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20/23

過去と、今来 3

 ※



 しとしと。

 しとしと。


 あぁ嫌な雨だ。

 生温い、気持ち悪い、まとわりつくような。

 その中に、ぽつん、と。

 神力(しんりょく)の歪みを感じて、ハヤトは視線を向ける。

「やぁ」

 にんまりと笑い、そこに佇むのは。

「オディオ様……」

 空間を歪めることは、いくら神術(しんじゅつ)といえど出来ることではない。王族でもそれは同じ。

「まさか、オディオ様」

 信じられないとでも言いたげなハヤトとは反対に、レイは見知った顔に安堵したのか、ルエから手を離すとふらふらと走り出す。

「伯父さん、よかった。助けに来てくれたんだよな?」

「行くなレイ!」

 反射で手を掴むが、レイはそれを思いきり振りほどいてしまう。ハヤトの目に映ったのは、自分を怖がるような親友の表情(かお)。掴み直すことが出来るはずもなく、ハヤトは離れていくその背中を見るだけだ。

「くっ、ルエ様を頼んだぞ」

 半ば押しつけられるようにルエを託され、ハヤトは諦めの混じった瞳でグレイを見上げる。グレイはそれを気にするでもなく、レイの肩を掴むと行かせまいと力を込める。

 ハヤトは、ふいに感じた暖かさで我に還る。そっと見下ろすと、只でさえ小さなルエが、さらに小さくなって震えていた。黒い瞳に溜まる涙が目に止まる。

「レイ……、レイ!戻れ、レイ!ルエが待ってる!」

 妹の名に呼応するかのように、ぴくりと肩が上下し、レイが振り返る。それは嫌にゆっくりと。

「我が(こころ)!彼方より(きた)る孤高の闇よ!声に応え、生命(いのち)を燃やせ!」

 それはオディオの紡いだ言葉。

 黒い闇が、レイとグレイを呑もうとしている。

 それは足元から。まとわりつく、影のように。

 ハヤトではどうしようも出来ない、と感じた。


(くう)(スペル)、5の章。照らし照らされ灯火の華。咲き乱れるは空蝉の如き。我が声に応え、(うつつ)へと出でよ」


 凛とした声だ。

 それはハヤトの背後から聞こえた。

「かあさま!」

 顔を綻ばせるルエが、嬉しげに手を振る。息を切らせているグロリオサとライン。会談はどうしたのかと疑問に思ったが、いや、恐らく同じだったのだとハヤトは結論づける。

 そうでなければ、この2人がここにいるはずはないのだから。

 レイとグレイの闇も晴れたようで、2人はがくりと膝をついた。

「へ、陛下……申し訳ありません」

 項垂れるようにして言うグレイに、グロリオサは「いや」と一言返し、にやりと笑う。

「守ってくれてあんがとな!」

 レイたちの奥でにたにたと不気味に笑い続けるオディオに、グロリオサはため息をつきつつ、鋭く睨みつける。

「義兄さん、久しく見ない間に、相当歪んだ顔になりましたなぁ?」

「ふっふっ……くっ……ははは。馬鹿にしてきた低俗な(イスト)の末端め。まぁいい、ラインはこちらのものだ」

「は?」

 何を言っているんだと訝しんだ瞬間。

「がっ、はぁ……」

 隣に立つラインの声。

 見ると、胸の辺りから黒い球体が。それはラインを、いやその場にいる者を呑み込むかのように、次第に広がり始める。

 グロリオサが球体に手をかざし、神力を注ぎ止めようとするが、広がりは止まる気配がない。肘まで呑まれ、グロリオサは悔しげに叫ぶ。

「お前……、禁忌を犯してでも王になりたいか!そこに何がある!?何が残される!?手には何も掬うことは出来ない!」

 既にラインは首まで呑まれており、このままでは神女(みこ)の力もオディオに、いやオディオが(こころ)を渡した闇に、呑まれてしまうだろう。

 グロリオサはラインを見つめる。視線が絡みつき、同じ光を視ているのだとグロリオサは確信した。

「外からダメなら……内からってな。レイ、覚えときな?」

 恐怖の混ざりあった瞳が、にこやかに笑うグロリオサを捉える。

「女ってのはなぁ、外からじゃなく、内から攻めるもんなんだぜ?」

「こんな時まで貴方という人は……」

 呆れ顔の、しかしどこか穏やかなラインもまた笑う。それでもどこかに哀しみを感じるのは、きっと気のせいではない。

 近づけないよう、グレイがレイを抱え込むなか、手を伸ばしたその先で。


 球体は一瞬大きくなり2人を呑み込み。

 そして、跡には何も残らなかった。


「うぁぁぁああああ!」


 今までないほどに叫んだ。

 大好きな父と母が、消えた。

 グレイに離せとばかりに胸板を殴るが、いくら強く殴っても、離そうとはしなかった。

 今思えば、グレイもまた、微かに震えていた。

 しかしこの時のレイは、それを気にかけるほど、出来た子供でもなく。

 怒りの矛先は、目の前のグレイにぶつけるしかなかったのだ。

 ルエもまた同じだ。

 理解はできないが、大好きな父と母が急にいなくなった。それは確かに事実で、頼りにする兄ですら泣いていることが、さらにルエを混乱させていた。


 どれだけ悲しもうが。

 まだオディオはいる。


 グレイはいつでも(スペル)を紡げるように、剣を握ったままだ。ハヤトも同じように、手をかざし(スペル)を紡げるようにする。しかし、オディオはその場から動かず、逆に苦しみだしたのだ。

「ラインめ……、あいつ、中で……やりおった、な……。こう、なったら……」

 オディオの視線の先。

 そこには震えるルエ。

「同じ神女(みこ)を取り込んで、抑えてやろうぞ!」

 両手を広げると、それは人とは思えない速度で伸びていき、まるで鎌のようになっていく。敢えて言うならそれは、人間カマキリだろうか。

 レイを抱えるグレイは反応が少し遅れる。

 ハヤトがルエを鎌のない方角へ突き飛ばす。

 鎌に挟まれる形になったハヤトの身体は、腹の部分で上下に分かれるように、嫌に綺麗な弧を描き。

 ぼとりと、地面に落ちた。


 ハヤトは、自分は死ぬのだと感じた。

 そこに転がるのは、自分の半身だからだ。

 神術でどうにかなるものではない。

 けれど、このままでは大切な人が死ぬと思った。

 失いかけている意識を引っ張りあげ、ハヤトはぽつりぽつりと、紡ぎ始める。

「水の、(スペル)、5の章……。淡い輝き、手に……乗せて。行く手数多に、誘いでる。我が声に応え……、招き入れん……!」

 しとしと。

 しとしと。

 降り続く雨が、次第に氷つき、それは巨大な1本の氷柱になる。さらにオディオを縛るように水が絡みつき、オディオ目掛けて氷柱が突き刺さった。

 しかし。

 地面に刺さった氷柱には、オディオの姿はなかった。寸前で消えたのだろう、出てきた時と同じように。

 少し緩んだグレイの手から、レイが無理に抜け出し、ルエとハヤトの元へ駆け寄る。ハヤトの状態を見、微かに息をしてはいるが、助かりはしないだろう姿に、レイはただ呆然とした。

 ルエがうわ言のように「きしさま」と繰り返している。自分もまた、ハヤトに何も言えてない。妹が悲しむのも見たくはない。

 だから。

 レイは祈るように両手を合わせ、許されないそれを、2人の為に紡ぐことにした。

「神の(スペル)、生の章」

 レイを中心にし、暖かい風が吹く。

 春先のようなそれは、ルエが生まれたその日を思い出させる。

「想いあるべき場所に咲き誇れ、蒼炎(そうえん)の華」

 合わせた両手の間から溢れ出る光は、綺麗すぎて。

「全てを抱き締め」

 そこで言葉が詰まる。

 紡ぎ終えたら自分はどうなるのだろうか。

 両手が震える。

 自分が代わりに死ぬのだろうか。

「新緑の葉が……」

 早く紡ぎ終えないといけないのに。

 合わせた両手がふいに軽くなる。

 ハヤトが両手に手をやり、力なく首を振った。


 あぁ、何を迷っていたのだろう。


「芽生えることを……!」

 紡ぎ終え、レイがハヤトに両手をかざす。光は時計をハヤトの上に描くと、進んでいた針をかちりと止め、そして反時計回りに針を動かし始めた。離れていた下半身が動き、それはぴったりと上半身に合わさっていく。

 それに安堵しつつも、レイは、自分の中から何かが消えていく感覚に襲われながら、次第に見えなくなっていく親友と妹に、努めて明るく笑った。


 光が消え、グレイが慌てて駆け寄ったそこには、人の形を取り戻したハヤトの姿と、それに被さるように気絶しているルエ。

 レイの姿は、どこにもなかった。



 ※



「……い、お……。おい……、生きてるか?」

「ん……」

 誰かに頬を軽く叩かれている。こんなことをしてくるのはハヤトくらいだ。しかし可笑しなことを言うもんだ、生きてるか、だなんて。

 確かに体はだるいし、まだ寝ていたい気分ではあるが、死んでいると勘違いしなくてもいいではないか。

 レイは重い瞼をそっと開け、何回かまばたきをする。次第にはっきりしていく視界に、見覚えのある顔が見え、しかしそれがハヤトではないことに疑問を感じながら体を起こした。

「よかった、生きてるじゃないか。水でも飲むか?」

 水の入ったカップを差し出してきたのは、港で会ったあの店主だ。それにしても可笑しい。初対面ではないはずなのに、やけに他人行儀である。

「……ありがと」

 喉を潤していく水の冷たさに、少しずつ冷静になっていく。

 まず、あのあとどうなったのか。2人は生きているのか、オディオはどうしたのか、自分はなぜ生きているのか。

 カップの水を見つめつつ、そこまで考えて。

 この、水に写っている白髪の人は誰だろう。

 いや、誰も何もない。自分が持っているカップなのだから、写っているのも自分のはずだ。

「あ……、あれ……。オレ……なんで……」

 思わず自分の髪を鷲掴みにし、そのまま力任せに引っこ抜く。痛みが走るが構わず手の中の髪を見た。

 真っ白なそれは、自分の髪だった。

「お、おい坊主、一体どうしたってんだ?まぁ、白髪は珍しいから嫌になるのもわからんでもねぇけどよ……」

「坊主……じゃ、ねぇよ……」

「ああん?」

 持っていたカップを思いきり地面に叩きつけ、そのまま地面に突っ伏す。涙なんて、とうに枯れてしまい、出ないけれども。

 それでも悲しく、嗚咽が溢れ出る。

「オレ、赤いやつもらったじゃんか……」

「赤い……?」

 店主ははて、と少し考え、はっとしてレイをまじまじと見つめる。信じられないとでも言いたげだが、1番信じられないのはレイ自身だ。

「坊主……、髪どうした?」

「禁忌の、(スペル)を、紡いだらこうなって……」

 店主は「わかった」とだけ言い、巻いていたバンダナを外しレイの頭に巻いてやる。頭に触れた瞬間、レイがびくりと肩を震わせ、怯えた目で店主を見上げた。

「安心しな、どっか売ろってんじゃねぇ。その頭だと目立つし、何より」

 大きな手がレイの頭をぽんと包む。

「ハゲちまったしな」

 そう豪快に笑った店主に、レイは「うるせ……」と俯き答えた。その口元は、微かに微笑みながら。



 ※



 西(ウェス)から来たという黒髪の少年は、にたにたと笑いながら船の前に立っていた。ルエを背負い、左にハヤトを抱えたこの状況では、グレイは渋い顔で少年を見据えるしかできない。

「そこの青いのさ、西(こっち)にくれない?巻き戻したんでしょ、それ」

 手に持つタブレットをひらひらさせながら、少年は後ろの船を顔で示す。

「わかってると思うけど、もう中央(セントラル)の船はないよ。これボクんとこのだし。でもさ、帰りたいよねー?困るよねー?」

 口元をタブレットで隠してはいるが、その下にはあのにやけ顔があるに違いない。答えはわかっているのだ、この少年は。

 実際、グレイにはどうしようも出来ない。神機(しんき)の神力はほとんどなく、しかしハヤトもいつ目覚めるかわからない。レイの居場所も、それどころか中央(セントラル)がこれからどうなるのかも。

「待って頂きたい……」

「いやいや、待つとかあり得ないでしょ。仮に待ったとして、いい返事である保証は?ボクらへのメリットは?無い、なら待つ必要性は無い」

 少年なら、今のグレイを消してしまうことは簡単だろう。しかしそれをしないのは、ここが彼の領域ではないからだ。

 タブレットがグレイに向けられる。捕縛して無理にでも連れて行くつもりだろうか。苦しげに、グレイが言葉を絞り出す。

「ハヤトは、まだ未熟です……」

「ふーん、で?」

 少年は、早く言えとばかりにタブレットをちらつかせている。

「せめて13になるまで待って頂きたい……。今の体では、恐らく、貴方の望みを果たすことは出来ません」

「あ、そ。ま、確かに壊れたら困るしなー」

 うんうんと頷いた少年はにこりと笑い、懐から小さなカプセルを取り出すと、無遠慮にハヤトに近づき、そのカプセルを無理矢理口に押し込んだ。喉が動いたのを確認し、少年は満足そうにグレイを見上げた。

「あんまり成長されても困るしさー、一定まで育ったら止まるようにさせてもらったよー」

 くるりと背を向け歩き出し、少し進んだところで「あ」と立ち止まった。グレイを見ようともせず、少年はタブレットを高く掲げると、

「王女様だけどさー、なんだっけあそこ。神女が死んだから、神霊(しんれい)、還ってると思うし。そこに隠しときなー」

 もしや古い搭のことを指しているのだろうか。グレイでさえ、あの搭には近づいたことはないが、王族である少年が言うのだ。間違ってはいないはず。例え少年が、外道に近いことを望んでいても。

 苦しげなハヤトを抱え直し、グレイは渋々と船に乗り込んだ。大切な主の娘を守るためとは言え、自分は人の子の人生を勝手に決めてしまった。小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。

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