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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命悪役令嬢2
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七話 それぞれの役目

「目撃者が嘘を吐いている、だと?」


 兄貴は目を細め、俺を睨みながら問い返した。


「根拠はあるのだろうな?」


 根拠か……。

 ないんだよなぁ……。


 しかし、そんな事は言えない。


「無論だ」


 極力、動揺を見せないように努め、言い切った。


 アリシャ、俺も嘘吐きになったぞ。


 だが、このハッタリを押し通す事ができれば、道は繋がる。


「なら、答えてもらおうか。目撃者が嘘を吐いているという根拠を」

「ああ……。そうだな。根拠は……」


 言葉に迷っていると、レニスが袖を引く。

 メモ用紙をそっと渡してきた。

 その内容をチラリと見る。


 どうやら、気付いた事を書き記したものらしい。


 ん、それは気付かなかったな。

 だが、確かにその通りだ。


 ……待てよ。

 これはもしかして……。

 この情報を上手く使えば、この現状を有利に進める事ができるのではないか?


 レニス……。

 本当に、彼女が隣に居てくれる事は心強い。


「被害者がどこで殴られたのか、という物だ。こちらには、それを示す用意がある」


 レニスのメモに書かれていた内容を俺は告げる。


 本当の事件現場。

 それを証明する事ができれば、ジェイルが階段から落ちたという証言が嘘であるという証明になる。


「言ってみろ。その根拠とは?」


 俺はスケッチを見せつつ、ある一点を指した。


「ここだ」


 指したのは、ジェイルの握るスカーフだ。

 普段は針金でも入っているようにピンと張っている彼女のスカーフが、ふにゃりと形を崩して握られている。


「確か、このスカーフは湿っていたという話だったな」

「ああ、確かだ。それで?」

「このスカーフは何故湿っていて、何故握られていたのだろう? そう、思わないか?」

「お前には、その理由がわかるというのか?」


 俺は強く頷いた。


「このスカーフは恐らく、被害者が頭のこぶを冷やすために濡らしたのだ」


 俺が答えると、レニスはメモ用紙に「スカーフを頭に当てるジェイル」の絵を描いて見せた。

 手早くシンプルに描かれた絵だが、しっかりとそれがジェイルだとわかる絵だ。


 俺とジェイルが頭をぶつけ合った時、ジェイルにはたんこぶができていたらしい。

 それを冷やすために、現場に残っていた。


「こぶ、か……。なるほど。確かに、患部を冷やすには布などに水を浸して当てるのが良いだろう」

「そう、ジェイルはこぶを冷やすために水場へ残った。そこで布を水に浸し……。そして、殴られた」


 レニスは、「背後から殴られるジェイル」の絵を描いて見せた。


「待て。では、犯行はジェイルがお前と頭をぶつけ、手当てのため残った直後に行われたというのか?」

「そうだ」


 俺は強く頷いた。


「だがそれは、事件があったとされる一時間も前の出来事だぞ」


 こぶを冷やすために一人で水場へ残ったジェイルは、それから事件を目撃された六時までの一時間、誰にもその所在を知られていない。

 だから、誰も彼女がどうしていたのかわからないのだ。


 生徒会室に戻るでもなく、何をしていたのか。


 その答えが、これだ。


 彼女は一人になってそれほど時間も経たぬ内に、殴り倒されたのだ。

 それも恐らく、一人きりになった直後だ。

 だからこそ、彼女の手にはスカーフが握られていた。


「根拠はある。スカーフが濡れていた事だ」

「スカーフが濡れていた事が根拠だと? 詳しく話せ」


 俺は頷き、兄貴に答える。


「彼女はこぶを冷やすために、水場ですぐさまスカーフを濡らしたはずだ。そして、一時間後に発見された時、そのスカーフは未だに濡れていた。これはスカーフを絞らなかったためだ。如何に冷やすために濡らされたとて、絞ってから使うものだろう」

「そのまま使う人間だっているだろう」

「……たとえジェイルが、絞らぬまま使う人間だったとしても使い終われば絞る物だ。絞られていないのは、その暇がなかったから。濡らしている最中に殴られた証左だ」


 俺が言うと、レニスが新たなメモ用紙を見せる。


 それは二枚のスカーフの絵で、一方からは水が滴り、一方が絞られた形の物だった。

 絞られた方に、×印が描かれ「おかしい」と文字が書かれていた。


「なかなか、絵が上手いな。トレーネ嬢」


 兄貴が言うと、レニスは「後ろ頭に手をやって照れた様子の少女」の絵を描いて見せた。


 それくらいは自分の動作で感情表現した方がいいと思うが……。

 まぁ、それはいい。


 俺は台を叩き、注目を集めた。

 口を開く。


「さて、手当ての最中に殴られたという事は事件発生の一時間前が本来の犯行時間だという事になるのだが……。その時に被害者が殴られたのだとすれば、一時間後の六時頃に証人が犯行を目撃する事はできないという事になる!」


 これは決定的な目撃証言を崩す、決定的な証明だ。

 だからこそ、声に力が篭った。


 だが、俺は口を閉じなかった。

 さらに言葉を続ける。


「そして、被害者が殴られたと思しき時間、丁度同じその空白の一時間を秘匿している者がいる」


 俺が視線を動かすと、兄貴もまた同じようにそちらへ目を向ける。

 その視線が、ルイジに留まった。


 注視されたルイジは、神妙な面持ちで息を呑んだ。


 まだ、犯人が誰かを判断する時ではない。

 俺はさっきそう言った。

 多分、今でもそうだ。


 まだ、それをするには証拠が足りない。


 正直に言えば、こんな事を口走ってしまっていいのか躊躇いがある。


 しかし、ここしかない。

 そう思えるのだ。


 彼女以外に犯人は考えられないと、そう思えるのだ。


「俺はカブッティール嬢こそが、容疑者を殴り、現場の偽装工作を行った犯人だと思っている!」


 そして、自分の考えを強く宣言した。

 それに気圧されたのか、ルイジは一瞬倒れたかと見まがうほどに体勢を崩し、一歩たじろいだ。


 その反動で、髪が動く。

 大きくドリルが揺れ、前髪がひるがえった。

 そんな彼女の様子を、偶然目にした。


 ん?

 何か、違和感があったぞ。


 何か、奇妙な物を見た気がする。

 それが何かわからないが……。


 俺は何を見たのだろう?


「言いがかりですわ!」


 違和感の正体へ思い至る前に、ルイジの上げた声によって思考は中断される。


「ワタクシはただの目撃者でしてよ! そして、目撃者はワタクシだけではございませんわ!」


 ルイジが言うと、マルテュスが小さく手を上げてから発言する。


「彼女の言う通り。私は、ジェイルさんが階段から落ちる姿を見ております」


 マルテュスは落ち着いた様子で告げる。


「アスティ様は、私達が示し合わせて嘘を言っているとでもおっしゃるのですか?」


 強い視線が、マルテュスから向けられる。


 正直に言えば、その可能性は十分に考えられた。

 しかし、違う気がする。


 俺がルイジを犯人だと断じたのは、現状を打破するためである。

 しかし、それ以上に彼女に怪しさを覚えたからだ。


 ルイジから、かすかにやましさのようなものを感じた。


 あくまでも直感的なものであり、間違っている可能性はある。

 俺には前科もある事だ。

 あまりこの直感は信用できるものではない。

 もし間違っていれば謝罪し、責任を取ろう。


 そしてマルテュスからは、そういったやましさを感じない。

 彼女の態度は、徹頭徹尾毅然としたものだ。


 彼女は、嘘を吐いていない。

 そうも思える。


 しかし、ここで少しでも付け入る隙を見せるべきではない。


「証言は正確にしてもらおう。その時のあなたは、落ちた被害者を直接見たわけではない。後姿とひるがえる髪を見ただけだ」


 マルテュスへの返答を避け、俺は逆に証言の訂正を求める。


「そうでしたわね。ですが、確かに目撃したものです。そこに嘘はありません」


 やはり、彼女の言葉には淀みが無い。

 しっかりと自分の証言に自信を持っている。


 彼女は本当に見たのかもしれない。

 被害者の後姿を……。


 だが、それはありえない光景のはずだ。

 この矛盾……不可思議さはどういう事だ?


 やはり、俺の直感は間違っているのだろうか?


「……フェアラート嬢」


 俺は静かにその名を呼ぶ。


「何でしょう?」


 落ち着き払った様子でマルテュスも応じた。


「あなたは確かに、事件を目撃したのだな? 間違いなく」


 俺はマルテュスの目を見据え、今一度訊ねた。


「何度お訊ねになられても、この証言を変えるつもりはありません」


 力強い一言だった。

 そこには、何の躊躇いも感じられない。

 彼女はさらに言葉を続け……。


「私は確かに言い争う声を聞き、そしてジェイルさんが落ちる所を見たのです。正確には後姿と髪のひるがえる所ですけれど。彼女の栗色の髪がバサリと……」


 不意に言葉を途切れさせた。

 その表情が、強張っていた。


 何だ?


「どうした?」

「いいえ、何も」


 次にそう答えた時、彼女の表情は落ち着いたものに戻っていた。

 しかし、今までなかったはずのやましさが、彼女に宿っているような気がした。


 その時だった。


「んんーーっ!」


 唐突にアリシャが声を上げた。

 口は封じられて喋る事はできないが、何かを伝えようとするかのような言葉にならない声が猿轡の内側から漏れ出ていた。


「アリシャ?」


 そちらを見る。

 すると、アリシャは頭を振って髪を派手に揺らし、こちらを強い眼差しで睨み付けていた。


 目つきが怖い……。


 何?

 怒ってるの?


 いや、違う。

 カインが不良学生と睨み合う時のような表情に見えたが、実際はしきりに眉を動かしているようだ。


「んんーーっ!」


 何だ、アリシャ?

 何を伝えたいんだ?


 髪を振り乱して、眉を動かし、声を上げる。

 それに何の意味がある?


「……実の所」


 そう言ったのは、いつの間にかアリシャの隣に移動していた兄貴だった。


「お前が何を伝えたがっているのか、それに関しては私も気付いている。立場が悪くなると言っているのに……」


 兄貴が言って、溜息を吐いた。


「悪いが、このままにしておくわけにはいかんな」


 そして、アリシャの目に目隠しの布を巻いた。


 ああ、アリシャ……。

 なんて姿だ……。

 まだ容疑者なのに、まるで護送される凶悪犯罪者のようじゃないか。


 そんな彼女の耳元に、兄貴は何かを耳打ちした。

 すると、アリシャは今までの様子が嘘のように大人しくなった。


 何を言ったんだ?

 兄貴。


 気にはなるが、今そちらに意識を費やしている暇は無い。


 改めてマルテュスへ視線を向ける。


「私は嘘を申していません。そして、事件について言える事もこれ以上ありません。ただ……」

「何だ?」

「ルイジさんは、家族思いの優しい方です。人を殺そうなどと、恐ろしい事を考える方ではありません。あなたがアリシャ様を信じるように、私もルイジさんを信じています」


 さきほどよりも語気は強くない。

 しかし、相変わらず彼女の言葉に淀みはなかった。

 きっとそれは真実だろう。

 少なくとも、俺はそれを信じられた。


「憶えておこう」


 答え、俺は小さく息を吐いた。

 さて……。


「カブッティール嬢」


 名を呼び、そちらに向く。


「何ですの?」


 不安を押し隠すような表情で、ルイジは訊ね返した。


「あなたの空白の一時間。それが事件と関係している可能性を俺は証明した。なら、今こそその一時間、あなたが何をしていたのか語ってもらいたい」


 俺が言うと、ルイジの顔色は明らかに変わった。


「俺は、その一時間であなたがジェイルの後頭部を殴打し、現場の偽装工作を行ったのだと思っている。違うというのならば、それを証明してもらおう」

「空白の一時間を……証明……」


 うわごとのように、ルイジは呟く。


「ワタクシは………ワタクシはその時間……」


 ルイジは焦っているようだった。

 顔を無数の汗が伝い、息が荒い。


 その様子だけでも、彼女が何かを隠している事はうかがい知れた。


 作る表情も、今にも泣き出しそうな情けないものだった。

 しかし唐突に、その表情が引き締まる。


 覚悟を決めた。

 そんな表情に変わる。


「……答えられませんわ」


 ルイジは毅然と答えた。


「そうはいかない。あなたの空白の一時間が事件に関係している。その可能性を俺は示した。なら、答えてもらう。そう約束したはずだ。答えられないならば、疑惑は一層増すばかりだ」

「疑いたければ、疑えばよいのですわ。だとしても、ワタクシはワタクシのプライベートをこの観衆の中で披露するつもりはありませんの。それが優雅で、高貴な人間の持つべき矜持であり、態度ですわ」


 硬さはあるが、それでも彼女は笑みを浮かべて答えた。


「答えるつもりはない、という事だな?」

「ええ。その通りですわ。たとえ貴人の申し出であったとしても、淑女の秘密には触れられぬものでしてよ」


 何を考えている?

 それでは、立場が悪くなるばかりだ。

 それでも秘匿するのは何故だ?


 言葉通りの理由からなのか?


「むしろ逆に、お訊ねいたしますわ。アスティ様は、ご自分の考えが本当に正しい事だと胸を張って言えますのかしら?」

「!」


 その言葉に胸が痛む。

 彼女の言葉は図星を衝いていた。


 俺は強引に自分の推理を押し進めていた。

 そしてその強引な推理に対して、確たる根拠が付随していない事にも気付いていた。

 だからこそ、彼女の言葉にすぐさま言い返せなかった。


「確かに、アスティ様の推理は理に適ったものではあるのでしょう。しかし、証拠がありませんわ。それならむしろ、実際に事件を目撃したワタクシ達の証言の方がまだ説得力はありましてよ」


 俺の態度に隙を見出したのか、ルイジはまくし立てた。


「それは……」


 反論できなかった。


 マルテュスは嘘を吐いていない、と俺は思っている。

 しかしそれを認める事は、マルテュスが確かに証言通りの光景を目撃したという事でもある。


 矛盾している。

 状況だけでなく、俺の考えまでも……。


 俺は自分で新たな可能性を提示しながらも、マルテュスの証言を信じようとしているのだ。


「やはり反論できませんか。できませんわよね。

 実の所アスティ様は、ご自分の考えすら信じておられないのですわ。

 ただただ、アリシャ様を無罪にしたいがために、口からでまかせをおっしゃっている。それだけなのですわ。

 でも、ワタクシは胸を張って主張できますわ。

 ワタクシは間違っていないのだと!」

「……くっ」


 そうまで言われ、反論できないでいると観衆がざわめき始める。


 何も答えなければ、ルイジの言葉を認める事になる。

 しかし、それでも俺は反論できなかった。


 だが、何か言わねば……。

 彼女の言葉を否定せねば。


 反論すべき言葉を考えろ。


 矛盾した状況。

 不可解な証拠。

 さながら二つの状況、二つの事件が実際に起こったかのようだ。


 ……いや、実際にどちらも起こったという事は考えられないか?


 ありえない光景を目撃した二人がいる。

 ありえないならば、何故それが目撃されたのか?


 ……もしかして、それも偽装工作か?


 ふと、ある疑問が頭を過ぎった。


 犯人が偽装工作をしたのは、何故だ?


 ジェイルを害する事が目的ならば、そんな事をする必要はない。

 水場で殴り、そのまま放置してもよかったのだ。


 偽装工作をしたという事は、誰かを欺きたかったからだ。


 その誰かとは、マルテュスなのではないだろうか?


 この偽装工作はアリシャに罪を被せるためだったのではないだろうか?

 そのために、マルテュスは目撃者に仕立てられた?


 それは十分にありえる話だ。

 ルイジが犯人だとすれば、その証言は虚偽であろう。

 しかしマルテュスが、偽装工作によって本当に被害者の後姿を見せられたのだとすれば……?


 その「被害者の後姿」を見せた方法はよくわからないが……。


 少なくとも今は、まだ望みを捨てる時ではない。

 矛盾を打破できる考えに至れたのだから。


「違う!」


 希望を見出した俺は、ようやくその一声を張り上げる事ができた。


「何が、違うというのです?」

「俺は、真実を求めているだけだ」


 俺は、アリシャを信じている。

 信じると決めている。


 だから、アリシャの語る言葉は真実だ。

 俺はその真実を求めている。


 アリシャが今まで、多くの人々を信じ抜いて真実を求めたように。

 俺もまた彼女を信じ抜いて真実へと辿り着いてやる。


「カブッティール嬢。あなたは、この事件と俺の主張が別の出来事だと思うか?」

「当然でしょう。殴られるのと落とされるのだけでも違うというのに、時間まで違うというのに。これで同じ事件であるなどという道理はありませんわ」


 俺は指を左右に振り、笑みを浮かべる。


「いや、そうでもない。この二つの事柄は、両立できるものだ」

「何ですって? なら、どうすれば両立できるのか、説明してくださるかしら?」


 ……そうだな。


「たとえば、殴られて気を失った被害者を二階まで運び、後姿をマルテュスに見せてから実際に突き落とした、とか……」


 思いついた方法を口にする。

 それなら、マルテュスに被害者の後姿を見せられる。


「それだと、被害者の傷が少ない事に関する矛盾が消えるが?」


 兄貴に矛盾を衝かれた。


「う……」

「ふっ。ワタクシが論破するまでもありませんでしたわね。それで、他に何かありますかしら?」


 うう……。

 何も思いつかない。


「だが、被害者が転落した事が事実であるなら、不可解な部分が出るのも事実だ」

「ですがアスティ様の言うワタクシの犯行は、あくまでも憶測でしかない。比べて、ワタクシとマルテュスさんの証言した状況ははっきりと目撃された事実ですのよ? どちらに信憑性があるかは、明らかではありませんか」

「だが……」


 言いかけ、しかしそれ以上言葉は出なかった。

 反論の言葉が、何も浮かばない。


 結局、そこに話が戻るのか……。


「少なくとも、今語られた根拠だけでは証明にはなりませんわね」


 ……俺の推理は、恐らく事実に近いものだろう。

 俺にはその確信がある。

 それは俺の直感によるものであるが、そうでなければ不自然な点が残ってしまうからでもある。


 しかし、それが正しいと証明する確かな証拠はない。


 実際に目撃された事柄以上の説得力はないのだ。

 証明する手段が、ないのだ……。


 くそ……。


 これ以上の進展は、望めない……。


 俺は両拳で台を叩いてうな垂れた。

 なんという無力で情けない男なんだ……。


 縋るように、レニスの方を見る。

 レニスは、メモ用紙をこちらに向けていた。

 涙を流す人間のイラストが簡素に書かれていた。


 どうやら、彼女もお手上げのようだ。


 何もない……。

 これ以上、進めない……。


 絶体絶命だ……。


 だが、本当に何もないのか……。

 ここまで粘って、それでもまだ届かないのか……。

 俺ではアリシャのように、誰かを救う事はできないのか……。


「そこまでなのか?」


 強い口調で問われる。

 顔を上げると、俺を見下ろす兄貴の眼差しがあった。


 その視線は鋭く厳しいものだった。


「そこまでなのか? と訊いている」

「兄貴に言われる事じゃない!」


 苛立ちから、怒鳴り散らすように返す。


「その通りだ。私は今、容疑者の罪を立証する立場としてここにいる。だから、私が口を出す事ではない」

「何が言いたいんだ? 兄貴」

「お前も見たはずだ。そして、それを伝えようとあの女は足掻いた。お前はそれに応えられないのか?」


 何を言っているんだ?

 あの女……アリシャが、俺に伝えようとした事?

 そしてそれを俺も見た?


「私が口にすべき事ではない。私の役目ではないからな。これを成すのは、彼女の弁護を引き受けたお前の役目なのだ」


 何かあるというのか?

 俺の気付いていない何かが……。


「喋りすぎたな」


 そういうと、兄貴は溜息を吐いた。


 思い出すんだ。

 何かを伝えようとしたアリシャの姿。

 そして、俺が今までに見てきた何かを……。


 それを考え、頭を極限まで回らせる。


 そして、俺はついに気付いた。


「眉……」


 アリシャはしきりに、眉を動かしていた。

 そして俺は、ルイジがたじろいだ時に見たのだ。

 彼女の眉を……。


 の眉を!


 これが違和感の正体だ。

 金髪であるはずの彼女。

 しかし、何故か眉の色は栗色だった。


 つまりそれは……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 兄王子、これで公平とか公私混同しないとか言うのは無理がある
[一言] 兄王子に何か思惑がありそうですが、独りよがりで誰も幸せにならない茶番ですね。もし、何の思惑もなくこれが茶番とも気付いていないのであれば兄王子こそ口を塞いだ方がいい。
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