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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命第二王子
48/74

十話 夜空に響く悪役令嬢の罵詈雑言

「は?」


 穏やかだった時間は俺の告げた言葉で崩れ去り、一転して険悪な物になった。


 彼女は手すりに手をやったまま、姿勢を正した。

 その眼差しは……まっすぐに俺の目を見上げていた。


 アリシャの眼光はとても強く、鋭かった。


 いつも思うが、アリシャは目つきが悪いので睨まれると怖い。


 やはり俺の勘違いで、彼女は俺の事を何とも思っていないかもしれない。

 いや、この表情を見ると思った以上に恨んでいるような気がしてきた。


 怖気づきそうになる。


 しかしついさっき、俺は覚悟を決めたばかりだ。

 そして、口にしたのだ。

 あの言葉を……。


 なら、その覚悟をなかった事にはできない。

 何より俺は、ここではっきりと彼女の真意を知っておきたい。


 ぐっと、睨み返すように強い眼差しを向ける。


「お前は、事あるごとに俺の事なんてどうでもいいと言っていた。だが、本当はまだ俺の事が好きなんじゃないのか? 俺には、そう思えてならない」


 改めて、口にした。


「何を恥ずかしい勘違いしているんですか? そんな自惚れた事言わないでください」


 辛辣……っ!


「そもそも王子は男性としてあまり好みじゃないんですよね。筋肉質なのは良いですけど。胸毛が生えてないのが気に入らない! マッチョのくせに胸毛も生えてないとかありえないんですよ! 生やしてから出直して来い!」

「体毛が薄い体質なんだ……。仕方ないだろう。というか何で知ってるんだ? お前の前で服を脱いだ事なんてないぞ」

「見た事ないけど知ってるんです。水着イベントとかで!」


 何だよそれ?


 しかし、何だかいつもより口が悪くて心が折れそうになる。

 怯んで、さっきの言葉を撤回してしまいそうだ。


「私は胸毛のある大人の男性が好みなんです。だから、王子のそれは勘違い以外の何物でもありません」

「……いや、勘違いじゃない。……と思う。いや、少なくとも俺は確信している」

「へぇ、たいした自信ですね。傷害の容疑者として疑ったあげく、弁明も信じずに即刻婚約破棄しようとした相手が自分に惚れてるだなんて……。頭おかしいんじゃないですか?」

「ぐっ」


 それを言われると辛い。


「何を根拠に言っているのか知れませんが、思うだけなら誰だってできます。というか、好きでもない相手に、そんなふうに思われるのって気持ち悪いのでやめてください」


 泣きそうになるくらい容赦ないな。


「根拠……。根拠は、今日の事があったからだ」


 そうだ。

 今日の事件。


「お前は、自分の命を賭けてまで俺を信じ抜いてくれた。それは、俺の事を好きでいてくれているからじゃないのか? でなければ、あんな事はできない。そう思ったんだ」


 多分それが、俺の問いの理由でもある。

 ああまで献身的な様を見せられば、彼女が俺の事を想ってくれているのではないかと勘繰っても仕方がない事だ。


 その事実があるから、俺は訊きたくなってしまったのだ。


 アリシャはすぐに答えなかった。

 うつむくように視線をそらし、ドリルを指でクルクルと玩ぶ。


 ……これは思い込みかもしれないが、さらに髪を巻く事で攻撃力を上げようとしているように見える。

 恐ろしい……。


 やがて、視線を合わせないままアリシャは口を開く。


「そんなの、王子が殺人犯なんて事になってしまえば、お義母様が悲しむかもしれないじゃないですか。……王子の事、頼まれちゃいましたし」

「母上が? それだけか?」

「いいえ。あのままじゃ、この国だって大変な事になってしまったでしょう。国民として、見過ごせる事じゃないですよ」

「あんな、命を賭けるような事までして?」

「私はこの国の人間で、それも貴族なんです。国の大事なら、それくらいすると思いませんか?」


 アリシャは妙な所で責任感の強い所があるからな。


 そう言われてしまえば、確かに否定はできない。

 しかし、何故か強い落胆を覚える。


 何故、落胆してしまったのか……。


 俺は、彼女が自分のために命まで賭けてくれたのだと思いたかっただけなのかもしれない。

 そう思いたかったから、俺は彼女の気持ちを今確かめたかったのかもしれない。


「それだけですか?」


 顔を上げ、彼女はそう聞き返してきた。


「……いや」


 否定されてしまったが、否定されたままで終わりたくなかった。

 だから、さらに言い募る。


「俺には、そう思えない」

「あなたがそう思いたくないだけでしょう? 何の根拠も確証もなく、気持ちだけを押し付けるなら誰にでもできます。結局あなたは、自惚れているだけなんですよ。王子様だからって何でも自分の思う通りになるとか思ってるんじゃないですか?」


 そこまで言わなくてもいいだろう……。


 だが、確かに彼女の言う通りだ。


 俺の言葉には、何の根拠もない。

 思うだけなら、いくらでもできる。


 それを確かな事実とするには、やはり証明が必要なのだ。


 そう、証明だ。

 確かな論理と証拠。

 それがあって、証明は可能となる。


 それは彼女が今まで成してきた事で、その姿を見てきた俺はそれを強く実感している。


 彼女は今までそうして多くの強敵に挑み続けてきた。

 論理と証拠、そしてハッタリを駆使して証明し続けてきたのだ。


 なら、俺もそうするべきなのだろう。

 彼女の本心を証明するためには。


「わかった。なら、証明しよう」

「ふうん」


 宣言すると、アリシャは腕を組んで冷ややかな視線を俺に向けた。

 一応、付き合ってはくれるようだ。


 しかし、証明と言ったが何から始めるべきだろう。

 彼女はまだ、俺の事を憎からず想ってくれている。

 それは、今の俺が直感として覚えている事だ。


 きっかけは今日の事件だったが、その直感を抱くにはいくつかの要素があったはずだ。

 それを示すのだ。


 だが証明するためには、その直感を確かな根拠として言語化する必要がある。


 それの何と難しい事か。

 そしてそんな難事を、アリシャは今まで何度も成してきたのだろう。


 なら、俺もそれができなければならない。

 できなければ、彼女の気持ちを確かめるなんて事はできない。


 焦るな。

 難しい事ではあるが、目の前に前例がいる。

 誰かにできる事ならば、俺にもできる事のはずだ。


 では、何から指摘するべきか……。


 俺は頭を必死に働かせる。


 語るとすれば、やはり最初からだ。

 アリシャが変わった日から、何があったのかを思い出していこう。


 ……最初のきっかけになったのは恐らく、ブローチの事だ。


「お前は確か、ブローチを大事にしていたはずだ」

「まぁ、そうですね」

「あれは、俺が初めてお前に贈った物だ。だから、大事にしているのだ、と。そうお前は言った。それは、俺に対してそういう気持ちがあるという事なんじゃないのか?」


 これは証明になるのではないだろうか?


 そう思ったが、しかしアリシャは動じた様子もなく訊ね返す。


「では王子。そのブローチ、最近私が着けている所を見ましたか?」

「あ……」


 見ていない。

 一度も……。


 そうだ。

 あの事件から彼女は、ブローチを着けていない気がする。


「ブローチを着ける事が愛情の証明になるなら、着けていない事は愛情を持っていない証明になるのではないですか? ていうか、それすら指摘されないと気付かないのに、私の気持ちがどうとかよく言えますね」


 ……くっ。

 軽く切り返されてしまった。


 しかし、当然か……。

 あれは、あの事件を起こしたきっかけになった物だ。

 俺が、彼女にしでかしてしまった事のきっかけに……。


 彼女にとってそれは、思い出したくない嫌な思い出の品なのかもしれない。

 なら、着けていなくてもおかしくない。


 これでは愛情の証明どころか、愛想を尽かされた証明になってしまった気がする。


 でも、まだ諦めないぞ。

 ……次だ。


「……じゃあ、カインの事はどうだ?」

「カインくん?」


 アリシャは怪訝な表情で訊ね返す。


「そうだ。俺は、お前にあいつを助けてくれと頼んだ。そしてお前は、それを聞いてくれた。愛情がなければ、頼みなど聞いてくれないと思うんだが」

「頼み事を聞くだけで愛されている証明になるなら、うちの使用人はみんな私の事愛してますよ」


 もっともだな。

 しかし、ここはさらに追求しておこう。


「賃金で働いているならその限りではないだろう」

「無償での頼み事を聞くなら愛している証明になると?」


 問い返され、頷き返す。


「だったら、お昼ご飯の時に「一口ちょうだい」って頼んだら、いつも笑顔で頼みを聞いてくれるレニスは私の事を超愛してるって事になるじゃないですか!」

「そ、それは……。ただの友好。好意だ」

「そうですよ。純粋な好意だけでも、頼み事は聞いてくれるんです。頼み事を聞いてくれる、即ち愛情を抱いているという事にはならないじゃないですか! この恋愛脳!」


 人差し指を突きつけ、アリシャは言い放った。


 ぐはっ!


 たじろいでバランスを崩しそうになり、手すりにやった手に力を込める。

 なんとか、体勢を立て直した。


 流石、今まで多くの修羅場を越えてきただけはある……。

 俺の言葉、一言一言全てに、鋭い反論を重ねてくる……。


 その鋭さは、初めて彼女と議論を交わした時と比べ物にならないほどの切れ味を持っていた。


 だが、それでも一つだけ進展があった。


「……一応、好意ぐらいはある、そういう事だな?」

「……まぁ、それくらいはあるかもしれませんね。男女がどうのという話じゃなくて、一人の人間としては……。まぁ好きな方です」


 少し迷い、彼女は素直に認めた。


「俺を……恨んではいないのか?」


 口にするのに、少しばかり体が震えた。


「恨んではいませんよ」


 アリシャはあっさりと答えた。

 しかし、彼女はさらに続けた。


「でも、あの時の気持ちは忘れていません」

「あの時の気持ち?」

「何を言っても信じてもらえない……。それどころか大好き……だった人から疑われて……。それがどんな気持ちか、わかりますか?」


 そう答える彼女の声は、かすかに震えていた。


「こんな惨めな事がありますか……? こんな悔しくて、悲しい事がありますか……?」


 搾り出すように、彼女は答え……。

 そして、黙り込む。


 俺も、アリシャへ何も言えなかった。

 彼女の方を見る事すらできなかった。


「……私にだって非はありました。自分勝手な考えだとも思ってます。でも、裏切られたと思いました。それが、とてもショックだったんです。……今までの自分が、壊れてしまうほどに」


 やがて、彼女は静かに語る。


「すまなかった」


 俺には、そう言う事しかできなかった。


 進展したと思ったが、実際は突き放されてしまったような気がするな……。


「……それで、満足してくれましたか?」

「え……」


 不意に、彼女が問う。


 そうだった。

 俺は今、彼女の気持ちを証明するために彼女と議論を交わしているのだ。


 ……けれど。


 彼女の本心を聞いて、思ってしまった。

 俺に、彼女の気持ちを確かめる資格があるのだろうか、と。


 恨んではいないと、彼女は言った。


 けれど俺は、彼女に許されているわけじゃない。


 でも……。


「いや、まだだ」


 俺はそう答えていた。


 俺は彼女に負い目がある。

 しかし、それを解っていながら俺は、諦める事ができないのだ。


 わがままな男だ。

 俺は……。


 立ち止まりたくない。

 彼女の心を知りたい。


 そんな欲望を優先したいと思ってしまっている。


 そのためにも、歩みを止めたくない。


 俺は彼女と同じように上手く立ち回り、何かを証明できるわけじゃない。

 俺にできるのは、捨て身で行く事だけだ。


 身を切られて傷ついても、それでも歩みを止めなければ俺もいずれ真実へ辿り着けるかもしれない。


 いや、違うな……。

 俺は、彼女のように真実を貫き通したいわけではない。


 ただ、歩み寄りたいだけだ。

 そして、彼女の気持ちを知りたい。


 なら、俺は俺なりの方法で進み続ける。

 一歩ずつ確実に、彼女へ近づいていくために。

 個人的には、タイトル回収のためにもう少し罵詈雑言を酷くしたかったのですが、あんまり思いつかなかった。

 思いつく時はポンポン思いつくんですけどね。

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