表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命下町少女
71/74

七話 アスティの直感

 その女性は、桃色の生地に刺繍の意匠やフリルをふんだんに使ったドレスを身に纏っていた。

 銀髪の髪は盛りに盛られており、重量感と威圧感があった。

 メイクも派手である。


 豪華過ぎて「それは本当に豪華なのか?」と疑問に思ってしまうようなとんでもないでたちの女性であった。


「あなたは?」


 私の問いに、女性は傍聴席から法廷へ歩きながら答える。


「シルヴァーナ・リッチマン。ゴルディオン様の妻ですわ」


 彼女が例の……。

 ……どちらも派手だから、リッチマン氏と並んでいる所を想像すると妙にしっくりくるな。


 彼女が法廷へと降り立つ。


「それより、まるでわたくしや家人が犯人であるかのような言い方ですわね。気に入りませんわ」


 非難めいた視線を向け、シルヴァーナ夫人は言い放つ。


「ですが、それ以外に考えられません」


 今の私には、それだけ返す事しかできない。

 メーフェが犯人でないなら、リッチマン家の誰か以外に犯人は考えられない。

 だけど、それが誰なのかは今の所わからないのだ。


 シルヴァーナ夫人が鼻で笑う。


「先ほど検事様もおっしゃったように、何の証拠もございませんのでしょう?」

「ええ、それはまぁ……」


 だからもっと情報が欲しいわけで、アリシア検事の申し出は嬉しかった……。

 シルヴァーナ夫人が出てきたのは想定外だが、このまま証言などしてくれるなら願ったり叶ったりだ。


 ……ただ、シルヴァーナ夫人は裁判を傍聴していて、その内容もしっかりと理解している様子だ。

 私の言った事が、何の証拠もない言いがかりに近い主張である事も当然解っている。


 なのに、このタイミングで声を上げたのは何故だろう?

 そこが妙に気にかかる。


「裁判長様、わたくしに証言の機会を与えていただけるかしら?」


 シルヴァーナ夫人が申し出る。


 裁判の流れを理解しているから、積極的に証言して潔白を証明しようと考えたのだろうか?

 まぁ、当然と言えば当然の行動だけど。

 少し疑いすぎかな。


 彼女の立場なら、私の考える犯人像に合致する。

 限りなく怪しいが……。

 まだ犯人だと断定するだけの証拠がない。


 私は犯人を誰かに押し付けたいわけじゃない。

 真犯人を見つけたいんだ。

 メーフェを助けるために、新しい冤罪を作るつもりはない。


 告発するにしても、確実な証拠が見つかってからだ。

 そのためにも、彼女の証言は必要だ。


「ふむ。両者、それで構いませんか?」


 裁判長は、そう私とアリシア検事に言葉を投げかける。


「はい」

「お願いします」


 了承の意を示すと、裁判長は夫人を証言台へ促した。


「それで、何を証言してくださるのでしょう?」


 私は問いかける。

 この内容によっては、状況が動く。


「わたくし、夫を殺してなどいませんわ。それに、家の者達もそんな事をするような者ではなくってよ」

「……それだけですか?」


 シルヴァーナ夫人の証言が途切れ、間を置いてから私は問いかけた。


「それ以上に何か必要かしら?」

「事件当夜、何をしていたか。それを証明できる証拠はあるか。など、具体的に証明できる事をお願いします」

「私が証言しているのよ?」


 え?


「私という、高貴な身分の人間が話しているのよ。証言そのものが強い証拠となるわ」


 とんでもない事を言うな、この人。

 高貴というより、好奇な格好をしているくせに!


 ……髪形に関しては、私も人の事を言えないけど。


「ですが――」

「少なくとも」


 食い下がろうと声を発するが、それが遮られる。


「そこの浮浪児よりも私の言葉は重くってよ」

「!」

「あなたは言ったわね。ここでは権力よりも法律が力を持つべきだと……。当然の話ね。けれど、それは同じくらいの人間同士だからこそ成り立つ事なのよ」

「……私はそう思いません」

「納得できないなら言い換えましょう。生きるためならば盗みも厭わぬ犯罪者と、罪を犯した事のない人間ならばどちらの言葉に重みがあるかしら?」


 私は言葉に詰まった。

 確かに、メーフェは窃盗で生計を立てていた犯罪者だ。

 生きるために必要な事だったが、罪は罪だ。


 罪の無い者と罪を犯した者。

 なら、信用されるのは前者だ。


「ふふ、あなたが道理を弁えている人間でよかったわ」


 反論できない私の様子に、シルヴァーナ夫人は満足そうな笑みを作る。


 咄嗟に反論できなかった。

 私は彼女の言い分に納得してしまったから。


 社会的な地位だけでなく、これまでの行いがメーフェに対する心象を貶める。

 メーフェの主張よりも、シルヴァーナ夫人の主張の方が確かに他者へ与える心象はいいだろう。


 けれど、それとこの事件は無関係だ。

 この事件に関して、メーフェは無実だ。


「しかし、彼女が過去に罪を犯していても、今回の事件とは無関係です」

「そうかしら? それを否定しきる証拠もないのでしょう? 罪を常習的に犯す者だからこそ、殊更に罪を忌避しなくなるという事もあるかもしれませんわ。たとえそれが、命を奪う事であったとしても」


 傍聴席が大きく反応する。


 うう、どうしよう。

私が何か言う度に、メーフェの心象が悪くなっていく。


 だとしても、食い下がらなければ……!

 ここで負けていてはいけない!


 無言は、彼女の論証が正しいという肯定になってしまう。


 何か……。

 何か言わないと……!


「……なら、被害者が乗っていたという馬車が、現場ではなく自宅にあったのは何故ですか?」

「さぁ、知りませんわ」

「そうはいきません。あの馬車はあなたを含めたリッチマン家の人間が疑われている一番の理由。疑念を遺すには十分です。こればかりははっきりとした弁明が必要ですよ。それができなければ、この場を治めたとしても貴族社会に疑惑と悪評を残す事になります」


 貴族の世界には、何かと理由をつけて家格を貶めようとする人間が少なからずいる。

 その懸念を武器に、証言を促す。


 貴族としての誇りが強い人物なら、これは無視できない事だが……。

 この夫人はどうだろう?


 そう思っていると、シルヴァーナ夫人はあからさまな嫌悪感を表情に映す。


「そうですわね。これについては、はっきりと答えるべきですわね」


 よし、良い方向に転がった。


「当夜の事ははっきりと憶えていますわ。あの方は慈善事業として、下町で配給をしていましたの。次の配給について、下町の協力者と話をしてくると言って家を出たのですわ」

「時間はわかりますか?」

「正確には憶えていないけれど、十一時くらいだったかしら」


 検視報告書の殺害時刻に当てはまっている。

 時間に関して、特におかしな所はない。


「馬車が戻ってきたのはその一時間後ぐらい。下町の協力者の方が馬車を運んできてくださいましたわ」


 下町の協力者?


「その人の名前は?」

「存じませんわ。わたくし、ゴルディオン様のなさる事は立派だと思いますが、その活動内容については関わっておりませんでしたもの」

「そうですか……」


 今の話が本当ならば、容疑者が増えた事になる。

 そして、その下町の協力者こそが現時点でもっとも怪しい人物だ。


「裁判長」


 アリシア検事が裁判長に声をかける。


「こちらでも把握できていない事実が少し増えすぎている。今一度、調査の時間がほしい」

「ふむ。確かに、そのようですな……。弁護側はそれでもよろしいですか?」


 再調査、か。

 考える時間と証拠が増えるのはありがたい。

 けど……どうする?


 私はルーの方を見る。


「その方がいいと思います。今は情報が足りません」


 私も同意見である。

 裁判長に答えようとする。


「アリシャ、何か反論はないのか?」


 が、不意にアスティが問いかけてきた。

 まるで、再調査に異論があるかのような様子である。


「どうしてですか?」

「嫌な予感がする。今を逃すと大変な事になる。そんな気がする」


 気がするだけですか。

 そうですか……。


 根拠はないようだが、アスティは危機感を覚えているようだ。

 そんな物を指針の判断材料に使ってよいものか……。


 少し考えて、私は裁判長に向き直った。


「いいえ、こちらは再調査の必要を感じません。このまま、議論を続けたいと考えています」


 結局私は、アスティの直感を信じる事にした。

 もう少し、粘ってみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ