また間違えた。
窓の向こうの雨が、いつ降りやむかと眺めてる。
浴槽をぶちまけたような突然の大雨に、追いかけられるようにして入り込んだこの店は、
そろそろ昼間のカフェスタイルから、夜のバースタイルに趣きを変えようとしている。
雨音、以外は無音。
先ほどまで店内でかかっていた、軽快なボサノバのようなBGMはいつの間にか消されている。
無造作にドアが開けられ、ドッと7名ほどの客が入ってきて、
なんとなく居心地が悪くなり、外に出た。
屋根の下に立つ。
僅かに雨が降っている。
傘を差して歩き出そうとした時、体にブンッと重たい衝撃を感じた。
なんだと振り向いて見てみると、誰かが逆方向に歩いていくところ。
ぶつかってしまったか、と歩き始める。体が痺れる。
マンションの階段は長く、体は重たい。
エレベーターのない我がマンションを、傘を片手にのぼる。
雨水が額から垂れる。汗が背中を伝う。
ハアハア息を切らしてポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
鍵は回らない。ガチャガチャと、強めに回す。
扉に書かれた部屋番号を見てみると、402号室。
やってしまった。間違えて、下の階に来てしまった。
階段まで戻って、もう一段上がる。
ハアハア息を切らしてポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
鍵は回らない。
部屋番号を見てみると、502号室。
間違えて、下の階に来てしまったようだ。
階段まで戻って、もう一段上がる。
ハアハア息を切らして鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
鍵は回らない。
部屋番号を見てみると、602号室。
間違えて、下の階に来てしまったんだな。
階段まで戻って、もう一段上がる。
ハアハア息を切らして鍵を取り出し、鍵穴に差し込むが回らない。
部屋番号を見てみると、702号室。
そうか、下の階に来てしまったんだ。
階段まで戻って、もう一段上がる。
ハアハアと鍵を鍵穴に差し込むが回らない。
部屋番号を見てみると、802号室。
何をやってるんだ、下の階に来てしまった。
階段まで戻って、もう一段上がる。
鍵を鍵穴に差し込むが回らない。
部屋番号は、902号室。
ああ、下の階に来てしまった。
また間違えた。
気が付けば死んでいた。
甘美な痺れで体が沈んでいく。
背中をさする。
立派な包丁が刺さっている。
いつだろう。あの時か。
また間違えた。