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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命第二王子
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五話 第三者

「では、反論させていただきます」


 私がそうシヤンさんに告げたのは、反論する余地を見つけたからだった。


 しかし私の見つけたそれは、あまりにもかすかな物だった。

 おかしな部分ではあるけれど、それはそのまま王子の無実を証明できる物ではない。


 けれど、私は自信たっぷりに、不敵な笑みを作る。


 さながら、これから口する事がこれ以上ない真実だと言うように。

 そして、口を開く。


「王子はサクレ外交官に襲い掛かり、自衛のために発砲。しかし銃弾が外れ、王子はサクレ外交官を刺殺した。それがあなたの主張で間違いありませんね?」

「……そうだ。それ以外に考えられない」


 私はシヤンさんに人差し指を突きつけた。

 シヤンさんが身を強張らせ、一瞬体をビクリと震わせた。


「それはおかしいですね」

「何が、おかしい?」

「遺体の倒れ方ですよ」


 私は、サクレ外交官の遺体に目を向ける。

 遺体は、頭を入り口側へ向けた状態で仰向けになっている。


「剣が胸に刺さっている事から、犯人が正面からサクレ外交官を刺した事は間違いない。そのままサクレ外交官が倒れたのだとすれば、サクレ外交官の頭は入り口側ではなく部屋の奥側へ向いていなければおかしいのです」


 そう。

 入り口側に立っていた犯人がサクレ外交官を正面から刺した場合。

 そのまま仰向けに倒れて、部屋の奥側を向くはずなのだ。


 なのに、この遺体はそうじゃない。

 入り口側に頭を向けている。


 それは明らかな矛盾だ。


「何を言うかと思えば……。それは、犯人が入り口側に居た事を前提にした推論だろう」


 シヤンさんが反論する。


「違うと言うのですか?」


 彼女は頷き、部屋の奥側を指した。


 そこには、テーブル席があった。

 テーブルには、ティーセットが載っている。


「サクレ様は、この男を茶で持て成していた可能性が高い。そこで口論となって、この男はサクレ様を襲ったのだ」


 ティーセットの置かれたテーブルは部屋の奥側にあった。


「サクレ様は入り口側へ一度逃げ、振り返りそれを迎え撃った。それなら立ち位置は逆転する。奴は奥で、サクレ様が入り口側だ。倒れた方向の矛盾はなくなるだろう」


 サクレ外交官が逃げ、アスティが追ったのなら確かに立ち位置はそうなる。


 倒れた方向の矛盾は消える。

 けれど、それだと別の矛盾が現れる。


 気づいていない彼女に、それを指摘するとしよう。


「いいえ、そうはいきません」

「何?」

「何故なら、その立ち位置ではあれの説明がつかなくなるからです」


 私は、入り口側の壁を指し示した。

 その一点には、弾痕が残っている。


「王子はサクレ外交官と口論となり、サクレ外交官に襲い掛かった。そこまではいいでしょう」

「いいや、よくない。その前に訊いておきたい」


 私の言葉を遮り、シヤンさんは言った。


「何ですか?」

「つまり、お前はあの男がサクレ様を襲ったという事を肯定するのだな?」


 シヤンさんは訊ね返す。


 アスティはサクレ外交官に対して怒りを覚えていた。

 詳しい事はわからないが、それは十分に考えられる。


「アリシャ……」


 アスティが困惑した様子で私の名を呼ぶ。


 彼に不利な事を言う私に不安を覚えたのだろう。

 でも、安心して欲しい。


 アスティがそんな事で人を殺すような人間ではないと、私は信じているから。


「あなたの推論を一時的に肯定するだけ、と言っておきましょう」

「のらりくらりと、都合の良い事を言うな」

「話を戻します」


 彼女の批判を無視し、そう答える。


「いいだろう」


 シヤンさんは腕組みをして返した。


「あなたの推論を基に考えるとするなら、大きな矛盾が生まれてしまいます。それが、あの弾痕の位置です」

「どういう事だ?」

「サクレ外交官がそれに対して銃で応戦したというのなら、弾痕は襲い掛かってきた人物の立っていた方向になければおかしい」

「な……にっ……」


 シヤンさんは顔を顰めた。

 思いがけない反論に、驚いているのだろう。


「そして弾痕は、入り口側の壁にある。つまり、王子がサクレ外交官へ襲い掛かったとするならば、王子の立ち位置は入り口側でなければならないのです!」


 シヤンさんが表情を険しくし、拳を強く握りしめるのが見えた。


 今にも殴られそうで怖い……。

 アスティを殴った所を見ているので、やりかねないと思ってしまう。


 けれど、怯んではいられない。

 私は怯えを隠し、毅然とした態度でシヤンさんと対する。


 シヤンさんの表情が、若干和らいだ。

 少しだけ安心する。


 彼女は口を開く。


「入り口側から襲われ、サクレ様が反撃した事は確実。そう言いたいわけだな?」


 問われ、私は頷いた。

 が、すぐに彼女は反論する。


「しかし、銃弾は一発しかなかったのだ。反撃に失敗したのなら、逃げようとした可能性がある。だとすれば、相手に背を向ける事になる。その時に刺されたなら体の向きに矛盾はない」


 確かに、それならば解決する。

 ただし、一部だけ。


「ですが、サクレ外交官は左胸を正面から刺されています。その推理では胸じゃなく背中を刺される事になるでしょう」

「それもそうだな。なら、倒れた拍子に体の向きが変わったというのはどうだ?」

「え?」


 すぐさま言い返され、私は言葉に詰まった。


「刺された時、そのまま倒れるとは限らない。刺殺後、もがき苦しみながら身を捩って倒れるという事だってあったかもしれないだろう」

「それは……」


 ないとは言い切れない。

 あるとも言い切れないが。


「そういえば、私の孫も参観日の演劇で斬られる役をしていましてな。その時に「やーられーたー」と言いながらくるりと体を回してから倒れていましたな。そういう事でしょうか」


 部屋の外から聞き覚えのある声が言った。


 いや、それはあくまで劇ですよ。

 シャルルさん。

 こんな時にそんな話をしないでください。


 私は一度、サクレ外交官の遺体を見やる。

 あまり直視したくないが……。


 そして、再びシヤンさんに向いて答えた。


「いえ、その割には場が綺麗に思えます。もがき苦しんで亡くなったのだとすれば、もっと血痕が周囲に飛び散っていると思いますし、絨毯にもそういった痕跡や乱れがありません。……殺害後に動かされた、という事もないと思います」


 遺体を動かした時、その下には小さいながらも血溜まりができていた。

 殺害後に遺体を動かしたとすれば、その血痕は遺体の下だけに留まっていないだろう。

 動かせば血は尾を引くものだ。

 その痕跡すらなかった。

 絨毯の乱れだってない。


 しかし……。


 改めて観察してみると、この現場は妙に綺麗だ。

 血が周囲に飛び散っている様子もないし、サクレ外交官の倒れている場所の近辺は絨毯の乱れもそんなにない。


 私の足元は少し乱れているが、目立つほどじゃない。

 質がいいためか、歩くぐらいではそれほど乱れないようだ。

 踏みしめても、毛が立つ。


 さっきシヤンさんがアスティを組み伏せた場所は絨毯の乱れが目立っているから、あれくらいの事があればさすがに目立つよう……。


 ん?


 今気付いたが、奥のテーブルからアスティが組み伏せられた辺りまで線状の乱れが続いている。

 それも二本……。


 何かを引き摺ってきた跡のようにも見える。


 …………。

 何が引き摺られてあそこまで行ったのか……。

 なんとなく見当がつくのだけれど……。

 どうしてそうなったのか、理由がよくわからないな。


 検証が続けば、いずれ答えがわかるかもしれない。

 それまでは保留にしておこう。


 とりあえず、部屋の中ではこの二箇所ぐらいしか絨毯の乱れている場所はない。


 少なくとも、犯人と争った形跡がサクレ外交官の倒れている付近にはない気がする。

 つまり、殺害後に移動させられた可能性はほぼないという事なのだが……。


 本当に、アスティはサクレ外交官を襲ったのだろうか?

 いや、そもそもサクレ外交官は抵抗したのだろうか?

 それにしては、あまりにもその痕跡が少ない。


 それにあの線状の痕跡……。

 私の推測が正しければアスティがサクレ外交官を襲ったという事実そのものが怪しくなってくる。


 抵抗した事を明確に示す証拠は、恐らく壁に残った弾痕ぐらいの物だ。


「では――」


 シヤンさんの声に、私は意識を思考の世界から呼び戻された。


「お前はこの状況をどう見る? そこまで理屈を並べ立てたのだ。もちろん、この状況に対して納得の行く見解を用意しているのだろうな?」


 見解、か……。


「もちろんです」


 私は強く頷いた。

 不敵に、ニヤリと笑う。


 この矛盾を晴らす推論……。

 ……何も考えてなかったな。


 矛盾を追求してみたが、逆にわからない事が増えてしまった気がする。


 それでも、どんなにおかしな状況であろうとそれに整合性を与えられる真実は存在する。


 少し考えを整理しよう。


 サクレ外交官は、入り口側からの襲撃者に銃撃した。

 守衛の二人は、この時の銃撃を耳にした。

 それをきっかけに室内へ突入したが、その時部屋にいたのはアスティとサクレ外交官だけ。


 その際、アスティは入り口の付近で気を失っていた。

 サクレ外交官は左胸に剣を刺された状態で亡くなっており、頭を入り口側へ向ける形で仰向けに倒れていた。


 そして、入り口から部屋へ入った人物はアスティだけ……。

 だから、アスティは容疑者となっている。


 でも、アスティは犯人ではない。

 私はそれを信じられる。


 だから、犯人がいるとすれば別の人物……。

 真犯人となる第三者がここにいた、という事だ。


「ここにはもう一人。サクレ外交官を殺害した第三者がいた。と、私はそう思っています」


 それだけは、確かな事だ。

 その考えを明確にするため、私はそう口にする。


「馬鹿な……。入り口は見張られていたんだぞ。その第三者は、どこから入り込んだというのだ?」


 シヤンさんは私に問いかける。


 その通り。

 入り口は二人の守衛に見張られていた。

 そこから誰にも知られず、進入する事はできない。


 ならその人物は、どこから部屋へ入ったのか?

 入り口から入っていないという事は、別の場所だ。


 そして、もし進入する場所が他にあったとすれば……。


「では、入り口以外の場所から入ったのでしょう。たとえば――」


 私は、部屋の奥側を指した。

 そこにはベランダへ通じる窓があった。

 夜風を受けて、レースのカーテンがなびいている。


「そのベランダから、とか」

「ベランダ?」


 シヤンさんに問い返され、私は頷いた。

 そうして答える。


「はい。その第三者はベランダから侵入し、そちらへ振り返ったサクレ外交官を正面から刺殺したのです」


 ベランダは部屋の奥側にある。

 侵入者がその方向から近づき、サクレ外交官を正面から刺したのだとすれば今の状況に合致する。


「凶器の問題は?」

「えっ! あ、ちゃんと考えてますよ」


 忘れてた。


「疑わしいが訊いてやろう」

「……第三者が部屋へ入った時、王子は既に気を失っていたんです。……多分、サクレ外交官の銃撃によって」

「奴は無傷だったはずだが?」

「音に驚いたんじゃないですか?」

「そんな神経の細い男に見えないが?」


 私もそう思う。

 けれど、素直に答えると私の推論が終わってしまう。


 アスティはサクレ外交官に襲い掛かり、返り討ちにあった。

 銃弾は外れたが、その銃撃に驚いて気を失った。


 ……今はそういう事にしておこう。


「それはいいんです。とにかく、王子は気を失っていた。だから、その王子から剣を盗んでサクレ外交官を刺したのではないか、と私は言いたいんです」

「その場合、第三者もまた入り口側へ一度向かった事になる。お前の指摘した倒れた方向の矛盾が消える」

「あっ」


 確かにそうだ。

 一度、アスティの所へ向かったのなら、結局は入り口側からサクレ外交官を刺した事になる。


 サクレ外交官が入り口側に頭を向けた状態にはならない。


 その矛盾を解消するには、部屋の奥にあるベランダから直接サクレ外交官の所へ向かい、刺殺したという事にしなければならない。


 どうすれば、そういう状況になるだろうか……。


「じゃあ……えーと……そうだ! サクレ外交官を刺殺する際は、元々持っていた刃物で刺したんです」

「ほう」


 答えると、シヤンさんは興味深そうに呟いた。


「その後、気を失っていた王子から剣を盗んでサクレ外交官の遺体へと刺した。もちろん、それは王子に罪を被せるという目的のためです」


 必死に考えて答える。


 これなら、一応筋は通る。

 証拠はないけど……。


「……」


 私が答えると、シヤンさんは腕を組んだ状態で目を閉じた。

 何か考え込んでいるようだ。


「……なるほど。それなら、考えられなくもない」


 しばしあって、一言呟く。


 よかった。

 一応、納得してもらえたようだ。


 その目が開かれると、視線が私へ向けられる。


「サクレ様を殺害したのはそこの男ではなく、第三者。そして、その第三者はベランダから侵入した。お前はそう言うのだな?」

「はい。そうとしか考えられません」

「よくわかった」


 答えると、シヤンさんは首を小さく傾げて私を見やる。

 感情のうかがえない無表情。

 しかし、角度によって彼女の口元から伸びる傷が笑みを作っているように見えた。


 奇妙な寒気を覚える。

 私が弱気になっているからかもしれない。


 そんな気持ちに負けないよう、私も気を引き締めてシヤンさんを見詰め返した。

 彼女が口を開く。


「確かにお前の言う通りだ。新たな可能性が出てきた。それを追求するのもいいだろう」


 新たな可能性……。


 彼女の口にした言葉に、ふと不吉な物を感じた。


「犯人に共犯者が居た可能性だ」


 シヤンさんは淡々と答えた。


「なっ……」


 思わぬ発言に、言葉を失う。


「何故、そうなるのですか?」

「バルコニーから進入したとして、その手段は何が考えられる?」


 私の質問に対してシヤンさんは答えず、逆に質問を返す。


「そ、それは……。ロープや縄梯子を使えば……。下からは……無理でしょうし、上の階のベランダから縄梯子を下ろして進入できるのではないか、と……。で、犯行を終えて、上に戻った。それで縄梯子を回収した……」


 考えていなかったので、思いつきで答えていく。


 適当ではあったが、説得力はあるはずだ。

 いや、案外悪くない考え方かもしれない。

 これなら、進入も脱出も可能――


「それがどういう意味か、わかっているのか?」


 そう訊ねたのは、意外にもレセーシュ王子だった。

 振り返り、部屋の外を見る。


 そうして見た彼の表情からは、怒りがうかがえた。


「どういう意味か……?」


 何か、おかしな事を言っただろうか?

 上の階……。

 三階……。


 あっ。


「上の階は、この国の王族のみが立ち入りを認められた区画だ。三階へ行ける階段は一つしかなく、そこも厳重に守られている。王族以外に立ち入る事は絶対にできない」


 私が気付くのと同時に、レセーシュ王子が答える。


 その言葉で、私は事の重大さを理解した。


「私はこれが、第二王子の犯した突発的な犯行だと思っていた」


 シヤンさんは強い口調で言い、そして続ける。


「しかし、お前の言葉で考えを改めたよ。単独犯による突発的な犯行ではなく、組織的な計画的犯行ではないか、とな。そして、その組織というのは――」


 その言葉を聞いて、私は自分の過ちに気付いた。


 私はとんでもない可能性を彼女に示唆してしまったのだ。

 ベランダの侵入者。

 そんな人物が居たとすれば……。


「トレランシア王家。この事件は、この国による計画的な殺人事件だ!」


 彼女はそう、断言した。

 没シーン。


 シヤ「銃撃を避け、サクレ様の背後へ一瞬で回り込んだとも考えられる」

 アリ「少年漫画じゃないんですから!」

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