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知らない僕 ミステリアスな君(後編)



 なんか最近、僕は忘れっぽくなった気がする。



 あと日付や曜日の感覚も無くて、よく間違えてしまう。その度に鬼石君と猫田さんに「夏ボケか?」なんてバカにされる。


 なんだろうね、これ。


 本当に今年の夏は暑いけど、確かに頭がぼうっとなっているけど、この間なんてみんなで遊びに行く約束をして、夕顔さんも誘って四人で日曜日に集まろうと話していたら、僕一人、木曜日に待ち合わせ場所に来ていたなんて事もあった。


 話をしたのが水曜日、それから四回は寝たはずなんだけどなあ。


 みんなに「どれだけ夕顔と遊びたいんだよ。」「待ち遠しくて木曜日から待ってるつもりだったんだよねえ。」と笑われた。


 おかしいなあ


 それに、なんだろう、メンバーが足りない気がして仕方がない。


 僕のそばにはいつももう一人


 〇〇が居たはずなんだけど


 あれ?


 誰だっけ?


 思い出せないや。


 とても大切な人だった気がする。


 とても親しかった気がする。


 でも思い出せないや。


 鬼石君、猫田さん、夕顔さん。そして僕を入れた四人。確かに昔から四人グループだった気がする。人数は合ってる。


 誰が足りないんだろう。


 わからない、思い出せない。


 夕顔さんと目が合う。


 少し照れたような、はにかんだ笑顔に僕の心臓が跳ね上がる。そうだ、ここには彼女がいるじゃないか。


 なら、もうそれで良いのかも知れない。


 毎度毎度急かされている割に僕はまだ彼女に告白できていない。鬼石君、猫田さんの二人もからかってはいるけど、大切な言葉は僕の口から出てくるまで待ってくれているようだった。


 でも夕顔さんは僕にとってまだまだ高嶺の花だ。



 告白なんてとてもとても



 無理無理無理。



……………



 境界線


 あちこちにそう言ったものは存在する。


 例えば僕と彼女の間、とか?


 僕は彼女のことが好きだったけど、それを今まで誰にも話したことは無かったし、多分、一生言うことも無いのだと思っていた。彼女とは住む世界が違うのだ。インドア派の僕にとって彼女は眩しすぎる存在だった。


 栗色の髪の毛を見つけて僕の心臓が脈打つ。



 下駄箱で葵が待っていてくれていた。



 僕はクラスメイトの大石君、そして箱田さんに葵を加えた四人でいつも帰っている。それが日課のようになっている。


 四人組


 僕たちは奇妙な縁で結ばれた、結構仲の良い四人グループだった。


 大石君は僕よりも頭二つほど背が高い柔道部の元主将だ。体は大きいけど爽やかなイケメンだったりする。箱田さんは元陸上部だ。部活が無くなった高校三年生の夏、僕たちはこうして集まって一緒に下校していた。


 葵は僕の幼なじみだ。歳は同じだけど僕よりも背は少し高いし、なにかと世話を焼いてくれる姉のような存在だった。栗色のボブヘアーがとてもよく似合う美少女で、僕なんかといつも付き合っているのが男子生徒達から不思議がられているほどだ。実際、彼女に告白してフラれている男子は二桁以上いるらしく、僕がお婿に行くまでは彼女は誰とも付き合わないのでは?なんて噂すらある。


 葵は箱田さんと同じく陸上部だった。二人とも部活が無くなってからも毎日ジャージなのは、「朝、着替えを考えるのが面倒くさいから。」だそうだ。


 僕は運動部では無かったけど、健康的な三人に囲まれてよく山や海へ遊びにいった。いやもう引き摺り回されてると言ったほうが近いかも知れない。


 今年の夏休みはどこに遊びに行こうか?いや、受験はどうするんだ?などと他愛もない話しで笑い、残り少なくなってゆく高校生活を消化してゆく日々。



 今年もセミの声が聞こえて来た。



 空はぐんぐん高くなり、夕焼けも遠ざかってゆく季節。



 僕たちはすっかり伸びた昼間の時間、夜に切り替わりそうなその最後の瞬間を共に過ごしていた。



「あ。」


「ん?どしたの?」


 不意に立ち止まった僕を葵が振り返る。ちょうど校門を出て、曲がり角に差し掛かったところだった。


「忘れ物しちゃった。ごめん、取ってくるから先に帰っていて。」


「もう、しょうがないなぁ、早くしてよね。」


 先に帰って、と言ったのに待っていてくれるつもりの葵へ苦笑いを返して僕は走り出した。



 曲がり角を戻り、校門を通り過ぎる。



 境界線を跨ぐ。



「あれ?」



 僕はその瞬間、何かおかしいなと、感じていた。



 夕方だったはずだ。遠くの空が夕焼けに染まっていたはずだ。でも今はまるで朝の空気に包まれている。



 下校時刻だったはずだ。皆が校門から出て帰っていたはずだ。でも今は皆が登校している。



「あれ?」



 僕は何か勘違いをしているのだろうか?帰ろうとしていたのは気のせいで、今は登校時間なのだろうか?これはまるで下校してから次の日の朝まで記憶が飛んでいるような・・・


「おう、きたな。何してんだよ、早く行こうぜ。」


 大きな手が戸惑っている僕の背中を叩いて押してくる。ああ、これは間違いない鬼石君の手だ。


「あ、うん。おはよう。」


 僕は苦笑いを返しながら従った。だって叩かれた背中一面がヒリヒリしてるよ。強く叩きすぎだって。


 それにしても何かを忘れているような気がする。


 なんだろう?


 誰かを待たせていたような・・・


 あれは、〇〇は・・・?



 ?



 なんて思っていたら、目の前を一人の少女が通り過ぎる。



 艶やかな黒髪、白くて透明感のある肌。伏し目がちの切れ長の瞳。



 僕はその姿に見惚れて、思わず立ち止まる。



「何をぼうっとしてるのさ!」


 そんな僕の背中をもう一発、小さな手が叩いてゆく。猫田さんだ。軽く叩いただけなのにヒリヒリしていた僕の背中は飛び上がるくらい痛かった。


 僕と鬼石君、猫田さんに夕顔さんを加えた四人が校舎へと入ってゆく。



 いつものメンツ。



 今日も、この四人組だ。



 それが、高校三年生の僕たちの日常だった。



…………



 あれは夏休みまであと数えるほどになった頃だったと思う。思う、と言うのはその頃の記憶が曖昧だからだ。僕は何故かその年の七月に何が起こったのか、よく思い出せない。記憶力は良いほうだし、小学生以降の記憶はかなり残っているはずなのに、その夏の記憶だけポッカリと穴が開いたように空白になってしまっている。


 でもなんでだろう?


 その事を思い出そうとすると、何故だか胸がぎゅうっと締め付けられるような気分になる。


 そんな事はその夏だけだ。


 記憶に無いくせに、僕にとって特別な夏。


 何か大切なものを、あの夏に起き忘れてしまったような、そんな気分になるんだ。





「また見てるよ。」


 彼女はそう言って校門の外を指さし、僕の背中に隠れた。


 そこには知らない女生徒が立ってこちらを見ている。いや、知らないと言うのはちょっと違うかな?ここのところ毎日のように校門で待ち伏せしている謎の女の子だ。


 栗色の髪の毛、ショートボブがよく似合っている可愛い女の子なのだが、いつも僕と夕顔さんが歩いているところをじいっと見ている。美人に見つめられるのはやぶさかでは無い、けどなんか睨みつけられていつも夕顔さんが怯えてしまっているんだ。


 今度、ハッキリ言ってやらないとダメかなあ。


「マコトくん、私、私ね。」


 夕顔さんは僕の背中に隠れながら話しかけてきた。校門の向こうにいる女性はますます厳しい目でこちらを睨んでいる。


「私、マコトくんとずっと一緒にいたい。だからね、選んで欲しいの。」


 そ、それって?


 もしかして?もしかしなくても僕、今、告白されてる?


 僕が喉をゴクリと鳴らしてそう問いかけると ──── 今にして思えばなんともムードの無い問いかけだったけれど──── 彼女は頬を染めて小さく、コクンと頷いた。



 いやったあああぁぁ!と心の中で叫ぶ。こんな日をどれだけ夢見たことか。本当に信じられない。学年一の清楚系美少女が僕に告白だなんて!



 僕は小躍りしそうなくらい舞い上がっていた。



「あ、でもね。」



 そんな僕に冷や水をぶっかけるような、静かな声がかけられる。


 その時の夕顔さんは、少し冷たそうな、陰のある表情をしていた、と思う。普段見せない薄暗い笑みに僕の背筋が少しだけゾッとした。



「でも、ハッキリさせて欲しいの。」



 彼女は校門の外を指さした。



 そこにはあの、怖い顔をした彼女がいる。誰だかわからないけど、毎日僕達を待ち伏せしている彼女。



「あの人の事をハッキリさせて欲しいな。私を選ぶのか、あの人を選ぶのか。それをマコトくんに決めて貰わないといけないと思うの。もし私を選んでくれるのならちゃんとあの人にそう伝えて、もう付き纏わないと約束させて欲しいの。」


 まあ、それはそうだよね。


 なんだかわからない女の子にいつも付き纏われていたら落ち着かないし、そこはハッキリさせるべきだろう。


 まあ、答えは決まってるけどね、と笑いながら言うと夕顔さんもいつもの笑顔に戻って明るく微笑んでくれた。


「じゃあ、行ってくるよ。」


 僕はそう言って校門へと歩き出した。


 栗色のショートボブがこちらを睨んでいる。


 間違いない。僕が睨まれている。


 ハッキリ言ってやらなきゃな。


「あの?」


 校門の手前で声を掛けようと思った瞬間、腕を掴まれて引っ張られた。女の子とは思えない強い力で引かれて僕はつんのめるように校外へと引き摺り出された。



「バカ!何やってんのよ!」



 葵の声だ。



 あれ?



 僕は何しにここへ来たんだっけ?



「全く!自分が何してたのかわかってるの?」



 葵が怒っている。また待たせちゃったのかな?ごめんごめん、花壇をちょっと見ていただけなんだって、と言い訳しようとした僕の首を葵は掴んで、強引に校庭を振り向かせた。



「よく見てみなさいよ!マコト、あんた引きずり込まれるところだったんだから!」



 振り向いた僕が見たもの、あれはきっと夢だったんだろうと思う。



 だって、僕が見たのはその一瞬だけだし、そのあとすぐに僕は記憶が飛んでしまっていて、次に覚えているのは自分のベッドから見えるなんの変哲もない天井だ。きっと夢を見ていたんだと今では納得している。



 しかし、変な夢だ。



 あれが現実のはずがない。



 僕が見たもの、それは夕暮れの校庭を歩き通学する無数の「何か」だったんだ。



 馬のようなもの、蛇のようなもの、鬼のような巨大なもの、小さな虫のようなもの、口の大きなもの、ひとつ目のもの、鳥のような飛ぶもの、手足のないもの、足が無数にあるもの、形のないもの、光るもの、影しかないもの、


 そして植物のようなまるで花のようなものがこちらを向いて手らしき蔓を振っていた。



 それは昔、どこかで見た事のある、絵巻物の百鬼夜行を思わせる、無数の幻が学校へ登校する様子だったのだから。




…………



 その夏の記憶はとても曖昧で、僕にとってまるで夢の中の出来事のようだった。


 時々、ふっと名前を思い出したり、印象的な場面がフラッシュバックする事はあるけれど、それも本当の夢と同じようにすぐ薄れていってしまう。


 僕はそれが何故だか無性に寂しくて、必死につなぎ止めようと記憶を掻き集めるのだが、まるで指の隙間からこぼれ落ちる砂のように、僕はすぐその記憶を忘れてしまうのだった。





 僕は幼なじみの葵に告白された。


「私、マコトの事が好きだよ。」


 ずっと片思いしていた彼女からの言葉は、僕の十数年を埋めてくれるものだった。


「毎年、夏になると思うんだ。また来年もこうして過ごしていたいって。それはきっとマコトとだからそう思えるんだと思う。」


 ぼ、僕だって!


 たぶん、そう答えた。


 僕の記憶の中の彼女は確かにその時、笑ってくれたから。


 ただ、それも本心だったのだろうけど、それよりも彼女はバカな僕を救いたかったのだと思う。よくわからないけど葵は僕に「引っ張られている」と言った。


 このままだと引きずり込まれて帰ってこられなくなるよ。そんなのは嫌。マコトの事を誰かに取られるなんて絶対に嫌なの。


 その意味はよくわからなかったけど、とても嬉しかった事は覚えている。



 そして柔らかな唇の感触も。



 僕を引き止めるためにはもうこうするしか無いんだって言っていた。出来ればずっと親しい幼なじみでいたかった気持ちもあるんだけど、そう彼女は恥ずかしそうに語った。


 僕の心はもちろん決まっている。


 物心ついた頃からずっと好きだった葵。


 告白に答えるなんて当たり前過ぎて考える余地もないくらいだ。



 でも、葵は僕の胸の中でこう言ったんだ。



「でもね、ハッキリさせて欲しいの。」



 僕の背中に痛いくらい爪が立てられていた。



「私と彼女、どちらを選ぶかをマコトに決めて欲しいの。」



 それは、どこかで聞いた事のある台詞だった。



……………




「そんなのは決められないよ!」



 僕は校門を跨いでそう言った気がする。



 この辺りの記憶も曖昧で、これが全て長い夢だったのではないかと思うくらい確かではない。



 でもそう言った筈だ。



 僕はその時、夕顔さんと葵に挟まれていた。



 何故かその時は二人の事がちゃんと認識出来た。何故、いつもどちらかを忘れてしまったのかわからないくらい、二人の事を理解出来ていた。



 片方は子供の頃から好きだった幼なじみの女の子


 片方は一目惚れしてしまったクラスメイト



 僕は睨み合う二人に挟まれて、どちらかを選ぶかを問い詰められていた。



 まさか僕がこんな修羅場を経験するなんて思っていなかった。ゲーム好きでインドア派、悪く言えば暗いイメージのあるあまりパッとしない僕だ。こんな美少女二人に挟まれて二人から告白され、どちらを選ぶかを迫られるなんてこれ、ゲームの中の話じゃないだろうね?



 そして僕はほとほと困ってしまった。



 だって二人とも好きなんだ。どちらかを選ぶなんて出来ないよ。


 彼女達二人はお互いを指差して「この女と別れて、二度と会わないと約束して。」と僕を追い詰めてゆく。そんな事言われたって、今までゲームの中でしか恋愛した事のない僕にどうしろって言うのさ。



 そして僕の出した結論は、どちらも選べないという最低のものだった。



「そんな事言われたって、二人とも大事な人だよ!僕にはどちらかなんて選べない!」



 それが結論だった。



 いや



 わかってます。自分でも最低だと思う。



 きっと選んで貰えると思っていた二人の目が驚きで丸くなる。まさか選ばないなんてそんな結末信じられないと言った風だ。それはそうだろう、男として最低の結論だ。でも僕には選べなかったんだよ。


 もちろん彼女達の驚きと怒りは相当なものだった。


 二人の目がつり上がり、僕に迫る。


「まさか、まさか、なんて結論出すのよ、もう取り返しがつかないじゃない・・・。」


 そう、葵が小声で呟く声が聞こえた。



「この・・・」



 夕顔さんも怒ってる。あの、その、ちょっと待って二人とも落ち着いてね。



 近い近い、それに怖い



 そして二人は少し俯いてから僕を再び睨みつけてこう言ったんだ。



『この!ヘタレ!』



 その綺麗にハモった言葉だけは曖昧な記憶の中で、比較的はっきりと覚えている。



 そしてその時の二人の顔も。



 その時、そう言いながら二人は確かに目にいっぱい涙を浮かべていたんだ。




……………




「起きたか?おい?大丈夫か?」



 僕は誰かに背負われていた。声をかけられて、ああ、これは大石君に背負われているんだと気づく。


 僕はどうやら寝てしまっていたらしい。よくわからないけど。


「校門のところに倒れていたんだよ。病気かと思ってビックリしたよ、今、保健室に連れて行くからね。」


 ジャージ姿の箱田さんがそう教えたくれた。下校しようと思ったら僕が倒れている姿を見つけたらしい。見つけてくれたのがこの二人で本当に良かった。僕の親友達だ。


「あれ?葵は?」


 僕が尋ねると二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をした。


「誰だ?それ?」

「夢の中の彼女?またマコトの妄想?」


 背負われながら僕の記憶が薄れてゆく、思い出が砂のように溢れてゆく


 あれ?僕たち四人組・・・じゃない?


 ああ、三人組だっけ?


 いつも大石君と箱田さんと僕の三人だったっけ?


 それに幼なじみの・・・〇〇。


 あれ?誰だっけ?


 そう言うとまた二人は顔を見合わせて「俺たち以外に幼なじみなんていたっけ?」と尋ね合った。箱田さんがそれに「いや、知らないなあ。」と答える。


 そっか、僕たち昔から三人組だったっけ。


 僕は曖昧な頭でそう答えた。


「まだ、なんかおかしいな。頭を打ったのかも知れない。今、先生に見てもらうからな。」


 僕を心配する二人の声に包まれて、僕は強い睡魔に襲われてまた目を閉じた。



 眠りに落ちながら、僕は泣いていた。



 その時僕は何故だかとても不思議な気持ちが込み上げてきていた。



 なにかとんでもない間違いを犯してしまったような




 取り返しのつかない事をしてしまったような




 誰かを傷つけてしまったような




 そんな悲しい気持ちで、僕は涙を流していたんだ。






 ──── エピローグ




 その年の七月は、僕の中でも特別な夏になった。


 僕は精密検査の結果も良好でどこにも問題がなく、受験勉強からくるストレスか貧血で倒れたのだろうと診断された。


 MRIなんて受けたのは初めてだ。あんなに煩いモノだとは知らなかった。まだ少し眠かったから寝ていいか聞いた時の、先生がニヤリと笑って「いいよ。」と言った意地悪そうな顔が忘れられない。


 僕はそれ以来、急に倒れることも、記憶が曖昧になる事も無かった。


 不思議な夢を見る事も、何か忘れているような気持ちになる事もたまにはあったけれども、その回数も次第に減っていった。


 夏休みに入り、僕と大石君、箱田さんと三人で会う機会も減った。実は二人が付き合う事になったと聞かされたのもこの年だ。その後二人は大学卒業まで付き合ってすぐに結婚した。


 僕は塾の夏期講習が始まったのもあって二人とは距離を置く事に決めた。やっぱりいつまでも三人組ではいられない。二人の邪魔をしないためにも、僕は僕の道を歩いて行かないといけないんだ。


「行ってきます。」


 僕は塾に行くために、炎天下の中へと歩き出した。


 決して過ごしやすい陽気では無かったけれども、不快ではない。カラッとした風が吹いていて清々しい気分にさせてくれるような、そんな夏の朝だった。




 僕はふと、母さんが手入れをしている花壇を見る。



 家の庭先には道路にはみ出しそうなくらい、今年も立葵の花が植えられていた。



 もう季節も過ぎ去り、すでにその花は枯れてしまっていたけれど、きっと来年もまた綺麗な花を咲かせてくれるに違いない。



 僕はそう思い直しながら、何故かまたこみ上げてきた涙を隠すように、駅への道を走り出したのだった。




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