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神女と、騎士 2

 

 ※




 茶の長い髪をゆるくひとつにまとめた少年、ショウは、町中を苛々と大股で歩いていた。どれもこれも、あのリーベ王女のせいだと言わんばかりに。

 恐慌派、というより、落ちぶれた乱暴者で顔が知られている自分は、歩けば周りが勝手にどいてくれる。弟のケルンは逆で、何を考えているのかわからない言動で、周囲に煙たがられている。正直、弟の腕に関してはよく理解しているつもりだが、内面ともなるとよくわかっていない。言われたことに対して忠実なのは、まぁわかるのだが。


 さてショウが町中を歩いている理由(わけ)だが、いつも通り、リーベ王女の脱走である。そしてそれを見つけに行くのは、王女のお気に入りである自分だ。前だったか、王女から「ショウの顔はハヤト様に似てる?」と聞かれ、言わなくてもいいのに「たぶん」とケルンが答えた時からだ。

 つまりあの王女は、自分ではなく、その先にいる兄を見ているのだろう。それがまた悔しく、そして腹立たしい。

 居住区を抜け、商業区へ向かう途中にある教会に目が止まる。教会の周りは綺麗な植え込みがあるのだが、その合間から黒髪がひょこりと動くのが見える。なぜ教会とは思ったが、神生(しんせい)の儀は明日だし、祈りを捧げているのかもしれないと、ショウはため息と共に教会へ向かった。





 ルエが暗闇を壁伝いに進んでいくと、右手からかちりと音がした。驚いて手を離すが、既に仕掛けは作動したようで、頭上から塔と同じようにして階段が降りてきた。

 恐る恐る登り、天井に頭がついたところでごちりと音が響く。頭をぶつけた。

「痛い……」

「なーにしてんだ」

 ケディラの笑い声も響いて、やけに静かだった地下が少し賑やかになる。頭を押さえていても仕方がないので、ルエは天井の石をごそごそと触ってみる。少し力がいるだろうが、ルエでも動かせそうな一枚石である。

「ん……」

 ずず……と鈍い音と共に、少しずつ光が入ってくる。1人分ほどを開けるのがやっとだったが、ルエにはこれで十分だ。半ば這いずるようにして出ると、そこは教会の裏手にある墓場のようだった。石を元に戻す際、何かが書いてあることに気づく。


 ーー生命(いのち)は光と共にーー


「これは……」

「ウィンチェスターの言葉だな。生命(いのち)は光と共に。(こころ)は己の中に。宿命(さだめ)を以て守護とせよ。これが全文だ」

 ケディラが腕組みをしつつ答える。とするなら、これはウィンチェスター家の墓になるのか。他と比べると、むしろ小さめで、そして古い。昔から彼らは、こうして王族を守ってきたのだろう。

 ルエはそっと祈りを捧げ、表へ向かおうと歩き出す。見たことのない場所で不安しかないが、言われた通り、司祭を頼るしか今はない。

 しかし急に目の前から出てきた人影にぶつかり、ルエはふらふらと尻餅をついてしまった。謝ろうと顔をあげ、そして固まる。

「王女、やぁっと見つけたぜぇ?」

 ハヤトより少し背は高いくらいだろうか。髪の色も瞳の色も違う彼は、それでもどこかハヤトに似ていた。

「あ、あの……私……」

 やっとの思いで絞り出した声が震えていた。

 彼はルエを上から下まで舐め回すように見、そして顎に手をやりふと考え込む。

「リーベ王女、だよなぁぁぁあ……?」

 まず自分はリーベではない。が、否定したらどうなるかわかったものではない。しかしこの状況で肯定できるはずもなく。

「わ、私、司祭様に、お会いしたくて……」

 間違いではない。実際、目的はそれである。

 しかし彼はさらに怪訝そうな顔をし、何を思ったのか、しゃがむとルエの胸を鷲掴みにしたのだ。

「やぁっ……」

 いきなりで驚きと悲しみ、掴まれた痛みなどが押し寄せるが、ルエにできたのは、掴んできた手を弱々しく掴み返すことだけだ。

「いた……い、離して……」

 彼は離すつもりはないのか、むしろそのままルエを押し倒してくる。ルエは泣きながらも反抗しようと首を振るが、それで彼が離すなら最初からこうなりはしなかっただろう。

「ケディラ……たすけて」

 傍らを飛ぶ神霊(しんれい)を呼ぶが、そうだ、視える人間は決まっているのが神霊だった。確か塔の本に書いてあった。

 こんな知らないところで、知らない人に押し倒されて。助けを呼ぼうにも、知っている人はいるはずもない。

 そんなルエが口にできたのは、

「助けて、ハヤトくん……」

 それは、目の前の彼にとって一番聞きたくない名だった。




 リーベ王女と思っていた彼女は、全然違う別人だった。王女より雰囲気が柔らかく、二重の瞳からは威厳も何も感じないどころか、恐怖の色が滲んでいた。

 だからショウは嬉しくなった。

 いつも自分をこき使い、バカにし、兄の影しか見てない王女。その王女に似た彼女。好きにしてやろうと思った。

 しかし彼女の口から零れた、聞きたくない兄の名が出てくると、ショウはいきなり彼女の首を締め付け始めた。苦しげな声と、震える手を見ると、なぜか興奮している自分がいる。

 もっと聞きたいとさらに力を入れようとして。


「きゅうり、やるよ」

「は?」


 思わず力が抜ける。息が出来るようになった彼女は大きく咳き込み、肩で息をしながら虚空を見つめている。その目にはあまり光が感じられず、やりすぎたかもしれないと少し反省すると同時に、自分の下腹部に熱が集まるのがわかった。

 声の主は教会の入口に立っていた。ピンクの花柄シャツ、白い短パン、そしてサンダル。ここは海ではないはずだが。さらに手にはきゅうりを握っているものだから、さらによくわからなくなってくる。

「……おっさん、なんか用かよぉ」

 ショウは彼女に馬乗りしたまま、そのよくわからない男を凝視する。

「おっさんではあるが、まぁ用はない。しかし、神の御近くで卑猥なことはやめろ」

 ひらひらときゅうりを振りつつショウに近づくと、男は下敷きになっている彼女、ルエを一目見る。

「きゅうりやるから、女性の上になるのもやめろ」

「いやいらねぇよ」

「さ、早くどきな」

 双方話を聞いているのかわからない会話の後、男はショウの手にきゅうりを無理矢理握らせると、羽交い締めするようにして、ショウをルエからどかす。ショウも負けじと暴れるが、男の力が予想よりも強くあまり効果がない。

 意識がはっきりしてきたルエが男を視界にいれ、ぽつりと呟く。

「……司祭様、ですか?」

「あぁ?こんな奴が司祭なわきゃねぇだろぅがよぉ」

 羽交い締めしていたショウをぽいと横に投げ捨てると、男は何処からかまたきゅうりを出し、それをルエに差し出しながら笑う。

「きゅうりやるよ、正解したからな」

 ルエの安堵の息と、ショウの呆れの息は、ほぼ同時に男の耳に入っていった。




 教会の中に通されたルエは、並んでいる椅子の端のほうに座ると、出された紅茶を持ちつつ、周囲をきょろきょろと見渡していた。前方の白い大きめの硝子には、剣が交差し、中央に盾がある紋章が彫られている。

 確か、ハヤトの持つ銃にも似たようなものが彫ってあった気がすると、ルエは紅茶に口をつけつつ考え込む。

「待たせたな」

 相変わらずきゅうりを手に持ち、へらへらと笑いながらやってきたのはあの司祭だ。相変わらずの格好だが、初めて司祭を見るルエには、それが可笑しいということには気づかない。

「初めまして、司祭様。私、あの……」

 説明を急ごうとするルエの口に、優しくきゅうりが当てられる。

「まぁ、落ち着け。話は聞く、焦りは何も探せない」

 そのままきゅうりを渡され、ルエは「はい……」と呆気に取られる。そういえばと、浮かんだ疑問を口にする。

「あの、先ほどのかたは……」

「落ち着くまで別室で待機だ。おっきっきしてたからな、しょうがない」

「おっき……?」

 聞き慣れない言葉だが、聞いても教えてはくれなさそうだ。ルエは手元の紅茶を見つめ、それから隣に座った司祭に、意を決したように話し出した。

「司祭様、私は帰ろうと思うのです。私は、私の、在るべき場所があるはずだから……」

「……なら、城に帰るのが筋だろうな。ここを出たら北に向かえ」

 ぐいと紅茶を飲み干したルエは、カップを司祭に返し、にこりと笑うと「ありがとうございます」と礼を述べ、足早に教会を出ていった。

 渡されたカップを見つめ、司祭は苦笑し

「ライン様、どうやらご息女は立派になって帰って来たようですよ。必ず神女(みこ)として、国を引っ張っていけるでしょう」

 さて、と立ち上がると同時に、後方の扉が開いた。出てきたショウのすっきりとした顔を見るに、どうやら興奮は冷めたようだ。

「おい、さっきの女はどうしたぁぁぁああ?」

「さてな。きゅうり取りに行ったんだろ」

 カップを片付けに行く司祭の後ろから、地団駄を踏む音が聞こえてくる。その後、奇声と共に出ていくショウの背中を見て、彼も兄を追うのはやめればいいのに、と思わずにはいられないのだった。

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