三話 現場調査
その日もまた、私はアスティと一緒に下町へ赴いた。
おかしいと思ったのは、いつもメーフェと待ち合わせている場所に彼女の姿がなかったからだ。
ただ、遅れているだけかもしれない。
けれどいつもは先に来て待っているので、少し違和感があった。
二人で話をしながら待っていたが、いつまで経ってもメーフェは来ない。
何かあったのではないか、と心配になり始める。
庇護者もなく、一人で生きている彼女には心配する要因が多すぎる。
何かの事件に巻き込まれたり、さらわれたりしたのではないかと考えてしまった。
私とアスティは、今までに案内してもらった場所を巡って彼女を探す事にした。
その過程で、彼女の身に何があったのかはすぐに知れる事となる。
それは、メーフェと初めて出会ったあの場所。
銅貨の罠がある道だ。
そこでは、多くの憲兵達が動き回っていた。
その様子を野次馬達が集って見ていた。
「ちょっと通してください」
野次馬をかきわけようとし、まったく通れなかった。
すると、アスティが強引に割り込んで道を作ってくれた。
切り開かれる道を通って、現場まで近づく。
「止まりなさい。ここは事件現場……アスティ殿下?」
私達を止めようとした憲兵が、アスティに気付く。
アスティは一応軍人で、憲兵にも顔見知りが多い。
「何があった?」
「殺人事件です。貴族が一人、浮浪者の少女に殺されました」
浮浪者の少女。
その言葉に、嫌な予感を覚える。
「その女の子の名前は?」
「申し訳ありませんが、担当検事の方針で誰にも事件の情報を話せないんです」
「なんとかならないか?」
「なりません。私達の仕事は国の治安を守る事です。一刻も早い事件解決の手段として検事がそれを最善の方法として選ぶなら、誰が相手であったとしても情報は漏らせません。殿下ならば、それを理解してくださると信じております」
アスティは「むぅ」と唸った。
このように言われれば、アスティは強引にいけないだろうな。
「事件現場に入ってもいいですか?」
メーフェが関わっているのではないか、と思うと私はそう問いかけていた。
「それは……」
「入るだけです」
「頼む。現場を荒らすような事はしない」
アスティがそう助け舟を出してくれる。
憲兵は思案に少しの時間を割き、口を開く。
「わかりました。ですがさっきも言いましたように、事件については何も話せません」
「構わない」
アスティが答えると、憲兵は道を開けた。
私は事件現場を改める。
パッと見て目を引くのは、人の形をした地面の白線である。
恐らく、被害者が倒れていた場所なのだろう。
その人形の胸の辺りには、見覚えのある銅貨が落ちている。
……実際は、接着されているわけだが。
しかし、その白線以外に見るべきものがないな……。
落ちていた物は、接着された銅貨以外回収されたのかもしれない。
そこから目を離す。
周囲へ目をやった。
道は、レンガの塀で囲まれている。
住宅の敷地を囲む塀が、いくつか継ぎ合わされて構成されて一本の道となっていた。
塀の高さはアスティの身長よりも高い。
他には……もう見るべき所はないかな。
「行きましょう。アスティ」
「いいのか?」
「可能な限り、見られるものは見ました」
先ほどの憲兵に礼を言って、その場を離れる。
「この事件に関わるのか?」
「犯人は、浮浪者の少女……。嫌な予感がするんですよねぇ」
「まぁ、そうだな。いつもの場所にいなかったし……」
「その予感が当たれば、関わると思います。……関わる事が許されるなら」
それから、念のためもう一度いつもの待ち合わせ場所へ寄り、やはり彼女がいない事を確認した。
そして、すぐにルーの家へ向かう。
もしかしたら、そこから情報を得られるかもしれないと思ったからだ。
家に着くと、すぐに応接室へと通された。
少し待っていると、ルーが部屋へ入ってきた。
「お待たせして申し訳ありません、殿下」
「構わない」
アスティに謝り、ルーは私にも一礼する。
「それで、何かありましたか?」
「今、下町で起きている事件の情報がほしい」
「下町の事件、ですか……」
ルーは呟くように言いながら眉根を寄せる。
「私も活動は制限されていますから、自然に情報が入ってくる事はありません。でも、少し調べてみましょう。今日中には無理でしょうが、情報が手に入り次第お呼びします」
「よろしくお願いします」
その日は、それで帰る事にした。
そしてその翌日、早速呼び出しがあった。
昨日と同じく、アスティと一緒にプロキュール宅へ赴く。
「迅速な対応、ありがとうございます」
「というより、ほとんど得られる情報がなかったんです」
お礼を言うと、ルーは苦笑して返した。
「そうなの?」
「担当検事は、情報を強固に堅守する方なので……。しかも、検事としての技術を学ぶため、他国から招致した方でして、そのやり方にこちらからケチをつけるわけにもいきません」
「他国の人?」
「はい。無敗の検事という異名を持つ方です」
無敗の、検事……。
場合によっては……。
いや、今は考えないでおこう。
「でも、一応犯人の素性だけは聞きだせました」
「本当!? 教えて!」
少しの覚悟を持ち、私はその名を聞く。
「メーフェ・アリッフィーという少女です」
裁判の当日、私はメーフェとの面会を求めた。
アスティも一緒である。
通された部屋で、私は彼女の姿を認める。
彼女の姿を数日振りに見られた事に安心すると共に、不安そうな彼女の姿に心配もした。
小さな体をさらに縮こまらせていた彼女は、私の姿を見ると少しだけ緊張を解いたようだった。
その信頼が少し嬉しい。
「姉ちゃん! 兄ちゃん!」
椅子から立ち上がろうとした彼女の肩を見張りの憲兵が押さえ、再び座らされる。
私は彼女の対面の椅子に座った。
「メーフェ。あなたは、本当にリッチマン氏を殺したの?」
「やってねぇよ! わけわかんないうちに犯人にされて、捕まったんだ!」
「本当に?」
「本当だよ! 姉ちゃんまで疑うのかよ!」
そう言い放つ彼女からは、何の負い目も感じない。
少なくとも、嘘を言っているようには思えない。
まぁ、この子は根が素直なので嘘を吐けばすぐにわかるんだけど。
「そう、なら問題ないね」
私が言うと、メーフェは困惑の色を表情に浮かばせる。
一度目を伏せ、気合を入れてメーフェと目を合わせる。
「私があなたの弁護を引き受ける」
「え? 姉ちゃん、弁護士だったのか?」
「違うけど、ちょっとしたコネがあるから」
私がルーにメーフェの弁護をできるように頼んだのは、メーフェに当てられる弁護士に不安があったからだ。
事は貴族殺し。
下手に真犯人を暴き、それがもし貴族であったとなれば面倒な事になるかもしれない。
それを考えれば、平民の少女が犯人としてしまった方が何かと都合がいいのだ。
そんな心積もりの弁護士をつけられるくらいなら、素人でも私の方がまだマシだ。
だから、弁護人として出廷できるよう頼んだのだ。
「それで、一つ言っておかなければならない事があるのだけど……」
少しの覚悟を持って、私はメーフェに告げる。
「私は貴族なんだ」
告げると同時に、目に見えて彼女の表情が強張るのに気付いた。
「兄ちゃんも、か?」
「似たようなものだ」
アスティは答える。
彼は王族である。
彼女は何か言い募ろうとして、すぐに口を閉じる。
「私の事、嫌いになった? 信用できない?」
「……信用できない」
私が問うと、短く答える。
「いいよ。信用しなくて……。でも、私があなたの無罪を勝ち取ったら、その時は少しでも信頼して欲しい」
「できるのかよ?」
「できるかどうかは関係ない。今訊いているのは、信頼してくれるかどうかだよ」
彼女の貴族に対する嫌悪は、私が思う以上に強固な物なのだろう。
続く言葉がなかなか出てこなかった。
「……わかったよ。信頼する。できるならな」
私と目を合わせずに言う彼女の手を、私は両手で包むように握った。
「なら、あなたの信頼は得られたも同然だ」
正直、自信があるわけじゃない。
だけど、私は不敵な笑みを作って見せた。
「私は必ず、あなたの無罪を証明する」




