青の騎士、黒の王女 2
蔓が地面を波打つ。
その度に崩れていく足場に、思わずハヤトは舌打ちした。記憶が大体はっきりした為か、神術の扱い方、紡ぎ方もわかるが、元々体力に恵まれたほうでもないので、あまり動き過ぎると不利になるのはわかっていた。
ゼロを見ると、同じように不安定になった足場を器用に渡りつつ、こちらに合わせようと機会を待っているように見える。合図を送らずとも、彼ならやってくれると信じて仕掛けるしかない。
神機で創った結界も、あまり長くはもたないのだから。
自分の神機から筒を出し、いつもの要領で神力を注ぐ。ゼロの剣と同じ色に染まったそれをはめ、いつでも撃てるように銃を握る。
蔓が左右からハヤトに襲いかかる。上に飛んでかわすが、追いかけるように伸びてくる蔓に、ハヤトは仕方なしに銃を撃つ。燃えていく蔓は、熱さで苦しいのか何度も地面を叩くが、炎が消える様子はない。
今しかないと思った。
「火の詞、3の章、複合。業火の鉄槌、破壊の不死鳥。我が声に応え、抉り出さん」
右手が焦げるように熱くなる。
あまり得意ではない火が、自分の肌を焼く臭いに顔をしかめつつ、ハヤトは右手を薙ぎ払った。炎が一文字になり、まるで鳥が目的に飛んでいくかの如く、オディオだったものへと向かっていく。
苦しげにのたうち回る蔓は、その炎を叩き落とそうと高く蔓を掲げる。背後にゼロが回り込み、大木に向かって剣を横に振った。
「吼えろ、業炎!怒りを我が手に!」
大木に剣が入るか入らないか、その瞬間に詞を紡ぎ、見えない何かで遮られた剣を炎で包み、刃をさらに奥へとねじ込んでいく。痛みと熱さからか、大木は壮絶な雄叫びをあげて身をよじった。
その反動でゼロの剣が割れ、為す術もなくゼロは地面に放り出された。ダメかと起き上がり確認すると、大木は、鳥に啄まれるかのように赤く赤く燃え上がっていた。
「やった、のか……?」
安堵するハヤト。ゼロが手を振るのに、軽く手を上げて合図してやる。と、その時。
大木は、その燃えたままの体で石壁に近づくと、力任せに壁を殴りつけ破壊する。崩れていく石壁を見、あれを出すわけにいかないと、ハヤトは詞を紡ごうとするが、右手に走る激痛に一瞬遅れを取ってしまう。
ゼロも追いかけようとするが、崩れた壁が足に挟まってしまい、すぐに出れる状態ではない。ハヤトは銃の筒を取り出し握ろうとするが、火傷を負った手では上手く握れず、筒はカツンと地面に転がっていく。
微かに振り向いた大木が、勝ったとばかりに嫌な笑いを見せる。
駄目だと、思った。
「火の詞、5の章。炎炎成りて太古の証、祖は在りし日の陽炎。満ち逝く久遠にて炎煙へと換われ」
大木の頭上に赤い円が造られる。同時に足元にも同じ円が。
それは炎を上下から噴き出すように発すると、簡単に大木を真っ黒な姿へと変えていく。大木から、木の焦げる臭いとは別の、肉が焼けるような嫌な臭いに顔を歪め、ハヤトは右手を押さえつつ壊された壁を、いやその向こうを見つめた。
「待たせた」
赤髪の神使たちの奥、彼らを率いていたのは、ハヤトの父ジェッタだった。
さらさらと風に乗って飛んでいく、灰。
全てが燃え尽きた後、その場に現れたのは、顔のみが残されたオディオだった。ハヤトは近づき、そっと屈んでオディオを覗き込む。半分が焼け、醜い姿になっても尚、彼は生きていた。闇に魂を渡した影響だろうかと、ハヤトは眉をひそめる。
神使たちによって助けられたゼロも、ハヤトの隣に座り込む。片足は完全に折れたようで、今度は全治どれくらいだろうかとため息が零れた。
「すま、なかった……」
オディオから掠れた声が洩れる。
「わし、は、とりかえしの、つかぬことを、した。たくさんのちが、ながれた、だろう……」
近くで聞くハヤトとゼロは、何を言うでもなく、いや何も言えずに、ただその言葉の先を待った。
「きしたち、は、たくさん……しんだ……」
「そうだよ!騎士だけじゃない、ルーちゃんの両親だって……オレ、だって……」
最後まで言葉を続けられず、ゼロは顔を背けた。オディオは、何かに気づいたかのように少し間を開け、悲しげにゼロを見つめた。
自分を兄さんと呼ぶ、在りし日の妹の面影。そうか、彼はあの王子なのかと気づくが、気づいたところで時間は戻せはしない。オディオに出来るのは「すまなかった」と声を絞るだけ。
いつから闇を見たのだろうか。
石を持たずして生まれた時?いや、違う。
東で次代の王が生まれたと知った時?いや、違う。
妹、ラインがグロリオサと婚姻関係を結ぶと聞いた時?いや、違う。
違う。違う。違う。どれも違う。
「お父様!」
叫びにも近い声が聞こえた。父と呼ばれたのはどれくらいぶりか。
「お父様……、こんな、こんな……!」
傍らに泣き崩れたのは、大切な最愛の娘。
娘を産んですぐにこの世を去った妻は、最期の願いだと、娘を大切に育ててほしいと。
娘、リーべの姿を瞳に写し、オディオは闇が晴れていくのを感じた。全部、リーべの為にと思っていたのに。
「リー、べ。おぼえてるか?ははおやが、いないと、ないたことを……。ははおやを、まもれなかったわしは、わしが、ゆるせず……。ここ、ろを、わたしてでも、ははおやをまた、おまえのもとに……」
浅くなっていく呼吸は、オディオの限界を示しているも同然だった。リーべは少し目を見開き驚いた後、そっとオディオの顔を持ち上げ、優しく抱えた。
「あたしが、あんなこと言ったからなのね。ごめんなさい、お父様。あたし、あたし、お父様と二人でも楽しかったのよ……?」
半分無くなった口が、微かに微笑む。
そのまま、オディオは静かに消えていった。
月明かりが照らすだけの、暗闇に還るために。
※
ルエは、不思議な場所に立っていた。
上も下も、右も左もないそこは、ともすれば落ちているのかもしれない。
死んだのかもしれない。
それでも構わないと詞を紡いだのだけれど。
「よ、ルエディア」
「ケディラ?」
ふいに名前を呼ばれ、意識がはっきりしてくる。ルエとは少し離れた位置に、ケディラは楽しげに、可笑しげに漂っていた。ルエは辺りを見回し少し考える。
「ケディラ、どうなったんですか?」
「どう?どうって、可笑しなことを言うんだなルエディアは。全て忘れるのに、知りたいって言うのか?」
「忘れる?」
はてと首を傾げるルエの周りを、ケディラはふむ、と考えながらふよふよと漂い続ける。ルエを上から下まで眺め、にやりと笑い、ルエの顔を覗き込んだ。
「ちょうどいいし、教えてあげるよ。これからどうなるのか、それを聞いたらルエディアがどんな答えを言ってくれるのか、とても興味があるからね」
「私の、答え……」
戸惑うルエには構わず、ケディラは話し続ける。
「神女の詞を紡いだ君は、ボクが言うものを失う。あぁそうそう、この説明は君のお兄さんにもしたっけな」
「兄様もここに?」
「来たさ。ここでのことは忘れるから、お兄さんも君も、例に洩れず忘れるだろうけどね」
ケディラが指をくるくる回すと、ルエの隣に、幼いレイの姿が現れた。透けている姿から、本物ではないことはわかるが、それでもルエは嬉しさから手を伸ばす。もちろん、それは虚しく空を切っただけだ。
「本来なら失うものはまぁ、選べないんだけど……。ルエディアは、神女になるべくして生まれた存在だからね、特別に選ばせてあげようと思うんだ」
それはケディラなりの優しさなのか。それとも先程言った通り、興味を満たすための手段なのか。ルエには判断がつかず、ただ、言葉の先を待つしかない。
「君の大切な人から代償を払ってもらうか、君自身から払うか」
「私は、私自身が決めたことです。大切な人たちに、それを払わせることは有り得ません」
「まぁそうだろうね。じゃ、君の、神女の力、それから……」
ケディラは考える素振りを見せ、ルエの胸あたりをトントン、と指で軽く叩く。
「大事な気持ちをもらうとするよ」
言葉の真意が掴めないまま、ルエの意識は遠のいていく。その中で、微かに青の彼の姿を見て、ルエはそうかと妙に納得する。
恐らく、目覚めたら自分は何も覚えてはいないだろう。
ここでのやり取りはもちろん、きっと彼と過ごしてきた数週間のことも。
それでも自分は、必ず彼にまた惹かれるだろう。
自分の気持ちは自分がよくわかっているつもりだ。
でも最後に、あの言葉を伝えたかった。
消えていく彼の姿に手を伸ばし、ルエは最早届かない言葉を口にした。




