2話 手紙の主
「あ! そういえば!」
昔のことを思い出していた僕だが、その声を聞き、現実に引き戻される。
不意に口を開いたのは千鶴だった。
「ねえねえ! 今急に思い出したんだけど、今日拓真の誕生日じゃない? たしか8月14日だったよね?」
「え? そうなのか? おいどうなんだよ拓真。」
と、九条。
「あ、ああ……そうだよ、今日は誕生日だよ。」
そうだ、今日は祭りの日であると同時に、僕の誕生日である。それにしても僕の誕生日を覚えてるなんて流石千鶴だな。
「やっぱり! めでたい! おめでとう」
「おいマジかよ、すごいな!しばらく会ってない奴の誕生日なんてよく覚えていたなあ!」
背後にいた桜庭は、向かい合ってる僕と千鶴の横に立ち、不意に喋り出す。
「俺、拓真の事は小学校に入る前から知ってるけど、誕生日なんて覚えてないよ。」
「えっへっへー。記憶力には自信があるんだ! まあ、拓真の誕生日は村祭と同じ日だから覚えやすいっていうのもあるけど!」
「ああ、そうか! 俺もそうやって覚えよう。」
桜庭は千鶴から僕に目線を合わせてきた。
「あい拓真! 来年の誕生日は覚悟しとけよ!」
「いやいや、まずは今年でしょ! せっかくみんな集まったんだから、今みんなでお祝いしようよー」
「おお、それもそうだな。拓真! 一緒に飲もうぜ!」
「ダメです! まだみんな未成年なんだから。」
そこで千鶴と桜庭の間から口を挟む美夜子。
「な、なんだよー。酒だなんて一言も言ってないじゃないかよー!」
「明らかにお酒っぽい感じで『飲もうぜ』って言ったじゃない。ダメです。」
「な、なんだよー、けちー。」
「けちって! そういう問題じゃないでしょ。桜庭くんお寺の息子なのに欲望に忠実すぎるわよ。」
そうだ、桜庭は寺の息子だ。
「ぐうっ……なんで俺は寺なんかに生まれたんだあ!」
「あははは! さすがは元学級委員! みんな全然変わってないね! じゃあ拓真。みんなで軽くお祝いしようー。」
千鶴の言葉を聞いた時、僕はさっきの手紙のことを思い出す。
『祭りの夜、展望台で待ってます。』
……
「……あれ? 拓真、どうかしたの? 怖ーい顔しちゃって。」
そうか、僕は今怖い顔をしているのか……あの手紙のことを怖がっているんだ……
もしも展望台に行かなかったら後悔する。
根拠はないがそんな気がした。
……このままじゃダメだ。あの手紙のことを知る必要がある。
気づいたら僕はこう返事をしていた。
「……いや。みんながお祝いしてくれるっていう気持ちは凄く嬉しいんだけど……ごめん、遠慮しておくよ。」
「え? うそー! なんで!?」
「拓真、貴様……この期に及んで、まだ我々を避けるのか?」
九条は言う。
そんなわけない、久しぶりに会えて、話したいことが山々だ。でも今は許して欲しい。こんな自分勝手な僕を。
僕は視線を合わせる。
「ちがう。用事があるんだ」
「用事?」
「ああ。ちょっと……待ち合わせをしてるんだ。」
「待ち合わせ? なんだー。そういうことなら仕方ないね……それなら用事が終わったら戻っておいでよ。みんなでお祝いしてあげるから!」
そこへ口を挟んだ千鶴。その先を聞かないでくれて助かった。
「……分かった。ありがとう。」
申し訳ない気持ちながらもみんなを後にする。
展望台は村の北東だっけ。
展望台に向かってる間に、思い出した事がある。
この村祭の名前のことだ。思い出すきっかけとなったのは顔見知りの通行人だ。
『うたかた祭』と言う名の祭り。水面に浮かぶ泡のように儚く消えやすいもののことだそうだ。
意味についてなんて考えたこともなかった。
その男はこう呟いていた。
一夜だけ戻る死者や、一晩だけの祭り……どちらも儚いものだよな、と。
そして、知らなかったこともある。うたかた祭りのお面の意味だ。
死者を迎えるためにお面をつけて、村を練り歩くのが伝統だそうだ。
死者は恥ずかしがりだから、お面をつけて、お祭りを楽しみに来る。みんながお面をつければ、誰が死者か分からないから、死者も遊びに来やすいと。
ちょくちょくお面をつけてる人は見た。女系の能面や、狐の能面、様々なものだ。
他にも、うたかた祭りの最中、0時ちょうどになる『鎮魂』と言うもの。
最近待宵村近くに、森が崩されて建設されたゴルフ場の事。
待宵村の盆踊りがフォークダンスにとても似てると言う事。
村の南にあり、広場の中心にあるやぐらを囲んで一晩中踊り続ける、しきたりがあること。
この四年間と言う間に色々なことを忘れていた。
気づいた時には『この先展望台』と書かれた看板の前に来ていた。
「さて……行くか。」
少しした坂を進む。
そこには古く、木でできた展望台。ここの崖から飛び出すように作られたものだ。だいぶ広く、木でできた椅子や机もその上にある。
人気はない。街灯も少なく、とても暗い。祭りの騒ぎが聞こえない代わりに、蛍の鳴き声が無数に聞こえてくる。
とりあえず展望台の先端部に行こう……
僕は月の明かりを頼りにして、草の地面から木の展望台に歩き渡り、少し進む。すると背後からガサッと足音が聞こえてきた。
こんな暗い所に人なんて珍しいな。
そう思って振り返った僕は、それを見て目を丸くした。