オマケ:第1回三倉家腹を割っての兄弟会議(一名欠員)
「兄さん、明、相談があるんだ。……昭のことで」
その日、三倉さん家のご兄弟による家族会議は、和さんのそんな深刻そうな声で始まった。
それまで和気藹々と昼食の席を囲んでいた正さんと明ちゃんも、和さんの雰囲気に引きずられてか、はたまた議題に何か思うトコロがあったのか。
自然とお箸をおいて、しんと静まりかえった。
ちなみに本日、彼らの昼食メニューはホットケーキである。
今、食卓にいるのは兄妹が三人だけ。この機に話し合いたいと、和さんは真面目な顔をしている。
折しも両親は恐山へとデートに行っており、昭君は学級委員長に呼び出されて留守にしていた。
「和、マジな顔して……昭がどうかしたのか?」
「どうかしたっていうか、どうもしないのがおかしいよねって。そんな話をさせてほしい」
「あー……」
そこだけ聞いてもよくわからないんじゃないか。
そう思わせる議題の切り口に、しかし正さんは納得の色が濃い声を出す。
どうやら思い当ることがあったようだ。
「なんていうか……あいつの動じなさ、異常よな」
「大物だと思うけど、異常だよね」
「昭おにいちゃんって底知れないよね。平常心の揺るがなさが」
「あれもう平常心っつうか……」
「…………取敢えず、兄さんや明ちゃんにも思い当る節があるみたいだね」
和さんの確認を兼ねた問いかけに、長子と末子は深く深~く頷いた。
頷き合いながら、三人はそれぞれ「でも自分の心当たりが一番ぶっ飛んでるんだろうなぁ」と思っていた。
正さんの心当たり
→ 出会い頭に異世界召喚される現場を目撃される。
和さんの心当たり
→ 異世界からTS転生してきたことをカミングアウト後、魔法でTV撃破の瞬間を披露。
明ちゃんの心当たり
→ 魔法少女に変身したまま帰宅した瞬間を目撃された上、妖精の本性を知られる。
おまけ
→ 先日、知らない星にアブダクションされて無事に帰ってきた。
――さあ、どれが一番異常かなっ?
3人それぞれが、自分の心当たりを一等賞だと思っていた。
正さんの沁々とした、疲れ果てた声が落ちる。
「昭は……異常云々以前に、周囲への関心低すぎて人としてどうかと思う。アイツ、学校でちゃんと周囲と上手くやれてんのか?」
その呟きは兄と言うより父親みたいだな、とそう思いながら。
ふと、そんな中で和さんは疑問に思う。
そういえば先日、異星に拉致られた際に、緊急事態だからと自重しなかったのだが。
いきなり魔法を使い始めた兄に対して、明ちゃんは帰って以降なにも言わない。
何も言わないが……特殊技能を明かした兄を、どう思っているんだろうか?
ここを確認しないと本音で語り合えないし、昭君の異常性についても理解が進まない。
自分から触れることが躊躇われる話題だったが……触れない訳にはいかないので、この機会に確認しようと覚悟を決めた。まだ小学生の妹に過剰なショックを与えないよう、言葉を選んで……
「その、明?」
「なぁに、和お兄ちゃん」
「ええ、と……この前、どこかの星にアブダクションされた時のことだけど」
びくん。
明ちゃんの、肩がはねた。
驚愕の顔で、和さんの顔を凝視している。
「え、なにその反応」
「お、おにいちゃん、どうして………………あれ、夢じゃなかったの!?」
「夢だと思ってたの!?」
そういえば、だが。
あの時、羽恒君が迎えに来た時、明ちゃんは疲れ果てて眠っていた。夜も遅かったし。
そうして眠っている間に羽恒君の宇宙船で地球に帰り、明ちゃんはその間、一度も起きなかった。
疲れているだろうし起こしては可哀想と、そのまま明ちゃんの部屋で寝かせていたのだが……
彼女にしてみれば、寝て起きればいつもの日常が戻ってきていた訳で。
巻き込まれた兄二人の態度も、平素と変わらなかった。
「ああ、夢だと思っていたんだね。明ちゃん」
「夢じゃなかったら、どうやって帰ってきたの……?」
「そこは、まあ、うん。それなりにどうにかなったよ」
「どうにかってどうやったの!?」
一瞬、羽恒君のことを言うかどうか迷ったが。
同年の幼馴染なので、羽恒君とは明ちゃんが一番仲が良い。
その明ちゃんが今まで知らなかった事実だし、羽恒君が自己申告していないという事は隠したいのかもしれない。何にしろ、こういうプライベートな案件は当事者同士で進めるべき物事だろう。
羽恒君の正体に関しては、本人が自白しない限りは触れまい。
和さんはそう結論付けて、帰宅方法に関して言葉を濁す。
だけど帰ってきた方法そのものをぼかすのも憚られ、こう言った。
「昭君が知り合いの宇宙船を呼びつけて、送ってもらった……」
「お兄ちゃんの交友関係どうなってるの!?」
「ちょっと待て、和、明! 宇宙船ってなに!? アブダクションって何があった!?」
結果、正さんが盛大に混乱した。
一人蚊帳の外な長男は、唖然とした顔をしている。
何の説明も無しでは許してくれないだろうな、と。
そう思って和さんはゆるーい表情を浮かべた。
「この前ね、ちょっと……」
「いや、ちょっとで済ますな。何があった」
「……別の星で遭難した」
「別の星ってなに!? お前らに何があったの!?」
「無事に帰ってこられたんだから心配しないで、兄さん」
「俺はお前らの身の安全を心配しているんじゃない。心の安全を心配している」
「あ、ちゃんと正気だから」
なんだか納得には遠そうな兄の顔を見て、和は頭が痛くなってきた。
アブダクションされたこと一つを見て追及されても困る。
何しろその件に関しては、巻き込まれたものの和さんは当事者じゃない。
そして当事者である明ちゃんは、一方的に脅迫状を送られたり攫われたりで、事情の核心に触れる部分については一切理解していない。
説明は無理だな、と。
そう思ったので。
いっそのこと、和さんは他の情報を連続投下して兄の混乱を高め、煙に巻くことにした。
「それで他の星に行った時についてなんだけど、明ちゃん、僕の行動をどう思ったかな」
「お兄ちゃんの行動……弓矢、とか?」
「いいや、魔法について」
「敢えて言及を避けたのに、そこに触れるの!?」
「むしろそこが核心じゃないかなぁ」
どうやら明ちゃんなりに気を使って、言葉を濁していたらしい。
しかしそこに触れないことには、和さんの事情など暴露しようがないのだ。
「兄弟にずっと隠し事、っていうのもどうかと思うし。既に昭も知っていることだし。いい機会だと思うから、正兄さんにも明ちゃんにも聞いてほしい。僕ね?
………………前世は異世界で魔法使いだったんだ」
「お、おにいちゃんが何か突拍子もないこと言い出したー! 私も人の事は言えないけど!」
「和ぃ!? お前、いきなり何電波みたいなこと言い出すの!? 俺も人の事は言えないけど!」
突然の次男のカミングアウトに、驚愕する兄(←異世界の英雄)と妹(←魔法少女)。
和さんの方は今まで内緒にしていた自分の秘密を暴露したためだろうか、とてもすっきりした顔をしている。
「証拠を見たいって言うんなら、魔法だったらいくらでも披露できるよ。前にそれで昭くんのTV壊して母さんに怒られたけど」
「TV壊したのは知ってた。壊れたTVも見た。異常な壊れっぷりで、何をどうやったのかと思っちゃいたが……え、魔法? 何系?」
「氷雪系の精霊魔法を詠唱省略で」
そう言って、和さんは上向けた掌に小さな氷の塊を浮かべて見せる。
何もないところからいきなり生み出された氷に、正さんと明ちゃんは目が釘付けだ。
「精霊魔法なのか……ってこっちの世界にも精霊とかいるのか? 魔力ってどう運用してるんだよ。消費効率とかどんなもん?」
「ええとね、それは……って、あれ? 兄さんって魔力がどうのとか魔法がどうのとか、そういうの好きな人だったっけ」
「いや……なんていうか。お前に自分の秘密を言わせておいて、黙ってるのもなんだから言うけどさ……
………………俺、高校の時に異世界に召喚されて、さ。勇者みたいなことやってたんだ」
食卓に、沈黙が落ちた。
気まずそうに顔を逸らす、正さん。
ガン見する、和さんと明ちゃん。
求められる前にと、正さんは証拠を提示した。
どこからともなく……異空間にしまっていた、剣を召喚する。
見た目にも派手な剣は、神様(鶏型)から授かったモノ。
あまりに神々しくって視覚効果もバッチリだ!
「兄さん…………高校の時、いきなり(一夜で)逞しくなったと思ったら」
「え、和おにいちゃん信じるの!?」
「明ちゃん、物質の転送ってそこそこ難しいんだよ。何もないところから剣を出されたら、僕は信じるしかないかな……この剣、前世の記憶から判断しても、人間業で作れる代物じゃないし」
「いきなりそんなことを言われても……」
「ああ、そっか。お兄ちゃん達がいきなりこんなことを言い出したら、明ちゃん、困っちゃうよね」
「困るっていうか……なんか秘密をばらす流れになってる!」
「うん?」
「お兄ちゃん達の秘密を聞いたのに、私だけ黙ってるの……?」
「明ちゃん? どうしたの?」
明ちゃんは、本気で困っていた。
彼女には秘密がある。
喋るリス(妖精)に強要されて、ご町内の平和を守る魔法少女をやっているという秘密が。
妖精との約束で正体を明かしてはいけないことになっているが、以前、昭君がその妖精を黙らせた結果、家族にだけはカミングアウトしていいことになっている。
だがそれでも自分から「魔法少女やってます☆」なんて言い出せるはずもなく。
なんとなく今まで、昭君以外の家族に明かすことも無くきたのだが……
明ちゃんは困り、焦っていた。
なんと上の兄二人は、異世界の英雄(元)と異世界の魔法使い(元)だったのだという。
一方的ではあったが、そんな秘密を明かされてしまったのだ。
明ちゃんの抱える秘密で、それに見合うのはやはり「魔法少女云々」しかない。
別に黙っていても良いのだろうが……黙っていては、フェアじゃないと思えたのだ。
「あのね、お兄ちゃん達。私、今まで黙っていたけど……
………………魔法少女やってるの」
兄二人の視線が、妹にぶすぶすと突き刺さった。
なんで真顔なの、お兄ちゃん達。
気まずい思いで、明ちゃんはそっと視線を逸らした。
三人が三人とも、大きな秘密を抱えていた。
腹を割って話そうとそれを明かし合った後、彼らの間にあったものは。
……何故か兄弟への理解と言うよりも、微妙な気まずさと遠慮が生じていた。
明かすタイミング、間違えたかな……?
「三人とも、どうしたの。空気がお通夜なんだけど。ホットケーキ冷めてるよ」
三人がそれぞれに言葉を探している間に、昭君が帰宅する。
どうしたのかという問いに、答えが見つからない。
結局、その日の話し合いはなんだか有耶無耶の内に終わった。