過去と、今来 2
グレイに引きずられるようにして船の近くまで戻ると、数十人の騎士と、囲まれるようにしてルエとハヤトがいた。レイに手を振るルエの横で、ハヤトがため息をつきながら睨んでいる。小言なら聞きたくはないが、いやそもそも自分のせいということは聞かなかったことにする。
「レイ……あまり団長を困らせるなよ……」
「グレイはもう団長じゃないから困らせていいだろ」
「まだ団長だ」
言い合いになりそうなので、レイは適当に相槌を打つと、自分をまだ掴んでいるグレイを見上げる。
「なぁ、どこで寝るの?」
グレイはため息と共に手を離してやると、腕組みをしつつ苦笑いをする。
「全く貴方は……。1週間は滞在予定だと聞いたはずですよ?今日はここ、港町で過ごし、明日は水の村に出発する予定です」
最後まで聞き終わるや否や、レイはひゃっほいと飛び上がり、ハヤトの手を取ると上下に振り始めた。いきなりで訳もわからず、されるがままだったハヤトだが、水の村という言葉で、少し表情がか固くなる。
知ってか知らずか、レイはハヤトにだけ聞こえるように顔を近づけ、
「じゃ、明日は水の村で泊まるってことだし……。あれ、明日行こうぜ!」
またこの聞かん坊王子のことだ、言い出したら聞かない止まらない突っ走るに違いない。ハヤトは内心、後でグレイに相談しようと決め、適当に受け流すことにする。
「あ、それからさ。これもらったから後で食べようぜ」
レイが懐から出したのは、先ほど店主から受け取った林檎だ。もちろん、グレイに見つかった途端に取り上げられた。身元のわからない者からの贈り物は受け取れないだとかで。
王族専用の宿に泊まり、翌朝、ハヤトたちは水の村に向かっていた。
レイの両親、グロリオサとラインは、港町から通じる大使館にて会談中とのことで、合流できるのは明日になるとのことだ。すぐに来れるのかと疑問に思ったが、大使館から各村や町に内密の通路があり、そこを通れば追いつくのは容易いらしい。
グレイが手配した馬車に4人が乗り込み、周囲を馬に跨がった騎士たちが取り囲む形に。何事もなければ、お昼前には村に着く手筈になっている。
窓から流れる景色を、一喜一憂しながら見ているルエ。その百面相が面白く、レイは反対に座るルエの顔ばかりを見ていた。
「レイ……、にやけてるぞ」
「へ?」
言われて、窓に映る自分を見ると、なるほど確かに気持ち悪いにやけかたをしている。しかし可愛い妹を前にしてにやけるなというほうが無理だ。
「ルーが可愛いからな、仕方ない」
どや顔で自信たっぷりに返されては、ハヤトも苦笑いをするしかない。この兄はいつもそうだ、この3年間、それは嫌というほど見てきた。
「……あれ?にーさま、にーさま」
ルエに呼ばれて窓を見る。
騎士が並走している。
いや、こんなに近くを走るものだろうか。
騎士が剣を窓に向かって突き立てる構えを取る。
「!?」
隣に座るグレイが、レイの襟を掴み、そのまま床に押し倒す。
ハヤトもルエを抱き抱えるようにして、床に倒れ込んだ。
剣が窓を突き破る。
破片が飛び散る。
「ハヤト!」
グレイの声で我に還ると、ハヤトは天井に向けて手をかざす。
「水の詞、1の章。我が声に応え柱と成せ!」
手から発せられた水が天井を突き破り、人が通れるほどの穴が空けられる。ハヤトはルエをグレイに託すと、その穴から軽々と天井に登り、周囲の騎士たちを見渡した。
全員が操り人形のように虚ろな目をしている。
馬車の主人を見ると、既に首のない身体が椅子に座っており、代わりに騎士が手綱を握っていた。
「地の詞、1の章。我が声に応え激震と成せ!」
詞を紡ぐと、騎士たちの足元がぐにゃりと歪み、まるで意思を持つかのように地面が割れ、騎士たちを呑み込んだ。反動で馬車が大きく揺れ、そのまま横に倒れてしまう。
「あ……」
飛び退いたハヤトはまぁいいが、馬車の中は無事だろうかと不安になる。いや、グレイがいるはずだし、まぁなんとかしてくれるか。
「ハヤト!荒っぽいぞ、もっとなんとかならんかったのか!」
案の定、ドアを破って出てきたグレイは怒り心頭だった。
横倒しになった馬車の、幸か不幸か空を向いてしまった扉から、最初にルエを引っ張りあげ、続いてレイを引き上げる。
怖い思いをしたにも関わらず、気丈にも、ルエは泣いてはいなかった。それでも兄にすがりつく手が震えているのを見て、ハヤトは、もう少しやり方を改めようと思い直す。
「一体……皆どうしちまったんだ……」
ルエを宥めながら、レイは呆然と辺りを見回す。その中に、首のない主人がいるのに気がつき、レイはルエの視界に入らないように体を動かす。
「わからない……。団長、貴方はどう考えますか?」
「騎士たちは皆、意識がないように見えた。もしや、いやまさか」
頭に浮かんだ考えを消すように、グレイは頭を振る。もしそれが当たっているのだとしたら。
「陛下が危ない……」
口に出てしまった。
もちろんレイが聞こえていないわけがない。グレイの服を掴むと、思いきり揺さぶる。
「どういうことだ!父様と母様が危ないって」
「レイ、落ち着け!」
「落ち着けるかよ!だって父様たちが」
怒りの矛先をハヤトに向けようとして。
はっとした。
ルエが不安げにレイを見上げていた。
「にーさま、あぶない?とーさま、あぶない?」
「……っ、危なくないに決まってるだろ?大丈夫、兄ちゃんもいる」
幼い妹を抱き締める。言葉の最後は、自分に言い聞かせているようで。
しかし安心できる状態ではないらしく、辺りに注意を払っていたグレイが、腰から剣をすらりと抜き、転がっている騎士たちを鋭く睨む。
「ハヤト、気づいているな?」
「はい、強い神力です。これは……どの元素でもない……?」
不思議な感覚が背筋を伝う。
警戒を保ったままどれくらい経ったか。
それほど経っていないのかもしれない。
騎士たちがゆらりと立ち上がった。
「!?」
しかし、顔の向きが明らかにおかしい者、体の折れ方が異常な者、さらには身体の一部が欠損しているにも関わらず動く者もいる。
ルエが悲鳴を上げる。
レイも叫びたいが、ぐっと堪えると、ルエを抱く手に力を込める。
「翔び立て、閃光!哀しみを我が手に!」
詞と共にグレイが剣を掲げると、眩い光が辺りを照らし、それは一気に弾けると騎士たちに向かっていく。全身にそれを浴びた騎士は、焦げた臭いを漂わせながら倒れるが、すぐに立ち上がると4人に向かって剣を振り回し始めた。
それを受け流すグレイ。だが全てを流しきれるわけではない、その内限界がきてしまう。ハヤトをちらりと見ると、意図を汲んだのか頷く姿が見えた。
「水の詞、4の章、散開。生命の囁きよ、我が声に応え、灯を導け」
ハヤトが手を空にかざすと、騎士たちの周囲に水滴が発生し、それはまとわりつくように騎士たちを囲む。するとたちまち、騎士たちの体は飴細工のように溶けていった。
それを見せまいと、レイはルエを抱き締め直し、恐怖に満ちた表情でハヤトを見上げた。その青い瞳が悲しげに揺れるのを見て、自分はなんという顔をハヤトに向けたのかと後悔するが、しかしすぐに恐怖心が拭えるはずもなく。
「……構わない」
ハヤトのその言葉は、一体何に対してなのか。
いつも通り笑って、気にするなと言いたかったこの口は。
「……ごめん」
まるで肯定するかのように。
嫌な言葉を吐いてしまった。
※
異変に気づいたのはグロリオサだけではない。円形に座る他の大地の王族たちが、それぞれに気配に対して反応していた。
「あーあ、中央は大変そうだねー。ボクらんとこと違ってさー」
どう見ても子供のような外見の少年が、頬杖をつきつつニタリと笑う。片手で黒髪をくるくると弄び、グロリオサの反応を待っているようだ。
その少年の反対に座る、初老の夫婦がちらりとグロリオサを見ては出方を伺う。
「そう言うな、西。まぁ、確かになんだ、うちの身内はちっとばかし欲にまみれてるが」
はははと笑うグロリオサの横腹を、ラインがふざけるなとばかりにつつく。不意のことで、思わず「あふっ」と口から出てしまうが、ラインは悪いとは思っていないらしい。
「……ふぅ、やはり貴様を中央に置いたのは間違いだったのだ。石を持って生まれたばかりに。東の恥さらしめ」
「まぁまぁ、いいではありませんか?所詮、サガレリエットの王になれなかった者の妬みにしか過ぎませんよ」
夫婦がクスクスと笑うなか、居心地が悪そうに身を縮みこませるライン。グロリオサがその背にそっと手を添え、優しく笑いかける。
「爺さん婆さん、言葉がきっついぜ?それ言ったらあんたらも早く隠居生活したらどうだ?」
「ちっ、相変わらず末の癖に口だけは生意気な。石が無かったら東の中にも居場所はなかったのがわかってるのか?」
腕組みをし、威圧的に睨む初老の男性に、グロリオサは鼻で笑い返す。初老の女性も、あまり面白くはなさげな表情だ。
「でさー。ここ、どこかわかっててやってんだよねー?外のアレ、早くなんとかしてよねー」
少年が懐から出したタブレットを指で撫でつつ、全く興味がないとばかりにため息をついた。グロリオサは少し考える素振りを見せ、それからぽんと手を叩く。
「なんだ西の、気づいていたなら手伝ってくれ」
「イヤだし。それに南の掟、忘れたわけじゃないよねー?」
少年が指でくい、と示した先には。
険しい表情をした4人の男女。
あぁ、そういえば南は大地同士のいざこざは禁止だったか。しかし自分とて狙われている身なのだが。
「あーもー。ボクんとこの、殺られちゃったじゃん」
いらいらした様子で椅子からひょいと降りると、少年はただひとつだけある扉を睨みつける。手に握ったタブレットがふわりと浮き、その画面に文字が映し出された。
――舞い散れ、雨水。哀しみを我が手に――
タブレットが扉に向いた刹那。
扉を蹴破って入ってきたのは中央の騎士たちだった。水滴が騎士たちを取り囲み、それらは一粒一粒固まっていき、大きな水滴へと変貌する。その中に囚われた騎士たちは、息ができずもがいては、次第に動かなくなった。
「これで全部じゃないよねー。あー、でもめんどそうだからボク帰ろーっと。7010、23、会談は中止だよー」
退屈そうな伸びをしながら少年は言い、しかし反応がないことに首を傾げる。しかしすぐに「あー」と頭を掻くと、
「殺られたのは2人だったかー。帰ったら直してやらないとー」
ひらひらと手を振って出ていく後ろ姿に、初老の男性が手を伸ばしかけるが、すぐにそれを引っ込めると、鬼のような形相でグロリオサを睨みつけた。
「貴様、身内の始末ぐらいつけんか……!」
「まぁまぁ、わたくし共も早く行きましょう。中央とはこれで終わりですね」
いそいそと出ていく2人に、ラインが申し訳なさげに頭を下げる。身内、つまりはラインの兄オディオのことではあるが、まさかこんな大事な日を狙うなんて。
いや違うか。今日だからだ。
前々から騎士たちに洗脳をかけていたのだろう、それこそ何ヵ月もかけて、ゆっくりと。そうで無かったら、彼らの神力の変化に気づかないはずはない。
兄がグロリオサを憎んでいることはわかっていたのに。
ラインは無意識に手を強く握りしめていた。気づいたグロリオサが、その手をそっと取ると、首を横に振る。
「子供たちが心配だ。恐らく、あちらの騎士も同じだろう」
グロリオサはローブの男女に目をやり、深く頭を下げる。
「すまない、掟を破る形になってしまう……」
「……今回は、中央の問題のようですし、まぁ、大丈夫でしょう」
「それより早く行ってはどうですか。水の声が聞こえます。このままではまた水が消えてしまう」
口々に男女は答え、さぁとグロリオサを急かした。それに答えることもせず、グロリオサはラインの手を取ると、足早に扉から出ていった。




