夢と現実 3
ハヤトが間に入り、2人の獲物を仕舞いさせると、やっと安心したのか、ルエがゼロにもたれかかるようにして体を預けた。それを当たり前のように抱き止めつつ、ゼロもベッドに座ったまま辺りを見回した。
確か、ここは使われていない部屋だったような。暖炉もあるだけで、使ったことは1度もない。まさかここに繋がっていたなんて。
ハヤトの後ろで、服についた汚れを払っていたリーベ。しかし、ルエを視界に入れた瞬間、みるみるとその表情が変わっていく。
「あんたは……!ルエディア!」
「は、はい!」
大声で名前を呼ばれ、反射的に手を上げて返事をしてしまったが、リーベを見るにあまりよろしくはなかったらしい。おずおずと手を下ろすと、ルエははっとして立ち上がった。
「ごめんなさい、勝手にベッドで寝てしまって……」
自分と似たような外見から察するに、きっと彼女がリーベ王女だろう。とすると、この部屋はリーベの部屋なのだから、勝手に使われたら嫌になるに違いない。ルエはそう考え、ベッドから離れたのだが。
「あんたのせいで、ハヤト様は変になってしまったのですわ!レイガノール様だっていなくなって……」
ぽろぽろ。
泣き出したリーベの前で、ルエはどうしたものかと狼狽える。ハヤトに助けを求めようとちらりと見るが、彼もこの状況に焦っているらしく、頭に手やりため息をついているだけだ。
「あの、リーベ、王女様……」
そっと手を伸ばすが、それは簡単に払われてしまう。さらには睨まれるものだから、ルエにはもうどうしようもない。しかしそれでも。
「私、王女様のこと、よくわかってないですし、ハヤトくんや兄様のことも、きっと王女様よりわかってないと思います……。でも、だからこそ私、わかりたいです。それではダメでしょうか……」
「煩いですわ!あんたみたいに、愛されて育った娘にはわからないのよ!あたしは、結局、誰からも見られてないんだもの……」
ルエはその言葉を飲み込むように深く息を吸うと、悲しげな目をリーベに向ける。
「人は鏡です。貴方が誰かの代わりを誰かに求めている限り、その誰かも、そして貴方自身も、貴方を見ることはないんです。ショウが最初、私に貴方を見ていたわけがわかりました。貴方は、ショウを見たことはなかったのでしょ?」
その言葉に、リーベは一瞬泣き止んだ後、嗚咽と共に、ぽつりぽつりと話し出す。
「だって……お父様もあたしを見てはくれなかった」
「それはないだろ」
ベッドから立ち上がり、窓際まで歩くと、ゼロは締め切っていたカーテンを開けた。日は沈みかかり、夜の帳が落ちかけている。
「ほんとに嫌いなら、中央の習わしに沿って、リーベ……愛なんてつけねーよ」
窓をさらに開けると、気持ちのよい風がふわりと舞い込んだ。乗り出して見渡すと、敷地のそれほど遠くない場所が光っている。確か、あの辺りは祭壇があったはずだ。
ゼロはハヤトに手で合図を送る。隣に並んだハヤトが、訝しげにその方角を見、そしてリーベに向き合う。
「王女、マーシアはどこにいる?」
リーベは少し落ち着いたのか、それでもふらふらした足取りでベッドに近づくと、どさりと腰を下ろした。
「……生け贄だって、お父様は言ってましたわ。神への、贈り物だと。それが、探していたものだって……」
リーベ自身も、本当は違うと気づいていたのだろう。けれども、父親に嫌われたくない一心で、それが正しいのだと思い込んでいたに違いない。
どんどんどん。
扉を叩く音。
「リーベ王女、どうかされましたか!?騒がしいようですが!」
あれだけ大声で騒げばまぁそうなるだろう。
見回りの騎士か、はたまた護衛なのか。それはわからないが、ここで見つかるわけにはいかない。
ゼロが慌てて窓からひらりと外に出る。ここが1階でよかった。それでも地上から3メートルほどはあるが。
「早くしろよ!」
ハヤトがルエの腕を掴み、連れていこうとするが、ルエは「待って下さい」と制止する。そしてリーベに近づき、ふわりと笑うと、
「王女様、またお話しませんか?」
「……早くお行きなさいよ」
冷たい言葉だが、それが返事だとルエは頷き、急いで窓まで駆け寄る。ハヤトがルエを抱き、下で待つゼロに受け渡すと、ハヤトも続くように出ていった。
「ショウ、行かないんですの……?」
「泣きそうな奴がいるからなぁ。一緒にいてやるよぉ」
横に並んで座る2人は、お互いの顔を見るでもなく、それでもどこか晴々とした顔で。
廊下の騎士を迎え入れたら、なんと言い訳をしようかと。少し喧嘩をしていたことにでもしようと、リーベは扉を開けに立ち上がった。
※
リーベの部屋を出た3人は、伸びきった草木に隠れながら祭壇があるらしき場所に向かう。
「ルーちゃん、向かいながらで悪いけど、なんでここにいるんだ?」
頭を草木から出しつつ、周囲を警戒していたゼロが、隣で息を切らすルエに聞く。ルエが目を伏せたのを見て、ゼロは何かを悟ったのか、なんでもないとまた警戒態勢に戻った。
グレイが考えなしに1人で行かせるはずはない。何かあったに違いない。ゼロは悔しげに拳を握り締めた。
しかし、はっとしたように顔をあげるとルエの肩を掴み、
「ケディラはどうした?」
「え……?あれ、そういえば……」
3人はケディラが視えるはずだ。その3人ともがケディラを認識できないのはおかしい。
「ここは、何か強い神力が働いている。姿を保てなくなった可能性はある、かもしれない」
術者の力よりも、更に強い力で押さえつけられている。それなら一体誰が。いや、それを出来るのは1人しかいない。
掴んでいた手を離し、ゼロは一呼吸する。そっと祭壇の方角を覗き込む。次第に見回りの騎士が増えている。が、その目は虚ろで、まるで何かに操られているような、そんな印象を受ける。
「なぁ、ハヤト。足止めとか出来ない?」
「どれくらいいるかわからない。いちいち凍らせてたらキリがない」
「そう、だよなぁ」
ゼロはうんと頷き、次ににやりと笑う。
「なら、寝てもらうしかねぇな」
剣に手をかけるゼロ。
「あまりやりすぎるなよ?」
呆れなのか、それとも苦笑しているのか、ハヤトはため息をつくと、そっとルエの手を取った。一瞬ルエは驚くが、強くハヤトを見返すと、こくりと頷く。
「行くぜ!」
ゼロが勢いよく飛び出すと同時。
警戒していた騎士たちが3人に向かってくる。ハヤトはルエを離すまいと強く握り、自分もまた左手に銃を持つ。
昔、同じことをした記憶を持ちながら。
さすがゼロと言うべきか。
誰1人として殺さず、だが確実に気絶させていく姿に、ハヤトは感心していた。
相手の剣を踊るようにかわし、時にはふわりと舞い、剣が弾く音に合わせて。気づくと相手が倒れている。
ハヤトはというと。
「は、ハヤトくん!」
相手の剣を銃で受け止め、弾き返そうとして。
自分のほうが弾かれ、銃が華麗に宙を舞っていく。だから接近したくないというのに。
「ハヤト!何してんだよ!」
宙を舞う銃をキャッチしたゼロが、くるくると回り、ハヤトと騎士の間に着地すると、降り降ろしてきた剣を受け止め、弾き返し、そのまま柄を鳩尾に入れる。
倒れた騎士を見て、ふぅと息を吐く。彼で最後か。周囲に倒れている30人ほどの騎士を見ると、そのどれもが、虚ろな目で虚空を見たままである。
銃をハヤトに返し、相変わらずひ弱だなと思ったのは内緒にしようと決め、ゼロは祭壇の入口に向かって歩き出す。
塔を囲んでいた石壁と同じ造りのはずだから、どこか1ヶ所開いているはずだ。しかし、記憶を頼りに歩いても入口はおろか、入れそうな場所のひとつもない。
ゼロは立ち止まると、壁に手をやり、何か考え出す。少し遅れて、ハヤトも同じように壁に触る。
「これは……、ゼロ。神機を使え」
「あー、壊すってことでおけ?」
「タイミングは俺が合わせる。好きな時にやれ」
ハヤトが銃の持ち手部分から、手のひらサイズの筒を取り出し、それを軽く握り締める。するとその筒は薄い紫を帯び始めた。それをまた持ち手部分にはめると、銃口を壁に向ける。
ゼロも剣を抜くと、正面に構え、そして詞を紡ぐ。
「轟け、雷光。怒りを我が手に!」
剣が淡い紫に染まると、それは急に青白い炎を纏う。ゼロが地面を蹴り壁に振り下ろすと同時に、ハヤトもトリガーを引いた。
ふたつは互いを相殺することなく混じり合い、凄まじい音と共に壁が崩れていった。
砂埃が舞い、しばらく視界が遮られた後。
「儂の儀式を邪魔しに来たのは誰じゃ」
入口からそう遠くない場所に立っていたのは、黒髪に少し白髪が混じった、現王オディオだった。
オディオ・エスレー・サガレリエット。
今の中央の王であり、他国へ干渉し、戦争を起こそうとしている張本人。
「……久しい顔が見える。ルエディアと、ウィンチェスターの倅と」
オディオはゼロを見、はてと首を傾げる。
「お前とも会ったことがあるな?」
「ねぇよ!」
言うと同時、ゼロは大きく踏み出し、剣を薙ぎ払った。しかしそれは、オディオに当たる直前で、何かに止められたように進まない。
「吼えろ、業炎!我が手に刃を!」
ゼロが詞を紡ぐ。刀身が赤く染まり、炎が吹き出る。それは熱風を起こし、オディオの着ていた服を焼いていく。
反動でゼロは後ろに下がると、オディオの姿を見て。
「な……その、姿は……」
「陛下……」
ハヤトも唖然とする。
オディオは首から下が、まるでミイラのように干からびていたのだ。明らかに今の剣技の影響ではない。もっと前からだ。
「見られては仕方ない」
ほぼ言葉と同時に、オディオの両手が3人に向かって伸びてくる。明らかに人のものではないそれを避けながら、ゼロは舌打ちをした。
「オディオ、お前……魂を売ったな!?」
ハヤトもルエを庇いつつ手を避け、先ほどと同じように筒を抜くと軽く握った。赤くなったそれを差し込むと、オディオに焦点を合わせトリガーを引く。銃口から出た光は炎に変わると、オディオを激しく包み焼きつくそうとする。
しかし、オディオは炎に包まれながらも声高々に笑い、そして炎まみれの手で自分の後ろを示した。
「マーシア!」
「ケルン!?」
少し高い台座で横たわっているのは紛れもなくマーシアであり、その台座に背を預けて座っているのはケルンだ。空を見るように顔を上げているケルンの瞳には、光がない。
いや、瞳が、なかった。
ハヤトの声が届いたのか、ケルンの指先がぴくりと動く。
「……にい、ちゃ……」
オディオは満足げに笑うと、
「儂はよい。が、よいのか?」
いいはずはなかった。
2人はそれぞれの獲物を下げ、そして地面に置いた。
「優しいのう。それでこそ、神に愛されし者のすることじゃ」
顎に手をやり、オディオはルエを舐め回すように見る。恐怖で固まるルエは、その視線を受け入れるしかない。
間にハヤトが入るが、彼もまた、気を抜けば体が震えだしそうだった。
「こやつらを糧にするつもりじゃったが、やはり神女は純度が違う。ライン同様、取り込んでやろうぞ!」
大きく両手を広げ、ルエに向かって伸ばそうとした時。
「させ、ません……!」
後ろから腕に抱きついてきたマーシアによって、その手は一瞬目標を見失う。その隙をついて、ゼロは足元の剣を蹴り上げキャッチすると、高く飛び上がり左腕に向かって切りかかった。
それは華麗な円を描いてオディオから離れ、ぼとりと地面に落ちる。続いて右腕を落とそうと、着地と同時に体を捻る。
しかし、投げ飛ばされてきたマーシアを咄嗟に受け止め、ゼロはそれ以上進むことができなくなる。
右手の先端が鋭利な刃物のように尖っていく。それは、ゼロがあの日見た光景と重なって。
「やめろっ」
手を伸ばした先のルエが。
庇おうとルエの前に出たハヤトが。
「いやぁぁぁぁあああ!」
腹部を貫いたそれは、ハヤトの体を軽く持ち上げると、強く地面に叩きつけた。
ぐしゃりと嫌な音が響く。
ゼロはマーシアを慌てて抱え、2人の元に走るが、穴の空いたハヤトの腹部を見て愕然とする。
「狙いがそれたようじゃ。次は神女を食らうとするか」
再び来る手から逃れるため、ゼロは地面に剣を突き立て詞を紡ぐ。
「退けよ、断絶!我が手に守護を!」
黒い円が4人を囲むと、黒い光の壁が手を阻むように塞がった。
長くは保たない。せめてハヤトの術があれば、と見るが、明らかに動ける状態では。いや、生きているのかわからない。
あの日と変わらないではないか。
もう、自分には、蘇らせないというのに。
薄れていく意識の中。
泣いている少女に手を伸ばそうとして。
あぁ、あれはお前だったのかと。
ハヤトはそっと、目を閉じた。




