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硲153番地  作者: iliilii
第三章 サンクチュアリ
24/40

S高生徒会室

「とりあえず新入生一人確保した」

「へえ。まだ入学前なのに。知り合いですか?」

「精神的勧誘じゃなくて物理的勧誘に切り替えた」

 にたりと薄気味悪い笑みを浮かべる〈生徒会副会長〉に〈生徒会書記〉はたじろいだ。

 この〈生徒会副会長〉は趣味で生徒会副会長のコスプレをするような、とてつもなく風変わりな女子だ。わざとらしい焦げ茶の眼鏡フレームに後ろで一つに結んだ黒髪、規定丈のスカートに無造作に結ばれた規定幅のリボンタイ。

 そこはかとなくダサい、との評価はなにも〈生徒会書記〉に限ったことではないだろう。

 笑い顔も不細工だ。眼鏡を取ったら美人なわけでも、笑顔がかわいいわけでもなく、どこから見ても平凡顔でもっさりした印象はさして変わらない。何度か見かけた私服のセンスも微妙だった。

 コスプレの定義はなんだと聞きたくなるような、自称生徒会副会長コスプレイヤーの〈生徒会副会長〉は生徒会総意の変わり者だ。

「どんな人ですか?」

 生徒会室には〈生徒会書記〉と〈変人の生徒会副会長〉しかいない。

 早々に推薦で私大の合格を手に入れている〈生徒会副会長〉とは違い、他の三年は今が入試の山場だ。


 S高では生徒会役員は選挙ではなく前任者からの指名で決まる。

 今はその打診と調整の真っ只中であり、二年の役員は指名者の説得に奔走している。進学校ゆえにはっきり言って雑用にかけずり回らなければならない生徒会にどこの誰が好き好んで入りたがるか、ということで説得には時間がかかる。


 そんなわけで、生徒会室の年度末大掃除は実質、唯一一年の〈生徒会書記〉と自由の身となった〈生徒会副会長〉の二人でやるしかない。しかしこれがまた互いにやる気がないから捗らない。三学期に入ってからすぐに始めているにもかかわらず、まるで片付かない。生徒会室は実質物置部屋だ。文化祭の名残や体育祭の名残が至る所で半ゴミ化している。〈生徒会副会長〉はなんの躊躇もなく次々ゴミ袋に突っ込んでいく。生徒会の誰かが来年も使う可能性を考えて保管していただろうに、それを一切考慮しない潔さはある意味さすがだ、と〈生徒会書記〉はある種の尊敬の念で眺めている。

「それがさ、新入生代表らしい」

「また顧問を脅して聞き出しましたね」

「脅してないよ、人聞き悪いなあ」

 唇を尖らせて拗ねた顔をみせる〈生徒会副会長〉はグロテスク以外の何ものでもない。

「ちょっと教えてって丁寧に頼んだだけだから」

 しつこくネチネチと尋問する〈生徒会副会長〉の様子がありありと想像できた〈生徒会書記〉は、目に残るグロテスクな残像を執拗なほど砕き、溜息を呑み込んだ。

「その新入生代表も脅したんですか」

「まさか。あの子は脅せないよ。背負ってるものが違う」

 急に声を潜めた〈生徒会副会長〉に〈生徒会書記〉は眉をひそめた。

「つまり?」

「君と一緒」

「虐待児?」

 この〈生徒会書記〉は自分が虐待児であったことを公言している。高校入学と同時に親とは縁を切り、支援者の助けで自立した。

「本人曰く、シングルマザーのネグレクトだって」

「名前は?」

「夏生。名字は、なんだっけ……」

「木内じゃないですか? なつおは夏に生まれたって書く」

「そうそう、なんだ、知り合いだった?」

「保護施設で何度か顔を合わせてますよ。まあ、向こうは俺のことなんか知らないだろうけど」

 その少し嗄れた声は虐待の後遺症なのだと、〈生徒会書記〉はニキビの痕を説明するのと同じくらいの軽さで話す。

「なんで? 挨拶とかしないの?」

「彼女は弟のことで頭一杯だったんですよ、常に」

「弟? 弟がいるの? あれ、聞いてないけど……」

 そこで〈生徒会書記〉が顔をしかめるのを〈生徒会副会長〉は見逃さなかった。口を滑らせたと言わんばかりの〈生徒会書記〉に、ずいっと〈生徒会副会長〉は身を乗り出し迫った。

「なに、まだなんかあるの?」

 嫌悪感を隠すことなく〈生徒会書記〉はのけぞり、一歩どころか二歩も後ろに引いた。

「弟、死んだんですよ。たしか半年ほど前に」

 絶句する〈生徒会副会長〉に〈生徒会書記〉は袋に詰め込まれたゴミを一つ一つ分別しながら続けた。

「母親かってくらい弟の面倒よく見ていたんですよ、彼女。それこそほかは目に入らないくらい、献身的に弟を守っていた」

「あ、だからか」と〈生徒会副会長〉が何かを思い出すように呟いた。「笑わないんだよね、彼女。笑顔は見せるんだけど、目が笑ってないの。笑い顔を意識して作ってるって感じ」

「そりゃそうでしょ」

「だよね。可愛がってた弟が死んだなら、そう簡単に笑えないよね」

〈生徒会書記〉は小馬鹿にするように薄ら笑った。〈生徒会副会長〉は口元を引き攣らせながら、恐る恐る訊いた。

「なんで死んだの?」

〈生徒会副会長〉の一層潜められた声に、〈生徒会書記〉はふと目を細めた。

「事故、ってことになってますけど」

〈生徒会書記〉の声が冷酷に響いた。この〈生徒会書記〉は時々、ふとした拍子にこの世の一切を拒むような雰囲気を纏う。

「ますけど?」

 恐ろしいものを呑み込むような顔で〈生徒会副会長〉が声を震わせる。

「先輩が思っているよりも色々あるんですよ」

〈生徒会書記〉が短く吐いた溜息に〈生徒会副会長〉はびくりと震え、寒気でもしたのかしきりに腕を擦っている。

「先輩は満腹を知ってるでしょ。清潔さも快適さも、普段意識することなんてないでしょ。毎日温かい風呂に入れて、毎日清潔な服を着て、毎食飯が食えて、ノートは常に真っ新で、時には買い食いだってできる。凍えることもなければ、渇いて乾涸らびることもない。死を意識したことはあっても予感したことはない」

 責めるわけでも訴えるわけでもなく、ただ淡々と〈生徒会書記〉は無情に言葉を紡いだ。〈生徒会副会長〉は何度か口を開きかけて、結局何も言えずに〈生徒会書記〉が最後に落とした嗤いを黙って甘受した。

〈生徒会副会長〉の脳裡には、あの日夏生に言った不用意な言葉の数々が浮かんでいた。とんでもなく失礼なことを言ったのではないか。〈生徒会副会長〉の顔が歪む。

「誰かのために自分の死があるだなんて考えたこともない」

 はっとしたように〈生徒会副会長〉の目が見開かれた。

「事故じゃないの?」

「さあ。本当のところは本人以外誰にもわかりませんよ」

「でも、君は疑ってるんでしょ?」

「どうでしょうね。それより、本人の前で変に意識しないでくださいよ。うっかり訊くとか最悪ですから」

「相変わらず失礼だね、君は。そのくらいの分別は私にだってあるよ」

 鼻であしらう〈生徒会書記〉を〈生徒会副会長〉は怒りを込めて睨み付けた。〈生徒会副会長〉はまるで八つ当たりでもするように、恥辱を覚えるほどの浮かれた祭りの残滓を手当たり次第ゴミ袋に放り込んでいく。

「そうか、木内 夏生が来るのか。新入生代表なら次期書記だな」

 魔王(がおう)の舌舐めずりを見たような気がして〈生徒会副会長〉は手を止めた。彼女を生徒会に誘ったのは失敗だったかもしれない、と後悔し、それでも新入生代表なのだからどのみち生徒会に入れられただろう、と思い直し、心の中で彼女にエールを送ることで〈生徒会副会長〉は早々に開き直った。






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