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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
番外編
51/74

絶体絶命婚約令嬢 前編

 番外編です。

 舞台は絶体絶命第二王子から数ヵ月後。

 他人から見たアリシャの話になります。


 改稿しました。

 周囲には、疑念があった。

 周囲には、憤怒があった。

 周囲には、侮蔑があった。

 周囲には、嘲笑があった。


 私を見る全てが、私へ悪意を向けていた。


 どうして?

 私は犯人じゃないのに……。

 私は何もしていないのに……。


 悔しい……。


「どうして……。どうして、私を信じてくれないの……」


 精一杯、振り絞った声はあまりにもか細く、目尻からは涙が滲んだ。


「それは、あなたが証明しないからですよ」


 その毅然とした言葉は、それまで私を取り巻く全ての暗雲を晴らすかのようにホールへ響いた。


 声を発したのは、一人の小柄な少女。

 他国の王子に同道した婚約者。


 その名前は……。


「だから、証明しましょう。あなたが罪を犯していないというのなら、私はそれを手伝います」


 そう言って、彼女……。

 アリシャ・プローヴァは不敵な笑みを浮かべた。




 私の名前は、シージャ・インビシティ。


 このト・アール国の公爵令嬢である。


 今日は、王城でパーティが行われていた。

 他国の人間を招いた、社交パーティである。


 会場は王城内のホール。

 この国の最高権力が有する最高峰の空間。

 しかしこのホールの華美な調度も意匠も、私の興奮を呼び起こす物ではなかった。


 久しぶりにあの方と会える。

 その喜ばしさ。


 それだけが、私の胸に隠し切れぬ高鳴りを与えてくれるのだ。


 控え室でこの日のためにあつらえた桃色のドレスに袖を通す時も、嬉しさから胸は躍っていた。

 しかし、今はその比ではない。

 内側から叩くように、鼓動は忙しなく音を立てている。

 それほどに、私はあの方と会える事に喜びを覚えている。


 その方の名は、リューゲ・ト・アール王子……。

 私の愛おしい婚約者。


 最近、あまり会いに来てくださらないので、寂しく思っていたけれど。

 今日は、久しぶりに会う事ができる。


 それがとても嬉しいのだ。


 ホールに入るとまず玉座の陛下に挨拶し、他の知り合いとも挨拶を交わすためにホール内を巡った。

 王子はまだ、ここに来ていないようだった。


 そんな時だった。

 新たな参加者の来訪を入り口の係員が告げた。


「トレランシア国。アスティ・N・トレランシア殿下。アリシャ・プローヴァ様。到着」


 見れば、男女の二人組が入り口からホールへ入ってくる所だった。


 男性……恐らくアスティ様であろう。

 彼は体格に恵まれていた。

 それは生来のものであろうが、服の張り方からそれだけでない事がわかる。

 ただ恵まれるだけでなく、鍛える事にも余念がない事をうかがえた。

 髪の赤は炎のようで、体格に相まって攻撃的な印象を受ける。

 さながら、神話に語られる軍神を思わせるかただった。


 他国のパーティであるため控えめないでたちであるが、それでも彼自身の存在感はとても強く、自然と目を惹かれるほどだった。


 その隣を歩くアリシャという方は小柄で、アスティ様と並び立つとその小ささが際立つ。

 まるで子供のように見えるほどだ。

 アスティ様と並び、ホールへ入ってきたという事は婚約者かもしれない。

 彼女は彼女で、アスティ様とは別の意味で存在感があった。


 アリシャ様の髪型は、確かドリル……。

 トレランシアで流行っている独自の髪形だったはず。


 アスティ様の隣に居ながらもその存在感に負けていないのは、その一点の奇があるからだろう。

 金色のドリルというものは、とても綺麗でよく目立つ。


 その奇抜な髪形は元々、ドリル・ホリス・スーム伯爵夫人が好んでセットしていた髪形で、それは自分の境遇に対しての反抗を意図した物だったとか。


 彼女も、何かに反抗の意思を示しているだろうか?

 それとも、アスティ様の存在感に紛れぬようあえて目立つ髪形にしているのだろうか?


 どうやら彼女自身はこの場で緊張しているらしく、表情が硬い。

 歩幅も小さいが……それは小柄だから元々なのかもしれない。


 アスティ様もそれには気付いていて、手を取って引こうとしている。

 が、途中まで手を伸ばして引っ込めてしまう。

 そんなアスティ様の仕草に、アリシャ様は気付かなかったようだ。


 その様子から、どことなく二人の力関係が垣間見えた気がする。


 王子殿下は婚約者への対応に、アリシャ様はこの場所に、お互い馴染めず。

 どちらとも、別の理由から緊張してこの場に立っているようである。


 そして、恐らくアスティ様は婚約者に強い好意を寄せている。


 素敵な関係……。


 私は両者から視線を外した。


 その視線の先に、私は見知った顔を見つけた。

 壁際に設置された椅子に座る彼女へ、私は近づいて声をかける。


「ラティオ」

「……シージャ」


 名を呼ぶと、彼女は私を見上げた。


 彼女はラティオ・アシスタ。

 私の友人……。


 黒に近いブラウンの髪をした細身の少女だ。

 性格は活発で能動的。

 そんな彼女はいつも動きやすい服を好んで着用しているが、今日は白いドレスを着ていた。


「あなたも来ていたのね」

「ええ……」


 短いやり取りを経て、会話が途切れる。

 その沈黙に私は、居心地の悪さを覚えた。


 いつもなら、何を考える事もなく会話は弾む。

 話す事は尽きる事無くあって、意味のある事も意味のない事も口を吐いて出てくる。

 サンドイッチの中身について四時間語り合った事もある。

 あれは楽しかったが、本当に中身のない話だった。

 サンドイッチの中身の話なのに中身がないというのもおかしな話だ。


 だというのに……。

 それが今日は、あまりにも難しい。


 彼女を目にした時、自分がどんな表情を作っていたか。

 ……そんな事を気にしてしまった。


 彼女は私の大事な友達。

 それは紛れもない事実。


 家にこもり、本ばかり読んでいた幼い私に外へ出る楽しさを教えてくれた大事な友人だ。

 私にとっては、唯一無二の存在と言ってもいい。


 なのに今日は、彼女と普段どおりに接する事が難しい。


「……元気がなさそうね」


 何を言おうか迷い、彼女の今の様子を話題に上げた。


 今の彼女は普段よりも元気がない。

 それは彼女の今の表情にも現れている。


 彼女の目の下は腫れていて、表情もやつれている。

 目の腫れは泣いたからだろうか?

 やつれて見えるのは、食事が喉を通らないから?

 肌も荒れていて、栗色の毛も痛んでいるように見えた。


 彼女は今、大きな悲しみを抱えているのかもしれなかった。


 ……何を悲しむ事があるのだろうか?


「ちょっと、ね」

「そう」


 ふと、ある事に気付く。


「ロケットはどうしたの?」


 いつも、彼女が身に着けているロケットがなかった。

 普段は襟元から首にかかる鎖が覗いているのに、今日は見えない。


「ええ……。あなたは相変わらず、そういう事にすぐ気付くのね」


 意識した事はないけれど、私はそういう変化や違和感などの細かい事によく気がつくらしい。

 よく目敏いと言われる。


「ちょっと、今日は身に着ける気にならなくて……」

「訊いても、良い事?」


 彼女は、あえて事情を話さなかった。

 訊かれたくない事なのかもしれない。


 そう思ったけれど、あまりにも彼女が落ち込んでいたので少し強引に訊ねた。


 ラティオは躊躇している様子だったが、やがて答えてくれた。


「ペロが、死んじゃったの」


 私は納得した。


「ペロちゃんが……」


 ペロちゃんは、ラティオが飼っていた犬だ。


 ふわふわな毛並みの大型犬で、彼女はそれをとても可愛がっていた。

 その可愛がりようは、ロケットに姿絵を入れて肌身離さず身に着けているほどだ。


 本来、ロケットに入れる姿絵という物は何でもよいのだが……。

 今社交界ではロケットの中に好きな人の姿絵を入れて、誰にも見せずにいるとその人物と恋仲になれるというまじないが流行っている。


 ラティオはそのまじないが流行るよりもずっと前から、それこそ幼い頃からロケットにペロちゃんの姿絵を入れていた。


 まじないに関係ないのだから見せてしまっても問題はないのだが……。

 しかしこの流行が同年代の女子に強く定着しており、誰にも見せないようにしていた。


 見せてしまえば……。


 え? 犬?

 ラティオの好きな人は犬なの?

 道ならぬ恋ね。

 背徳的だわ。


 というような事を思われそうだからである。

 なので、その中身を知っているのは幼馴染の私だけだろう。


 ロケットを着けられない理由が、なんとなく理解できた。


 いつでもそばに居られるようにと、持っていたロケットだが……。

 今は逆に、本物のペロちゃんとはもう会えない悲しみや虚しさを実感してしまうのだろう。


「悲しい事ね」

「ええ、本当に……」


 ラティオは笑顔を作ろうとする。

 目尻に涙を滲ませ、無理やりに作った笑顔はとても不自然で痛々しいものだった。


 そんな彼女に、どんな言葉をかければいいのか。

 元気付けるために必要な言葉という物が、私には思いつけないでいた。


「やあ、ラティオ」


 声をかける人がいた。

 見るとそれは……。


 私の婚約者、リューゲ様だった。


「リューゲ様」

「ああ、シージャか」


 リューゲ様は私を見てそう言う。


「は、はい。お久しぶりです」


 言葉を交わす事も久しぶりなので、緊張から声が上ずる。


 リューゲ様は、視線をラティオへと戻した。


「……これは、リューゲ殿下。ご機嫌麗しゅう」

「君はあまり、元気ではなさそうだね」


 挨拶するラティオに対して、リューゲ王子は気遣いの言葉をかける。


「ええ。少し、気分が優れないもので……」

「それはいけない。控え室に戻ったらどうだい? 送ってあげるよ」


 パーティの参加者には、それぞれ控え室が用意されている。

 確かに、今は一人で心を落ち着けた方がいいのかもしれない。


「それは……」


 ラティオは、リューゲ様の申し出に躊躇いを見せた。


「そうしてもらえばいいわ」


 そんな彼女に、私は言う。


「シージャ……」


 彼女は私を見て、小さな声で私の名を呟いた。


「……わかった。殿下、エスコートをお願いします」


 ラティオは私に答え、王子を頼った。


「ああ。任せたまえよ」


 リューゲ様は素敵な笑みを浮かべると、ラティオの手を取ってホールから出て行く。


 そんな二人を見送る。


 私は今までラティオが座っていた椅子に、座り込む。

 顔が自然と俯けられる。


 ……ホールに入った時の興奮が、いつの間にか醒めていた。


「大丈夫ですか?」


 気遣うような声がかけられる。


 今度は、立場が逆ね。

 とそんな事を思いながら、私は顔を上げる。


 さほど顔を上げなくてもいい位置に、彼女の顔はあった。


 彼女はさっき、トレランシア国の王子と一緒に入場した……。

 ドリルが印象的な婚約者のかただ。


「……はい。大丈夫です」


 答えるが、心配そうな彼女の表情が和らぐ事はなかった。

 疑っているのだろう。


「そうですか? あ、ウエイターさん。何か飲み物をください」


 彼女は近くを通りかかった給仕から、グラスに入ったジュースを二つ受け取った。

 一方を私の方へ差し出す。


「どうぞ。少しは、気分も落ち着くでしょう」


 大丈夫だと言ったのに……。

 きっとその言葉とは裏腹に、私の様子はそう見えなかったのだろう。


 私は今、どんな顔をしているのか……。


「ありがとうございます」


 礼を言って、私はジュースを受け取った。

 甘い香りのする、ぶどうのジュースだ。


 私は一口、ジュースを飲んだ。

 おいしい。


 少し、気分が落ち着いた。


 ……そうか。

 落ち着いたという事は、今までの私の心は落ち着いていなかったのか……。

 きっと強張っていたのだろう。

 それが解れたからこそ、実感できる。


「ありがとう」


 もう一度、私は礼を言った。


「礼には及びませんよ」


 彼女は笑顔で答えた。


 不思議な相だ。

 彼女の目つきは鋭く……。

 瞳の色もアイスブルーで、威圧的な印象を受ける。

 なのに、彼女と相対しても恐ろしさは感じない。

 それはメイクでそう見せている部分もあるが、きっとそれだけではない。

 多分、作る表情で威圧感が打ち消されている。

 彼女は目つきの鋭さを緩和できるほどに、表情が柔らかいのだ。


「トレランシアの方ですよね?」

「知っていたんですか?」


 訊ねると、彼女は小さく驚いた。


「その独創的な髪形はトレランシア特有の物です」


 本当は、来場した際の紹介で知っていたが、私はそう答えた。


「あなたのドリルは、アレンジスタイルですね」

「え? そうなんですか?」

「本来のドリルは、前方に一本突き出すような形だったそうですから」


 最近読んだ、「ドリル・ホリス・スーム夫人の生涯」という伝記に書いてあった。

 対面した者を威圧する、とても攻撃的なスタイルである。


「うわぁ、尖ってる……。元々、そんな昭和ヤンキーみたいな感じだったんですか?」


 訊き慣れない単語が……。

 ショウワヤンキーとはいったい?


「あ、いや何でもないです」


 トレランシア特有の単語だったのかもしれない。

 彼女はそう訂正した。


「アリシャ・プローヴァと申します。『夜露死苦よろしく』」

「?」


 これまた、聞き慣れない言語で何か言われた。


「……いえ、忘れてください。一応、アスティ王子の婚約者です。よろしくお願いします」

「私はシージャ・インビシティと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 私は名前だけを告げた。

 彼女のように、自分が王子の婚約者だと告げる事はできなかった。


 どうしてか……。


 その理由を言葉にできない。

 いや、考えたくないのだろう。


 私は本当に、王子の婚約者なんだろうか……。


 私は……。


「あっ……」


 アリシャ様が、声を上げる。

 私は、ジュースのグラスを取り落としていた。


 ジュースが桃色のドレスを汚し、グラスが床に叩き付けられて散った。

 高い音が響き渡り、一時注目を浴びた。

 しかし、それも音の正体を知れば、すぐに視線は背けられた。


「お怪我は?」


 給仕の人間が、速やかに近寄り訊ねる。


「大丈夫です」


 答えると、給仕は割れたグラスの掃除を始めた。

 他の給仕も集まり始める。


「着替えた方がいいですね」

「え?」


 アリシャ様の言葉に、私は声を漏らす。


「染みになりますよ」


 そう言って、アリシャ様は私のドレスにできた紫の染みを指した。

 不思議と、そこに考えが至らなかった。


「そうですね。着替えてきます」

「ええ。その方がいいと思います」

「失礼します」

「もし……」


 背を向けると、彼女が呼び止める。

 振り返る。


「よろしければ、戻ってきたらまた話し相手になってくれませんか? ……アスティが知り合いと話し込んでしまって、退屈なんです」

「構いませんよ」


 私が答えると、アリシャ様は笑顔を向けてくれた。

 そんな彼女に見送られ、ホールを出た。

 着替えを手伝ってもらうため、女給に声をかけて控え室へ向かう。


 持参した数着のドレス。

 その前で少し悩み、藍色のドレスを手に取った。


 ドレスを着替え、今まで着ていた桃色のドレスを見下ろす。

 リューゲ様のため、考え抜いて選んだドレス。


 一度は見せる事ができたから、良しと思うべきなのだろうか……。


 私はドレスから視線をそらし、控え室を出た。


 ホールへ戻り、アリシャ様と別れた場所へ向かう。


 そして、彼女が椅子に座って待ってくれている事に気付く。

 少しだけ、もういないんじゃないかと思っていたけれど、その考えが間違いだとわかって安心する。


 ただ……。

 そこにいたのは彼女だけじゃなかった。


 体格の良い、赤髪の男性がそばにいた。

 婚約者のアスティ様だ。


 そのアスティ様と彼女は、楽しげに会話をしていた。

 きっと婚約者同士、二人に通じる話題を交わしているのだろう。


 そんな様子を見ると、足が留まった。


 どうしても、それ以上そちらへ進む気力が湧かなかった。

 私は背を向けて、その場から離れる。

 離れる分には、何の抵抗もなく足が動く。


 これでは約束を違える事になる。

 アリシャ様は、待ってくれていたのに……。


 不誠実だとわかっていたけれど、私にはこの場から逃げるように離れる事しかできなかった。


 そしてその行く先で、私は腕を掴まれた。


 その掴んだ相手を見ると、それはリューゲ様だった。

 私の心に、喜びが浮かぶ。


 けれど、その喜びは一瞬だけだった。

 リューゲ様の表情を見る。


 リューゲ様は、今まで見た事がないような怖い顔をしていた。

 そしてその視線は、私を睨みすえている。


 何故、そのように私を見るのですか……?


「お前が盗んだのだな?」

「え?」

「ラティオのロケットだ!」


 彼女のロケット?


 言われて、私はリューゲ様の背後にラティオがいる事に気付いた。

 どんな感情を抱いているのか量れない、複雑な表情で私を見ていた。


 それは申し訳なさそうでもあり、私に懐疑的な感情を抱いているようでもある。


「え、知ら――」

「嘘を吐くな! なら、他に誰が居ると言うのだ!」


 ホールに響く大きな声で、リューゲ様は私を怒鳴りつけた。

 周囲の目が、私とリューゲ様に向けられる。


「何事だ? リューゲ」


 訊ねたのは、国王陛下だった。

 リューゲ様は、陛下に向き直って口を開く。


「彼女は、盗みを働いたのです」

「何?」


 国王陛下は顔を顰め、私を見る。


まことか?」

「いえ、そのような事はありません!」


 私は首を左右に振り、否定の言葉を口にする。


「嘘を吐くな。私は見たのだ。お前が彼女の……ラティオの部屋から出て行く所を! そして、彼女の部屋からロケットが消えた。お前が盗んだからだろう!」


 リューゲ様の言葉に、周囲がざわめいた。


「国を冠するこの名に誓ってもいい。これは真実だ」

「では何故、彼女がそんな事をする?」


 陛下がリューゲ様に訊ねる。


「それは、彼女が嫉妬の情に駆られたからでしょう」

「嫉妬だと?」

「私は彼女とではなく、ラティオと愛し合っています」


 その言葉を聞いて、私は息が詰まった。

 心が凍りついたようだった。


 でも……。

 私は同時に、納得していた。


 目をそらしていただけで、私はそれを知っていたから……。


 陛下が不愉快そうに表情を歪めた。


「婚約者のある身で、何という事をしているのだ!」


 陛下はリューゲ様を叱責する。


「わかっています。これは、私の不徳。罪でしょう」


 リューゲ様は己の罪を噛み締めるように俯いて答え、そして顔を上げて続けた。


「しかし、盗みの罪はそれよりも重い。罰を受けて然るべき罪です」


 リューゲ様は私に向き直り、人差し指を突きつけた。


「私も許されないが、彼女もまた許されない」


 強い調子で、リューゲ様は告げる。

 国王陛下は思案するように顎を撫で、それに答える。


「だが、俄かには信じられん。余が選んだ婚約者だ。その気性も承知している。彼女は才があり、賢い娘だ。そのような短慮をするとは思えない」

「信じられないのも仕方のない事かもしれません。しかし才女と言えど……。いえ、才女であるからこそ、人の感情の機微に疎かったのかもしれない。たとえそれが自分の感情であったとしても……。処し方がわからなかったのかもしれない」

「さもありなん……」


 陛下は、そう納得の言葉を口にした。


 私が関わらない間にも、私の罪が確固たる物として語られていく。


 そんな……。

 陛下にまで、疑いの目を向けられてしまうなんて。


「待ってください! 私は、そんな事をしていません!」


 このままでは、私は本当にロケットを盗んだ犯人にされてしまう。

 私は、断じてそんな事などしていないのに……。


「言ったはずだ。私は見た、と。それでもまだ、言い逃れようと言うのか!」

「でも、私はそんな事などやっていません!」

「浅ましいな」

「え?」

「お前のような浅ましい者が私の婚約者だなど、許しがたい事だ。お前にその価値はない。お前との婚約は、今この場で破棄する」


 その言葉を告げられ、私は言葉を失った。

 悲しさや怒りなど、そんな感情を抱くよりも前に、それを感じる器官が壊れてしまったかのように、何も考えられなくなった。


「よろしいですね? 父上」

「……罪を犯した事が真実ならば、致し方ない」


 陛下は、苦い表情で答える。


 そして私は気付く。

 周囲の様子に……。


 それは視線。

 私を見る、視線……。


 周囲には、疑念があった。

 周囲には、憤怒があった。

 周囲には、侮蔑があった。

 周囲には、嘲笑があった。


 私を見る全てが、私へ悪意を向けていた。


 どうして?

 私は犯人じゃないのに……。

 私は何もしていないのに……。


 悔しい……。


「どうして……。どうして、私を信じてくれないの……」


 精一杯、振り絞った声はあまりにもか細く、目尻からは涙が滲んだ。


「それは、あなたが証明しないからですよ」


 その毅然とした言葉は、それまで私を取り巻く全ての暗雲を晴らすかのようにホールへ響いた。


 声を発したのは、一人の小柄な少女。

 他国の王子に同道した婚約者。


 その名前は……。


「だから、証明しましょう。あなたが罪を犯していないというのなら、私はそれを手伝います」


 そう言って、彼女……。

 アリシャ・プローヴァは不敵な笑みを浮かべた。

 冒頭から全然話が進みませんでしたね。

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