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硲153番地  作者: iliilii
第一章 風が光るとき
9/40

残喘

 ついに十年。

 私の寿命ももうすぐ尽きる。


 最後に〈あの子〉に伝えたかった。

 愛していないわけじゃないのよ。


 間違いなく私から生まれたというのに、間違いなく私たちの子供ではない〈あの子〉。

 生まれ落ちた〈あの子〉は私たちの子供であることをあんなにも示していたのに。

 私たちの子供ではないことを一番よく知っているのは〈あの子〉を産んだ私だなんて。

 なんて皮肉。


 〈あの子〉を産んだ瞬間、自ずとわかった。

 その真理と引き替えに私は私を大きく欠いた。

 〈あの子〉が私の中に芽生えたのは二年以上も前のこと。

 きっとあのとき。

 私はまたひとつ私を失った。手のひらで砂を掬うように、私という大地から私の欠片が失われていく。失われたことに気付かないような小さなものから、喪失を感じるくらい大きなものまで。

 あの頃であれば、私たちの子供で間違いない。

 あの頃であれば、誰からも祝福されたのに。

 でも、人の躰は三年近くも妊娠していられるものかしら。

 その意味では間違いなく〈あの子〉は私たちの子供ではない。

 私はどれほど失われたのだろう。

 私の寿命は〈あの子〉の芽生えから十年だということも。

 私は日増しに私を維持することが困難になるだろうということも。

 〈あの子〉を産んだ瞬間、私はたくさんの私と引き替えに砂粒のような小さな真理を拾った。


 こんなこと、誰が信じてくれるかしら。

 〈あの子〉が七つになる前に。

 私の全てが失われる前に。

 誰か。


 ふと浮かんだわらべうた。

 この子の七つのお祝いに、御札を納めに参ります。

 行きはよいよい、帰りはこわい。

 だめ。

 この歌は〈あの子〉に相応しくない。

 旅立ちの歌を。

 美しい歌を。

 失うことのない愛を。

 愛していないわけじゃないの。

 〈あの子〉にはもう二度と会えない。

 どうか、〈あの子〉に光あらんことを。






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