二話 ルーの訪問
その日は、ルーが私の家を訪れた。
客室に通し、彼女をもてなす。
「元気そうですね」
「まぁ、寂しさとは無縁だからね」
前の事件でなんやかんやあり、私は停学処分になった。
友人との接点が学校以外にない私は、ルーと会うのも久しぶりである。
とはいえ、停学になってから友人が度々会いに来てくれていたので、寂しさは感じていない。
むしろ、わざわざ会いに来てくれる人間がいる状況に、友人のありがたさを強く実感するくらいだ。
ルーは一口紅茶を飲んでから、言葉を続ける。
「時間が有り余って退屈しているようなら、今のうちに司法局の免許を取っておくのも良いと思ったんですが」
「そんな事ができるの?」
「一応、私は現職の検事ですよ」
そうだった。
すでに前例があるなら、確かにできるのだろう。
この申し出は嬉しい。
今後、物事がどう転ぶにしても何か職業に就いていた方がいいだろう。
でも、裁判の大変さを知るとあれを職業にするのはちょっと……とも思えてしまう。
体力も神経も脳も全て、全身全霊を疲弊させるような大ピンチの連続だ。
終わった頃にはへとへとになる。
あれは勘弁してほしい。
「うーん」
「何か懸念が?」
「あれを仕事にするのは大変そうだなって……」
「……あなたが経験してきたような苦境は、そうそうないですよ?」
本当にぃ?
「まぁ、ゆっくり考えてください。時間はまだあるでしょう」
「そうだね」
「信頼を取り戻すためにも、司法の汚職を暴いたあなたには是非身を置いて欲しいんですけどね」
前にも言っていたな、そういう事。
「それに加えて、目に見える形でも司法局は変わっていかねばなりません。何か、アイディアはありませんか?」
「私に訊くような事?」
素人だよ、私は。
「多くの意見が必要ですからね。知恵は出し合っていかないと……」
意見ねぇ……。
私にできるとすれば、前世の知識と現状を照らし合わせるくらいかなぁ……。
「とりあえず、検事と弁護士を一括で司法局が管轄するのやめたらどう?」
「ん?」
「だって、どっちも司法局が管轄してるから司法長官がどちらにも影響力を持っているんでしょう? その結果が前の事件だ」
葵くんが被告になってしまった時の事件である。
あの時は、まともな弁護士も満足に選べないような状況だった。
それは、司法長官が裏で手を回していたからだ。
「では、司法局ではなく、検事局と弁護士局に分けるという事ですか?」
「それでもいいと思うけど……いや、いいのかな? もういっそ、弁護士は全員民間にしてしまってもいいかも」
日本は確かそんな感じだ。
「弁護士が民間からの雇い人になるとしたら、弁護士を雇えない被告も出てくるかもしれないのでは?」
「その時は司法局なり国なりが雇えばいいんだよ」
「それでは今と変わらないのでは?」
「確かに、国で雇われた人は上の影響力を受けるかもしれないけれど、少なくとも個人が雇う民間の弁護士は誰にも影響は受けなくなる。多少はマシなはずだ」
ルーはしばらく思案した様子を見せ、「考えておきます」と答えた。
私はアスティと一緒に、また下町へと赴いた。
その入り口では、メーフェが待っている。
最近では、毎日彼女に報酬を払って案内してもらっていた。
彼女は私達を見つけると、笑顔を作った。
「おう。来たな、二人とも」
「こんにちは。今日はどこに案内してくれるんです?」
「トムじいさんの店。夜は酒場だけど、昼間には軽食も出してる」
答えて、メーフェは先導するように歩み始める。
私とアスティはそれに続く。
「途中で小物屋があるから寄ろうと思ってるけど、姉ちゃんみたいな金持ちのお眼鏡に適う物があるかなぁ」
「それはわからないけど、いい店の品というのは素材が良いだけって物なのよ」
と、私はメーフェに答えた。
ちなみに、メーフェには私が貴族である事もアスティが王子である事も伝えていない。
「いや、そう思うのはアリシャがシンプルな物を好んでいるからだ。材料をふんだんに使う分、デザインも豪華になっている」
アスティがそう口を挟んだ。
「そうなんですか?」
知らなかった。
「ま、人間なんてそんな変わらないよな。だって、あんた銅貨の罠にひっかかったし」
「銅貨の罠?」
少し考え、思い至ったのは前に道で拾おうとして、地面に接着されていた銅貨だ。
メーフェと知り合うきっかけとなったものである。
「あれ、罠なの?」
「おう。小銭を拾うようなせこい奴がひっかかる。で、屈んだ状態なら、隙だらけだから物を盗みやすいんだ」
なるほど。
私はせこい人間だと……。
ひっかかったのは事実なので反論はできないけど。
「いやぁ、男連れだったからどうなるかと心配だったけど、姉ちゃんのスカー……」
「そういえばッ!」
唐突に、アスティがメーフェの話を遮るように声を上げた。
迫真の大声である。
「君のナイフ、あれは軍で支給されるものだ」
メーフェが腰に佩いている、身の丈に合わない刃渡りの長いナイフだ。
私よりも小柄な彼女の腰にあると、ショートソードのようにも見える。
「ああ、これ……。親父の形見らしいよ。どんな人だったか、憶えてないけど」
「軍人だったのか」
「戦争で死んだんだってさ」
「母親は?」
「病気で死んだよ」
訊くまでもなかった事かもしれないな。
でなければ、この町が家であるなどとは言わないだろう。
「それで家無し子か。国の運営する孤児院があるはずだが?」
「親父の形見を取り上げられそうになって三日で逃げたよ」
それは危険だからではないだろうか。
「ま、母さんの形見は取り上げられちまったけど」
いや、どうやら職員の質が悪いらしい。
「どこの孤児院だ?」
眉間に皺を寄せ、アスティが訊ねる。
「ベレンヘーナ地区」
「憶えておこう」
「あんたが憶えてて、何か意味あんのか?」
「さぁな」
アスティが素っ気無く答えた時だった。
丁度、公園らしき広場の見える道へ通りかかった。
広場には、多くの人が集まっていた。
よく見ると、人々は列を作っているようだった。
列の最前には、テーブルを隔てて湯気の立つ大きな寸胴がある。
寸胴の横に立つ女性が、木のお椀にスープを注いでパンと共に並ぶ人へと配っていく。
どうやら、配給のようだ。
「あわてなくとも、皆に配って余るほどスープもパンもあるぞ」
配給所の横で、身なりの良い男性が声を上げる。
男性は大柄で、青を基調に金糸で刺繍を使った服を着ていた。
その生地がパンパンに張るほど筋肉質だ。
アスティも大柄だが、それを一回り大きくした感じだ。
毛量が多く、髭も蓄えており、まるでライオンの鬣を思わせた。
「あれは……」
見た事がある。
どこでだろう?
「ゴルディオン・リッチマンか」
そう思っていると、アスティが口にする。
名前を聞いて思い出す。
多分、いつかのパーティで会った事がある。
確か、貴族の中でもかなりの資産家だったはず。
「けっ、またやってんのかあのおっさん」
メーフェが言う。
その声の響きには敵意が見て取れた。
「何か、気に入らないの?」
「貴族が嫌いなんだよ」
ぐっ、と私は言葉に詰まった。
自分が貴族だという事は黙っていた方が良さそうだ。
「癪に障るんだよ。あんなの道楽だろ? 施して、気分の良さに浸りたいだけさ。その娯楽のおもちゃになるのは嫌だね。だから私は、一度だってあの配給を受けた事はないよ」
メーフェはちょっと気難しいみたいだ。
私だったら、お腹が空けばすぐに頼るだろうな。
「本当に恵まれない人間を助けたいなら、貧民街でやりやがれよ。下町でやるって事は、結局自分の身を危険に晒したくないからさ」
本当に、よっぽど嫌いみたいだな。
「さ、もう行こうぜ」
「うん」
メーフェに促されて、私達はその場を離れた。
その数日後だった。
ゴルディオン・リッチマンが殺害されたのは……。
そして容疑者の名は、メーフェ・アリッフィーだった。




