。

 自分の気持ちは自分がよくわかっているつもりだ。

 でも最後に、あの言葉を伝えたかった。

 消えていく彼の姿に手を伸ばし、ルエは最早届かない言葉を口にした。

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