神女と、騎士 3
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町にハヤトとゼロが着いた頃。町中を闊歩している騎士たちと、隅で怯えるように丸くなっている民たちの姿。少しでも邪魔になるようなら斬るつもりなのだろう。
それを影から見ていたゼロの肩を、ハヤトが少しきつめに掴んで制止する。出ていけば町中で交えることになる。それは避けたい。ゼロもそれはわかっているようで、強く拳を握り締めうつむいた。
「ゼロ、当てはあるのか?」
我先にと出てきたゼロだ、何かあるに違いないかと聞いてみたが、
「ないな」
まぁ、そうだとはわかっていた。ハヤトはため息と共に頭に手をやると、ならばどこに向かうかと考え出す。
この状況だと、町中を走り回るわけにもいかない。流石に呼び止められて、そのままサガレリエットの城に……とハヤトが顔を上げる。
「城だ」
「は?」
「サガレリエットの城に行こう。恐らく……リーベ王女が連れていったんだと、思う」
前に会った時、リーベはルエを探しているようだった。そしてマーシアは、元メイド長だ。リーベが彼女を知っていてもおかしくはない。マーシアが今どこで何をしているのか、本人から聞き出すつもりなのだろう。
「ハヤト、わかってるのか?神生の儀前で今は厳重だぞ?行けるわけが……」
「道なら知っている。向かうのは教会だ」
そう言い、足早に裏通りへ向かう。慌てて追いかけてくるゼロに、手だけで静かにしろと合図を送りつつ、2人は見回りの騎士の合間を縫って教会へ向かった。
※
ルエは戸惑っていた。
後ろからショウがついてきているからだ。しかも10メートル程間隔を開けて。
止まれば止まるし、歩けば同じ間隔で歩いてくる。一体何がしたいのかわからない。
くるりと振り返り、ショウをじっと見つめてみるが、隠れる気はないのか立ったままである。しかし害を為す様子もない。
1歩、近づいてみる。
ショウは少し驚いたようだったが、逃げる様子もないので、さらに一歩近づいてみた。そうしてあと5歩というところで、ショウが近づくなと言わんばかりに、ルエに手を突き出してきた。
「……なんですかそれは」
ルエにしては珍しく、少し語尾がきつめだ。先ほどのことを考えると、まぁそれも仕方のないことではあるのだが。
「あぁん、さっきの忘れたのかぁ?乳だけ女ぁ」
「ち、ち……!?」
あまりの口の悪さに絶句する。
服であまり目立ってはいないが、確かに身長の割には、ある。ルエ自身、あまり自覚はなかったが、赤の他人に言われるとさすがに恥ずかしいのか、今までにないくらい赤くなり立ち尽くしてしまう。
「王女よりでけぇし、やわらけぇし、オレお前気に入っちまったんだよぉ」
だからついてきたのか。しかし、とルエは考え込む。
「……じゃ、なんでさっきみたいに襲ってこないんですか」
「あん?ヤってほしいのかぁ?」
「やって……?」
成り立ってはいけない会話が、成り立ってしまったことにルエは気づいていない。ショウは喉を鳴らして笑うと、ずかずかとルエに近づき壁まで追い詰めると、そのまま全身でルエを隠すように被さる。
「な、何するん」
「黙れやぁ」
抵抗しようとするルエを軽く押さえつけながら、ショウは辺りを注意深く見渡す。すると、息を切らしながら走ってくる数人の騎士たちが近くで立ち止まった。
その内のひとりがショウを確認すると、忌々しそうに舌打ちしながら近づいてくる。
「ショウ・ウィンチェスター。貴様はリーベ王女を探しに出たはずだが?こんなところで女と逢い引きとはな」
騎士はルエをまじまじと見ようとするが、ショウがルエを隠すように抱き締め、視界に入らないようにする。
「うっせぇよ。人の女見てる暇あんなら、早くお勤めにでも戻りやがれ」
「ちっ……所詮、エイピアの名を継げなかった奴が生意気叩くなよ」
エイピア、それはハヤトの名だ。ルエはもぞりと顔を上げ、ショウを見上げる。よく見えないが、確かに彼は、悲しげに、悔しげに、顔を歪めていた。
騎士は言いたいことを言えて満足したのか、他の騎士に合図を送ると、足早に去っていく。それをショウの腕の中から見送ると、ルエは思い出したようにもぞもぞ動き出した。
ショウもそれに気づき、少し腕の力を緩めてやると、ルエはあっという間に抜け出し、そしてショウを真正面から見つめる。
「……なんなんだよ」
「……あの」
頭を下げたルエに、ショウは一瞬目を見開いた。仮にも、黒髪の王族が頭を下げるなんて。
「助けてくれて、ありがとうございました!」
さらに礼を言われるなんて。ショウは照れ臭さから頬を掻くと「お、おぅ」と顔を背ける。
本当は襲おうとしたところに、たまたまあいつらが来てこうなっただけとは、さすがのショウも言えなかった。
※
教会へ向かう裏通り。
ハヤトは小声で、だが隣を歩くゼロには聞こえる程度の大きさで、ケディラへの言葉の意味を聞いていた。
「……ルーちゃんから、何か聞いたのか?」
「何か……?」
神霊やら神女関係の話に覚えはない。いや、そもそもあの様子では知らないのかもしれない。ハヤトが何も答えずにいると、ゼロはぽつりと呟いた。
「お前も、知ってるはずだろ……」
「ゼロ?」
立ち止まるゼロ。何かを言いたげな表情は、ハヤトの中に痛みを残すには十分で。
何か、塗り潰された記憶の中の、何かを。自分は思い出さないといけない、そうわかってはいるはずなのに。
「すまない、ゼロ」
本当にその記憶は、塗り潰されているのだろうか。切り取られてしまったのかもしれないと、思い出せない記憶に悪態をついて、ハヤトはまた歩き出す。
後ろから「ごめん」と聞こえたが、それが何に対してなのか、今のハヤトには、わからず仕舞いだった。
※
襲う機会を無くしてしまった。
いや、厳密に言えば、ある。
例えば今。前を歩くルエを後ろから抱き締めて、そのまま口を塞いで、事を済ませてしまえばいい。それくらいのことならショウには出来るし、非力な少女の反抗など可愛いものだ。
実際、リーベとはそうして関係を築いてしまった。彼女の求めているのは兄で、むしろ彼女は、兄に求められているように感じたのか、終始悦んでいたように見えた。
それがさらにショウを苛つかせていたのだが。
しかしこの少女、ルエは違った。
襲おうとしていた自分に、偶然助けたように見えたとはいえ、礼を言ってきたのだ。兄ではない、自分に。
ショウはこの渦巻いている気持ちがよくわからず、とりあえずと、ルエについていくことに決めた。
「……ぅおい、乳だけ女ぁ、どこ行くつもりだぁぁぁああ?」
ルエの肩がぴくりと動く。よほどそう呼ばれたくないのだろうが、生憎、ショウはルエの名前を知らない。
「乳だけが嫌かぁ?んなら、乳もいい女にするかぁ?」
「どっちも嫌です!なんで、その、む、胸にしか……」
否定しながら振り返るルエは真っ赤だ。嫌なら名前を教えればいいはずだが、ルエの中では名乗ったつもりになっている。
ショウも聞けばいいのだろうが、リーベに似たいい玩具を見つけた彼には、名前はほとんど意味のないものなのだろう。
「あぁ?男なら乳に目ぇいくのはあったりめぇだろぉ」
男。ルエの周囲にいた男といえば、グレイとゼロ、それからハヤトぐらいだが、全員ルエを性的な目で見たことなどない。それはルエ自身、よくわかっているつもりだ。
「男の人が全員そうだと思わないで下さい!」
つい声が大きくなってしまう。周囲からちらりと視線が飛んでくるが、すぐにそれはなくなる。ルエにはそれが不思議だった。
まるで、民たちはあまり関わろうとしないような、そんな印象を受けたのだ。この調子だと、城までの道を聞こうにも聞けないではないか。
城は見えているというのに。道がややこしく造られているのは、攻めづらくするためということを、当たり前だがルエは知らない。
「ま、乳女が男を知らないのはよぉぉくわかった。楽しみが増えて嬉しいぜぇ?」
舌舐めずりするショウを、少し引きつつも、気持ち悪いと言わないのはルエの優しさなのだろうか。
「ところで、だ。乳女ぁ、どこ行くつもりだぁあん」
「どこって……、お城です」
「城ぉ?」
怪しむようなショウの視線から逃げるように、ルエは背中を向ける。そのまま歩き出そうとして、ぐいと肩を掴まれる。
「待てよぉ、城ならそっちじゃねぇ」
ぶっきらぼうな言い方だが、ルエにはそれが彼なりの優しさだと受け取り、黙ってついていくことにする。出来れば名前をどうにかしてほしいが。
「あ」
いきなり立ち止まったショウの背中にぶつかり、ルエは小さな悲鳴と共に鼻を押さえた。ぶつかったことに、ショウ自身は気づいていないのか、それとも気にしていないのか。ルエを振り返ることなく、ショウは前を向いたままで話を続ける。
「乳女、城に向かうならしゃきっと立ってろぉ。おめぇは今からリーベ王女になりきれ、わかったなぁ?」
そのリーベ王女が誰かは知らないが、城に向かうのに必要ならば仕方ない。ルエはなるべく顔を引き締め、背筋をしゃんと伸ばす。それでも身長は少しばかり足りないが、普段遠目にしか見ていない騎士たちには見分けはつかないだろう。
ショウはちらりとルエを振り返り、それからいつも通り、ポケットに手を突っ込むとまた歩き出した。城に何しに行くのかは知らないが、王族を連れていくのに、まぁ問題はないだろう。
本物のリーベ王女は、この乳女を送ってからでも問題ないはずだ。ショウはそう決め込んで、気怠そうに空を仰いだ。




