魔法式第六展開 召喚
それは予兆だった。
宝石をちりばめたかのように美しい夜空を映す湖。数百年に一度降り注ぐ女神の息吹。それを受けた大地が、ここ数年で2度変化を迎えた。
変化の意味を知る魔法使いは、湖の水面の上に立つ。
世界が何かに変わりつつある、そんな予感はあった。だが何に変化しようとしているのかは、魔法使いではわからなかった。
ある地方では枯れた海が蘇った。
ある地方では枯れた森が蘇った。
数百年に一度ずつ生き返る世界は、ここ数年騒がしい。
魔法使いのいる地方では、大気中に溢れるマナのお陰で海も森も枯れることなく、在った。
だが、それも結界を過ぎれば枯れた大地が続く。
枯れた大地では人が生きていけず、故に結界の中の狭き平穏を皆享受していた。
だというのに、結界の外に出てみれば、存在は許される程度の大地になっていた。
「あら、珍しいのね。貴方が外にいるだなんて」
湖から顔を出、美しい肢体を星空の下に晒す。白く濡れた髪は、氷のように透き通った。
「今日は200年に1度の星が降る日だもの。貴方も見たくなるのは当然ね。こんな日はきっと、何かが起こるって長も言っていたわ。もしかしたら、眠りの君が目を覚ますかも!」
彼女は嬉しそうに言った。だが、魔法使いは長の意見には同意だが、彼女の意見には同意ではなかった。
魔法使いは知っている、それはまだ先であるということを。けれどそう遠くない未来であることを。
「見てごらん」
魔法使いが指を指す。空に瞬く星々、流れる星々が白い光を描いて消えていく。その中に長い光を描いて消えるいくつかの星々。彼女の目が、その中の一つを捉えた。
「ねえ、…あ、あれ、なんか近い気がするのだけど…!」
細く長い光が、星の群れから外れた。次に彼女が瞬きをした瞬間、星の光が自分たちのいる湖の真上で止まった。
彼女は声を出すことが出来ず、魔法使いは食い入るように光を見る。
「君は幸運だ、今日という日は君の人生において中々味わえない出来事になる」
「ちょっと…貴方何言ってるの…?!」
魔法使いは笑った。彼女は何故笑っているのかは理解できない、だがひとつだけ確信はあった。
魔法使いはこんなふうに笑わない、少なくとも自分の知りうる限りでは。だが魔法使いは笑った。それは玩具を目の前にした子供のように柔らかく、生き生きとした目で。
魔法使いは、この綺麗な日に何かをしようとしている。
それは、確信だ。魔法使いより短い時間を生きている自分の世界を壊すような、衝撃が走るような、何か。
「さあ精霊たちよ、僕の願いを聞いておくれ」
風がざわめいた。水が跳ねた。草木が歌った。
彼女は魔法使いを中心に膨大なマナが集まっていくのを感じた。マナが、精霊が、彼の願いに応じるように集まる。
それは幾つかの形を成し、彼を中心にして四方に佇む。
湖の上に浮かぶ4つの精霊が、人に模した形で現れた。
「命に紫〈シ〉を、風に黄〈キ〉を、空に天〈テン〉を、海に蒼〈アオ〉を、大地に緑〈ミドリ〉を、尊き命を世界に捧げ、塔の魔術は為された。今開くは世界の門、呼び込むは創造の欠片。我此処に盟約に従い召喚せん」
魔法使いの足元に、魔法陣が開かれる。光を帯びて回り、高濃度のマナが光の粒となって、魔法陣使いの頭上の星に飛び込んでいく。
彼女は言葉を失った、失うほど美しい光景であり、背筋が凍るほど恐怖した。
「来たれ、人よ。我らが救世主よーーーーー」
星が震えた。震えて揺らいで、それが徐々に広がっていく。
そのまま星は人の形を成し、目を開けられないほどの眩しい光がはじけた。
「っ……!!!」
彼女は目を閉じた。開けていられなかった、あまりに眩さに目を閉じても光を感じた。
だがそれは長く続かず、魔法使いによってあれだけ揺らいだ水面が、途端に静かになった。
「貴方…なに、し」
彼女が目を開ける、言葉は長く続かなかった。いや、続けられなかった。
此処には先ほどまで自分と魔法使いしかいなかったはずだ。だというのに、星が消えた代わりに、魔法使いの腕には誰かが抱き抱えられていた。
黒く長い髪、自分よりも少しだけ大きな体躯、見たこともない衣服を纏った女性。
止まった思考をなんとか動かし、彼女は今の状況を整理し予想した。同胞たちに聞いたことのある話を、彼女は思い出した。この世界には、他の世界と異なり魔術が使える。それを組み合わせて魔法とし、各国に対抗しうる戦力を召喚する方法があると。そしてそれは100に近い魔術師たちが数年溜め込んだ力を放出して行う大儀式であると。
「なにって、召喚だよ」
魔法使いは涼しい顔でいった。
「眠りの君を起こすには、口づけが必要だからね」
厨二もファンタジーも鉱物も大好物な偏った知識に特化したOLの、自分の世界を変えるお話しです