八話 本当の凶器
「サクレ外交官を殺害したのは、あなたですね? シヤンさん」
そう告げる私に、シヤンさんは冷ややかな視線を向ける。
動揺した様子はなかった。
「たわけた事を言うな」
そして、静かに返した。
「私が、殺しただと?」
彼女の表情が、次第に怒りへ染まっていった。
その怒りは、語気の強さにも現れていく。
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいません」
彼女が怒鳴り、私はすかさず返す。
「根拠があって、私はその結論に至りました。少なくともあなたには、サクレ外交官を殺すに足る動機があった」
「……動機、だと?」
問われ、私は頷いた。
「あなたは利点のない殺人は存在しないと言った。だから考えてみたんです。今回の事件、誰が一番得をするのか……」
「……」
「考えてみたけれど……。それは私の知識の中において、この中では誰にも当てはまらなかった」
「その考えなら、犯人は部外者という事になるが?」
シヤンさんに問われ、私は首を左右に振った。
「いいえ、部外者ではありません。ここにはいない人というだけです。いえ、そもそも人といって良いのか……」
「何が言いたいんだ?」
「一番得をするのは恐らく、個人ではなく国……。そう言いたいんです」
「……!」
表情こそ変わらなかったが、シヤンさんはかすかに右足を退いた。
私はその動きを見逃さなかった。
私にはその動作が、彼女の初めて見せる動揺らしい動揺に思えた。
なら、やはり私の考えは正しいのだろう。
自信が湧いてくる。
次に繋いだ言葉にも、力が篭る。
「その国とはリュゼの事です」
トレランシアの隣国、リュゼ。
サクレ外交官とシヤンさんの属する国。
この国は、新型拳銃の特許を申請しようと目論んでいた。
その新型拳銃はトレランシアの技術を盗用した物だった。
つい最近までその盗用をトレランシアは把握しておらず、そのままでは特許の申請も容易く認可された可能性がある。
しかし、その事実が明るみに出る事となってしまった。
そしてトレランシア側は申請への対策を立て、抗議を行おうとしていた。
そこでこの事件が起こった。
この事件はただの殺人事件ではなく、第二王子の醜聞でもある。
他国の外交官を殺害したという事実は各国の非難を呼ぶだろうし、リュゼに対する弱みにもなる。
特許の申請に対しても、トレランシアは抗議を取り下げる事となっただろう。
つまり、この事件が起こった事で、リュゼは大きな利を得たという事になる。
だから、動機の点から一番に犯人としての可能性が高いのは、リュゼだと思ったのだ。
「しかし、国が殺人を犯すなどという事はない。人を殺すのはあくまでもこの場にいる人間です。そしてリュゼに利するという事は、そこに属する人間が犯人である可能性は高い。そんな人間は二人。内、一人が亡くなっている以上、考えられる実行犯は一人……」
私はシヤンさんを視線で示す。
ただ、この殺人はあまりにも非情だ。
何せ、国の利益のために、自国の人間を殺害するという物なのだから。
正直、サクレ外交官に忠誠を示す彼女がそこまでするとは思えなかったが……。
それ以外、私には考えられない。
「この殺人で一番に利益を得るから、私が犯人だ、と?」
確かな怒りを含んだ声で彼女は訊ね返した。
さらに続ける。
「私が国益のためだけに、主を殺した、と? お前はそう言うのか?」
「はい。ですが、それだけではありません。何より、あなたにはこの犯行が可能だった。そう思うからです」
そう、彼女には恐らく、この犯行が可能だった。
いや、彼女だけじゃない。
彼女と、彼ならば……。
「私はサクレ様が殺害された時、現場にいなかった」
彼女は、サクレ外交官に頼まれて事件時に茶を貰いに一階へ行っていた。
新しい茶の袋を持っていた事から、それは事実だろう。
けれど……。
「いいえ。それはあくまでも、部屋の前にいなかったというだけです。事件当時、あなたは事件現場にいました。それも、部屋の中に」
「……どうやって、部屋の中に入ったと言うんだ?」
「もちろん窓から、縄梯子を使って」
「話にならん。下の階から縄梯子がかけられない事は、お前にもわかっているはずだ」
「そうですね」
私は素直にその事実を認める。
「でも、二階からならかけられます」
「……」
簡単な話だ。
下からかけられないのなら、二階からかければいい。
「これがリュゼによる犯行計画だとするならば、同じ利害関係を持った人間がもう一人います」
シヤンさんは何も答えなかった。
私はそんな彼女に言葉を続ける。
「それはサクレ外交官です」
「本気でそんな事を言っているのか?」
シヤンさんの問い。
それはもっともな事だ。
私は彼女の言わんとする事を理解している。
けれど、頷いて肯定を示すだけに留め、話を進める。
「そもそも、サクレ外交官が茶葉を要求するのは不自然なのです」
「何だと?」
問われて、私は室内のテーブルを指した。
テーブルには、ティーセットが置かれている。
そして……。
「あそこには、まだ茶の葉が入った袋が残っている。あなたに持ってくるよう頼むのは、おかしくないですか?」
「……かもしれぬ。しかし、では何故頼んだと?」
「合図……」
答えると、シヤンさんはかすかに眉根を寄せた。
「だったのではないですか? 準備が整った、という」
「準備?」
問い返したのは、シヤンさんではなかった。
レセーシュ王子である。
私は声のした室外を向く。
「はい。王子の醜聞を捏造するための準備です。ここを見てください」
私は絨毯に刻まれた、何かを引きずった跡を指し示す。
それは二本の線で、奥のテーブルからアスティが拘束された場所まで延びている。
そこは恐らく、アスティが気を失っていたであろう場所でもある。
「部屋に呼び出されたアスティは、お茶で持て成されました。しかし、その茶に睡眠薬のような物が入っていたのではないか、と私は思っています。王子が気を失っていたのも……気を失っていたというより眠りこけていたという方が正しいかもしれません」
そこまで言って言葉を区切り、私は続ける。
「つまりこの二本の線は、意識を失った王子が移動させられた時に付いた物ではないか、と私は言いたいのです。引きずられた時に、垂れ下がった王子の両足が付けたものだ、と」
シヤンさんは表情を険しくした。
低い声で訊ね返す。
「何を根拠に言っている?」
「そうですね……。それを証明するために、ある方から……。いや、方々から証言をお願いしたいと思います」
そう言うと、私は廊下へ目を向けた。
もし、睡眠薬が紅茶に混入されていたのだとすれば、その餌食となった人物はアスティだけではない。
そのもう一人の人物に、話を聞く必要があるだろう。
「守衛のお二方、一つ聞きたい事があります」
私が言うと、廊下の人垣が割れて守衛の二人が姿を現す。
「「はい。何でしょう」」
「えーと、リヒトさんとレンクさんでしたっけ?」
「レヒトです」「リンクです」
同時に言われて、聞き取れなかったのでどっちがどっちか結局わからなかった。
けれど、どっちでもいいのでそ知らぬ顔で「わかりました」と答えた。
「廊下で眠っていたのはどちらですか?」
右側の守衛が手を上げた。
これは、どっちの方だろう……。
「では、何故眠ってしまったんですか?」
「それは、わかりません」
「でしょうね。殺人事件が起こった現場で、あなたは緊張状態にあったはずです。それなのに、あなたは眠ってしまいました。それはとても不思議な事ですね」
「ええ、本当に」
彼が答えると、私はスッと目を細めた。
「単刀直入に言いましょう。あなたは、部屋のテーブルにあった紅茶を飲んだのではありませんか?」
「えっ!?」
訊ねると、守衛は両手を小さく上げて驚きの声を上げた。
「どうし……いえ、そんな事はしていません!」
今、口を滑らせかけたでしょ?
「では何故、カップの持ち手が両方とも一方向を向いていたんでしょうね?」
「え?」
「王子は右利きです。そして……」
私はサクレ外交官の遺体を見る。
彼の右手には銃が握られている。
パーティで彼が銃を持っていたのも、右手だったはず。
「恐らくサクレ外交官も右利き……。だとすれば、向かい合ってテーブルに着き、カップを手に取った時カップの持ち手は同じ方向を向かないはずです。でも、テーブルのカップはそうなっていない」
カップは両方とも、入り口側を向いていた。
私は、強い眼差しを守衛に向けた。
守衛がたじろぐ。
「それは何故か? テーブルに着いていない誰かが、カップを手に取り、再びテーブルへ置いたからではないですか?」
「そ、それは……」
「そして、カップを手に取ったからには、もちろんその行動にも目的がある」
「その目的、とは……?」
「もちろん、喉の渇きを潤すためです。そのために、あなたは紅茶を飲んだんです! 違いますか!」
強い口調で詰問し、私は人差し指を守衛へ突きつけた。
「ひっ、はい! その通りです」
守衛はあっさりと認めた。
「どうして、隠そうとしたの?」
「怒られると思って……。結局怒られちゃったけど」
双子の守衛はそんなやり取りを交わす。
追求しただけで、別に怒ったわけじゃないんだけどな……。
とにかく、これで証明できた。
彼が紅茶を飲み、そして眠ってしまったという事は……。
紅茶の中に睡眠薬が入っていた可能性が高いという事だ。
そんな二人へさらに質問する。
「他に、隠し事はありませんか?」
「「え? はい。……実は、僕達双子じゃないんです」」
え、うせやろ。
びっくりするわ。
思いがけない事実に驚いていると、双子はお互いに向き合って、互いの背後を指し示し合った。
「「実は僕達四つ子で、向こうの廊下に立っている守衛も僕達の兄弟なんです。お兄ちゃんと弟です」」
「そうなんですか」
どうでもいい話だったよ……。
でも、彼らの証言で可能性は提示された。
私は、シヤンさんに向き直る。
「これで、わかりましたね?」
「ああ。お前の言いたい事はわかる。まさか、四つ子だったとはな……」
シヤンさんは顎に滴る汗を手の甲で拭いながら答える。
……こんな寒い日に何でそんなに汗かいてるんです?
どれだけ驚いてるんですか。
「そっちも驚きましたが、私が注目してほしいのはそっちじゃありません。サクレ外交官が睡眠薬を使用した。その根拠を私は提示したつもりです」
「ふむ……」
シヤンさんは黙り込む。
反論はないという事だろうか。
「では、続けましょう」
私は答え、言葉を続ける。
「王子が故意に意識を失わされたのだとすれば、部屋で起こった事を憶えていないのも当然。すぐに眠ってしまったのですから。そして、それがサクレ外交官の役目の一つだった」
王子の意識を奪ったのは、サクレ外交官だった。
その後、王子を移動させたのは彼ではないだろうけど。
「王子を眠らせたサクレ外交官は外のシヤンさんへ合図を送り、ベランダへ縄梯子をかけた。シヤンさんは一階の厨房へ茶葉を取りに行き、そのままこの部屋の直下にある部屋へ向かった」
二階に警備が集中していて、一階にはあまり人員が割かれていなかった。
その警備の隙を衝いて、部屋へ侵入する事は十分に可能だっただろう。
「そして縄梯子で二階に上がり、出迎えたサクレ外交官を殺した」
これなら、状況の矛盾は消える。
「待て。では、サクレ外交官は、そのために自ら命を捧げたというのか?」
レセーシュ王子は驚嘆した様子で訊ね返した。
それは恐らく、先ほどシヤンさんが問おうとしたのと同じ理由だ。
国のためとはいえ、自らの命を損なう事が前提の計画などあまりにも非情だ。
本気でそんな事を言っているのか?
彼女がそう問うたのは、この計画にはその非情さがあるからだ。
ただ、完全な偏見ではあるが、私はそんな覚悟をあの外交官が持っていたように思えない。
「それは……解りかねます。彼の死に顔は驚きに満ちていました。もしかしたら、別の方法を取ると聞かされていた可能性があります。でも、この計画を考えた人間はその方法を実行しなかった」
だから、そのように私は答える。
「サクレ外交官は、騙されていた? 騙された上で、自分の殺害計画に協力させられた……?」
私は頷いた。
「はい。そしてそれを計画し、実行した人物こそがシヤンさんだ、と。私はそう思っています」
言いながら、私はシヤンさんに視線を戻した。
その表情に変化はない。
焦りも怒りもそこにはない。
「入り口側の壁にあった弾痕。あれはどうなる?」
逆に彼女は、そう訊ねる。
「あれは、あなたが言った通り外の守衛の呼ぶためと、王子に罪を着せるための偽装。だから銃をサクレ外交官の手に握らせ、あなた自身が撃ったんです」
「私が?」
「王子には、移動させられた跡があります。わざわざそんな事をしたという事は、それも必要な事だったから。恐らくあなたは、銃弾が王子に向けて放たれたという状況を作りたかった。違いますか?」
アスティの体格は大きく、それに比例して重いだろう。
サクレ外交官が運べたとは思えない。
なら、アスティを運んだのはシヤンさんのはずだ。
「違うな。……それに、だとすれば私はどうやって部屋から出たというんだ? 縄梯子を外し、銃声で守衛を呼んだとして。私は、どうやって部屋を脱出したというんだ?」
「それは……」
言葉に詰まる。
確かに、全ての工作を行ってから、部屋を出る事はできないかもしれない。
でも……。
私はシヤンさんから視線を外し、入り口側へ視線を向けた。
「脱出していなかったから、ではないですか?」
問いかけるが、シヤンさんは何も答えなかった。
「あなたは部屋にいたんです。そうですね……。たとえばドアの裏側、とか」
この部屋の扉は、内開きになっている。
「開かれた扉と壁の間には、空間ができます。そこに隠れて人をやり過ごす事はできるはずです。あとは、人が集まってきた時に何食わぬ顔で出てくればいい」
アスティが彼女によって捕縛された時、思えば私は彼女が外から部屋へ入ってきた所を見ていない。
きっとあの時に、彼女は扉の裏から姿を現したのだ。
さも、外から入ってきたように。
その様子は中にいた私にとって彼女が外から入ってきたように思えたけれど、外から見ていた人にとっては室内にいた彼女がアスティは向かって行ったように見えたんじゃないだろうか。
彼女は、腕を組んで小さく息を吐いた。
口を開く。
「なるほど。お前の推理、確かに説得力はある。しかし、大事な事を忘れているぞ?」
「何ですか?」
「私は刃物の類を持っていない。サクレ様を刺殺する事など、不可能だ」
「む……」
剣を持っていない?
「この城へ入る時、刀剣の類は没収されている。儀礼と護身のため、一つだけ武器の携行を許されるが……。私の場合は、これだけだからな」
そう言って、シヤンさんは拳銃を取り出して私に見せた。
銃、か。
……でも、それは問題じゃない。
「なら、サクレ外交官は刺殺ではなく、銃殺だったという事でしょう」
「何?」
「サクレ外交官は拳銃で左胸を撃たれた。そして、その傷口にアスティの剣を刺す。そうすれば、刺殺されたように見えます。実際は、刺殺ではなかったのだとしても」
そう。
別に刺殺である必要はないのだ。
サクレ外交官の遺体には、アスティの剣が刺さっていた。
だから、刺殺されたと思い込んでいた。
けれど、アスティの剣が殺害後に刺された物だとするならば、殺害方法は刺殺であるとは限らない。
「やはり、お前は何もわかっていない」
けれど、シヤンさんは平然とした口調でそう言い放った。
「どういう意味です」
「剣と銃には、圧倒的な違いがある」
「それは?」
「音だよ」
音……?
そういう事か……!
思わず、顔を顰めそうになる。
けれど、その表情を殺す。
失念していた事を悟られたくなかったからだ。
それらも当然、想定していたという顔をしなければならない。
自信に満ちた態度の方が、説得力は強いのだから。
だが、その答えを用意できなければ意味がない。
だから、すぐにでも反論しなくては……。
反論する根拠を示さなくてはならない。
考えろ、私!
剣と銃の違い。
剣と違って銃は、使用する際に音が出る。
それも室外の守衛にも届くほどの大きな音だ。
これは到底、無視できる事実ではない。
銃でサクレ外交官を殺害したなら、音でバレる。
けれど、彼女が犯人であるとすれば、その凶器は拳銃であるはずだ。
もしかして先にアスティの剣を盗んで、それを刺した?
いや、剣を持って近づく相手があれば、それが自分の護衛であったとしても警戒はするだろう。
抵抗だってするかもしれない。
拳銃であるなら手に隠し持つ事もできるだろうから、奇襲じみた暗殺もできる。
だから、拳銃を使っての殺害という線は案外悪くない。
少なくとも、アスティの剣で刺したという考えよりも現実的だ。
でもそうなると、音の問題が出てくる。
この音を消す手段に思い至らない限り、立証はできない……。
手がかりは、ないだろうか……。
この事件現場で見聞きした事に……。
私は、シヤンさんを見た。
「どうした? 何も言う事はないのか?」
私は……。
結果として、音を消す手段を思いつく事ができなかった――
著者は右利きですが、カップの取っ手を持つ時は左手で持ちます。




