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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命第二王子
47/74

幕間

 誤字報告ありがとうございます。

 ★レクス王


 夜の王城。

 二階にある部屋の一つ。


 他国の人間を持て成すための貴賓室とは違う、王族のためのプライベートルームだ。

 今の季節のこの部屋は厚い絨毯が敷かれ、暖炉には炎が揺らめいている。


 三階にも同じような部屋はあるが、私が使うのはいつもこちらの部屋だ。

 何故なら、ここでなければ彼女と過ごす事ができないからである。


 事件が終わり、パーティも終わった。


 あの事件はきっと、パーティ以上の娯楽だっただろう。

 トレランシアとしては、良い余興を外交官達に提供できたと思うべきなのだろうか?


 私はソファーでくつろぎ、そんな事を思いながらグラスを玩んだ。

 中の酒が揺れる様を見ながら、隣に座る彼女へ声をかける。


「あいつからも聞いていたがね」

「あいつ、ですか?」

「おっと、君には言えない相手だった」

「女の方の話なら、ブスッといきますわよ?」


 冗談めかしているが、彼女、イルネスならやりかねない。


「そういう相手ではないさ」

「ふふ、わかっていますよ。私が知ってはならない方の事でしょう?」


 私は答えず、ただ頷いた。

 王族でない彼女には、具体的に名を言えない者から聞いた話だ。


「面白い令嬢だったな。アリシャ嬢は」


 言うと、イルネスは笑みを作った。


「ええ。そうでしょう」

「君がアスティの婚約者に推した時は、それほど相応しい令嬢に思えなかったが……。人は変わる物だな。あの変わり様を見越して、君はあの令嬢を選んだのか?」

「それは違いますわ。あのは、確かに変わったかもしれない。でも、私が気に入った部分は何も変わっていないのよ」

「それは、どこなんだい?」


 訊ねると、彼女は自分のグラスの中身を乾した。

 私の肩に自分の肩を寄せる。


「彼女は変わった。けれど、その一途な気持ちの強さは変わっていない」

「一途?」

「ええ。あの娘の一つの物へ向け続ける気持ちはとても強い。一点を突破するように、ただひたすらに一つの目標へ突き進み続ける。そんな気性を持っていた。その部分は変わっていない。私が彼女にアスティをあげてもいいと思えたのは、そんな彼女の性分が気に入ったからよ」

「……喰らいつけば放さない、といった所か。どこかで聞いた性分だな」

「ふふふ」


 彼女は小さく笑って、それ以上答えなかった。


「変わったと言えば、あの子の方が少し変わったかもしれないわね」


 代わりに、別の話題を振ってくる。


「アスティか?」

「ええ。変わったと言っても、その気持ちだけだけれどね。あの子も頑固だもの」

「ふむ。確かに、気持ちは変わったようだ。ついでに、立場も変わったかな。追われる者から追う者に」

「だったら、強いわよ。私の子ですもの。追いかけて、喰らいつけば放さない」

「かもしれんな」


 答えると、イルネスは私の体に額をこすりつけてきた。


「ずるいですよ、二人とも」


 そんな時、私達に声をかける者があった。

 振り返ると、ソーンが立っていた。


 その手には、酒瓶とグラスがあった。


「私も飲みます」


 気難しい顔のまま、ソーンは言う。


「もちろんだ。グラスも酒も用意してある」

「そうですか」


 抑揚のない声で答えると、ソーンは私の左隣に座った。

 イルネスと二人で、私を挟む形だ。


 手にしていた酒瓶とグラスを前のテーブルに置く。

 代わりに、元々用意していたグラスを私は彼女に手渡した。


「元より三人で飲みたいと思っていた。自分の分を用意してくるなんて、除け者にされるとでも思ったのか?」

「少し……」


 彼女は、どれだけ気を許した人間を相手にしても、完全には信頼を置かない所がある。

 人を信じないというわけではないが、信じきれないのだ。


 その性質は、接する人間に対して拒絶を感じさせる物だ。

 しかし、私はそこに彼女の孤高さと気高さを見出している。


 信じるという事は、ある種の思考停止に近いものだと私には思える。

 しかし彼女は常に考え続けている。


 裏切られているかもしれないという不安を。

 それがどれだけ信頼を寄せる相手に対してであろうと。

 彼女は考える事を止めないのだ。


 信頼という物は、そういった物を考えないようにするための決め付けのような物だ。

 彼女はそれをせず、常に裏切られた時の事を想定している。


 酒瓶とグラスを自分で用意したのも、手ぶらで来て自分の分が用意されていなかった時にショックを受けると思ったからだろう。


 それは臆病者の考え方にも思えるが、本当に臆病ならば信頼を裏切られるかもしれないという場に挑む事はしないだろう。

 ここへも来なかったはずだ。


 そして何より、そんな心情を隠そうとせず素直に吐露するという部分が可愛らしくてならない。

 生きにくい性分だとも思えるが、そこが愛おしいのだ。


 素直さであるという点で、ソーンはイルネスと似ている。

 そこが私の女性の好みなのかもしれない。


 私は彼女の持つグラスへ、酒を注ぐ。


 彼女は一度、グラスへ口をつけた。


「今日の事件……。レセーシュから聞きました」


 ソーンは、そう話題を切り出した。

 事務的な話を切り口に話し始めるのは、実に彼女らしいなと私は小さく口元を歪めた。


 彼女は日常的な会話という物が苦手で、こういう話し方をよくする。


「リュゼの者が犯人だったそうですが……。責任の追及はできそうですか?」

「どうだろうなぁ……。犯人は、独断の犯行だと供述しているからリュゼへの追及は難しい。犯人が殺したのも、自国の人間だから強く言いにくい。特許申請を取り下げる事ぐらいはするだろうが。向こうが果たす責任はそれぐらいだな」


 答えると、イルネスが小さく笑って口を挟む。


「ローリスクハイリターンね」

「よくできた計画だ。あー嫌だ嫌だ。こっちは苦労しただけで、何の得もない。元々こちらの物だった技術を取り返しただけだ」

「苦労したのは、アリシャちゃんでしょうに」

「まぁ、そうなのだがね」


 私は小さく笑い、の令嬢を思い浮かべる。


「本当に、今日は面白い物を見た。彼女には素養がある。家族になる日が楽しみだ」


 私は本心からそう呟いた。




 ★アスティ


 事件が終わり、パーティが終わり……。

 誰も居なくなったホール。

 そこから続くバルコニー。


 本当なら、ここで一緒に花火を見るはずだった。

 その場所で、俺は彼女と二人でいた。


「王子は誰に似たんでしょうね」


 手すりに寄りかかりながら、アリシャはそんな事を言った。

 彼女は何もない夜空を見上げている。

 まるでそこに、花火が上がっているかのように。


 今の彼女は髪が解け、金糸の髪が背を流れている。

 けれど一部分だけ小さなドリルがあった。

 どうあっても、一つはないと落ち着かないのかもしれない。


 その背を見ながら、俺は答える。


「どうしたんだ、急に?」

「お義母様はあんなに小柄な方ですし、陛下はそこまで体格に恵まれているようではありませんから」

「間違いなく母上の血だろうな」


 俺は迷わずそう答えた。


「何故?」


 アリシャは手すりから手を離し、俺に振り返った。

 その表情は小さな驚きに染まっている。


「母上の家は武官を輩出してきた家で、体格に恵まれた者が生まれやすいそうだ。母上自身も元武官。憲兵隊総隊長の地位にあった方だ」

「えーうそだぁ」


 小さくない驚きを表情に乗せ、彼女は声を上げる。


「人は見かけによらんという事だな。もう鍛錬はしていないはずなのに、未だ一度も体術で勝った事がない」

「そうなんですか……」


 会話が途切れる。


 沈黙。

 しかし、雰囲気は悪くない。

 とても穏やかな空気だ。


 ここ最近、いや、アリシャと二人きりになって初めての事かもしれない。

 こんな雰囲気になるのは……。


 前は煩わしいと思っていたし、あの事があってから彼女もよそよそしくなった気がする。


 再び、彼女は手すりに手をやって背を向けた。


 小さな背中だ。

 改めて見ると、本当になんて小さな体だろう。


 そんな彼女に俺は今日救われた。

 そして、そんな小さな彼女に俺は、あのような仕打ちをしたのだ。


 俺はそれを忘れているわけではないが……。


 彼女が今日、してくれた事を思うとこみ上げる物があった。


 そしてそれは、衝動となって俺を突き動かす。


 一度確かめておきたい。

 そう思うと、行動していた。


 彼女と並ぶように、手すりのある場所へ移動する。

 手すりに手をやって彼女を向くと、彼女もまた俺を見上げていた。

 少し不思議そうな表情をしている。


「アリシャ」

「何ですか?」


 彼女は訊ね返す。


 名を呼び、言葉を告げようとする。

 それだけの間に、緊張が喉の水分を奪う。


 呼びかけておきながら、怯みそうになる。

 そんな中、覚悟を決めて、俺は彼女に訊ねた。


 どうしても確かめておきたい事を……。


「お前はまだ、俺の事が好きなんじゃないのか?」

「は?」


 穏やかだった彼女の表情が一瞬で険しく顰められた。

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