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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命悪役令嬢2
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二話 衝撃の目撃者

「しかし、いつの間に聴取を行った?」


 俺は兄貴に問いかけた。


 アリシャの自己弁護を禁じる旨の申し入れ。

 それに対する賛成意見はいつ集められたのか。


 事件が昨日起こったのならば、その時間はあまりにも少ない。

 それも俺が知らないという事は、アリシャに悟られぬよう関係者に情報を伏せていたという事だ。


「申し入れは昨日、事件が発覚してからほどなくして目撃者よりあった。意見聴取は今日の午前中、生徒会の人間によって秘密裏に行われた」


 聴取については、兄貴が自主的に集めたという事か……。


 なら、申し入れの可否について、兄貴は生徒達にわざわざ問うてくれたわけだ。

 一応、アリシャの事を慮ってくれたと見ていいのだろうか。


「もう一つ聞きたい。弁護するにあたって他の人間を同席させてもいいだろうか?」

「……一人くらいならば構わないが」

「なら、プロキュール嬢に助っ人を頼みたい」


 ルー・プロキュール。

 彼女は学生でありながら、現役の検事でもある。

 この状況で協力を仰げれば、とても頼りになるだろう。


「彼女ならいないぞ」


 兄貴は即答する。


「何……?」

「彼女はこの学園の生徒であるが、司法局に属する現職検事でもある。司法局で会議があるらしく、そちらに出席しているそうだ」


 くっ……なんて間の悪い。

 が、仕方がない。


 そんな時である。


 服の裾を引かれた。

 裾を引いていたのは、レニスだった。


「どうした? トレーネ嬢?」


 問うと、レニスはこちらに向けていた顔をそらした。


「?」


 彼女が何を言いたいのかよくわらかない。


 アリシャは、こんな彼女と意思疎通を図る事ができるが……。

 どうやっているのだろう?


 不意に、レニスは小さなメモ用紙を取り出して、そこに鉛筆で文字を書きつけた。


 私もお手伝いしたいです。


 と、小さな文字で書いてあった。

 彼女もアリシャのために何かしたいのだろう。


「ボクは、ゲンバをミテキマス」


 アオイもそう申し出る。


「わかった。お願いする」


 今、こちらにはあまりにも情報が不足している。

 少しでも情報がほしい所だ。


「なら、憲兵も同行させるように」

「ワカリマシタ」


 兄貴に言われて素直に頷くと、アオイは憲兵を連れて講堂を出て行った。


「では、始めようか」




 俺とレニスが台に着き、向かい側の台に兄貴が着いた。


 しかし……。


 チラリとレニスに視線をやる。


 このコミュニケーションを取る事が難しい令嬢と上手くやっていけるだろうか?

 不安である。


 この議論に、失敗は許されない。

 何せ、アリシャの今後を大きく左右するものであり、場合によっては死に至るからだ。


 アリシャは中央の、ここからは少し離れた場所にいる。

 衛兵二人に挟まれる形で椅子に座らされていた。

 手は枷で拘束されている。


 しかし……。

 アリシャの補助としてここへ立った事はあるが、弁護人として立つと心情も違ってくる。

 アリシャはいつも、こんな緊張と心細さの中で戦ってきたのか……。


「まず、事件の詳細について語ろう」


 そう言って、兄貴は状況の説明を始める。


「事件が起こったのは、昨日の午後六時の事だ。現場は校舎内の階段。被害者は二階から、階段へと突き落とされたとの事だ」


 ……前にも、同じような事件があったな。

 くっ……苦い記憶だ。


「被害者は一階と二階の間にある踊り場へ転落。壁へ寄りかかるようにして、意識を失っていた。その時の現場の様子がこれだ」


 そう言って、兄貴は兵士を介して一枚のスケッチをこちらへ渡した。


 スケッチは踊り場を描いたと思しき物で、壁に寄りかかったジェイルの姿があった。

 ジェイルは手足を投げ出した状態で壁にもたれかかって座り、顔は俯けていた。

 顔は見えない。


 だらりと投げ出された右手には、白い布が握られている。

 これはジェイルがいつも愛用しているスカーフだろうか。

 首に何も巻いていないという事は、その可能性が高い。


「後頭部に打撲痕と出血を伴う裂傷があり、これは壁へ打ち付けられてできた物だと思われる。これがジェイルの意識を奪った原因である事は間違いない。他にも足にいくつかの擦過傷を確認しているが、これは階段を転がった時にできたものだろう」

「……擦過傷は足だけにあったのか?」

「……そうだな。彼女の服装は素肌の露出が少ない。露出していたのは、スカートだった脚部ぐらいだ。かかとももの裏側等に傷は集中している。突き飛ばされた際、階段で擦られるように接地したのかもしれないな」


 なるほど。

 だから、足にだけ擦過傷がある、か。


「それから、どういうわけか手にしていたスカーフは濡れていた」


 濡れていた?

 何故だろうか?


 事件に関係あるのかすらまったくわからない。

 判断材料に乏しい今、考えるべき事ではないのかもしれないな。


「彼女の状況はわかった。それで、アリシャが容疑者であるという根拠は?」


 このスケッチには、その根拠となるものは何も描かれていないように見える。

 これだけでアリシャを犯人と断定する事はできないはずだ。


「さっきも言ったように、目撃者がいる。次は、その目撃者に証言してもらおうか」


 カブッティール嬢。

 と、兄貴は聞き覚えのない名を呼ぶ。

 それに呼応し、一人の女子生徒が俺と兄貴の間へと歩み出た。


 ん……。

 彼女の容姿に、俺は戸惑いを覚えた。


「彼女がこの事件の目撃者。ルイジ・カブッティール嬢。男爵家の令嬢だ」


 そう紹介された彼女は、ドリルに巻いた煌びやかな金髪が特徴的な少女だった。

 体は細身であり、身長も低い方である。

 ただ、化粧がとても派手だった。


「うーん……」


 思わず、唸ってしまった。

 何と言うのか……。


 似ているな、いくつかの個性が。


 そう思い、俺はアリシャとルイジを見比べた。


 アリシャは厚化粧ではないが……。

 ……あとルイジの方が若干、肉付きが良いかな?

 ある部位に関して、残酷なまでの差がある。


「どこをじっと見ているんです?」

「いや、なんでもない」


 スッと目を細めたアリシャに問われ、俺は答えた。


 相変わらずあの目で見られると怖いな。


「本当ですか?」


 執拗に問われる。


 俺は何故、今追求されているんだ?


 ルイジはさりげなく胸を隠すように腕を組んだ。


 ほら、そんな事を言うからあらぬ疑いをかけられたじゃないか。


「本当だ。ただ、違いを探して見比べていただけで」

「結局見ているんじゃないですか! やらしー! 王子、やらしー! 最低!」

「いや、誤解だ」

「お前らいい加減にしろ」


 兄貴が台を叩いて怒鳴り、俺達は黙った。


 気を取り直し、兄貴はルイジに「どうぞ」と手を差し出した。


「紹介に挙がりました。ワタクシはルイジ・カブッティールという者ですわ。不肖このワタクシが、この目で見た全てをしっかりと余す事無く証言させていただきますわ。オホホ!」


 この令嬢……!

 いろいろと被っている部分はあるが、総合的にアリシャより濃い気がする。


「実はワタクシ、アリシャ様とは同じクラスですのよ」

「見た事がないのだが?」


 彼女を迎えに行く際、度々教室の中を覗いたが彼女を見かけた記憶はない。

 このインパクトの強さだ。

 見逃すなどという事はないはずだ。


 知っているか?

 と、アリシャに目配せするが、彼女も戸惑った様子で首を横に振った。


「それはワタクシの有り余る存在感に、王子が目を眩ませてしまっているからですわ」


 とんでもない事を言っているな。

 彼女の証言は大丈夫なのか?


「では、答えてもらおう。あなたは何を見たというのだ?」


 俺はルイジに問いかける。

 すると彼女は……。


「全て、ですわ」


 と自信満々に言い放った。


 その意図する所を図りかねていると、彼女はさらに続ける。


「アリシャ様が如何にしてジェイル様を突き落としたか……。その衝撃的な犯行の一部始終をワタクシ、このまなこで見ていたのですわ」


 自らのブラウンの瞳を指しながら、ルイジは言った。


「何だと?」


 全てを見ていた……。

 それが本当なら、決定的な証拠となるだろう。


 だが……。

 アリシャはそんな事をしない。

 俺はそれを信じている。


 なら、彼女の見たというものは間違いだという事になる。


 必然的に、彼女の証言のどこかにはおかしな部分があるという事になる。


 アリシャはいつも、相手の証言の中にあるそのわずかな隙をいつも突き崩してきた。

 それが現状の打開に繋がる場面は幾度もあった。

 反論によって、矛盾を暴き、新たな事実を得るのである。


 なら、俺も彼女に倣ってそうするべきだろう。

 それが彼女を助けるための唯一の方法だ。


 しかし、俺にそのわずかな隙を見つけ出す事は難しいだろう。

 だから、俺にできるやり方で挑む事にしよう。


 アリシャ曰く、ここぞという時に台を叩いて威圧するのが効果的だという話だったか……。

 それを思い返し、ルイジを睨みつけた。


 ルイジは若干たじろいだが、涼しい顔でそれを受け止めた。


「あれは、午後六時頃の事でしたわ――」


 俺は台を強く叩いた。

 その大きな音に驚き、ルイジの口から「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。


「それは本当に午後六時頃に間違いないのだろうか?」

「ま、間違いありませんわ……多分。……それで、その時に私は一階の廊下を歩いていましたの――」


 再び台を叩き、念を押すように質問を投げかける。


「本当に一階の廊下を歩いていたのだな?」

「は、はひっ。時間も時間でしたので、人気ひとけもない一階の廊下を一人で歩いていました。……階段の前に差し掛かった時に言い争う声が聞こえて――」


 もう一度台を叩く。


「本当に言い争っていたのか?」

「言い争っているように聞こえました! ……それで、二階からジェイルさんが転がり落ちてきて――」


 台を叩く。


「本当に転がってきたのはジェイルだったんだな?」

「ジェ、ジェイルさんでしたよ……。踊り場の壁にぶつかって、そのまま動かなくなってしまいました。間違いありません。その後、アリシャ様が二階から一階に駆け下りてきて、ジェイルさんの様子を一瞥するとそのまま逃げて行ったんです!」


 台を叩く。


「それではアリシャが犯人のようではないか!」


 俺が声を張り上げるのと同時に、兄貴が台を叩く。


 いひぃ、とルイジが小さな悲鳴を上げる。


「手当たり次第に威圧するんじゃない!」


 兄貴に叱られた。


「可哀想に、カブッティール嬢が完全に萎縮しているではないか」


 言われてみると、確かにルイジは怯えているように見えた。


 先ほどまでの威勢が嘘のようである。


「だ、ひぐっ……大丈夫ですわ……。ぜんっ、ぜん、萎縮など、ぐしゅ……、しておりませんわ。ワタクシ、は、高貴な、令嬢ですっもの……」


 全然大丈夫そうには見えない。


 本当に可哀想なほど萎縮している。

 今にも泣き出しそうじゃないか。


 情報を求めて必死だったために、やりすぎてしまったようだ。


「申し訳ない」


 その様子には、自然と謝罪の言葉が出るほどだった。


「べ、別に何も萎縮などしておりません事よ」


 明らかな嘘である。

 どうやら、先ほどまでの自信満々だった様子も虚勢だった可能性が高い。


「カブッティール嬢。少し休んでいるといい」

「平気、ですわ……!」

「そうだな。それはわかっているとも。だが、証言は十分だ」


 兄貴まで優しく労わるほどの萎縮ぶりである。


「だったら、私がいつまでもここに留まるわけにもいきませんわね」


 あからさまにホッとした表情で、ルイジは了承した。

 証言の場から離れる。


 本当に申し訳ない事をした。


 ……しかし、しまったな。


 もっと詳しく証言を聞きたかったのに。

 今はまだ、あまりにも情報が足りない。


 何より……。

 彼女からは何か……。


 できるならもう少し、彼女に話を聞きたい。


 だが、もうその機会を得る事は難しいかもしれない。

 ならば、今の証言をからえた情報を上手く活用すべきなのだろうが……。


 どうしよう……。

 威圧する事に夢中で、実の所さっきまでの証言が殆ど頭に入っていない。


 とはいえ、もう一度彼女を呼び戻すのも可哀想だ……。


 と、その時。

 すっ、と台の上に一枚のメモ用紙が滑らされた。

 俺の前に置かれる。


 それを置いたのは、レニスだった。


「これは……」


 彼女の寄越したメモ用紙には、先ほどルイジが証言した内容が書き記されていた。


 とても助かる。


 レニスを見ると、彼女は俺に対して強く頷いた。

 自然と口元が緩む。


 きっと、アリシャを助けたいという気持ちは同じだ。

 なら、何も不安に思う事などなかった。


 彼女はこの議論において、一番信頼の置けるパートナーだ。

 没シーン。

「どうやら、僕の出番のようですね」

「お前は……! アリシャ目当てに最近積極的に登校し始めたテクニカじゃないか!」


 ちなみに、一応テクニカくんは講堂内にいます。

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