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―――――!
仕留めた、筈だった。
確かに、ゾイの剣は、魔物の胸を貫通していた。
「くそっ!」
向かってくる大きな手、長く丈夫な爪…
これに裂かれて死ぬのか。
ゾイはゆっくり目を閉じた。
悪くない人生だった。
ふた月前に一緒にこの場に立った仲間は、童貞である事を異常に悔いていた。
「地元に残してきた彼女がいるんだ。」
彼は結局、童貞のまま、戦いの中で旅立った。
最後、アイツ笑顔だった。
童貞である事、そこに悔いるつもりはないが、…そうだな。
ゾイは、思った。
「家族、は持って、みたかった…」
ザシュッ!!
胸の辺りを蹴られたような衝撃、広がる生臭い血の匂い。
「…おい、この野郎。」
ん?
「お前だよ、バカ野郎。起きやがれ。」
ゆっくり、目を開ける。
飛び込んできたのは、美しいブロンドだ。
アイスグリーンの瞳は、激しく怒りを孕んだように見える。
筋の通った鼻、形の良い唇…
「……そうか。」
あまりに美しいお迎えに、ゾイは安堵した。
「人生の最後に、こんなに美しい天使が迎えに来るとは。…悪くないな。」
呟くように言い切ると、ゾイはもう一度、目を閉じた。
――――――――
「――――――――いやいやいやいやいや!」
声をあげたのは天使の方だ。
「ちょっ!ちょっと!待って。あんた、アタシに助けられておいて、何勝手に勘違いしてんのよぉぉぉ!」
ギュッと拳を握ると、彼女はゾイのみぞおちに、強烈な一撃を………放った。
「あー、えっと、ごめんなさい!」
帝都にある、騎士詰所に響き渡る大声で、目の前の彼女はゾイに頭を下げた。
「もう、済んだ事だ。…それに、俺の方こそ。…助かった、ありがとう。」
彼女の、その必死な様子に不思議と温かい気持ちになる。
「私、集合時間、間違えていて!慌てて集合場所に行ったら誰もいなくて。」
天使…もとい、エミリアは、俯向き加減に言い訳をしている。
頭を下げる度にサラサラとブロンドが輝いて見える。
鉄の胸当てには収まり切らないボリュームの乳房や、安産型のしっかりした腰。よく引き締まったウエスト。
確か、彼女の入隊が決まった時、若いヤツらが騒いでいたな。
そんな事に思いを巡らせながら、思ったよりも細いその肩に手をかけた。
「いや、いいんだ。本来なら相方が来るまで、集合場所にて待つのが基本だ。単独行動をした俺にも責任がある。」
俯いたままのエミリア。
握り締めた両手が、少しずつプルプルと震え始めている。
震えが大きくなった、その時…
ドカァーンッ!!
詰所のテーブルが、真っ二つに割れた…
割れた机の間から飛び出してきたのは、エミリアだ。
ゾイの胸ぐらを掴み大声でまくし立てる。
「だろうなぁ!だろうよ!規律を守るのは当然の勤め!規律は自分も仲間も守る為にあるんだろ!?それをお前、勝手に単独行動して、新種の妖魔の急所を外して剣を持って行かれて!…挙げ句、詰んだと思えば諦めやがって。私が…私がどれだけ苦労してここまで来たと思っている!…気に入らない!もっと…もっと、生にしがみ付けよ!」
自分よりも大きい身体を片手で投げすてると、エミリアはゾイに剣を投げ付けた。
「…決闘だ。表に出な。」