過去と、今来 1
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生まれ育った南を離れ、父親ジェッタに連れてこられたのは、自分以外が茶髪の、王族が統べている大地だった。髪色が珍しいのか、町中を歩けば人々は自分を振り返る。
それがとても、耐えられなかった。
弟だと言われた茶髪の彼は、最初こそ遠巻きに見ていたが、転んで泣いていたのを助けてからは、よく後ろをついて歩くようになった。まだ生まれて間もない下の弟は、生まれつき常人より力が強く、義母がよく自分に助けを求めていたのを覚えている。
ある日のことだ。
それは春の暖かさが溢れ出した頃。
サガレリエットに王女が生まれたと知らせがあった。
父親に連れられて向かったのは、見たこともないような大きな城。その一室から、赤ん坊の泣き声とは別に、嬉しげな叫びにも近い声が聞こえてきた。
「陛下!お生まれになったと聞きました!」
ジェッタはノックとほぼ同時に扉を開ける。真面目な父だ、いつもはそんなことはしないだろうに。自分も続いておずおずと入ると。
ベッドに横たわる黒髪の女性。傍らに立つ、これまた黒髪の男性が、陛下だとするならば。陛下の手に抱かれているのが、生まれたばかりの王女だろう。
ではもう1人の彼は誰だろう。
自分とあまり変わらない背丈の彼は、イヤリングを外し、王女にそれをそっと握らせた後、ふわりと笑いかけてきた。
「はじめまして。ぼくはレイガノール・サガレリエット。きみは?」
「……ハヤト。ハヤト・ウィンチェスター」
うつむき加減で口にし、それからすぐに相手が王族だと気づき顔を上げる。失礼なことはしていなかっただろうか。
しかし彼、レイガノールは笑ったままの表情を崩さずに近寄ってくると、両手で自分の右手を包んできたのだ。
「ハヤト。ぼくのいもうと、かわいいから、もっとちかくでみてごらんよ」
早く早くと引っ張るのでついていくと、陛下が見えやすいように屈んでくれた。触れば壊れそうな小さい王女は、開いたばかりの瞳に自分を写すと、にっこりと笑ったのだ。
これはハヤトが、3歳の頃の出来事になる。
3年も経つと、だいぶ生活にも慣れてきた。
最初は生まれや育ち、髪色について悩んでいたが、慕ってくれる弟たちと、サガレリエットの兄妹の前では、それはとても小さなものに思えた。
週に2回、父親について、ハヤトはサガレリエット家に来ている。その度に、あの兄妹と会っては色々話した。
もちろん今日もなのだが。
「……」
2人が待っているはずの部屋に行くと、机の上に小さな紙切れ、そして開いたままの窓。風に飛ばされないように、ご丁寧に紙切れには重しが乗せてある。ハヤトは遠慮なく机まで近づくと、これまた乱暴に紙切れを引ったくった。
――見つけてみやがれ――
くしゃり。
つい怒りで紙切れを握り締めてしまった。いや、このままゴミとして捨てる為問題はないだろう。
ハヤトは窓をきっちりと閉めると、入ってきたばかりの扉から出ていく。すれ違ったメイドが「またですか」と微笑んでいるあたり、この光景は日常茶飯事だ。
そしてメイドに聞いたところで、誰も答えてはくれないのも知っている。これは遊びだからだ、退屈な城の中の、唯一の。
メイドたちに「いつもすまない」と声をかけつつ、ハヤトは少し考え、そして外の噴水あたりに目星をつける。あの噴水が2人は好きだから、恐らく見える場所にいるに違いないと、睨みを利かせながら。
噴水の近くの木に、2人が座っているのを見つけ、ハヤトは腕組みをしながら見上げた。相変わらず運動神経のいい王子だ、妹を背負って登ったに違いない。
「お、ハヤト!早いなぁ」
「きしさま!」
兄を真似るように手を振る妹姫に、苦笑いしつつも手を振り返す。それに嬉しげに微笑む姿が愛らしい。レイガノールは妹、ルエを優しく横抱きにすると、ひらりと軽い動作で木から降りてくる。
「今日はわかりやすかったかぁ?」
ルエを地面に降ろしつつ、レイガノールはにやりと意地悪く笑う。それに嫌味たっぷりなため息と共に、
「レイガノール様、貴方の考えはわかりやすすぎですよ」
「あー、またそう言うのかよ!やめろって言ってるだろー!」
地団駄を踏むレイガノールを視界の端に入れ、心の中でだけ笑うと、ハヤトはルエに跪く。小さな手を取り薄く微笑むと、軽く手の甲に口付けた。
「ルエ様、お久しぶりです。今日はなんの話をしましょうか」
のけ者にされたレイガノールは、さらに取り乱すように2人の間に割って入ると、ハヤトにずいと指を突き付けた。
「オレの目が黒い内はやらねーよ?」
「レイ……、お前の目はいつでも黒いだろ……」
「意味がちげぇよバカ!」
熱が収まらないレイガノール――レイの袖を引っ張るルエに気づき、くるりと振り返り目線を合わせる。相変わらず妹は可愛い、と見惚れているレイに、
「にーさま、ゆび、むけちゃだめ、です!」
そういえば。
人に指差してはいけませんと母親に言われたっけなと思い出しつつ、レイは肩を落としながらルエを見つめていた。
「んで、今日はどうする?」
3人は間にルエを挟んで、レイの私室へと向かっていた。時折ぶら下がる遊びをするルエに合わせて、たまに腕を上下させてやる。最初こそタイミングが合わなかったが、今では慣れたものである。
「今度、陛下が南に行くと聞いた。2人も行くんだろ?」
「あぁ、その話か。ほら、会談するのに行くんだけど、オレらもついてこいって言うんだよなー」
部屋につくなり、大好きな兄のベッドに飛び込むルエ。ベッドに座り、靴を脱がせてやりながら、レイは話を続ける。
「ルー、いつもにーちゃん言ってるだろ?靴履いたままはダメだって。ジェッタはどうすんだろうな。次の団長様だし、忙しいのか?」
レイの太ももに頭を乗せ、ルエがうとうとし始める。髪を優しくすいてやりながら、レイはハヤトに座れよと合図を送った。
近くの椅子をベッドまで寄せ座ると、ハヤトは少し迷った後話し始める。
「父さんが忙しいかはわからないな……。顔に出さない人だし。ただ、今回の南行きに、俺もついていけと言われたよ」
「きしさまも!?」
勢いよく起き上がった反動で、すいていた手がレイの顔に当たるが、ルエは全く気づいていないのか、きらきらした目でハヤトを見つめた。
苦笑いしつつ、ハヤトは優しくルエの頭に手をやりながら、
「母親の墓参りにでも行ってこいってさ……」
「お袋さん……もう2年か……」
ハヤトがここに来て1年後、母親が死んだことを聞かされた。気持ちが追いつかず、墓参りなど考えられなかったが、そういうわけにもいかない。だからといって、南に簡単に行けるわけでもない。
父親が気を使ってくれたのだろう。感情が読めない人だが、自分を嫌っている素振りもない。
「じゃ、オレらも行くか!」
「は?」
「どうせ会談中、暇なんだしさ!行くしかないだろ!」
にかっと笑うレイ。
確か母親のことを聞かされた時も、こうやって明るく努めてくれた。話をあまり理解していないであろうルエも、レイと同じように笑っている。
ハヤトは呆れと、しかし嬉しさの混じりあった笑みを薄く浮かべると、
「でも内緒では行かないからな」
と兄妹に釘を刺したのだった。
※
南大地。
そこは、王族の統治が入らない唯一の国であり、5大元素の始まりと言われる地。神力を色濃く受け継ぎ、元素ごとの村や町といった集まりで生活している。
外部からの接続は、ただひとつだけある港。
そしてそこは、色んな神力の持ち主が集う場所でもある。
サガレリエットが所有している大型船が港に入ると、待っていたかのように、白いローブを着た男女4人がずらりと並ぶ。黄、赤、緑、紫の髪色の中に青が見えず、レイの父親、グロリオサは少し悲しげに微笑んだ。
「水は後継がいないままなんだね」
赤の髪色の少しふくよかな女性がこくりと頷く。「そうか」とグロリオサは答え、傍らに寄り添う妻、ラインの手を優しく取ると、歩き始めた4人の後をついていく。
少し遅れて、子供たちのはしゃぎ声が聞こえ振り返ると、やはり乱暴に船を降りてくるレイの姿が。追いかけるように降りてきたのは、グロリオサが中央に来た時に団長に就任したグレイだ。次の団長も決まり、隠居生活をする前の最後の任務だとグレイ本人が勝手に決め、急遽同行が決まったのだ。
最後が子守りなことに罪悪感があったが、グレイに聞いてみたところ、むしろ光栄だと言ってくれた。やはり頼れる元団長というところか。
「グレイ!子供たちは任せたぞ!」
手を振って笑いかけると、グレイはグロリオサのほうを向き敬礼をするが、すぐにレイを追うため背中を向けてしまった。恐らく娘のほうは、大好きな彼と一緒に降りてくるに違いない。
まぁ、心配せずとも、他にも騎士たちはいる。子供たちは大丈夫だろうと、少し先で待っている4人に手をあげ、グロリオサは歩き出した。
船を飛び出したレイは、始めて見る港に興味津々だった。中央にも港はあるが、王族である以上、なかなか自由に見て回ることは出来ない。
今が自由かと言われると、勝手に自由行動しているだけだが。
「すげぇ!見たことないものがいっぱいある!」
ずらりと並ぶ魚や野菜、果物といった生活必需品はよく見るものだが、何せ、レイもルエも、それらが調理された後の姿しか知らない。普段、自分たちが何を食べているかはよくわかっていないのだ。
そんなレイを、当たり前だが可笑しそうに見ていた店主が、ずいと林檎を差し出してきた。
「なぁ、あんた王族だろ?どこの大地から来たんだい?」
押しつけられるように持たされた林檎を抱え、レイは少しきょとんとしながらも答える。
「オレは中央だよ。なんで王族ってわかったんだ?」
「あっはっは、なんでだって?あんた知らないのかい?そんな真っ黒な奴、王族以外あるもんかい」
店主はそう言い、頭を覆っていたバンダナをするりと外した。少しくすんだ青色の髪を見て、ゼロは目を丸くする。
「ハヤトと同じだ……」
「南の奴らは大抵こんなんだ。そんな中、ぞろぞろと真っ黒い奴が来たらそりゃ目立つだろう。特に近々、王族が集まってなんかするらしいからな」
店主はバンダナを巻き直すと、また可笑しそうに笑い、
「小僧、それはサービスしとくよ。なーんにも知らねぇんじゃ揺すりようもねぇからな」
言われた意味はわからないが、とりあえずこの赤い何か――もちろん林檎だ――はもらっていいと解釈し、レイは「ありがとう」と大事そうに懐にしまった。後で3人で食べようと考え、自然に顔がにやける。
「お、小僧。後ろの騎士様はお迎えじゃないのかい?」
「え?」
振り返ると、怒りに顔を歪めたグレイが。
しまったなぁと思った瞬間、頭を強く殴られた気がした。




