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神女と、騎士 4

 ※




 王族として。

 黒髪と黒目に生まれたことを、どれほど怨んだだろうか。

 父親はいつも自分を見てはくれなかった。

 自分はいつも、父親が王になるための道具だった。


 基本的に王になる素質を持つ者は、生まれた時に石を持っているのだという。従兄弟のレイガノールは石を持って生まれた、つまりは王の素質を持っていた。石を持たず生まれた父と違って。

 レイガノールの父は(イスト)生まれだが、石を持っていた為に中央(セントラル)に来たと聞いたことがある。まぁ、政略的なものなのか、はたまた恋愛婚なのかは、リーベの知るところではない。

 そして彼、レイガノールは妹が生まれた際、お守り代わりにと、その石を妹に預けたという。

 そして父親は考えた。

 自分が持っていないなら奪えばいい、と。


 しかし結局、その妹は石を持っていなかったどころか、ふたりの両親は殺され、レイガノールと妹は行方不明に。

 一緒にいた元団長、グレイがハヤトを抱えて帰って来たことぐらいしか、今はもう記録がない。

 それからはトントン拍子に話が進んだ。自然に父親が王になり、自分は大事な王女様に。

 どんなにワガママを言っても、民たちに横暴しようと、王女の自分にはお咎めはこない。欲しいものも手に入った、のに。


 どうして、彼は変わってしまったのか。

 どうして、いきなり西(ウェス)へ行ってしまったのか。

 どうして、自分は愛されないのか。




 城を抜け出すと、いつもショウが来てくれる。

 その時だけは、自分が必要とされ、そして自分を見てくれる誰かがいることに安心感を覚えた。身体を重ねた時もそうだ。彼は自分を見てくれていた。

 リーベにはそれがとても心地よかったが、所詮ショウは彼ではない。彼が手に入るまでの繋ぎだ。

 今日はフードを軽く被っただけの軽装で町に出た。隠しきれていない黒髪が、風に拐われてふわりと舞う。

 今日はどこに行こうか、そうだ明日は神生(しんせい)の儀だしお祈りでもしてこようか。そう決めたリーベの行動は早い。騎士が見回っている中を華麗に潜り抜け、教会近くの裏通りまでやって来た。

 そこで、リーベは珍しいものを見る。

 白髪の人間だ。話には聞いたことがあるが、まさか本当にいるなんて。白髪の彼は隠れているようで、壁の影から教会の入口をしきりに探っているようだった。

 そんな彼を、玩具としていいかもしれないとリーベは思い、そっと後ろから近づいていく。

 彼が振り返り様、剣を引き抜くその瞬間まで。



 ※



 教会の近くまで来たハヤトとゼロ。先にハヤトが教会を見てくると言ったため、ゼロは離れた物陰で待つことにした。

 背後から近づいてくる気配。

 隠すつもりはないのか、堂々と近づいてきている。一定の距離に入った瞬間、ゼロは腰から剣を抜き振り向き様薙ぎ払おうとして。

 黒髪が目に入り、寸でのところでその切っ先を止めた。

 驚きからか、黒髪の少女はよろよろと壁にもたれかかると、恐怖を宿した瞳でゼロを見上げる。被っていたフードがはらりと落ち、少女の黒髪と瞳が露になる。

 ゼロは少女に見覚えがあった。

 まだ自分が城にいた頃、やれ晩餐会だ舞踏会だだの、そういった場面でよく見た少女だ。妹のルエと同じ年の少女は、確かそう、今では王女として城に居座っているはずだ。

「リーベ、王女」

 名前を呼ぶと、少女リーベははっと顔つきを変え、ゼロを強く睨みつけてきた。

「白髪ごときが、気安くあたしを呼ばないで下さる!?」

 昔とまったく変わっていないその性格は、正直ゼロは苦手だった。いつも他人を見下したようなその目は、自分の周りにはいなかったタイプだ。

 ゼロは剣を仕舞うと、はいはいとばかりにリーベの頭を軽く叩く。普通の騎士なら、跪き、軽く手の甲に口づけるのだろうが、生憎、ゼロが忠誠を誓ったのはリーベではない。

 その扱いにもちろんリーベは納得するわけがなく。

「ちょっと触らないで!あたしは王女なんですの、わかって」

「あーはいはい、王女静かにしてくれますかー」

 リーベを敬う感情が全く感じられない言い方だが、実際敬っていないのだから仕方がないのかもしれない。

 それでも何か言おうとするリーベを、ゼロはため息と共にそのまま強く抱き締めた。顔を服に押し当ててやると、もごもごと何やら言ってはいるが、先ほどと比べると静かなものだ。


 ハヤトはまだ戻らないのか。

 抱き締められたリーベが赤いことに気づかないゼロは、呑気にもそう考えていた。



 ※



 相変わらず変な格好だ。

 目の前からきゅうりを突き出してくる司祭に、ハヤトは呆れた視線を向けた。まぁ、それを気にしていたら格好も、この変な言動も、しなかっただろう。

 ハヤトはきゅうりを軽く手で払いのけ、司祭を見ようともせず話し始める。

「道を通る許可をもらいたい」

「許可よりきゅうりやるよ」

 話の通じない、いや言葉が通じ合えないのも相変わらずだ。ハヤトは振り返り、渋々きゅうりを受け取ると、

「これでいいだろう。城までの道を通りたい」

 司祭は少し機嫌がよくなったのか、腕組みし、うんうんと頷くと、人指し指を立てにやりと笑った。

「ひとり、そして」

 続いて中指を立てる。

「ふたりめだ」

 意味がわからず、眉間に皺を寄せるハヤトを知ってか知らずか、司祭はまたきゅうりを取り出すとハヤトに手渡す。

「運命とは歯車だ。ひとつでは意味がなく、またふたつあっても動かない。けれど、ひとつがはまることで、それらは意味を成し動き出す。エイピア、お前はそのひとつになれるかな?」

 全てを見通すような司祭の瞳。彼らは、神にその身を尽くすのを誓うことで、未来(さき)が視えると言われているが、あながち嘘ではないのかもしれない。

 手渡されたきゅうりを突っ返し、ハヤトは軽く礼だけ述べると、離れた場所で待っているであろうゼロの元へと急いで戻っていった。




 急いで戻ってこないほうがよかったか。

 ハヤトは、目の前の光景に目眩を感じつつ、心の中で悪態をついた。

 なぜリーベがここにいるのかもわからないが、さらにリーベを抱き締めているゼロの行動もわからない。赤くなっているリーベを見るに、満更でもないのかもしれない。

「ハヤト、おせぇよ」

「……」

 何から突っ込むべきか。とりあえず、リーベを解放してやろうと、ゼロの腕を掴んでほどいてやる。リーベはいそいそと離れると、ハヤトの後ろに隠れるようにしてゼロをちらりと見た。

「ハヤト様、あいつがわたくしを襲ってきましたのよ」

「ちげぇ。王女に興味なんてない」

「まぁ!わたくしの唇まで奪っておいて!?」

「奪ってねぇ」

 頭が痛い。

 自分を板挟みにして騒ぎ続ける二人をとりあえずは無視し、ハヤトはリーベに本来の目的を聞いてみる。

「王女、マーシアを知らないか?」

 ハヤトに話しかけられたのが嬉しいのか、背中からひょこりと顔を出すと、リーベは満面の笑顔で答える。

「えぇ、えぇ、知っていますわ!あの()の居場所を教えてもらおうと思って、お城に招待しましたの!」

 何かを言いかけたゼロに視線を配り、当初の目的通り城を目指すことにする。リーベは相変わらずゼロから隠れるようにしているが、まぁ、このまま言い争われても迷惑極まりないと結論づけ、ハヤトは仕方なくリーベを連れていくことにする。恐らく抜け出してきたに決まっている。リーベの腕を優しく、それでも離さない程度には強く掴み、教会の裏手にある墓地へと向かう。

 面白くなさげなゼロの声が聞こえるが、もうこの際仕方がない。王女を連れているのが見回りの騎士に見つかれば、良くて城の地下行き、最悪ここで処刑だ。

 墓地の隅にある古い石を探す。確か書かれている文字は。

「これだ」

「んー、何々……(こころ)は己の中に?ウィンチェスターのか?」

 文字を読み、考える素振りのゼロの腰から、ハヤトは剣をすらりと抜くと、いきなり自分の腕を切りつけた。

「何してんだよ!」

 ぽたぽたと石に赤い染みが出来上がっていく。後ろで見ていたリーベは、信じられないとばかりに口に手を当て首を振っている。

 慌てて剣を引ったくると、ゼロはハヤトの腕を止血しようとして。ふと、石が淡く光っていることに気づいた。

 石はその重量を感じさせないふわりとした動きで宙に浮く。そこから、地下へ続く階段が現れると、ハヤトは腕を押さえながら降りていく。

「すぐに効力は消える。さっさと降りろ」

 青白い顔のリーベを無理矢理歩き出させ、ハヤトの後に続かせると、ゼロは軽く血を拭き取り、その後に続いて降りていく。

 まさか、こんな道があるなんて。

 ゼロは地上からの光が消えていくなか、先の見えない道を見据えつつ、妹は大丈夫だろうかと心配せずにはいられなかった。


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