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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命下町少女
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八話 証明

 明日の更新で、絶体絶命下町少女は完結となります。

「弁護側の考えはわかりました。まだ論じる余地が残っているというのなら、審議を続行しようと思います」


 裁判長が告げると、アリシア検事が私へ鋭い視線を向けた。


「何を論じるつもりだ? そう主張するからには、事件に結びつく具体的な論証があるんだろう?」


 ……ないんだよなぁ。


 何かあったっけ?


 あえて議論の続行を望んだ以上、ここで特にないですと言えば私への信用が地に落ちる事は明白である。

 後日、裁判を再開してもやりにくくなるだろう。


 何か、言わなければならない。


 些細な事でもいいから、何か不自然な点を指摘せねば……。


 少し、要点を整理してみよう。


 被害者のリッチマン氏の遺体には、刺し傷と打撲跡があった。

 検事側の主張は、どちらの傷もメーフェが落下のトリックによって行う事が可能であるとの事である。


 けれど、現場に血痕が一切見られないため、リッチマン氏殺害は別の場所で行われたのではないかと私は思っている。


 そこで注目したのは、リッチマン氏が乗っていたと思しき馬車の在り処だった。

 馬車はリッチマン氏の邸宅にて発見された。

 当夜には、リッチマン氏一人が乗って出かけたという。


 そうなると、現場に馬車が残っていないと不自然であるため、リッチマン家の誰かが犯人ではないかと私は主張した。


 その容疑者の一人であるシルヴァーナ夫人の話によると……。

 リッチマン氏は当夜、慈善事業の打ち合わせのために下町の協力者と会う予定があったらしい。

 邸宅に戻っていた馬車は、その下町の協力者が乗ってきたのだという。


 これぐらいか。

 見落としている点はないだろうか?


 少し頭の中の情報を漁ってみる。


 あ……一つだけみつけた。


 直接事件解決に繋がる事ではないけれど、今は議論を続ける事が重要だ。

 ついでに、何か有力な新事実とか出てきてほしい。


 そう思いながら、私は口を開いた。


「協力者の方と打ち合わせがあったという話ですが。それは前もって計画されていた事ですか?」

「ええ。朝のうちから予定は聞いていましたからね」

「それはおかしいですね」


 私がそう答えると、シルヴァーナ夫人は怪訝な表情となる。


「何がおかしいと言うのかしら?」

「リッチマン氏は、あまり礼節を弁えない方だったのでしょうか?」

「何を言うのです? あの方ほど、礼節を重んじる方はいませんでしたわ。人との接し方はもちろん、暮らしぶりから務めへの向き合い方まであらゆる点で如才なく、貴族の鑑のような方でしたわ」

「なら、なおの事おかしいですよ。そんな方が、人と会う予定を前にして飲酒をするでしょうか?」


 シルヴァーナ夫人の表情が固まった。


「飲……酒……?」


 呟くようなシルヴァーナ夫人の言葉に、私は資料へ目を落としながら答える。


「検死報告書によれば、リッチマン氏の胃にはチーズとアルコールが残っていたそうです。つまりリッチマン氏は当夜、晩酌をしていたという事です」

「そ、それが何だと言うんですの?」

「礼節を重んじる方が、これから人と会う時にアルコールを飲むとは思えません!」

「ぬあーーっ!」


 ぬあー?


 シルヴァーナ夫人の口から出た悲鳴に少し戸惑う。


「ち、違いますわ!」

「何が違うのですか?」

「相手は平民でしたもの。軽んじて当然ですわ」

「平民を軽んじる方が、何の利益にもならない慈善事業を行うとは思えませんが?」

「ぬわーーっ!」


 ぬわー?


「誰にだって無性に良い事をしたいと思う事があるものですわ!」


 あやふやな上に強引っ!


「そうだ。私だってこう見えて、自宅の一室にぬいぐるみを飾っていたり、クローゼットにフリフリのドレスを隠し持っていたりするんだぜ。どんな人間だって、イメージとは正反対の部分が一つ二つあるもんなんだぜ」


 アリシア検事、フォロー大変そう……。

 口調、取ってつけたみたいでちょっと奇妙になってますよ?


「つまりリッチマン氏は本来、平民を軽んじる方であるが無性に良い事をしたくなって慈善事業を行っていたという事ですか?」

「ゴルディオン様は立派な紳士でしてよ! 侮辱しないでくださるかしら!」


 あなたが言ったんですよ?


 しかし、目に見えて動揺してるなぁ……。

 何故、動揺しているのか。


 何か隠し事をしているからか、それとも……。

 少なくとも、私は相手の触れられたくない場所へ触れる事ができたのかもしれない。


 この綻びを基点に、どうにかできないか。


 私はしばし考える。


 ……さっきも指摘したけど、チーズとアルコールが胃に残っていたんだよね。


 私は人の体の仕組みに明るい方ではないけれど、アルコールのような液体が吸収されずに長く胃の中で残っているのは普通の事なのだろうか?

 液体なのだから、チーズよりも早く吸収されるんじゃないだろうか?


 それが胃に残っていたという事は……。


 もしかして、殺害されたのは晩酌の最中だった?

 飲んでいる最中に殺されたから、胃にアルコールが残っていた?


 そして、シルヴァーナ夫人は晩酌していた事を否定しなかった……。


 仕掛けてみようか……。


 私は深く息を吐き、じっとシルヴァーナ夫人に視線を向けた。


「……ですが間違いなく、被害者は飲酒していました。そうですね?」


 若干の警戒を見せつつ、シルヴァーナ夫人は口を開く。


「……ええ。確かに、ゴルディオン様は出かける前にお酒を嗜まれていましたわ」


 ようやく……。

 真相が見えてきた。


 シルヴァーナ夫人が答えるのと同時に、アリシア検事がハッと何かに気付く様子を見せた。

 口を開きかけ、閉じる。

 悔しげに表情を歪める。


 どうやら、彼女は私が何を確認したかったのか気付いたようだ。

 そして、今更止めても意味がないと悟ったのだろう。


 そう、彼女は致命的な事を答えた。


 だからと言って、完全に優位とも言えない。


 もう、これ以外に突っ込める場所が見つからない。

 ここで切り返されるような事があれば、私には何も手立てはないのだ。


 だから……。

 ここで一気に決める!


「そうですか。間違いありませんね?」

「ええ。わたくしも、ご相伴に預かりましたもの。確かですわ」

「二人で飲んでいたのですか?」

「ええ。夫婦水入らず、二人で飲んでいましたわ」


 私は一度目を閉じ、息を吐いた。

 目を開き、言葉を紡ぐ。


「では、シルヴァーナ夫人。被害者を殺害したのは、あなたですね?」


 シルヴァーナ夫人の顔が青ざめた。

 唇が震え、組まれた両手に力が込められている。


 その様子を私は見逃さなかった。

 やっぱり、間違いないようだ。 


「何を根拠に言っている?」


 私が問いかけると、アリシア検事が声をあげる。


「お酒については、出かけた先で協力者の方と飲んだ可能性がありました。ですが、シルヴァーナ夫人は、出かける前に飲んだと証言しました」


 シルヴァーナ夫人は息を呑み、表情を引きつらせた。


「なおかつ、その場に同席したとも明かしました」


 私はその事実を確認するため、念を押すように訊ねたのである。


「そして、被害者の胃にはアルコールとチーズが残っていました。これは、リッチマン氏が晩酌中に殺害された事を証明しています。ならば、犯人は晩酌中一緒にいた人物に限定される」


 私はシルヴァーナ夫人に視線を向ける。


「この場合はつまり、シルヴァーナ夫人だけが当てはまります」


 これは確実な証拠になる。


 真相はこうだ。


 シルヴァーナ夫人は、リッチマン氏が晩酌中に何らかの理由で彼を殺害。

 だから、胃の中に消化されずアルコールが残っていた。


 その後、馬車を使って遺体を運搬。

 事件現場に遺棄した。


 考えてみればとても単純な事件だ。

 その分、証拠が少なくて証明が難しかった。


「い、言いがかりですわ! わたくしがゴルディオン様を殺すわけなどないではありませんか!」

「私は可能性を指摘しただけです。それが間違いであるというなら、証明してください」

「証明……」


 シルヴァーナ夫人の表情に余裕はない。

 今、必死に状況を打開するための証明を探しているのかもしれない。


 実際、状況証拠以外に証拠らしい証拠はない。


 この状況、いくらでも弁明は可能だろう。


 だけど、弁明する余裕など与えるつもりはない。

 ここで畳み掛ける!


 私は相手を威圧するように、グーで台を強く叩いた。

 びっくりするぐらい音が鳴らなかった……。


 ちくしょう……。


 と思っていたら、それを見かねたのかアスティが台を叩いて音を鳴らした。

 その音で、シルヴァーナ夫人とアリシア検事がビクリと反応する。


 ありがたい。


「状況から見て、容疑者(メーフェ)に晩酌中の殺害は不可能」


 私はシルヴァーナ夫人を睨み付けながら言い放つ。


「もはや、議論は尽くされたと思います。そして、あなた以外に容疑者となる人物は残されていません」


 論ずる事は何もない。

 あとは、追い詰めるだけだ。


「待て。この事件には、不明瞭な部分が多い。一度、調査を挟むべきだ」


 アリシア検事が反論する。

 確かにそれは正論だ。


 だけど……。

 アスティはそれに危機感を覚えている。

 根拠はないが、私はそれを信じる事にしたのだ。


 信じると決めたら、貫き通す!


「アリシア検事はそのように言っていますが……。自宅を捜査されても何も問題はない、とあなたは言えますか?」


 アリシア検事ではなく、シルヴァーナ夫人へ向けて問いかけた。


「そうなれば、多くの物証が出るでしょう。あなたの犯行を裏付ける証拠が」


 せっかくなので、アリシア検事の提案を利用させてもらう。

 その意図に気付いたのか、アリシア検事が私を睨む。

 それを無視して、私は続ける。


「たとえば、被害者の死因となった凶器など……。それとも、処分はなさいましたか? 捜査が入るとなれば、もう処分はできませんよ?」

「異議あり。裁判長、弁護人は証言者を不必要に威圧している」


 アリシア検事が口を挟む。


「不必要ではありません。これは必要な尋問です。犯人でないのなら、この言葉に動揺などしないでしょうから」


 実際、告発してからの彼女の様子は明らかにおかしかった。


 反論し、裁判長の判断を待つ。


「異議を却下します。弁護人、引き続き尋問を」


 アリシア検事は悔しげに表情を歪め、私は深く頷いた。


「さぁ、答えてもらいましょうか」


 シルヴァーナ夫人を見据え、私は再度問いかけた。

 そうして見たシルヴァーナ夫人の表情は血の気を失って青くなっていた。


「わたくしは……ワタクシは……」


 そう口に出す彼女の唇は震え、息は乱れていた。

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