青の騎士、黒の王女 1
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絶え間無く続くオディオからの手、さらには神術を受け、ゼロの地面に突き立てた剣に、ぴしりとヒビが入る。神機の神力も尽きかけている。どちらにしろ、このままでは壁も呑まれ、全員死んでしまうだろう。
結局自分は、何も守れはしなかった。
悔しい。
騎士になると誓って、ウィンチェスターに来た時も。
白髪で神力がないから諦めろと言われた時も。
やっと会えた妹に、忘れられたと知った時だって。
涙なんて出なかったのに。
「ルー、ちゃん……!逃げろ……!」
かろうじて呟けた言葉だが、後ろにいるはずのルエから返事はない。疑問に思い、そろりと首だけ向ける。
穴の空いたハヤトの体に、時計が写し出されていた。あの日のように、それは、カチリと規則正しく時が進んでいる。
「ルーちゃん、それは……」
「記憶の中にあるんです……。昔、兄様が同じことをした記憶が……」
これまでずっと、あの日については聞いてこなかった。忘れたいほど辛い記憶なら、それは思い出さなくてもいいと思っていたからだ。例えなくてもいい、作ればいいと、そうずっと考えていた。
「ハヤトくんがこうやって倒れて、兄様が詞を紡いで……。少しだけ思い出したんです」
「ルーちゃん、でもそれは、その詞は……」
神女のみが許された神術。
まだ神女ではないルエが紡いだとして、無事である保証はどこにもない。そして、何が起こるのかも。
心配するゼロに、ルエは小さく、だがはっきりと首を横に振ると、ふわりと優しく笑った。
「兄様もこうやって助けてくれたんです。なら、私もやらないと。兄様が残してくれた思いを、私も繋いでいかないと」
かざしたルエの手から光が溢れる。その両手を祈るように組むと、ルエは凛とした声で詞を紡ぎ始めた。
「神の詞、生の章。想いあるべき場所に、今こそ咲き誇れ、蒼炎の華。全てを抱き締め、新緑の葉が、芽生えることを」
カチリ。
針が止まる。それは逆に進み始め、みるみるうちにハヤトの傷が塞がっていった。青白い顔も血色がよくなり、次第に呼吸を取り戻していく。
ゆっくり開いていく瞳にルエの姿を映すと、ハヤトは薄く微笑み、愛おしそうにその頬に手を伸ばした。
「すまない」
ルエから零れた涙が、ハヤトの頬を濡らす。
「いいえ、私なら大丈夫ですから」
そう言って笑うルエの涙を優しく拭いとる。ハヤトが起き上がったのを見て、ルエは安心したのか倒れていく。それを抱き留め優しく寝かせると、ハヤトはヒビの入った剣に目をやった。
「ゼロ」
「わかってるって。いつでもいいぜ」
にやりと笑ったゼロに、ハヤトはこくりと頷き、傍らに座り込むマーシアに目をやる。
「ルエを頼んだ」
「はい、ハヤト様……!」
マーシアは見た。
その瞳の奥に潜む光が、搭に来たばかりの無気力なものではなく、幼少期の、強い暖かい光が宿っているのを。
「水の詞、3の章、複合。我が声に応え、冷たき刃と成し、凍てつく息吹と還れ」
ハヤトの詞と同時にゼロも術を解く。周囲を覆っていた壁が無くなると、そこに見えてきたのは、あの日と同じ手。しかもそれは本数が増え、鎌になっている物、剣になっている物、ドリルのようになっている物と、多種多様だ。
ハヤトを中心に創られた氷の小さな刃は、それらの手に容赦なく突き刺さり、刺さった箇所から凍らせていく。地面にぼとぼとと落ちていった手は、そのまま粉々に砕け散ってしまった。
表情を変えないオディオを見据え、ハヤトは嬉しげに薄く笑う。応えるように、にんまりと笑うオディオ。
「ウィンチェスターの倅、やはり還りし者だったのじゃな」
「あぁ、お前のお陰でな。夢から覚めた気分だ、感謝している」
そう言ってはいるが、絶対に感謝なぞしていないのだろう。笑っているのがその証拠だと、ゼロは地面から剣を抜きつつ苦笑いする。大体怒っている時、彼はこういう表情していた、確か。
「もう終わりにしようぜ。あんたの魂と、生命を壊してさ」
構えた剣の先、オディオから禍々しいオーラが発しているのに少したじろぎ、それでもゼロは守るためにと喝を入れ直し、隣に立つハヤトを見た。
彼の瞳は、ただ真っ直ぐに、オディオを捉えていた。
オディオの腕が再生されていくのを見て、ハヤトは小さく舌打ちする。やはりもう人へは戻れないのだ、オディオが戻りたいと願っていたとしても。
再生された腕はオディオに絡みつくと、みるみると巨大化していき、それは人の形すら残らないほどに巨大な木へと変貌していった。巻きつく腕、いや蔓といってもいいそれは、どくどくと脈打ち気持ち悪さを引き立たせている。
「おえ、なんだありゃ」
「神に背いた者が辿る末路、と比喩したほうがよさそうだな」
巻きついた蔓の隙間から、大量の液体が飛び出してくる。それをひらりと2人は避け、ハヤトはケルンの元へ駆け寄り、優しくケルンの頬を叩いた。本来、目があるであろう場所には何もなく、ただ真っ黒な空虚がそこにあった。
「ケルン、ケルン!しっかりしろ」
あまり揺するとよくないと判断し、ハヤトは優しく背負うと、ゼロが守っているルエの元へ急ぎ戻る。絶え間無く来る液体は、足元に飛び散る度に、石を溶かしては足場を不安定にさせていく。
「ハヤト、どうすんだ!ジリ貧じゃねーか、これ!」
ゼロの剣は神機の為か、すぐに溶けはしないようだが、ヒビが確実に大きくなっている。長くはもたないだろう。ハヤトも神機の銃から筒を取り出しすぐさま握る。青く染まったそれを銃に取りつけ、ハヤトは宙に向かって打った。
発射された青い光は弾け、5人を包むように球体になる。液体はその球体をすり抜けることなく、弾かれては壁や地面に落ちていった。
「恐らく、本体……オディオ陛下はあれ自身だろう。だが生半可に破壊するだけでは再生されてしまう」
「だとすると……全部凍らせればいーんでね?」
「相変わらず考えなしだな。水は貫通に関しては高い精度だが、破壊には向いていない。火でやるしかない、が……」
そこまで言ってやっと理解したのか、ゼロはあぁと手を叩く。しかし、すぐに気づいたようにハヤトを見返した。
「火って、苦手だったんじゃ」
「苦手なわけではない、得意でないだけだ」
どこに違いがあるのか聞きたくなったが、今それを突っ込んでる暇ではない。ゼロは黙って自分の神機を無言で差し出すと、
「こういうこと、だよな?」
「わかっているじゃないか」
「うわー、絶対壊れるじゃんこれ。サナちゃんに怒られるじゃん、また」
嫌そうに舌を出すゼロを半ば無視し、ハヤトは剣の柄を握ると、そこから神力を注ぎ込んだ。本来、こうして神力を注ぐものではないが、そんなことを言っている場合でもない。
刀身が赤く染まる。少し注ぎすぎたかもしれないと思ったが、まぁ壊れたらサナに一緒に謝りに行こう。隣で剣を構えるゼロを見据え、ハヤトは眉をひそめつつ問う。
「出たら入ってこれない、1回で決める」
「へいへい、任せとけって。オレは天才騎士サマだぜ?」
にやりと笑うゼロに、鼻で笑い返すと、ハヤトは左手の神機を強く握り締める。昔、小姓だった頃は、こうして一緒に過ごしていた。
また、いや今度は3人で過ごせたら。ルエの苦い紅茶に、そうだ、評判のマカロンもつけて。
球体から最初にゼロが飛び出すのを見送り、ハヤトも続いて躍り出る。紅茶の味を、ふと思い出した気がした。




