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僕を忘れた君へと紡ぐ。  作者: とかげになりたい僕
青の騎士、黒の王女
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青の騎士、黒の王女 1

 ※




 絶え間無く続くオディオからの手、さらには神術(しんじゅつ)を受け、ゼロの地面に突き立てた剣に、ぴしりとヒビが入る。神機(しんき)の神力も尽きかけている。どちらにしろ、このままでは壁も呑まれ、全員死んでしまうだろう。

 結局自分は、何も守れはしなかった。


 悔しい。

 騎士になると誓って、ウィンチェスターに来た時も。

 白髪で神力がないから諦めろと言われた時も。

 やっと会えた妹に、忘れられたと知った時だって。

 涙なんて出なかったのに。


「ルー、ちゃん……!逃げろ……!」

 かろうじて呟けた言葉だが、後ろにいるはずのルエから返事はない。疑問に思い、そろりと首だけ向ける。

 穴の空いたハヤトの体に、時計が写し出されていた。あの日のように、それは、カチリと規則正しく時が進んでいる。

「ルーちゃん、それは……」

「記憶の中にあるんです……。昔、兄様が同じことをした記憶が……」

 これまでずっと、あの日については聞いてこなかった。忘れたいほど辛い記憶なら、それは思い出さなくてもいいと思っていたからだ。例えなくてもいい、作ればいいと、そうずっと考えていた。

「ハヤトくんがこうやって倒れて、兄様が(スペル)を紡いで……。少しだけ思い出したんです」

「ルーちゃん、でもそれは、その(スペル)は……」

 神女(みこ)のみが許された神術。

 まだ神女ではないルエが紡いだとして、無事である保証はどこにもない。そして、何が起こるのかも。

 心配するゼロに、ルエは小さく、だがはっきりと首を横に振ると、ふわりと優しく笑った。

「兄様もこうやって助けてくれたんです。なら、私もやらないと。兄様が残してくれた思いを、私も繋いでいかないと」

 かざしたルエの手から光が溢れる。その両手を祈るように組むと、ルエは凛とした声で(スペル)を紡ぎ始めた。

「神の(スペル)、生の章。想いあるべき場所に、今こそ咲き誇れ、蒼炎(そうえん)の華。全てを抱き締め、新緑の葉が、芽生えることを」

 カチリ。

 針が止まる。それは逆に進み始め、みるみるうちにハヤトの傷が塞がっていった。青白い顔も血色がよくなり、次第に呼吸を取り戻していく。

 ゆっくり開いていく瞳にルエの姿を映すと、ハヤトは薄く微笑み、愛おしそうにその頬に手を伸ばした。

「すまない」

 ルエから零れた涙が、ハヤトの頬を濡らす。

「いいえ、私なら大丈夫ですから」

 そう言って笑うルエの涙を優しく拭いとる。ハヤトが起き上がったのを見て、ルエは安心したのか倒れていく。それを抱き留め優しく寝かせると、ハヤトはヒビの入った剣に目をやった。

「ゼロ」

「わかってるって。いつでもいいぜ」

 にやりと笑ったゼロに、ハヤトはこくりと頷き、傍らに座り込むマーシアに目をやる。

「ルエを頼んだ」

「はい、ハヤト様……!」

 マーシアは見た。

 その瞳の奥に潜む光が、搭に来たばかりの無気力なものではなく、幼少期の、強い暖かい光が宿っているのを。

「水の(スペル)、3の章、複合。我が声に応え、冷たき刃と成し、凍てつく息吹と還れ」

 ハヤトの(スペル)と同時にゼロも術を解く。周囲を覆っていた壁が無くなると、そこに見えてきたのは、あの日と同じ手。しかもそれは本数が増え、鎌になっている物、剣になっている物、ドリルのようになっている物と、多種多様だ。

 ハヤトを中心に創られた氷の小さな刃は、それらの手に容赦なく突き刺さり、刺さった箇所から凍らせていく。地面にぼとぼとと落ちていった手は、そのまま粉々に砕け散ってしまった。

 表情を変えないオディオを見据え、ハヤトは嬉しげに薄く笑う。応えるように、にんまりと笑うオディオ。

「ウィンチェスターの(せがれ)、やはり還りし者だったのじゃな」

「あぁ、お前のお陰でな。夢から覚めた気分だ、感謝している」

 そう言ってはいるが、絶対に感謝なぞしていないのだろう。笑っているのがその証拠だと、ゼロは地面から剣を抜きつつ苦笑いする。大体怒っている時、彼はこういう表情(かお)していた、確か。

「もう終わりにしようぜ。あんたの(こころ)と、生命(いのち)を壊してさ」

 構えた剣の先、オディオから禍々しいオーラが発しているのに少したじろぎ、それでもゼロは守るためにと喝を入れ直し、隣に立つハヤトを見た。

 彼の瞳は、ただ真っ直ぐに、オディオを捉えていた。


 オディオの腕が再生されていくのを見て、ハヤトは小さく舌打ちする。やはりもう人へは戻れないのだ、オディオが戻りたいと願っていたとしても。

 再生された腕はオディオに絡みつくと、みるみると巨大化していき、それは人の形すら残らないほどに巨大な木へと変貌していった。巻きつく腕、いや蔓といってもいいそれは、どくどくと脈打ち気持ち悪さを引き立たせている。

「おえ、なんだありゃ」

「神に背いた者が辿る末路、と比喩したほうがよさそうだな」

 巻きついた蔓の隙間から、大量の液体が飛び出してくる。それをひらりと2人は避け、ハヤトはケルンの元へ駆け寄り、優しくケルンの頬を叩いた。本来、目があるであろう場所には何もなく、ただ真っ黒な空虚がそこにあった。

「ケルン、ケルン!しっかりしろ」

 あまり揺するとよくないと判断し、ハヤトは優しく背負うと、ゼロが守っているルエの元へ急ぎ戻る。絶え間無く来る液体は、足元に飛び散る度に、石を溶かしては足場を不安定にさせていく。

「ハヤト、どうすんだ!ジリ貧じゃねーか、これ!」

 ゼロの剣は神機(しんき)の為か、すぐに溶けはしないようだが、ヒビが確実に大きくなっている。長くはもたないだろう。ハヤトも神機の銃から筒を取り出しすぐさま握る。青く染まったそれを銃に取りつけ、ハヤトは宙に向かって打った。

 発射された青い光は弾け、5人を包むように球体になる。液体はその球体をすり抜けることなく、弾かれては壁や地面に落ちていった。

「恐らく、本体……オディオ陛下はあれ自身だろう。だが生半可に破壊するだけでは再生されてしまう」

「だとすると……全部凍らせればいーんでね?」

「相変わらず考えなしだな。水は貫通に関しては高い精度だが、破壊には向いていない。火でやるしかない、が……」

 そこまで言ってやっと理解したのか、ゼロはあぁと手を叩く。しかし、すぐに気づいたようにハヤトを見返した。

「火って、苦手だったんじゃ」

「苦手なわけではない、得意でないだけだ」

 どこに違いがあるのか聞きたくなったが、今それを突っ込んでる暇ではない。ゼロは黙って自分の神機を無言で差し出すと、

「こういうこと、だよな?」

「わかっているじゃないか」

「うわー、絶対壊れるじゃんこれ。サナちゃんに怒られるじゃん、また」

 嫌そうに舌を出すゼロを半ば無視し、ハヤトは剣の柄を握ると、そこから神力を注ぎ込んだ。本来、こうして神力を注ぐものではないが、そんなことを言っている場合でもない。

 刀身が赤く染まる。少し注ぎすぎたかもしれないと思ったが、まぁ壊れたらサナに一緒に謝りに行こう。隣で剣を構えるゼロを見据え、ハヤトは眉をひそめつつ問う。

「出たら入ってこれない、1回で決める」

「へいへい、任せとけって。オレは天才騎士サマだぜ?」

 にやりと笑うゼロに、鼻で笑い返すと、ハヤトは左手の神機を強く握り締める。昔、小姓(ペイジ)だった頃は、こうして一緒に過ごしていた。

 また、いや今度は3人で過ごせたら。ルエの苦い紅茶に、そうだ、評判のマカロンもつけて。

 球体から最初にゼロが飛び出すのを見送り、ハヤトも続いて躍り出る。紅茶の味を、ふと思い出した気がした。


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