夢と現実 2
※
前を歩くルエはとても不機嫌だ。城内ですれ違うメイドたちが、ルエをリーベと錯覚するほどには。
それも自分のせいではあるが、そんなに怒らなくてもいいではないか。胸を触ったぐらいで。というのがショウの言い分だが、もちろんそれを言ったら睨まれた。まぁそのおかげで、城内にあるリーベの部屋の前まで安全に来れたのだが。
そもそも、なぜ2人が部屋に来たのか。時は少し遡る。
平手された痛む頬を押さえ、ショウは深く息を吸った。ここで自分が大声を出せば見つかるかもしれない。見つかったところで自分はまぁなんとかなるが、問題はルエだ。いくらリーベと似ているといっても本人ではない、連れていかれてはバレてしまうだろう。
ショウは何回か深呼吸をし、自分を落ち着かせると、ルエの手を取り立ち上がる。つられてルエも立ち上がるが、その表情は疑いを隠しきれていない。
「なんにしろ、今行ってもダメだろぉ。夜まで身を隠すぞぉ」
「隠すって言っても……、ここにいるわけには……」
茂みといっても、近くを通られたら気づかれてしまう。かといって、ここ以外どこに行こうと言うのか。
ルエの瞳がショウを捉える。不安と、そしてショウを頼りにしている色が微かに滲んでいる。それを見てショウは気分がよくなったのか、喉をくくっと鳴らすと、ルエの口を手で塞ぐ。その手の上から唇を押し当て、すぐに離すと、目の前に真っ赤なルエが。金魚のように口をぱくぱくさせる姿を見ていると、何か胸の中に広がっていくのを感じた。
「シ、ショウの馬鹿!馬鹿!何するんですか!」
「さぁて行くかぁぁああ」
ルエが背中を殴っているようだが、ショウにとって痛くも痒くもない。気にせずそのまま扉へ向かった。
そして今だ。
歩いている最中で、ルエはどんどんと不機嫌になっていき、まるでそれは、メイドに辛く当たるリーベのような雰囲気を醸し出している。
ルエは部屋の扉に手をかけるが、鍵がかかっているのか、ドアノブが回ることはない。控えていたショウが「どけぇ」とルエを押しのけ、ポケットから鍵を取り出す。それは当たり前のように鍵穴に入ると、かちりと扉が開いた。
「……なんでショウが、王女様の部屋の鍵持ってるんですか」
「お子様にはわかんねぇ関係ってやつだなぁ。知りてぇかぁ?」
「ろくなものではなさそうなので、遠慮します」
冷たく言い放つと、ルエは開けてくれた礼だけ簡単に言い、そっと扉を開ける。しかし、早くしろと言わんばかりにショウから押され、半ば転ぶようにして部屋に入った。
ルエとしても文句のひとつも言いたいが、ここまで来れたのはショウのお陰である。といっても、ここに来るまでに色々言った気もするが。
部屋の中には、少し大きめのベッドと、小さな丸テーブルと椅子、そして隅には暖炉がある。しかし暖炉は使われた形跡がなく、微かに埃が積もっていた。
「なんだか、王女様の部屋というより……」
物置だ。いや、物置よりはましかもしれない。
締め切ったままのカーテンも、少し汚れたシーツも、よく見れば部屋の隅にも埃がある。
これなら塔のほうが綺麗だったかもしれない。
ルエはそっとテーブルに触れ、悲しげに目を伏せた。
「まぁ、座れやぁ」
まるで自分の部屋のように、ショウはずかずかとベッドに近づき、座ると、隣をぽんぽんと叩いてみせた。座れということだろうが、さすがに他人のベッドに座る気はない。
ルエは苦笑いと、軽く礼を言うと、遠慮がちに椅子のほうに座った。
カーテンの隙間から漏れてくる明かりは、そろそろ夕方に差し掛かっているのか、赤い色を帯びている。夜とは、一体どれくらいまで待てばいいのか。
うつらうつらとする意識の中で、ルエは、記憶の空色の彼が、赤く染まっていくのを見ていた。
それは、確か一瞬の出来事だ。
庇うように立った彼が、その体が、胴で真っ二つに裂かれたのは。
口から誰のものかわからないほどに悲鳴をあげた。
彼の名を呼んだ。
虚ろな目元が微かに笑った。
もう、見たく、なかったのに。
「……っ」
勢いよく起き上がったルエは、自分を覗き込んでいたショウと思いきり額をぶつけた。目の前に星が回り、またどさりとルエは横になってしまう。
ショウも言葉にならない声と共に鼻を押さえ、潤んだ目でルエを睨み付けた。顔を見る限り、よほど痛かったらしい。
「おめっ、人が心配してんのに、あんだってんだぁ!?」
「し、心配ですか……?」
そう言って、ルエはふと気づく。
自分はいつベッドに入ったのか。そもそも自分は寝てしまったのか、だとすれば今はいつだろう。
慌てた様子のルエを他所に、ショウは落ち着いた様子で、テーブルの上からクロワッサンをひとつ掴むと、ルエの前に突き出した。困惑しながらもそれを受け取り、そっと一口かじる。
ショウも自分の分を手に取ると、どさりとベッドに腰を下ろした。
「突っ伏して寝ちまってよぉ。わざわざベッドに運んだオレ様に感謝しろよぉ?」
ぺろりと指を舐めると、ショウはこぼしたクロワッサンのカスを床に落とした。それに冷たい視線を送りつつ、しかし言ったとして聞かないのだろう、この男は。
「これはどうしたんです?」
「腹が減ったからくすねたんだよぉ、文句あっかぁ?」
「いちいち突っかからないで下さい、もう」
最後の一口を食べ終え、ルエは拭くものがないかと立ち上がろうとして。ふらりと体が傾いた。ショウが支えてくれなかったら倒れていただろう。
「あ、ありがとうございます」
そのままショウの隣に座らされる。
「うなされてたんだ、大丈夫かぁ?」
眉間に皺を寄せたショウの顔が近づき、ルエは反射的にうつむく。
こつん。
ルエの額に、ショウの額が当てられる。
「熱はぁ……ねぇなぁ」
恥ずかしさでルエが真っ赤になった頃。
がた、がたり、がたん。
暖炉から音がする。何事かと身構えた次の瞬間、暖炉の床がくるりと回転したのだ。
「おおお!?」
ひょこりと顔を出したのは、ゼロだった。
※
螺旋階段を登った先に、上へ向かう梯子が続いていた。リーベが、自分のパンツを見てもいいのはハヤトだけ、という理由で、ここに来て先頭がゼロになったのだ。
正直、足が滑ったふりをしてリーベの顔を踏みつけようかとも考えたが、腐っても一応、最年少で騎士になった天才児だ。騎士としてあるまじき行為は避けたい。それはハヤトも同じで、いくら見てもいいと言われたとて見るわけがない。
「ゼロ、あとどれくらいだ」
下からハヤトの声がする。しかもうんざり気味に。リーベの「見てくださいまし!」という言葉だけで、ハヤトの心労が伝わってくるようだ。早く登ってやろうと少し急ぐ。
「んー……、お!なんか開くっぽいぞ!」
天井を触ると、錆びているのか少し固いが、扉のようなものがあるのがわかった。左手で梯子をしっかり握り直し、右手で思いきり扉をがたがたと揺らす。
下からリーベが何か言っている。どうせ煩いだの埃っぽいだの、そんなところだろうと、気にせずがたがた揺らし続けると。
がたん。
「お、開いたぞー。いいって言うまで登ってくんなよー」
どこに繋がっているかはわからない。もしかしたら騎士がいるかもしれないと気を張り直し、ゼロは一呼吸の後、扉を思いきり開け、顔を出した。
「おおお!?」
大好きな妹がいる。
大嫌いな奴もいる。
しかも奴は妹に迫っている。
ゼロの行動は早かった。
ひらりと身軽に登りきると、瞬きをする間もなくルエとショウの間に入ると、ショウの胸ぐらを掴んで睨み付けた。
「このゲス野郎、ルーちゃんに何してやがる」
まだ剣を突きつけないだけましか。
「あぁん?白髪野郎、おめぇゴキブリにでもなったのかよぉ」
ショウも負けじと睨み返し、そして懐からナイフを2本取り出すと、くるりと回転させる。
何が何やら理解が追いつかなかったルエだが、近くにいる見慣れた白に安堵し、そして理解したのか、ゼロに抱きつくと首を振った。
「待って、待って下さい、ゼロ。ショウは悪くないんです!」
半泣き状態のルエから、悪くないと言われても、ゼロにとっては信じがたいものである。やはり殺るしかないかと剣に手をやる。まさに一触即発の状況に、さらにややこしくする声が。
「もう、白髪が呼ばないから来ましたわよ!」
肩で息をしながら、リーベが自信満々にゼロに指をつきつけた。その後ろで、ハヤトが扉を閉めていた。面倒そうなため息と共に。




