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その6

眩いくらいに輝く太陽が真っ青な空をいっそう蒼く見せる。

夏である。これ以上ないくらい晴天の、真夏の空の下行われる野外ライブである。






「ロケーションはばっちりだけど……人体的にはもうちょっとばかり雲が欲しいところだよねー」


そう言いたくなる気持ちは空を見上げている五人全員が思っていることだ夏彦。

雲一つない晴れに晴れた晴天で、ライブ本番中に間違いなく本日の最高気温を記録するだろうけれど、幸い風がある。日差しを和らげることは出来ないが、これならミストの効果で体感温度は下げてあげられるだろう。ライブ中だけじゃなくて開始の時にもミストを使えないか後で演出の人に相談しておこうかな。


「今日は丸一日見事な晴れ、夜にはお星さまがキラキラだってよ。最高気温が……あー、見たくねぇ数字だなオイ」


俊春、そんなに顔を顰めても今の時期の日中に三十度を下回ることはないから想定内だと開き直るのがいい。湿度が低いことを喜べばいいんだよ。日差しで熱い、蒸して暑いのライブ会場蒸し器の中状態に陥らないだけで御の字だ。


「目を背けていないでしっかり見て対処してください。曲の合間に短い休憩がありますから確実に水分補給を各自してくださいよ。あれだけトレーニングで扱いて差し上げたんですからそんな初歩的ミスで倒れたりしようものならステージ上で晒し者にしてあげます」


床と抱擁した回数など数えきれないボク達三人が地獄の追い込みトレーニングを思い出してしょっぱい気持ちになってしまうのに、無様を曝せばそれをネタにするとおっしゃる秋夜の容赦ない追い打ち。ついつい目を逸らしてしまうのは仕方がないことだよなと静かに視線を合わせてしまったボク達。


「そうならないよう今日まで床這いつくばって来たんだから根性見せろよペラペラ体力共」


にぃっと意地悪く笑む俊春に夏彦はむっとし、美冬は苦笑、ボクは頷く三者三様の反応である。と、夏彦の腕が首に回り、引き寄せられて背が丸くなる。何事かとやや下から仰ぐ位置取りになった夏彦を窺えば、その向こうには腕を組まれた美冬がいる。……美冬は背が高いからな。肩を抱くにはちょっと遠かったんだろう。


「よゆー面してんのにそっちが倒れたら心配の前に指差して笑ってやろーぜ美冬、橙里」


「それじゃあ俺は水をかけようか」


激しく動き回ったことで上がった体温を下げる為にって文章を頭につけないとひどい奴になるからな美冬。笑っているところをみるにわかって言っているんだろうけれど、どうなんだろうかそのやりとり。って、二人してボクに何かを求める視線を向けないで欲しい。えっと……えっと……、お姫様抱っこで運び出す?


「ぷっは!それは公開処刑だって橙里っ」


困った末の一言は、俊春の大笑いをゲットした。……腹を抱える程なのか。

ついでに、その隣で上品そうに口元を指で隠して笑っているんじゃありません秋夜。


「ふふ、せめて肩を貸すとか担架で運び出してくださいよ。一部の人にはサービスですけど、流石に格好つきませんからね」


はて?サービスとはどういうことかとくすくす笑う秋夜の言葉に首を傾ごうとして夏彦の腕で阻止された。いつのまにやら美冬の腕を放してボクの首に巻き付いているが、体勢が不安定でちょっと苦しいのだが……。


「ん?ごめんごめん。じゃなくて秋夜、それって所謂お腐れ様ってこと?え、俺たちもその世界から見たらそうなるの?めくるめく耽美の世界なの?」


耽美の世界って何だ。お腐れ様って……納豆か何かか?美しさを追求した発酵食品とは一体。いや、別に納豆は腐っている訳ではないか。豆腐だって豆が腐っている訳ではないのだから。だとすればお腐れ様とは何なのだろうか。わからない。

疑問は残るがまあいい。それよりも気になるのは首に回した腕を肩に回し直し、背中が伸びたことで苦しさがなくなったボクへもたれかかってくる構ってくんだ。

変化したのは体勢だけで、離れる気はないということか?暑くないのか夏彦よ。


「なぁにぃ?彦くんそういうのが見たいのぉー?」


別の疑問が浮かんだところに背後から聞こえたのは「にひひひひ」なんて笑い声がくっついてきそうな高い声。というか……。


「あ、朱里ちゃん。さっきぶり~」


ピコリーン、なんてコミカルな音が設定されているカメラシャッター音が聞こえたのは、振り返ったボク達を構えたスマホで朱里が撮影したからだ。

本日の朱里の仕事はスッスーロさんでの追いかけライブ配信だ。なので、他のスタッフの皆様方と同じくスタッフ用のパスを受け取りに会場の出演者入口で一度別れた……のだが……。


「何処にパスつけてんだよ朱里」


「見ての通りよ」


呆れ顔で突っ込みを入れた俊春にけろりと何事もなくさも当然の聞くまでもないことを聞いてくるなという返しはやめなさい。というかちゃんと答えなさい。

どうして首から下げるでも服につけるでもなく、帽子でも載せるかのようにツインテールの間にパスがあるんですかお姉ちゃん。


まだ暑くなるには早い時間だっていうのにすでに朱里の頭は煮えているのか。

返答によっては頭痛を引き起こしそうな回答を待てば、胸を張る。何故だ。


「夏なのよ、橙里」


言われるまでもなく夏だよ。


「男も女も薄着で露出でチラリズムになる愉快な素肌の祭典なのよ」


……つまり、首から下げるとパスを確認するのに視線は必然胸元に、服につければパスの重みで服がはだける。それならば腰にと思っても、今度は足を見られるから変わった場所につけて目を引いてやろうとそういうこと。


「ぱーふぇくとよ、橙里。以心伝心でお姉ちゃんは嬉しいです。なのでその上着を寄越しなさい」


それじゃあただの追い剥ぎだ。やはり頭痛な話だったと思いながらもくっついている夏彦を剥がして上着を脱ぐ。…………ピコリーンじゃないだろう朱里。


「橙里くんを脱衣なう」


そんなものに需要があるんですかお姉ちゃん。

脱いだ上着を手に脱力していれば肩を叩いてきた夏彦。片手に自分のスマホを持っており、開いているスッスーロさんの画面を見せてくれる。つい先程の上着を脱いでいる自分の姿が文字の波に消えて行った。何が起きたんだスッスーロさん。

意味をなしてない単語と記号が乱れ飛んでいるんだが大丈夫なのか?


「需要なんてものは、作るのよ」


何かカッコいいようで空っぽなことを無駄に決め顔でおっしゃっていますが弟から服を剥ぎ取ったんですから着てくださいませんかねお姉ちゃん。

ふぁっさぁ、という表現が似合いそうな手つきで前髪を払い上げる朱里に上着を差し出す。「橙里は良い子ね。飴ちゃんをあげましょう」じゃない。……貰うけど。


「ふっふふ……パスの理由はわかりましたけれど、橙里の服を着てもそのままなんですか?」


くすくす笑いはさっきと変わらないが、片手が腹部に回っているので大声で笑いたいのを我慢しているらしい秋夜の疑問に、やや大きいボクの上着を着た朱里がチッチッチーと人差し指を振りながら笑う。当然悪戯に。


「甘いわよ、夜くん。今度は彼シャツ状態の美少女ツインテールだもの。視線は頭にお願いねってことでこのまま行くわよ」


「悪目立ちしそうだが、まあこれはこれですぐにスタッフだってわかっていいんじゃねーの?」


「確かに。すぐに目が行く」


「肯定意見をどーもよ俊くん、美くん。それで、彦くんは耽美の世界がお好きなの?見てみたいの?お腐れ様に貢献しちゃうの~?」


面白い玩具を見つけたわんこじゃなんだから目をキラキラさせて迫ってないでお仕事の話をしてください。これからボク達と行動は一緒なんだよね、お姉ちゃん。

スマホを手にして夏彦へとじりじり近付く仕草が不審者だったので、着たばかりの上着の首根っこを摘んで捕獲すると、ボクを見上げてくる朱里。


「その前に会場内と個人ブースの方に行って、いまかいまかと会場前でそわそわしているオトメ達に現場のチラ見せをして煽って来るわ。羨ましいでしょオーッホッホッホーってな感じね」


そしてまたねたそねひがみーずさんと囁き合う、と。いつか後ろから刺されそうだからあんまり変なことしないでよ、お姉ちゃん。

溜息が零れるのに吐かれている朱里はにこにこ笑顔でどこ吹く風なのが困りもの。


「あら、今日は配信で忙しいから暇な子の相手はしてられないのよ。それじゃあまた後でね~」


言うだけ言って手を振り遠ざかっていく背中に溜息を一つ。もしかしなくてもボクの服を奪う為だけに来たってことだね、朱里。何をしているんだか。


「和む」


嵐のように過ぎ去って行った朱里なのに、ふっと吐息を零すようにして美冬が微笑んでくれていた。緊張をほぐすとかの意味なら効果覿面かなと思って同意しておく。うん、肩の力は抜けた。

見上げた青い空が暮れ、夜の帳が下りるまで。さあ、長い一日が始まる。

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