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巻き込まれたバスケ部員

久々に昭君を書きたいなぁと。

そう思ったら何故かこんな話になりました。



 小学生の時、クラスの人気者を巡って二人の女の子が喧嘩をしたことがあった。

 喧嘩の理由は些細なモノで、どっちが図画工作のペアになるのかというもの。

 間に挟まれた女の子もどっちの子とペアを組むのか、二人それぞれの主張と要求がきつすぎて困ってしまって、状況は完全に膠着していた。

 我関せずと遠目に見ていたクラスメイト達も、喧嘩をした女の子たちも。

 授業の準備で少し席を外していた担任が戻って来るなり注意を受けることとなる。


『相手のこともちゃんと考えないと駄目ですよ。ほら、二人が喧嘩してみんなが困っているでしょう。誰かを妬む気持ちを前に出し過ぎると、結果的に自分が嫌われたり、困ったことになるかもしれません。

クラスのみんなも、ちゃんとこういう時は仲裁してあげましょう』


 他人の喧嘩に部外者が首を突っ込んでも拗れるだけだと思った、小学六年生のこと。





  昭くんは今日も通常運転でお送りいたします

      ~1泊宇宙旅行~ 




 事件はとある男子校の、バスケ部で起きた。

 いつもであれば部活は休みの金曜日、生徒はいない筈の部室内。

 今後の部の方針を話し合う為、その日は新部長・副部長を中心とした面子が居残っていた。

 明日からは試験前の部活休止期間が始まる。これからテスト勉強に専念しなくてはいけないことも考えると、今日中に話し合いを纏めたいところだ。

 だけど真面目なはずの話し合いも、他に注目すべき誘惑の多い注意力散漫な男子高校生のこと。三十分もする頃には火急の要件も相談の目途が付き、気が付けば話は脱線しまくっていた。

「なんで、なんで俺には彼女が出来ないんだ……! バスケ部ってもっとモテモテになれるもんじゃないのか!?」

「あはははは、白水? 世のバスケ部員がみんな無条件で人気者になれるとか夢みたいなこと言い出さないよね?」

 残念ながら、世には女性と縁のないバスケ部員もいるのである。

 新部長に選ばれた白水(しろみず) (まどか)は身長180cmを超える長身に色気のある顔立ちのイケメンだ。

 そして小学校の時から身を入れていたバスケによって、引き締まった体躯の持ち主でもある。

 だが如何せん、バスケに熱を入れ過ぎた。

 青春の八割をバスケに投入した結果、彼は女性の機微の読めない残念男子と化していた。

 僅かな知り合いの女性からもそう認識されているのだが、本人はそのことに気付いていなかった。

 練習試合などで訪れた他高(共学)では、会話をしたことも無い女子に外見効果でそこそこ人気があるのだが、本人が調子に乗ると困るので誰もそのことを教えない。

「そもそもここ男子校だよ? 女の子の全くいない環境でモテモテってのも無理があるよねぇ」

「理不尽だ! てめぇが言うなよ、和! お前は隣の女子高の子たちにモテまくりじゃねーか! 一体何をどうやったんですか是非ご教示くださいお願いします」

「うん、白水? まずはもうちょっとプライドを持とう?」

 部長の白水と同時に副部長に就任した和は、爽やかな美男子だ。

 そんじょそこらの雰囲気イケメンとは違い、本当に爽やか路線で顔が整っている。しかもどこか異国の風情がある顔立ちをしており、外見だけでも男女の人気を集めていた。

 これで白水と同じく中身が残n……親しみのあるタイプなら、もっと平凡に収まっていたのだろう。

 和は気さくで親切な気質をしており、弟妹がいるからか面倒見も良い。人柄に悪いところがなく、中身も外身も出来た男として方々から慕われていた。

 特にバスケ部の一年生には、信者と呼ばれる熱い信仰層が存在している。

「彼女っていえば和先輩は彼女作らないんですか? この間も女子高(となり)の子に告白されてましたよね」

「うーん……部活が忙しくって時間とれないからね。これが共学の学校で、相手が同じ学校なら彼女も作ったかもしれないけど……学校が違うと、一緒に過ごすには時間が足りないよ」

「勿体ないなぁ、先輩格好良いのに」

「妬ましい……妬ましいぃ……和ばっかりなんで女の子に!」

「うん、白水? その見苦しいマジ涙は拭おうか。予備のハンカチ貸してあげるから」

「白水先輩、今日も残念っすね」

「そろそろ『これであなたもモテモテ!』とか胡散臭い煽り文句の香水買ってきてもおかしくないな」

「ああ、雑誌に載ってる怪しいペンダントとかな」

 割と好き勝手にいう周囲を他所に、白水部長は和君から借りたハンカチで顔を拭う。

 ふと腹いせに鼻をかんでやろうかと思いながら、ぴらりとハンカチを広げてみれば、そこには五年前に流行った魔女っ子のアニメプリントが。

「………………中々衝撃的な趣味だな、和。お前が彼女作らない理由って、もしかして」

「何を邪推しているのか聞かないけど、違うからね?」

「あ、俺……っその、この前の日曜日、先輩が女の子と歩いてるの見ちゃったんですけど、もしかしてあの子って」

「この前の日曜日? ああ、それ妹だから。白水が持ってるハンカチも、妹がいらないって言って寄越した分だから。魔女っ子系のアイテムはもう見たくもないって押し付けてきた分だから。……柄はアレだけど、製品の質自体は良いから使ってるだけだから」

「いや、それにしたって男子高校生が使うには凄い勇気が必要だろ。これ」

 白水が広げ持った布地の中では、ピンクのハートが乱れ飛ぶ背景の中で、一部の大きいお兄さんが喜びそうな三人のロリっ娘が謎の小動物と一緒に可憐なポーズをきめていた。

 その手に握られた、デコラティブなステッキが目に痛い。

「ところで和くぅん? 君の妹って……」

「変な猫撫で声は止めてほしいかな、白水。紹介するのは構わないけど、小学生だよ」

「犯罪だな」

「うん、犯罪だ」

「白水先輩、見損ないました」

「俺まだ何も言ってないんだけど!?」

「でもそっか、あの子って和先輩の妹さんだったんですね。良かったぁ」

「ん? あれ、なんだか疑われていた感じ?」

「こう言ったら何ですけど、妹さん、先輩とあまり似てなかったから……ほら、先輩ってなんとなく西洋人っぽい感じじゃないですか」

「まあ、一応ハーフだしね」

 ただし人魚(♂)と平安貴族(♀)のハーフである。

「だけど妹さんはなんていうか、純和風? そう、大和撫子って感じで」

「妹は母さん似なんだ。母さんは古風な感じの純日本人だから」

 ただし人魚(♂)と平安貴族(♀)の(以下略)。

 口では言わないが、自分の親の特殊な出自を思い和さんの笑顔は白々しく輝いた。

 無駄に踏み込ませようとはしない、謎の壁が発生していた。

 白水と違い、空気の読める他の仲間達は何かを察して話題の転換を試みる。

「あ、そういえば――」

 転換を試みようと、した。

 だが。


「おーい、三倉? 弟さんと妹さんが来てるぜ」


 地雷臭をたった今バスケ部員達に感じさせた『家族』が、登場してしまった。

 和さんをわざわざ訪ねてきた、弟妹。

 小柄な二人が、案内されて部室へと顔を出す。

 黒い学ランの男子中学生と、赤いランドセルの小学生がそこにいた。

「え? 昭くん、明ちゃん?」

「和兄さん、邪魔するよ」

 ここは男子高……そこそこ県内では名門の男子高である。

 本来は小中学生にとって気後れする空間であろうに、男子中学生の昭君は何を気にすることも無くずかずかと入り込んでくる。小学生女児の明ちゃんの方はちょっと気が引けていたようだが、兄に遅れるまいとやはり部室に入り込んできた。気弱なところを補う為か、昭君の背中に張り付いて、だが。

「どうしたの、二人とも? もう家に帰ってないと駄目じゃないか。もうすぐ19時だよ」

「それはわかってるよ、兄さん。だけど今日は父さんも母さんも帰りが遅いし、正兄さんもいないから」

「そうだけど、いつもだったらちゃんと留守番……」

「だから正兄さんと並び立つ、うちの最高戦力でもある兄さんと一緒にいようと思って」

「待って。最高戦力って今度は何に巻き込まれたの」

「今日は僕じゃなくって明だよ」

「ごめんなさい、和お兄ちゃん……あのね、今日、学校に行ったら下駄箱にこんな手紙が入っていてね」

 おずおずと、周囲の男子高校生の好奇の視線を気にしながら。

 明ちゃんはランドセルから、綺麗にクリアファイルに挟まれた手紙を取り出した。

 下駄箱に手紙と聞いて周囲はラブレターを想像したが、出てきた手紙はファンシーなモノ。

 薄いピンク色に白いボーダーが入り、端には金色の箔押しで草花をモチーフ化した模様が入っている。どう見ても女の子が好みそうなレターセットで、差出人が同性であることを窺わせた。

「……なに? 脅迫状か何かだったの」

「当たり」

 まさかと思って口にした予想を肯定され、和さんは微妙な表情で封筒を手に取る。

 瞬間、微かにビリッと静電気のようなモノが走り、和さんは僅かに表情を顰めた。

 読んでも良いかと妹に確認を取り、和さんは手紙を広げる。

 好奇心を隠しもしない他のバスケ部員達も手紙を覗き込み、部室内には沈黙が発生した。

 

 手紙には、こう書かれていた。


 ――(前略)

 あの方はわたしの運命のひとなの王子様なのわたしの王子様なの決まっているの。

 なのになんであなたがその近くにいるの? そこはわたしの場所なのとっちゃ駄目なんだから。

 なんでわたしの王子様なのに、あのひとがあなたを気にするの? 優しくするの?

 わたしの王子様なの運命なんだからだからだからだからわたしが特別扱いされるべきなの。

 わたしの王子様に特別扱いされるなんて許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 悪いのはあなたなのよ憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎肉肉肉肉肉

 ――(中略)

 だからね、わたしきめたの。

 あなたには消えてもらいましょうって。

 この星から消えてもらいましょうって。

 わたし優しいから、あなたにちゃんとみんなとお別れする時間をあげるわ。

 今日の夕方7時に、あなたには消えてもらうから。

 だからちゃーんと、それまでにこの星にさよならしてね?

 ――(後略)


 ……といった内容の手紙が、全編に及んで新聞や雑誌の切り抜きで構成されていた。

「電波だ……」

「見事な電波だ」

 小学生がやり取りするには不穏すぎる手紙に、バスケ部員達には動揺が広がる。

 そよそよと囁きを交わし、今どきの小学生怖ぇといった呟きが聞こえた。

「明ちゃん、これ先生に見せたのか?」

 心配気な顔で、白水が問いかける。

 知らないお兄さんに問いかけられて昭君の背中に隠れながら、困ったように眉尻を下げる。

「先生に見せようとしたんだけど……大人に差し出そうとすると、手紙が手から離れなくなるの。それに声も出なくなって……お父さんかお母さんに相談しようとしたんだけど、携帯電話にかけると変なノイズばっかりになって繋がらないの。昭お兄ちゃんにだけは、何故か通じたんだけど……」

「こういう偏執的な手紙を送って来るような相手だし、きっちり予告した犯行時間は守るんじゃない? だから夕方19時までは何もないだろうから、明には学校でちゃんと授業を受ける様に言っておいたけど」

「うん、昭くん? そういう情報は、受け取った段階でお兄ちゃんやお父さんたちに相談しようね?」

 何かあるとするなら、19時……早まったとしても18時を回ってから。

 そう判断した昭君は、問題の犯行予告時間を和さんの近くでやり過ごすことにした。

 明ちゃん一人では気後れして男子高になど突入できない。

 だから学校が終わった後、二人は合流して和さんを訪ねたのだ。

 いきなり小学生女児の持ち込んだ悪戯なのか深刻なのか判断の難しい脅迫状に、バスケ部員達にも困惑が広がる。この手紙は果たして本気なのか、ただの嫌がらせなのか。

「移動中を狙われたら逆に危ないな。ここなら大きいお兄さん達も沢山いるから大丈夫だ」

 小学生の女の子という、恋愛対象にはなりえない相手だからだろうか。

 いつもの残念ぶりは鳴りを潜め、普通に頼りがいのあるお兄さんといった風情で白水が明ちゃんを励ました。

 副部長の妹で、小学生で、将来有望な和風美少女。

 しかもどうしたって不安になる手紙を受け取ったばかり。

 そんな女の子に、他のバスケ部員達も優しくすることに否やはない。

「そうだよ、19時過ぎるまでここにいな」

「そうそう。変なのが来ても俺達が追い返すから」

「バスケで鍛えた俺達の逞しさ、明ちゃんにも見せてやるよ」

 そう言って笑っていられるのは、この時までだった。

 和さん一人が、バスケ部員達の中でなんとも難しい顔をしている。

 そんな厳しい顔も、妹に対する嫌がらせに憤慨しているのだろうと……他の部員は深く気にしなかった。

 そして昭君は部室のコンセントを勝手に使って携帯ゲーム機で世界を救う冒険をしていた。


 そうして、問題の19時がやって来る。


 誰かのつけたラジオから、ポーンと19時の時報が鳴った瞬間。

 その場に……バスケ部の部室にいた、全員が。

 19時1分になる頃には別のどこかに移動していた。

 いつの間に、どうやって、どこに移動したのか。

 それが理解できるバスケ部員はそこにはいなかった。


「え、ここどこ」


 白水の、呆然とした声が聞こえる。

 立ち尽くすバスケ部員達。

 彼らの向かい立つ方向では……今まさに、二つの月が登って来るところだった。


 片方はオレンジ色の月。

 もう片方はドス黒い月。

 コンセントが無くなってしまったことで地に垂れたアダプターを巻き取りながら、昭君は小さく溜息を吐いた。

「どこだろうね、この星」

 淡々と呟かれた言葉が、立ち尽くすバスケ部員の間を虚しく通り過ぎて行った。

 

 

 








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