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知らない僕 ミステリアスな君(前編)


 もしも時間が巻き戻せるならば・・・そう考える事が時々ある。



 もしも、今、一度だけでもいい、時間を巻き戻せるならば



 僕は夏休み前の、あの日に戻りたい



 そして自分をぶん殴ってでも止めていただろう。そして、違う結論を出していただろう。



 そうしたらきっと、この悲しい気持ちも、何故そうなったのかもわかるような気がするから。



 他にも戻りたい過去は色々ある、誰でもそうだろう。後悔なんて数え切れないほどしてきた。



 でもまず、今、僕が僕にしてやりたい事と言えば、とりあえず寝ぼけた頭を叩いて起こしたい、かな。



 だって、幼なじみの葵が怒っているじゃ無いか。





「ちょっと!聞いてるの?」


「あ、ご、ごめん。なんだっけ?」


 葵はテーブルの向こうから身を乗り出して僕の顔を覗き込んでいた。気の強そうな瞳と少しウェーブのかかった栗色のショートカットが僕の瞳を捉えて、惚けた頭を急速にクリアにさせる。


 葵は怒っている。それはきっと僕が話を聞いていなかったからだろうが、実は話どころの騒ぎでは無い。僕はなぜ自分がファミレスに葵と二人で入っているかすらわからなかったのだから。


 口では取り繕ったように「ごめん」と言っているが、内心ではこの訳の分からない状況に混乱していた。目の前には食べかけのパフェが二つ、これも僕が注文したものなのだろうか?


 だって、放課後に着替えて二人きりでファミレスでパフェ食べているなんて、まるでデートみたいじゃ無いか?今まで葵と一度だってそんな事したことないのに、いったいどうしてこのようなシチュエーションになったのだろう?何かの間違いじゃないかな?

 でも目の前の私服姿の少女はいつもよりほんの少しだけお化粧をしているようだし、服装だっていつものジャージじゃなくて、肩にフリルの付いたシャツなんて着ている。前年比150%くらいに可愛い。これはもしかしなくてもデートの最中・・・なんだろうなぁ。


「やっぱり聞いてなかった。」


 葵はプリプリ怒っているけどそれはそうだろう、デートの最中に僕はどうやら意識を失っていたらしい。と言うかここに至るまでの全てがわからないのだが。


「だから!」


 葵は周囲に聞こえないよう配慮しながらも、強い口調で繰り返して話し始めた。



「〇〇さんのことよ!どういうつもり?」



 ☆☆☆



 まるで目の前に星が散ったようだ。


 僕はその肝心の〇〇を聞き逃していた。かなり大きめの声で言ってくれたのに、その名前を聞き取れなかった。


「私は〇〇さんのことハッキリさせたいの。アンタがどういう気持ちなのかハッキリさせないとこれ以上先になんて進めない。」


「え?」


 また聞き取れなかった。しかもこれってなんか・・・アレなシチュエーションなんじゃ無いか?俗に言う三角関係ってやつ、修羅場ってやつ。全く記憶にないけど。いつから僕は葵とこんな話をするようになったんだ?


「だから行って。ハッキリさせてきて。」


「え?え?」


 わけが分からず戸惑うばかりの僕に、葵は右手をピンと伸ばして窓の外を指差した。



 そこにいたのは思わず見惚れてしまうほどの美少女だった。


 白く滑らかな肌、すらりと伸びた手足、ストレートロングの黒髪がはらりと頬にかかっている姿は、そこだけ僕に周囲の景色とはかけ離れた別世界を見せてくれていた。



 僕は言葉も発することを忘れてその姿を見つめていた。



 葵の指先は確かに彼女を指していた。



 僕と目が合う。僕と葵を交互に見ている。



 恐らく今話に出ている渦中の彼女なのだろう。



 彼女はまだ制服のままだった。遅くなった学校の帰りに偶然このファミレスの前を通りがかり、偶然僕たちが一緒にお茶をしているところを目撃してしまったのだろう。


 その憂いを帯びた黒い瞳が驚愕に大きく開いていた。


 そして、みるみるうちに大きな瞳に涙を浮かべ、僕たちを見ないように顔を伏せて小走りに走り去る。


 傷つけてしまった、僕は直感的にそう理解した。葵はこの事を指差していたのだろう。


「早く行って!」


「え?」


「馬鹿なの?追いかけて!」


「ごめん!」


 僕は葵の言葉に急き立てられるように店を飛び出して彼女を追った。


 去り際に葵の目にも光るものがあったのを、僕は見逃してはいない。僕は走りながら何度も葵に謝った。


 人混みの中、揺れるストレートロングの黒髪を見つける。


「待って!待ってよ!」


 僕の呼びかけに艶やかな黒髪がピタリと止まり、彼女は涙を目に浮かべたまま振り返ってくれた。


 申し訳ないけど、その泣き顔すら僕は美しいと感じてしまった。学校指定の制服なんてその方が珍しいがその制服がとても彼女の白い肌や整った顔立ちを引き立ててくれる。僕は彼女の美しさに心臓が今まで感じたことの無いくらい早く脈打っているのを感じていた。



(言わなきゃ!ここで言わなきゃ!)



 僕はこの三角関係の結論を、自分の本当の気持ちを伝えなければならない時だとわかっていた。そういう時ってあるはずなんだ。きっとそれが今なんだ。


 彼女は涙を流していた。


 彼女は立ち止まってくれた。


 僕のことを待っていてくれた。


 なら、僕も気持ちを伝えるべきなんだろう。葵とのことは誤解なんだと言うべきなんだろう。


 それはわかっている。



 わかっているんだけど。



 ・・・。



「えーと。」



 彼女、この美少女にまず言わなければならない事がある。




「どちら様ですか?」




 僕、まっったく知らない人なんだけど?




……………


 


 タイミングが良すぎる事ってあるよなぁ、と僕は窓の外を眺めながらそう考えていた。


 そろそろ下校しようか、と席を立ち上がった瞬間に目の端を掠めた稲光はみるみるうちに近づき、それとともに激しいゲリラ豪雨を連れてきたのだ。


 僕と同様、クラスの中には帰りそびれた数人がグループを作り、雨が上がるまで暇を潰していた。まあ、この雷雨だと帰った奴等が幸運かどうかはわからないが。


「で、どうするんだよ?」


 僕の視線はその言葉で無理矢理引き戻された。


 目の前にはとても高校生には見えないイカツイ顔をした男子が座っている。彼はクラスメイトの鬼石君、柔道部の主将だ。男子の中でも下から数えた方が早いくらい背の低い僕と比べると何倍もあるような大男で、筋肉が張り詰めた腕もきっと僕のウエストより太い。挙句、乱杭歯が口から飛び出しそうでまるで本物の鬼のようだ。噂によるとヤクザでも彼とは目を合わさない。


 その彼と僕は賭けをしていたんだ。


 今日の体育はよりによって柔道だった。その授業中にもしも僕が一度でも鬼石君から一本を取れたなら・・・


 無謀な賭けだった。柔道部主将の鬼石君に僕が勝てるはず無い。何度も投げ飛ばされたけど、最後の最後によろめいた僕の足が彼の膝に引っかかって偶然倒れ込み、何故かそれが大内刈りの判定をもらって一本を取れてしまった。


 ともあれ、僕は賭けに勝ってしまった。その結果に対して「どうする?」と聞かれているのだ。


(と、言われましても。)


 僕は心底困り果てていた。まさか勝つとは自分でも思っていなかったんだ。だから軽い気持ちで賭けに乗った。


「にゃはは、思い悩むことはないって。軽〜く言っちゃえばいいんだって。」


 困り果てている僕に追い討ちをかけるように、隣から女の子の甲高い声がしてきた。


 夏にぴったりのタンクトップにホットパンツ。朝から男子の目を釘付けにしている露出度の高い格好を恥ずかしげもなく披露しているのはこちらもクラスメイトの猫田さん。細い瞳としなやかな身のこなしがまるで名前の通り猫そのものを思わせる。あだ名はもちろん猫娘。


 ウチの学校は一応制服が存在しているけど、服装は自由だ。僕も鬼石君も猫田さんも他のみんなも、私服のままクラスに溶け込んでいた。


 猫田さんは見た目通り、物事に関して悩まないタイプだ。だからこんな軽いセリフも出てくるのだろう。


 僕にとっては大問題だと言うのに。


(お気楽に言ってくれるよ。)


 僕は後押ししようとしてくれる二人に半ば感謝をしながらも、半ば怒りも感じていた。


 そして後悔していたんだ。



 稲光が走る。



 なんでこんな賭けなんてしてしまったんだろう。



 なぜ、賭けに勝ったら────



 もう一度雷光が走り雷鳴が轟く。かなり近くに落ちた様子だけど僕はそれどころじゃなかった。



 雷に照らされた室内。



 タイミングが良すぎる。



 その時、教室の扉を開けて一人の女の子が入ってきたんだ。



「お、来たぜ。」


 鬼石君も気付いたようだった。親指で彼女を指差してこう言った。それはこの賭けを確認する内容だ。


「俺に勝ったら夕顔に告白するんだろ?いいチャンスじゃねえか?」


「うっ」


 僕は言葉に詰まった。そうなんだ、僕はその賭けに乗った。そして偶然にも勝ってしまった。


 クラスメイトの夕顔さん。


 長く腰まで伸ばしたストレートロングの黒髪が特徴的な美少女だ。でもその綺麗な外見に惹かれたんじゃない。物静かであまり自分を表現する事が不得意な彼女。

 でも、いつも見ていたからわかる。とてもよく気がつくし友達の事にいつも一生懸命な頑張り屋さんだ。僕はそんな彼女をいつも目で追っていたんだ。


 鬼石君に勝ったなら、そんな賭け成立するはず無い。けど僕はその賭けに乗った。僕は負けたくなかった。何度転ばされても諦めずに向かっていった。それはきっと僕が彼女の事を好きだったからなんだと思う。


 この気持ちに間違いはない、と思う。


 でも、


 でもさ、告白するって。


 ジロジロと視線を送る僕たちに気がついたのか、夕顔さんがこちらを向いた。


 その憂いを帯びた瞳に僕の心臓が跳ね上がる。きっと顔も真っ赤に染まっている。その横で猫娘が楽しそうに手を振っていた。


(こ、告白って、無理だよ。)


 相手は僕なんかとても釣り合うはずのない美少女だ。僕は完全に腰砕けになってしまった。


 それに────


 それに僕の頭の中にさっきから、一人のシルエットが浮かんでいるんだ。


 誰のことかわからない、多分、女の子。


 そう、確かとても親しい女子がいたような気がするんだ。そうそう、僕には幼なじみが居たような気がする。確か名前は〇〇。




 顔も名前も思い出せないけど、何故だか彼女に申し訳ないような気がしている。




 ──── あれは誰なんだろう?




……………




 夕顔さんと初めて話したのはグラウンドそばの花壇だった。あれは高校三年生になってしばらくした、梅雨が明けた頃だったと思う。


 その頃僕は園芸委員として花壇の世話を任されていた。任されていた、と言うよりはむしろ押し付けられていた、の方が正しい表現だっただろう。けど、やってみたら意外と楽しくて、種から芽を出し、毎日驚くような成長を見せる朝顔のツルを眺めて過ごすのも悪くないな、なんて思い始めていた時だった。


 その日の朝も僕はジョウロで水を撒いた後、光る滴と夏の日差しの中で益々勢いを増して伸びる苗に、どこか可愛らしさなどを感じて一人微笑んでいたと思う。


「よしよし、今日も元気だな。」


 ほんのりと色づいてきた花の蕾に話しかけている僕は、さぞ気持ち悪い存在だっただろう。


「マコトくん。」

「ひゃあ!」


 だから突然背後から名前を呼ばれた時に僕の口からは心臓と共に変な声が飛び出した。


 冷や汗をダラダラと流しながら振り向くと、そこには朝日の中で燦燦と輝く一人の女性徒が居た。僕が目を細めたのは決して太陽が眩しかったからじゃない。


 それが夕顔さんだった。


「あ、ごめんね、驚かせちゃった?」


「い、いや、なんでもないよ。」


 僕の冷や汗は止まったけど、微笑みながら近づいてくる美少女を前に、僕は違った意味でドキドキし始めていた。


 でも、草花に話しかけている気持ち悪い奴なんて思われたかも?それに「ひゃあ!」なんて叫び声を上げる意気地の無い奴なんて思われたかも?なんて言い訳しようか。


 そんな、さらに情けない心を見透かしたように、彼女は僕の事を気づかって、僕を安心させるように、フッと微笑み、そして「いつもありがとう。」と言ってくれたのだ。


「マコトくんが世話をしてくれるようになってから花壇の草花が元気になったよ。私、以前から気になってたんだ。マコトくんのおかげだね、ありがとう。」


「いや、そんな。」


 僕は泥の残った手に気付かず、恥ずかしげに頭をポリポリと掻いた。


 夕顔さんの事は以前から気になっていた。クラス一の、いや学年一の美少女だと勝手に思っていた。当時の僕のドストライクだ。純和風の黒髪ストレートに白くて滑らかな肌。線の細い端正な顔立ち。控え目で、でも澄んだ風鈴の音色を思わせるような綺麗な声。


 でも、それ以外の事を僕は何も知らなかった。彼女はクラスの中でも群を抜いて控えめで目立った所はなく、人前に立つ事もしたがらない。美しや華やかさは確かにあるのに、気づいたらそっと咲いている、そんな花のような存在だった。


 僕はいつしか、彼女のことが気になって仕方なくなり、いつも目で追うようになっていた。


 その彼女にお礼を言われるなんて。


 園芸委員を押し付けられて良かった。


 僕は心の中でだけガッツポーズをとっていた。


「ううん、茎も太くなっているしお水をもらえて喜んでるみたい。マコトくんの気持ちが伝わってるようだよ。」


 そう言って朝顔を眺める彼女の横顔を、僕はぽうっとした頭で眺めていた。後からあれが生まれて初めて女子の横顔に見惚れてしまった瞬間だったんだと気がついて赤面するくらい、その時の僕は何も知らない彼女に惹かれていたんだ。



 僕の視線に気がついて首を傾げ、照れ笑いに優しく笑みを返してくれる彼女、その美しさに、確かに僕は惹かれていた。




……………



「遅い!何やってんの?」


 栗色のボブヘアーが跳ねる。校門を出た所でジャージの上下にオレンジのリュックサックを背負ったいかにもスポーツ好きそうな少女が僕を待っていた。


 彼女は僕のお隣さんで幼なじみの葵。僕よりも半年近く早く生まれたせいでいつも姉気取りに振る舞っている。言葉はキツイがでもそれはいばり散らしているわけでも無いし、少しも嫌じゃ無い。むしろ心地よく思っていた。高校三年生になり部活は引退しているはずなのにずっとジャージで登下校している。


 幼なじみ


 そういった存在がいることは幸福なんだと思う。


 一番身近で、一番親しくて、一番優しい家族以外の異性。僕はとって葵はきっと物心ついた頃から特別な存在だったんだろう。


 時々、葵にとっての僕も同じような存在なのかなぁ、と思うときはあるけれど、


「まったく、マコトは何やってもトロいわね。たかが下校するだけで何分かかってんのよ!」


 なんだか涙が出てきた。


 もしかしたら、もしかしなくても特別じゃ無いかも知れない・・・。


 そう言えば随分待たせちゃったな、15分は待たせてしまったかな?帰りにもう一度、花壇の様子を見て少しだけ水を与えて、


 そしたらそこに〇〇さんが来て・・・



 あれ?



 誰だっけ?



 思い出せないや、確かに誰かと話したような記憶がある。だから15分も葵を待たせてしまったはずなんだ。



 でも、思い出せない。



 〇〇さんって、誰だ?



 僕は誰と会ったんだ?



「ん?あの人、だれ?」


 僕が戸惑っていると葵が校門の中へ視線を移した。そこにいた女生徒が足を止めてじいっとこちらを見ている。明らかにこちらを意識している様子で、しかもそのあまりいい感情を向けられているわけでは無いのが伝わってきた。


 腰まで伸ばした艶やかな黒髪、前髪が数本頬にかかっていて、白い肌を印象的に浮かび上がらせている。

 服装自由の我が校では珍しい夏服のセーラー。


「誰?知っている人?」


 葵の友達かと思ったけど、この質問でどうやらそうでは無いことがわかった。


 あんな美人、きっと葵の友達だと思ったんだけどなぁ。


「いや、知らない人だよ。」


 僕の記憶にも無い人だった。


 学校指定の制服を着ているだけで珍しい。さらに黒髪ロング、これほどの美人ともなれば男子生徒の噂にもなるだろうし、僕だって一度見たら絶対忘れないと思う。


 転校生かな?


 でも本当に知らない人だった。


「でも、さっきマコトに手を振っていたようだよ。一緒に花壇の方から出てきたみたいだし。」


「え?たまたまじゃない?だって本当に知らない人だし。」


「なんかこっちを睨んでいるんだけど?」


「う〜ん、心当たりないなあ。」


「もしかして私かな?私も覚えてないけど。行こう、なんか怖いよ。」


 僕は葵に手を引かれて学校を後にした。


 でもなんか伝わってくる。


 首筋がチリチリする感覚。


 確かに見られていた。



 僕たちの背中に彼女の視線がずうっと突き刺さっていた。

 


 なんか、気になる。




 ──── 彼女はいったい誰なんだろう?




to be continued....

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