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硲153番地  作者: iliilii
第二章 エリアCLⅢ
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通知

——内閣総理大臣官邸

 議員の中でも特に当選回数を重ねた者ほど、待ち侘びている通知がある。

 これまでの慣例から春と秋のどちらかに届くはずの通知が、ここ数年ぱたりと途切れている。表には決して出ない日付だけが記されたとある記録を辿れば、一年以上通知のないことは過去にもしばしば見受けられる。しかし、二年を超えて尚届かないことなどこれまで一度もない。


 一年目は誰もが楽観視していた。二年目には誰もが焦りを感じ始めた。三年目には疑心暗鬼が意味のない解散総選挙を生んだ。

 政界は見えない絶望に支配されつつあった。


 そこにようやく届いた一通の知らせ。

 シンプルな和紙でできた白い長封筒の表書きは「日本国政府」とだけ。律儀に切手が貼られ、消印には硲の文字。それはたった一カ所から送られてくる郵便物にだけ捺される特別なもの。裏を返せば「硲一五三番地」と記されている。


 話に聞いていたとおりの様相に、手にした時の内閣総理大臣は武者震いした。

「何年ぶりだ?」

「四年」

 誰とはなしに上がった唸りにも似た声。

「何人だろうな」

「なにせ四年ぶりだ」

「前回はたしか」

「当時の外務大臣と県知事二名だ」

「三人か」

「さすがに三人以下ということはあるまい」

 上擦った囁きが次々と伝染する。

 朝から続く疎雨の赴くままに、夏の名残が地に染み落ちていく中、室内は静かな気勢に満ちていた。

 当時の外務大臣だった現内閣総理大臣を始め、当時の県知事だった現内閣官房長官、当時の県知事だった現財務大臣を含む主要閣僚、各政党の代表たちが顔を揃える総理執務室は、空調管理された広々とした部屋だというのに、人いきれで蒸し暑く、熱気が結露となって窓を曇らせていた。


 待望の通知は素っ気なく、しかし圧倒的な存在感を放っていた。

 国家機密と同等に扱われる文書である。

 表層で終わるか、深層まで辿り着けるか。

 かつて政界でただ一人、深層まで辿り着いた者がいたといわれている。日本を世界に押し上げ、当時の日本人の意識を根底から覆した稀代の政治家は、善とも悪ともつかない、しかし絶大な影響力を持っていた。

 日本の歴史に燦然と名を残す人物の多くはこの文書に名を記された者たちでもある。


 部屋の主は芝居がかった仕草でペーパーナイフを構え、封筒の端にゆっくりと刃先を入れた。中には封筒と同じくシンプルな三つ折りの和紙。勿体を付けるように殊更ゆっくりと引き出されていく。三つ折りの和紙を手にした男は自らの興奮を静めるためか、束の間祈るように目を閉じた。誰もが固唾を呑む中、男は目を開けると同時に手元の和紙を広げた。

 そこに濃い墨で(したた)められた文字。

 目を見張ったまま動かない男から強引に和紙を奪った女房役もまた、同様に目を見張ったまま動きを止めた。

 そこにはたった一行、一年前に最年少当選した無所属議員の氏名だけが記されていた。






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