終章
感想へのコメントは、何か話を投稿もしくは更新した際の活動報告で行っております。
返事をお待たせしてしまう事になると思いますが、お許しください。
冬が終わろうとしていた。
服の厚みも、若干ながら煩わしく思える気候になりつつある。
そんな時期になり、冬季休みに入っていた学園は再開された。
学園の庭。
私は、小さな池の湖面を覗いていた。
足音がして、振り返る。
すると、アスティがそこにいた。
「シヤンの事だが」
アスティは、不意に切り出した。
「シヤンさん?」
訊ね返すと、アスティは頷いた。
「帰国後、謹慎処分を受けたらしいな」
「はぁ……」
「殺された人間が、リュゼの者である以上、下された沙汰に文句は言えんがな。あんな仕打ちを受けた手前、俺としては少しばかり思う部分はあるな……」
「そうなんですか?」
どんな仕打ちだったのだろう?
「不敬罪でどうにかならなかったんですか?」
どんな仕打ちを受けたか知らないが、何かされたならそういう罪を問えそうだ。
「その線でしばらく粘ったらしいがな。それを目こぼしても良い程度の譲歩をリュゼ王がしたらしい」
「リュゼ王が?」
「……奴は本当の主の話をしていたが、その主人とはリュゼ王の事だったのだろうな。そして、リュゼ王は臣下の身を尊ぶ者のようだ」
そうなのか。
シヤンさんの本当の主は、リュゼの王様。
そしてシヤンさんは大事にされている、と。
へぇ。
「反応が薄いな」
「いや、そもそも何でシヤンさんが犯人だと判明したのかも、ちょっと私にはわかりませんし」
「ん? ああ。そういえば、憶えていないんだったな」
言って、アスティは深い溜息を吐いた。
何やら強い倦怠と落胆を感じさせる表情だ。
何で?
「もしかして私、何かやらかしたんですか?」
私は冬のある日、酷い風邪を引いた。
それは王家主催のパーティでの事だ。
風邪の症状は酷く、私は倒れてしまったという。
そして気付けば、私は王城の一室でベッドに包まっており……。
隣には、椅子に座って眠るアスティの姿があった。
しかも日付が三日ほど過ぎており、大層混乱した。
アスティが人を殺したという話を大広間で聞いた事はおぼろげながら憶えているが、それ以降は憶えていない。
私はあの夜に起こった事の大半を熱に浮かされ続けたためか忘れてしまっていた。
だから、彼が事件についての話をしてくれてもいまいちピンと来ないという有様だった。
「正直、冗談であってほしかった。今のお前の態度も、とぼけているだけだと思いたい」
「はぁ……」
私が言葉にならんような声を返すと、アスティは俯いてしまった。
事件があっただけにしては、アスティの落ち込み方が妙だ。
何か、彼としては憶えていてほしかった事があったという事なんだろうか?
それは気になるのだが、なんとなく「訊くな」と私の勘が告げているので訊かないでおく。
などという事を思っていると、アスティが顔を上げて口を開く。
「しかし、お前のその間抜け面を見ているとそれも望みが薄そうだ」
何か、言葉に棘がありません?
「いろいろと凄い事をしていたんだがなぁ。真実を証明するために、向けられた拳銃の銃口を自分の額へ押し付けたり、そのまま撃てと促したり……」
「はっはっは、嘘だぁ。いくら真実を証明するためでも、そんな馬鹿な事しませんよ」
「……そうだな。もうそれでいい」
何その反応?
私、本当にそんな事したの?
「だが、俺は諦めない」
「何を?」
唐突な宣言に、私は戸惑って訊ね返す。
「いずれまた、俺は同じ事をする。だが今は……気力が湧かない……」
アスティはもう一度溜息を吐き、力無くうな垂れた。
本当に、何があったんだろう?
それにしても……。
私は、池の水面へ視線を戻した。
あの時も、こうして池を眺めていた。
私が前世の記憶を取り戻して、どうにか婚約破棄を回避できた時の事だ。
婚約破棄そのものはどうでもよかったのだが、それだけで済まなくなる事と何より不当に疑われた事が悔しくてならなかった。
だから、必死で抗った。
あれから、それほど月日が経ったわけでもないのに、あの時から多くの事が変わったもんだ。
本来の私が辿る運命を回避し、本来の私とは接点のなかった人々と交流している。
この世界はジェイルを中心に動く世界であり、それを実感する事もままあったのだけれど……。
今となっては、そうではない気がする。
もはや、この世界は私の知るあのゲームの世界とは別物なのかもしれない。
文化祭での事件も、葵くんの事件も、そして王城での事件も、ゲームでは起こらなかった事だ。
そもそも文化祭の事件は、その前の事件がなければ起こらなかった事件。
そして、その後に続く事件も全ては文化祭の事件がきっかけになって起こった事件だ。
明らかにゲームの世界と違い、存在する人物こそ見知った物だが辿る道筋は違う。
運命に抗い、一つの事が変わり、何もかもが変わっていった。
その変わった人生を私は歩んでいる。
今の私は、悪役令嬢という役割を与えられた私ではないのかもしれない。
少なくとも、ゲームのアリシャは主人公イジめるくらいで、推理バトルなんてしなかったからね。
ここは閉じられた世界ではない。
全てが進み続けている。
だったら私は進もう。
進む事ができるのだから。
どうして私がこの世界に生まれ変わったのかはわからない。
婚約破棄イベントの最中に記憶を取り戻した時は、何かの罰かとも思ったけれど。
今となっては……。
「新しい人生を進め」
「ん?」
「そう、誰かが用意してくれた物なのかもしれませんね」
「何の話だ?」
私の呟きに、アスティは怪訝そうな顔で訊ね返す。
せっかく生き直させてくれたのなら、せいぜい楽しくなるように生きさせてもらおう。
私は、王子に振り返った。
「王子。胸毛生やしてくださいよ。私、そっちの方が好みなんです」
「知ってる」
え、言った事あったっけ?
「まぁ、努力はしよう」
半ば冗談で言ったのだけど……。
努力で生える物なの?
そんな時だった。
「アリシャさーん!」
私を呼ぶ声が、遠くから聞こえた。
見ると、葵くんの姿があった。
その隣には、レニスがいる。
二人は走り寄ると、私の前で立ち止まる。
レニスは走って疲れたらしく、俯いて息を整え始める。
が、葵くんはそんな様子もなく、すぐさま私に言葉を紡ぐ。
流石は忍者である。
「どうしたの?」
「事件が起こったんです! それで、ジェイルさんが大変な事に!」
「ジェイルが?」
今度は何だろう。
そろそろ、頭蓋骨が陥没してもおかしくない頃合だぞ。
「それで、レセーシュ王子がアリシャさんを呼んで来いって」
私を嫌っているあの王子が私を呼ぶとなれば、これはよっぽどの事だな。
「わかった。すぐに行く。案内して」
「俺も行こう」
葵くんに答えると、アスティも当然のようにそう申し出る。
「補助するぐらいはできるからな」
「ええ。お願いします。頼りにしてますよ。アスティ」
そう告げる私に、アスティは「お? ああ」と力強く頷いてくれた。
これからも彼は、進み続ける私のそばにいてくれるのだろう。
私にはそれが、とても頼もしく思えた。
これで『絶体絶命悪役令嬢』は一応完結です。
正直に言えば、続けられるならもう少し続けたいと思うのですが、トリックを考えるのが難しくて、時間がかかるので予定していた所で終わらせておきます。
トリックを思いついたらまた書き始めるかもしれません。
乙女ゲームでありがちな嫌がらせエピソードなどを教えていただけると、参考になるので助かります。
少なくとも、ラストのジェイルがどんな危機に陥っているのか、という部分が具体的になるかもしれません。




