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記憶と、想い出 3

 今日も厄日なのかと、ハヤトは目の前の少女を見て思う。なぜ王女様がこんな場所に、いやローブを羽織ってた辺りお忍びなのだろうが、とにもかくにも会いたくなかった人物の1人には違いない。

 対するリーベは嬉々としてハヤトの両手を握りしめ、

「ハヤト様!お会いしたかった!あたし……こほん、わたくし、ショウが言っているのが聞こえて……。町に出たらお会い出来るかと思ってましたの!」

 どうやら二人にかけた神術(しんじゅつ)は無事に解けたらしい。それに内心安堵し、いやそれよりもと、この状況をどうするべきかと頭を悩ませる。

 リーベはこちらのことなど露知らず、何やら興奮状態で話している。しっかり服を掴んだままで。ほどこうと思えば出来るが、やはり相手は王女様。それをするのは躊躇われた。

「あ、そうだわハヤト様。わたくしの騎士になってくださるのはいつでしょう?」

「何回も言いましたが、わたしは騎士にはなりません」

「あぁ!旦那様になってくださるんでしたね!」

 何を言っても無駄である。だから嫌だったのだ、彼女に会うのは。

 いやしかしと。

 ハヤトは疑問が浮かび、リーベに向き合い問いかける。

「この辺りで、母娘(おやこ)が襲われたようですが、リーベ王女はご存知で?」

 問いかけられたリーベは一瞬きょとんとし、それからすぐに「あぁ!」とにっこり笑う。

「この間もお忍びで来たんですけれど、あの娘の顔が、昔のあの子に似ていたから、ちょっとおいたをしただけですわ」

 ちょっとがあの様なのかと。

 まるで悪びれる様子のないリーベに、本当なら胸ぐらを掴んでやりたいところだが、こんな場所でそれをするわけにもいかず、ハヤトは「そうか」とリーベに背を向ける。

「ハヤト様?どうされました?」

 歩き始めたハヤトを追いかけようとしたが、遠くから聞こえてくるショウの声に、リーベは軽く舌打ちをする。抜け出したことがバレたようだ。

「ねぇハヤト様、これだけいいかしら?」

 背中を向けたままでも立ち止まってくれる彼に、相変わらず優しい人だとリーベは嬉しくなる。しかし、彼が今どこにいるかによっては、やり方を変えるしかない。

「あの子、あの日以来行方不明なの。でも噂があってね……茨の塔にいるんじゃないかって」

「知らないな」

 間髪入れずハヤトは答えると、サナの家へとまた歩き出す。

 リーベはくすりと笑い、またローブを羽織ると反対へ歩き出した。

「素直だから、あたし、貴方様が大好きなのよ?ハヤト様……」

 溢れた呟きは、ハヤトに届かず風にかき消されていった。




 家の鐘を鳴らすと、サナが変わらない格好で出迎えてくれた。相変わらず散らかっている机と、さらには足元にまで本が置かれている。足の踏み場もないとは正にこれであろう。

「はい、お待たせ!2人の神機(しんき)だよ!」

 大事そうに抱えてきたそれらは、これまた厚く布に巻かれている。ここまでしなくとも、とは思ったが、ゼロにはこれぐらいがいいのかもしれない。

 早速受け取り、足早に出ようとしたハヤトに、サナがおずおずと声をかけてきた。

「ね、ねぇ」

 今日はよく呼び止められる日だ。

「……手短に頼む」

 椅子に座り、神機をそっと横に置くと、サナも反対に座り言いにくそうに話し始めた。

「ハヤトって、ウィンチェスター家の人、だよね?なんで……」

「髪色が違うのかって?」

 驚いたサナがハヤトを見つめる。その瞳からは、申し訳なさが感じ取れた。それに構うことなく、ハヤトは話を続ける。

「簡単だ。俺は正妻の子じゃない。父親が(サウス)に仕事で来た際、母親に一目惚れして俺が出来た。俺の母親は、水を色濃く受け継いでて……」

 記憶の中の母親は、綺麗な空色の髪をかきあげて、いつもどこか遠くを見つめていた。自分が3歳になる半年ほど前だったか、それまで存在すら知らなかった父親が、自分を引き取りに来たのは。

 あの時はわからなかったが、母親は体を悪くしていたらしい。いきなり知らない土地に行く辛さを、がむしゃらに母親にぶつけてしまった。

 もちろん、後悔している。もう謝れもしないけれど。

 そこまでふと思い出し、そう、母親の墓参りに行った6歳頃だったか。(サウス)の修道院にいたゼロと会ったのは。

「なんかごめんね」

 急に聞こえたサナの声で我に返ると、サナは立ち上がり玄関へと向かっていた。ハヤトも神機を持ち立ち上がると後に続く。

「気にするな、慣れている」

 うつむいたままのサナに声をかけ、出ようとするハヤトに

「あ、代金」

 と、雰囲気を読まないサナの手が延びてきたのは、言うまでもない。



 ※




 レイガノール・サガレリエット。

 それはもう、だいぶ前に無くした名だ。

 今その名で自分を呼ぶとしたら、父の代で騎士団長を務めていたグレイぐらいか。ちなみに今の団長は、父の親友であったジェッタが務めている。


 父親同士がよく一緒にいた為か、ハヤトとは、それこそ兄弟ではないかという程に一緒だった覚えがある。つまり妹、ルエともほとんど一緒でもあったということだ。

 自分が何かしらで呼ばれると、大抵ハヤトがルエのことを見てくれていた。そのせいか、ルエはハヤトによくなつき……いや、それ以上の感情を持っていたようにも見えた。

 実際、いつだったか「およめさんになります!」と宣言して、ハヤトが困っていたのを覚えている。

 あの時は大変だった。

 何せ、それを聞いていたのは自分だけではなく、双方の父親、さらにはグレイ、当時メイド長だったマーシアまでもがそこにいたのだ。

 あの時を思い出すと笑いが込み上げると同時に、懐かしく、悲しい思いが広がる。



 確か、そう。

 あの日ハヤトは困りながらも、小さな王女に跪き、その小さな手の甲に軽い口づけをすると、薄く笑みを浮かべたのだ。

 あの時のハヤトは今と少し性格が違い、もう少し明るく、よく話をし、自分の髪色も生まれもあまり気にはしていなかった。

 その頃は、ショウとケルンとも険悪ではなかったはずだ。むしろショウがハヤトにくっつこうと、よく家を出てきては怒られていたものだ。


 いつからだろう。

 いつからーー




「いつからハヤト、変わったんだ……?」

「え?」

「あ」

 いつの間にか声に出ていたらしく、花を摘んでいたルエに不思議そうに見られていた。

 ハヤトが町に出ている間に、お部屋に飾るお花を摘みに行こうと誘われ、ゼロはこの間の湖へと来ていた。色とりどりの中に黒はとても映える。自分の白とは大違いである。

 そんな楽しんでいるルエを眺めつつ、ゼロは少し感傷に浸っていた。記憶を手繰り寄せると、まぁまぁそれなりに出てくるものだ。そのほとんどが、この愛らしい妹との日々なわけだが。

 もちろん、ゼロが兄とは知らない。だからこそ、さらに色々な表情(かお)が見れて楽しいこともある。

 現に、今がそれだ。

「ひとりで笑ったり、変な顔してますし。なんだか、気持ち悪いです……」

 ジト目で見られているが、ゼロにとってはご褒美だ。嬉しくなり、ルエの頭をぽんと叩くと、

「ルーちゃんが可愛いからな、しょうがないし?」

「もう、またそんなこと言って……」

 呆れたルエが、もういいとばかりに背を向ける。その仕草もまた可愛いのだが、流石に怒らせたくはないので言わない。



 しかし、どれほど否定されようが。

 ゼロにとって家族は、もう妹だけなのだ。

 何に代えても大事にし、守ると。

 あの日、レイガノールが守れなかったものを、ゼロとして守っていくと誓ったあの日からーー。

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