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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命悪役令嬢2
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五話 切り取られた時間

「さて、そちらに提示できる証拠、もしくは反論はあるか?」


 兄貴はそう、俺に問いかけた。


「証拠も反論もない」

「では、容疑者の犯行を認めるという事か?」


 兄貴は怪訝な表情で訊ね返した。


 アリシャの様子をうかがう。

 その目は、不安に揺れていた。


 俺は兄貴に向き直り、言葉を発する。


「いや、認めない。証拠も反論もない。しかし、一つ証人に聞いておきたい事がある」

「何でしょう?」


 マルテュスが答える。


「証言を求めたいのは、フェアラート嬢ではない」


 そう、マルテュスではないのだ。

 俺が証言を求めたいのは……。


「カブッティール嬢。あなたに、訊きたい事がある」


 名指しされ、ルイジが少しだけたじろいだ。

 しかし、ぐっと表情に力を込めて応じる。


「ワタクシに? 構いませんわ!」


 力強く答えるが、本当に大丈夫なのか?

 先ほどの様子を思い出すと、少し心配になる。


 現に今も、足が生まれたての仔鹿のようにガクガクと震えているし。


「大丈夫なのか?」


 兄貴は気遣ってそう訊ねる。


「ええ。大丈夫ですわ! 何でもお訊きになってくださいまし!」

「では訊こう」


 できるだけ威圧的にならないよう、気をつけて口を開く。


「あなたは、放課後にフェアラート嬢と一緒にいた。間違いないな?」

「ええ。ご一緒していましたわ」

「そして、フェアラート嬢よりも先に下校した」

「ええ。門限がありますの。貴族令嬢たるもの、門限は守りませんとね」

「良い心がけだな。しかし、今俺が聞きたいのはそこではない。フェアラート嬢は、その一時間後に下校している。そしてその途中で、事件に遭遇した」

「ええ。そのようで」


 ルイジは平然とした様子で答えた。

 気付いていないのだろうか?

 これがどれだけおかしな事か。


「その事件現場で、あなたはフェアラート嬢と同じく事件を目撃した」

「ええ、それが何か?」

「事件が起こったのは、あなたとフェアラート嬢が別れた一時間後だ」


 ルイジの表情があからさまに青くなった。

 気付いたようだな。

 自分の言った事のおかしさに。


「門限を理由にフェアラート嬢と別れたはずのあなたが、どうして一時間もの間学園に留まっていたのか! それを説明してもらいたい」


 そう、マルテュスが帰った時間は、事件と遭遇した時間とほぼ同じだ。

 そして、ルイジが先に帰ったのがその一時間前。

 しかしルイジは、その一時間後の事件現場でマルテュスと再会している。


 つまりルイジは、その一時間の間ずっと学校に留まっていた事になる。

 その時間は明らかになっていない、空白の時間だ。


「さぁ、答えてもらおうか」

「プ、プライベートですわ。訊かないでくださいまし」


 何でも訊けといったじゃないか。


「そうはいかない。これは人一人の名誉と人生をかけた議論だ。答えてもらおうか」

「えーと、ほら、貴族令嬢と言っても年頃の娘だし……。ちょっとハメをはずしたい時とかあるじゃないですか」


 焦っているのか?

 少し口調が変わっているぞ。

 目も泳いでいる。


 と思っていると、彼女は深呼吸した。

 そして、改めて姿勢を正した。

 口を開く。


「アスティ様は、ワタクシが犯人だとお疑いになっているのでしょうか?」

「……まだ、それを判断する段階にないと思っている」


 少し迷い、俺はそう答えた。


「しかし、不透明な部分は極力無くすべきだろうとも思っている」


 なるほど、とルイジは頷いた。


「でしたら、ワタクシがその一時間の間に何をしていたのか……。それを明らかとしても意味はない、と反論させていただきますわ」

「どういう意味だ?」

「事件が起こったのは、マルテュスさんが帰ろうとした時ですもの。ワタクシの空白の時間に起こったわけではありませんわ」


 むっ……。

 確かにそうだ。


 マルテュスの証言でもそれは明らかになっている。


 二人の証言によれば、ジェイルは二階から突き落とされている。

 その場面を二人は、別の角度から同時に目撃していた。

 ならば、事件は間違いなくその時間に起きたのだ。


 ルイジの空白の時間に意味はない。

 重要なのは『事件発生時に誰が何をしていたか』なのだから。


「ワタクシ、事件と関係のない事まで喋るつもりはございませんの。たとえ、疑われるような事になろうとも。どうしてもこの空白の時間の事を知りたければ、それが事件に関係あると証明してくださるかしら」

「彼女の言い分はもっともだと思うが?」


 兄貴が問う。

 俺はそれに「そうだな」と頷き返した。


「訊きたい事は以上でございましょうか?」


 どうだろう?

 これ以上、彼女に証言を求める事は意味がないのだろうか?


 ……いや、意味はある。

 意味があるはずだ。


 根拠はない。

 しかし、俺の直感が言っているのだ。

 ここで彼女を逃してはならない、と。


 最初の尋問の時は、漠然とそれを感じ取るだけだった。

 しかし、今はわかる。


 これは……嗅覚、だ。

 彼女からは、何かがにおう。

 物理的なものでなく、直感的な嗅覚が反応している。


 俺は彼女に、不穏なにおいを感じていた。

 彼女は何かを隠している。


 しかし……。

 それを明らかとするには、どうすればいいのか……。


 具体的にどうすればいいかわからないが、とりあえず何か言っておいた方がいいだろう。

 少しでも現状を変えるためにも。


「……いや、まだ答えてもらいたい事がある」

「何でしょう?」


 本当は、空白の時間以外に何も答えてもらいたい事などない。


「えーと……そのドリルはセットが大変だろう……?」


 だから本当に何の意味も無く、なんとなくそう訊ねた。


「え、は、はい。そうですわね……」


 ん?

 妙に動揺している?


「そうだろうな。大変そうだ。……指で巻くと、自然にその形になったりする、か?」

「……さぁ、試した事はございませんわ」

「アリシャは……指で巻くとすぐに小さなドリルになるんだが」

「そうなんですか……」


 アリシャは髪を巻けば巻くほど攻撃力が上がる気がするからな。

 不機嫌そうな時に目の前で、新たなドリルを創造されると少し緊張するのだ。

 何を言われるか、と思うとプレッシャーがすごい。


「適当な話題で時間稼ぎするのはやめろ!」


 兄貴に叱られた。


「ああ――」


 謝ろうとする。

 が、その前にレニスが俺の前へメモを置いた。


 認めてはいけない。


 書かれていた文字を読む。


 そうだな。

 認めてしまっては、ここで議論が終わってしまう。


 それはいけない。

 みっともなくとも、どうにか時間を稼がねば……。


 時間が稼げれば、その間に妙案が浮かぶかもしれない。


 俺は、台を強く叩いた。

 強い眼差しで兄貴を見据える。


「ん……」


 兄貴はそれに負けじと鋭い眼差しを返した。


 見詰め合う俺と兄貴……。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙が、兄貴の台を叩く音で終わる。


「トレーネ嬢を真似して時間を稼ぐのはやめろ!」


 バレたか……。


 くそっ。

 考える時間を確保するためだったのに、兄貴との眼力対決に夢中で何も考えられなかった。


「もう、何も反論はないと見ていいか? これ以上、議論が停滞するようならばもう終わりにするぞ」


 それはいけない。

 それはいけないが、兄貴の声に怒気が混じり始めている。


 下手な時間稼ぎをすれば、すぐにでも議論が終わりそうだ。

 あまり適当な事は言えない。


 ただ……。

 さきほどの適当な話題に、何故かルイジは動揺していたように思える。

 何故だろう?


 あの様子を思い返すと、あながち意味が無かったとも言い切れない、か。


 そんな時だった。

 講堂の扉が音を立てて開かれた。


 全ての視線が、そちらへと向けられる。

 そこには、現場を調べに行っていたアオイの姿があった。


 アオイは緑色の布に包まれた、何かの物品を持っていた。

 人の頭ほどある大きさの何かだ。


「アタラシイショウコをミツケマシタ!」


 それを掲げ、アオイは声を上げた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 兄王子が本気なのかが気になります [一言] わざと兄王子にヘイトを貯めてるんじゃないかと思うくらい、主人公に対しての酷い扱い 過去の意趣返しにしても反論を許さず、物理的に口を封じるとか…
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