一話 もう一人の悪役令嬢
今回は読者も参加できると思います。……多分。
例によってアレっぽいです。
私への断罪イベントがあったあの日から、私は孤独になった。
今までそばに寄ってきていた令嬢達が、軒並み私から距離を取ったからである。
だがそれも仕方がない。
許されたとはいえ、私はジェイルを突き飛ばして殺そうとした犯人という事になっているのだから。
まぁ、流石に公爵令嬢という身分があるので表立って何か言われたり虐められたりするような事はなかったけど。
それは幸いである。
けれど、誰もがみんな私を避けて話しかけても来ないのは少し寂しい。
正直に言えば、友達がほしい。
そんなボッチ学園生活を送っていたある日の事だった。
私は、彼女と出会った。
「では、文化祭の出し物はお菓子の販売という事でよろしいですね」
黒板の前に立つクラス委員長の女子が、席に着いたクラスメイト達へ言った。
黒板には、出し物の候補が書き出されている。
その中で、白いチョークで書かれたお菓子販売の文字の上にはなまるが描かれていた。
それに決定したという印だ。
私の所属するクラスは、どうやらマドレーヌめいたお菓子を売るらしい。
私はその決定をぼんやりと聞いていた。
丁度、授業の終わりを告げる鐘が校内に鳴り響き、文化祭の出し物を決めるために自習となった一時間が終わる。
休み時間に入ると、クラスメイト達は思い思いに行動を始める。
教室の外へ出たり、友達の席へ行ったり、その行動はさまざまだ。
教室内では、クラスメイト達が友達同士で楽しげに話をしている姿が見られる。
けれど、私の所には誰も寄って来なかった。
あんなに多くの取り巻き達に囲まれていたのに、その中には一人も心を通わせた友達がいなかった。
今になってみるとそれがよくわかる。
わがまま放題の限りを尽くしていたのだから、それも仕方ないかもしれないが。
みんなから慕われているなんて勘違いをしていた、記憶を取り戻す前の私が恥ずかしい。
まるで裸の王様のようである。
そんな孤独な私に話しかけるのは、今や婚約者のアスティ王子ぐらいのものだ。
彼も、婚約者という体裁があるから私に仕方なく関わっているだけなんだろうけれど。
いや、一応ジェイルも話しかけてはくるか。
彼女も真相は知っている。
でも、元々友人というわけでもないので、たまたま会った時に軽い挨拶と雑談を交わすくらいだ。
それ以上の関係では無い。
私自身、虐めていた時の記憶もあるので親しくする事におこがましさを覚えもする。
私は教室の外へ出た。
特にあてはないけれど、教室で一人ぽつんと座っているのは居心地が悪い。
なんとなく裏庭に出る。
この学園の校舎はL字型になっている。
玄関があるのはL字の内側。
そちらを表側として、玄関の前には入り口門から続く石畳の道が続き、その道の両側には木が植えられた並木道となっている。
兎に角敷地内は広く、表側の敷地には他にも講堂や乗馬場などがある。
そして、表側の反対。
L字校舎の裏側には、同じぐらい広い裏庭がある。
裏庭は庭園となっている。
丁寧に手入れされた植木や池があり、テラスやベンチも所々に配置されている。
景色も居心地も良い場所だ。
そのため昼頃になると、学食でサンドイッチなどを買ってここで食べる人も少なくない。
私は池の前に行く。
池の中には、放し飼いにされた魚が泳いでいた。
私は魚を眺める。
私の荒んだ心を癒しておくれ。
何て思いながら見ていると、近くでどさりと音がした。
何かが倒れた音……。
というより、誰かが倒れたような音だ。
気になって、音のした方へ向かう。
すると、そこには一人の女子生徒がいた。
彼女は地面にうつ伏せ状態で倒れていた。
私は驚き、彼女に近寄った。
「大丈夫ですか?」
声をかけながら近寄る。
すると、彼女は身を起こして座り込んだ。
彼女がこちらに顔を向ける。
けれど、彼女の顔は黒いウェーブヘアに阻まれてよく見えなかった。
ハラリと翻った前髪の一部から、彼女の左目だけがちらりと見えた。
私はそんな彼女に見覚えがあった。
この世界は、私が生前プレイした事のある乙女ゲームの世界と同じらしい。
そして、そのゲームには三人のライバル令嬢がいて、彼女はその乙女ゲームにおけるライバル令嬢の一人である。
名前は、レニス。
レニス・トレーネ。
「え、あ……」
彼女の口から声が漏れる。
「どうしたんですか? 何があったんです?」
私は訊ねる。
けれど、彼女は答えない。
何か言おうとしていたけれど、諦めたように口を閉じてしまう。
結局、彼女は理由を話してくれなかった。
この子は、ゲームでもこんなキャラクターだ。
あんまり喋らず、何を考えているかよくわからない。
地味な見た目と無口な性格が災いし、不気味な印象がある。
そのため、友達もいない。
取り巻きなどもおらず、出来る事も少ない。
ただ、ある攻略対象と知り合った時だけ現れ、特に何をするでもなく不気味な印象だけを振りまいて去って行く。
そんなイメージのキャラクターだ。
得体の知れなさを武器とした悪役令嬢である。
ぼっち系悪役令嬢である。
……今の私もそうだが。
ゲームを知っている身としては、彼女が悪い人間ではない事はわかっている。
口下手で、自分の気持ちを伝える事が苦手なだけだ。
けれど、そんな人間ほど追い詰められれば大変な事をしてしまうものでもある……。
ふと、私は気付く。
彼女の膝から、血が流れていた。
状況から見て、どうやら彼女はここで転んでしまったらしい。
それで膝を擦りむいてしまったのだろう。
「医務室に行きましょうか」
彼女は何も言葉を返さない。
戸惑っているようだった。
立ち竦んでいる。
そんな彼女の手を引いて、歩き出す。
最初こそ驚いて足取りの重かった彼女だが、次第におとなしく私についてくるようになった。
そのまま会話もなく医務室まで行き、医務室の教諭に傷の手当をお願いする。
手当てされる間、私は待つ事にした。
すると、医務室へ黒髪の男子生徒が入って来た。
身長は私よりも少し高い。
ただ、私の身長は平均的な女子よりも低いので、男子にしてはかなり身長が低い。
顔つきは童顔、中性的で少女にも見える。
そんな男子生徒と私の目が合う。
深緑の瞳は綺麗だ。
「あの、妹が医務室に連れて行かれたって……」
彼が、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
その口振りからするに、誰かに聞いたのだろう。
レニスが悪名高いアリシャ・プローヴァに連れて行かれた、と。
彼はレニスの兄だ。
テネル・トレーネ。
攻略対象の一人であり、彼と出会う事でレニスがゲームに登場するようになる。
ちなみに、乙女ゲームは恋愛アドベンチャーではなく恋愛シミュレーションだ。
出会おうとしなければ、ゲーム終了まで出会わないという事も可能である。
彼はゲームにおける、ショタ属性の攻略対象だ。
その上、こう見えて三年生。
年上兄属性がある。
あるイベントでは、自分よりも幼い見た目の彼から兄特有の優しさで慰めてもらえ、頭まで撫でてもらえるなんてオツなイベントがあったりする。
つまる所、高度なギャップ萌えも装備しているわけだ。
悪名高いアリシャに、可愛がっていた妹が連れて行かれたとなればすぐにでも駆けつけたくなるだろう。
妹の方は友達がいないけれど、兄である彼は男子女子問わず人気者のショタ男子である。
善意から、彼に情報を伝える人間もいるはずだ。
「今、手当てしてもらっています」
「そ、そうですか」
緊張した面持ちで、テネルは答える。
そんなに警戒しなくてもいいのよ?
「終わりましたよ」
教諭の声が聞こえた。
レニスが医務室の奥から出てくる。
「レニス」
「お兄ちゃん……」
初めて、レニスの口から単語らしい単語を聞けた。
「行こうか」
「……うん」
レニスが、テネルの方へ向かう。
その途中、私の前で立ち止まった。
私の顔をじっと見る。
いや、前髪のせいで本当に見ているのかはわからないけれど。
彼女はもごもごと口を動かす。
意を決した様に口を開く……。
と、すぐに口を閉じた。
結局、少しの間があってテネルの方へ向かった。
何なのです?
「あの、ありがとうございました」
テネルは教諭にお礼を言って、レニスと共に医務室を出て行った。
ま、私は悪名高き正統派意地悪系悪役令嬢。
それも、殺人未遂の犯罪者である。
そういう態度を取られるのも仕方がないだろう。
翌日。
テネルが私の教室に来た。
「あの、昨日はすみませんでした」
「はぁ……」
頭を下げられて当惑する。
「家で、妹から聞きました。裏庭で怪我をした所、あなたに医務室まで連れて行ってもらえたと……。それなのに、あんな態度を取ってしまって」
「いえ、それは別に構いません。仕方のない事でしょうから」
「そう言っていただけると、救われます」
「いえいえ」
と、彼からお詫びを受けた。
それだけでなく、その日からレニスが度々私の所へ来るようになった。
彼女は私の教室に入ってくる事はないが、休み時間に教室の外へ出ると大抵行く先々で彼女の姿が見られた。
彼女は私の近くに寄ってきて、かと言って何をするでもなくそばにいるようになった。
どうやら、彼女は私に何かを言いたいようだ。
でも、毎回口を開くまではするが、すぐに閉じて何も言えず終いの様子だった。
そういう理由から、私は毎日彼女を連れ歩く日々を過ごし……。
ただ連れ歩くだけというのも味気ないので、時折喋りかけるようにしていた。
彼女は返事をしないが、頷いたり、首を横に振ったりはできるのでそれだけでなんとなく意思の疎通を図った。
お昼も最近では一緒している。
今日のお昼は、学食でデミグラスオムライスだ。
卵がふわふわとろとろである。
「オムライスって美味しいよね」
言うと、向かいの席に座ったレニスは黙ったまま二回頷いた。
彼女も私と同じでオムライスを食べている。
彼女は食べるのが遅い。
一口一口が小さいためだろう。
私が食べ終わっても、まだ半分以上残っている。
そんな彼女が食べるスピードをあげた。
私が食べ終わった事に気付いて、焦っているのかもしれない。
「ゆっくりでいいよ」
言うと、彼女のスプーンが止まる。
口が開かれ……。
「うん……」
と小さく返事をした。
他にも何か言おうとする。
けれど、それ以上言葉がでなかった。
結局、彼女はまた食事を再開した。
お喋り(一方通行)して、お昼御飯を一緒して。
これはもしかして、友達関係なんじゃないだろうか?
なんて思いもしたが、彼女がそういう意図があって私に近づいているかはわからない。
彼女の性格的に、ただ言いたい事があって、それでも言えないままなし崩しで一緒にいるだけのような気もする。
実際にはわからないが。
しかしながら……。
少なくとも私は、彼女と一緒にいる事を楽しく思い始めていた。
そばに意思疎通を図れる存在がいる事は、嬉しい事だ。