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夢と現実 1

 ※





 すれ違う騎士たちが、自分が通るたびに跪き、そして道を開けてくれる。稀に、手の甲に口づけをしようとする者がいたが、そこはショウが上手いこと払ってくれた。

 あまりおどおどするなと言われたが、こういった待遇は初めてで、ルエは何度注意されようと直せるはずもなく。城の前まで来てやっと、ルエは、王女という立場がどんなものなのか理解し始めていた。

 そびえ立つ城は、10メートルほどの城壁に囲まれており、唯一の門は2人の騎士によって堅く守られている。その門は、どうやら特別な術をかけられているようで、決まった人間しか通ることが出来ないのだと、道すがらショウから聞かされた。


 門の前に立って初めて、ルエは、自分が本当にここに来るべきだったのか疑問を持ち始めた。昔から、自分は王族だと言われていたが、今まで全く実感はなかった。もちろん今もだが。ここに来て足が震えだし、やめておくべきだったのではと恐怖心に呑まれそうになる。

「……い、おい、リーベ王女様ぁ?」

 ショウの自分を呼ぶ声で我に返った。厳密に言えば自分ではないが、今はリーベは自分だ。威風堂々と返事を返さなければならない。

「あ、えと、なんですか?」

 ショウに睨まれた。控えている2人の騎士も、怪しむような視線を投げてくる。ルエは内心焦るが、言ってしまったものは仕方がない。なんとか取り繕うと、言葉を続ける。

「睨まないでくださる?儀は明日だから、ちょっと緊張しているだけですわ」

 これで良かっただろうか。

 ショウをちらりと盗み見ると、やはりまだ睨んだままだが、とりあえずはなんとかなったらしい。騎士たちは張りつけた笑みを浮かべて、ショウとルエを通してくれた。

 本当はお礼を言おうかと思ったが、それはショウから止められていたので何も言わずに。




 門を抜けると、石畳の道が続いている。左右には花、木々、さらに進むと、道は十字路になっており、中央には噴水がある。が、水は渇れており、底にはたくさんの泥が溜まっていた。よく見ると、花や木々も、手入れはされていないようだ。

「可哀想……」

 ぽつりと零れた呟きに、ショウが舌打ちを返す。

「今の陛下に、んな心はねぇ。力が全てだからなぁ。乳女も見ただろぅ?民が王族を恐れてんのぉ」

 だからか。あんなに自分と関わりたくなさげにしていたのは、それが原因だったのかと。

 ルエは胸の前で手を組み、しばらく何かを考えた後、決意のこもった瞳でショウを見据える。それにたじろぎながらも、同じくルエを見据え、ショウはルエからの言葉を待った。

「貴方も……、ショウもですか?」

「んぁ?」

 変な声が出た。ショウはこほんと咳払いをすると、視線を宙にさ迷わせ、そして足元に移す。

 そうなのだろうか。自分も、恐れていたのだろうか。何に。


 兄に、追いつけない自分?

 兄の、代わりになれない自分?

 いや、そうではなく。


「オレは……オレだよなぁ……」

「はい、当たり前です。ショウは、ショウ以外にはなれないし、ショウ以外の人もまた、ショウにはなれませんよ?」

 視線をルエに合わせる。真っ直ぐ自分を見つめるそれは、その先にいる兄を見ているわけではない。ショウという存在を見て、そして認めている。

「なぁ」

「はい」

 ショウはルエの頬にそっと手を添える。嫌がらないルエに安堵し、ショウは薄く笑みを浮かべて、聞けなかった言葉を口にする。

「名前、なんてんだぁ?乳女は嫌だろぉ」

 一瞬、ルエの瞳が見開かれたが、すぐにふわりと笑うとショウの手を優しく包み、

「ルエディアです。忘れちゃったんですか?」

 忘れたも何も、聞いていない。

 ショウは呆れの混じった笑いを浮かべると、きっとこれが、愛しいという気持ちなのかもしれないと、十字路を先に進みだした。



 ※



 地上からの光がなくなり真っ暗になると、リーベが一段と騒ぎ始めた。ハヤトの服の端を掴み「怖い、暗い、疲れた」しか言葉を言わない。

 元々、ハヤトもゼロも、騎士になるための訓練で暗闇でもある程度は動ける為、そこまで見えないわけではないのだが。

 しかしこのまま煩いのも困りものなので、ハヤトは仕方なく、あまり得意ではない火の(スペル)を紡ぐことにする。手の平を上に向けると、そこに意識を集中させる。

「火の(スペル)、1の章。我が声に応え、(あかり)と成せ」

 手の平に淡い光が集まったかと思うと、それは一瞬で青白い炎へと形を変えた。手の平サイズだが、周囲を照らすにはこれで充分だ。

「ハヤト様すごいですわ!」

 ぱちぱちと拍手して進まないリーベを、ゼロは嫌々ながらも後ろから小突く。何か言われるかと思ったが、特に何も言われることなく、リーベはまた歩き出した。

 ただ、ちらりと振り返ったその顔は、ハヤトには見せないような鬼の形相だったことには、まぁ触れないでおこう。


 地下通路はまるで迷路だ。しかし、ハヤトはそれを知っているかのように、迷いなく進んでいく。何かしら法則があるのかと考えたが、ここまで至る道で、そのようなものは見当たらなかった。

 何回目かの角を曲がると、少し広い円形の広間へと出た。上に向かって、壁沿いに螺旋階段が伸びている。

「ハヤト、これはどこに繋がってるんだ?」

「確か……城の一室だった、と思う」

「いやいや、それどこだよ」

 ハヤトは顎に手をやり、暫しの沈黙の後、

「さぁ?」

「なんでだよ、なんで知らねぇんだよ!」

 つい襟元を掴んで揺すってしまったが、ハヤトは特に気にするでもなく、掴んでいる手をそっと掴み返し、

「入れればいいだろう」

 確かにそうかもしれないが。

 ゼロは力が抜けたように手を離すと、螺旋階段を指差しため息をついた。

「早く行こうぜ……」

 登り始めたハヤトを下から見上げ、ゼロは記憶を探る。城の中にこんな場所はあっただろうかと。いや、緊急時の道ならば、逆に自分は知らなくて当たり前かもしれない。

 青白い炎が手招きするように揺らぐ。

 何か、嫌な予感がする。

 いやそれでも。自分も行くしかないのだけれど。



 ※



 十字路を抜け進むルエとショウ。

 木製の3メートルほどの扉が見えた辺りで、ショウはルエを茂みに引っ張り込んだ。危うく地面と顔面こんにちはするところだったが、上手くショウが下になってくれたお陰で、それは避けられたようだ。

 何事かと口を開こうとして、ショウに思いきり手で口を塞がれ何も言えなくなってしまう。しかし、ショウが顔で、見ろとでも言わんばかりに何かを示しているのに気づき、その視線の先を辿っていく。

「……!」

 複数の騎士に囲まれてはいるが、その中央にいるのは紛れもないマーシアだ。どこかに連れていかれる途中なのか、早く歩けと言わんばかりに剣を腰に突きつけられている。

 飛び出そうとするルエを押さえ、ショウは小声で「やっぱりなぁ」と呟く。その意図がわからず、ルエは困惑した顔をショウに向ける。

「名前聞いて思い出したんだよぉ。ルエディアぁ、おめぇ昔ここにいただろぉ?」

「え……?」

「まぁ、覚えてねぇかもしんねぇなぁ。3つかそれくらいん時だ。今までどこにいやがったぁ?」

 覗き込むショウの顔が近く、ルエは手でショウをぐいと押し退け、少し考え込む。

 確かに、思い出の空色の彼と、大好きな兄とは、この城で会っていたかもしれない。いや、自分がここに住んでいた記憶が、微かにだが、ある。

「ショウ……私は、貴方とも会っていました?」

「んぁぁ?オレは、兄貴みたいに城へ行くのは許されてなかったからなぁ」

 兄貴、の部分だけが小声なことに少し笑いが込み上げてくる。それでも、彼は彼なりに兄を受け入れ、きっとそれが形になりかけているのだろう。わざわざ茶化す必要はない。

 ルエは落ち着いたのか、茂みの中から騎士たちを盗み見ると、その集団が向かう方角を見つめる。

「ねぇ、ショウ。彼らはどこに行くのでしょう」

 ショウも見習うように盗み見、そして小さく舌打ちする。

「儀式の祭壇があるほうだなぁ。しかし儀は明日な上、なんでババァなんか……」

「ババァじゃないです!」

「わかったから静かにしろやぁ」

 また口を塞がれる。しかし今のはショウが悪いのだと、ルエは内心面白くはない。それでも気になることがある。手を無理矢理はがすと、改めて向き合う形で座り直し、ルエは話を続ける。

「儀式は、一部の人しか詳細を知らないはずでは?」

「普通はなぁ。今の王サマになってから、普通じゃねぇからなぁ」

 忠誠を誓われるはずの臣民からも煙たがられる。王とは、王族の在り方とはこうだっただろうか。

 いや、違ったはずだ。

「追いましょう!」

 そう言って立ち上がるルエの手を、ショウはつい力任せに引っ張ってしまい、その反動でルエはショウに倒れ込んでしまう。その際、胸をまた掴んでしまい、今度はルエから思いきり平手をもらってしまうのだった。

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