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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命第二王子
41/74

四話 決定的な証言

 私とシヤンさんを残し、陛下とレセーシュ王子、そしてパーティの参加者達が部屋の外へ出ていく。

 アスティも手枷をされて守衛に預けられ、皆と同様に廊下から事の趨勢をうかがっていた。


 シヤンさんはアスティの身柄を手放す事を渋ったが、現場検証の邪魔になるため渋々ながら応じた。


 今の彼女の手には、リボルバー拳銃だけが握られている。


「あなたも銃を持っているんですね」


 私はなんとなく彼女に言った。


 サクレ外交官の銃は、今も彼自身が握っている。

 なら、彼女の持っている物は彼女自身が始めから持っていた物だろう。


 彼女は拳銃を腰のホルスターへ収めた。


「ああ。本来ならこういう場において、護身として剣の携行を許される。だが、私達はその代わりに拳銃を持参した」

「……でも、銃弾は取り上げられてしまったんですよね? 護身具にならないのでは?」

「それは大広間でだけの話だ。自衛の力を取り上げない事は、国際的な礼儀だからな。大広間を出る時に、守衛から銃弾は返してもらっている。まぁ、それでも城内に持ち込めるのは一発だけという制約があったが……」


 つまり、二人の拳銃には一発ずつ。

 計二発の銃弾が、城内にはあるという事だ。


「無駄話はいい。始めるぞ」

「はい」


 そうして、現場検証が始まる。


 私は見える範囲で室内の状況をざっと把握する。


 豪華な部屋の真ん中。

 遺体は、部屋の入り口側に頭が向いた状態で仰向けに倒れている。


 人の死体。

 それも他殺体と思しき物を見た事がないため、恐ろしくてじっくりと直視はしたくないが……。

 アスティの無実を証明するためにはそうも言っていられない。


 私とシヤンさんはサクレ外交官の前に立ち、遺体の状態を確認する。


 ざっと見て気になる場所は二箇所。

 剣の刺さった左胸と拳銃が握られた右手だ。


 右手に握られた拳銃へ目を向ける。

 どうやら、パーティで見せびらかしていた物と同じ物のようだ。

 リボルバー拳銃である。


 シヤンさんはサクレ外交官の前にひざまずくと、拳銃を改める。

 シリンダーの中を確認した。

 六つある穴には、一つだけ真鍮の薬莢が入っている。

 シヤンさんはそれを取り出した。


「発砲済みだ。やはり、あの壁の穴はサクレ様の撃った物に違いないな」

「壁の穴?」


 知らない情報だったので、私は聞き返した。


 すると、シヤンさんは入り口側にある壁を指差した。


 そこには、気をつけて見ないと見逃してしまうくらいの小さな穴が空いていた。


「あれは弾痕だ。サクレ様が撃った物である可能性が高い」

「あの、もう少し詳しく……」


 言い募る私を無視して、シヤンさんは薬莢とシリンダーを元に戻した。


 結局、彼女は私の疑問に答えてくれなかった。


 次に、サクレ外交官の左胸を見る。

 私は少し傷口を見るのが怖かったので、目を眇めながら見る。

 当然ながら、あまり見えない。


 すると、シヤンさんはサクレ外交官の肩と横腹に手をやり、横臥させる。

 床に面していた背中が、明らかになった。


 胸の傷から流れ出したらしき血で汚れているが、剣が刺さったままだからかさほど出血は多くない。

 少し流れ落ちており、絨毯を汚している。

 緑色の絨毯なのでその汚れがよく目立つ。

 血痕そのものは乾いているようだ。


 どうやら、剣は体を貫通していないらしい。


 それでシヤンさんは検証に納得したのか、サクレ外交官の体を再び仰向けに戻した。


 そのまま何か考え込むように、シヤンさんは動かなくなる。


 けれど、私がそれに付き合う必要はない。

 私は何も納得していない。

 情報を得なければならない。


 私は室内をざっと見回す。


 部屋の奥にはバルコニーへ通じる両開きの窓があり、開け放されたそこからは夜風が吹き込んでいる。

 その風がカーテンを揺らしていた。


 そのベランダ付近には、おしゃれな丸テーブルとそれを挟んで向かい合う椅子が二脚。

 テーブルの上には、二組のティーカップとソーサー。

 ティーカップの持ち手はどちらもこちらを向いている。

 ティーポットが置かれている。

 その傍らには、茶葉の袋があった。


 調べる所は結構ありそうだ。

 さて……。


「次はどこを……」


 私はそう呟く。


 議論は今まで何度か経験したけれど、現場検証なんて物は初めてだ。

 何をしていいのかよくわからない。


「その必要はない。現場検証は終わりだ」


 私の呟きに答える形で、シヤンさんは言い放った。

 その視線が、私からその背後にいる人物へ向けられた。


「え?」

「この部屋の警備を担当していた守衛。入って来い」


 私が驚いている間に、シヤンさんが声を張り上げる。


「え、あ」


 声を向けられた先で、守衛が戸惑いの声を上げる。

 見ると、彼は廊下で倒れるもう一人の守衛を前におろおろとしていた。


 アスティを拘束している守衛とは、また別の守衛だ。


「どうした?」

「いや、どうしてか眠っているみたいで……。僕が広間へ向かった時は、元気だったのに」


 シヤンさんに言われ、守衛は答える。


 ああ、あっちも気になっていたけれど眠っていただけだったのか。

 生きているようでよかった。


「さっさと叩き起こせ」

「は、はい」


 言われて、守衛は眠っている守衛の頬をぺちぺちと叩いた。

 すると、眠っていた守衛が目を覚ます。

 立ち上がり、辺りを見回した。


 いまいち、現状を把握できていない様子だ。


「おはよう」


 そう声をかけたのは、近くにいた陛下である。

 守衛はその人物に気付くと、条件反射のように敬礼した。


「へ、陛下。おはようございます!」

「うむ。元気な返事でよろしい。では、証言するがよい」

「はっ! え? は、はっ!」


 よくわからないままに返事をする守衛。

 そんな彼に、もう一人の守衛が声をかけて何やら耳打ちした。

 状況の説明をしたのだろう。


 ややあって落ち着いたのか、二人の守衛は部屋の中へ入って来た。


 廊下には、等間隔に兵士が配置されていた。

 丁度、部屋の前に配されていた守衛がこの二人なのだろう。


 大広間へ報告に来た守衛は多分、この二人のどちらかで……。

 部屋の前で寝ていた守衛もこのどちらかだ。


 さっきから二人の様子を見ていたのに、どちらがどちらだったか私には解らなくなっていた。

 というのも、二人ともどちらがどちらかわからないほどそっくりな顔だったからだ。


「レヒトです」

「リンクです」


 二人がほぼ同時に名乗る。

 正直、声が重なって正確に名前がわからなかった。

 どっちがどっちかもわからない。


「名前などどうでもいい! 証言しろ。私の考えが確かなら、お前達の証言は決定的な証拠となりえるはずだ」

「決定的な証拠、ですか? それはいったい――」

「聞いていれば解る」


 シヤンさんは私の疑問を遮り、答えた。


「「何を話せばいいですか?」」


 二人の声が、ステレオ気味に問うてくる。

 ちょっと変な感覚だ。


「……聞き取り難いから同時に喋るな」


 シヤンさんが言う。

 彼女も同じ気持ちなのかもしれない。


「はぁ、わかりました」

「では、そのようにします」

「それで」

「何を」

「話せば」

「いいですか?」


 二人の守衛は交互に言葉を発した。


 ん?

 聞き取りやすくはなったが、なんかさっきよりも鬱陶しくなったぞ?


 左右から交互に短い言葉が連なるので混乱する。


「お前ら打ち合わせでもしてるのか?」


 シヤンさんは頭を押さえながら問う。


「「いいえ? でも実は僕達、双子なんです」」

「それは言われるまでもなくわかる」


 双子の守衛は「そう」「ですか」、と返した。


「それはもういい。同時に喋れ。そっちの方がまだマシだ」

「「わかりました」」


 双子の守衛は笑顔で答えた。


「では答えてもらおうか。事件が起こるまでの間、この部屋に出入りした全ての人物について。無論、サクレ様以外で」


 出入りした人物。

 そうか。

 それがわかれば、自ずと犯人は断定される。


「「出入りした人物ですか?」」


 双子は、鏡合わせのように同時に俯き、考え込むような仕草をする。

 そしてすぐに顔を上げて答えた。


「「アスティ殿下だけです」」


 え?


「ほ、本当ですか? 他には誰もいなかったんですか?」


 私は思わず訊ね返した。


「「はい。間違いありません。サクレ様が部屋に戻られてから、部屋の中へ入ったのはアスティ殿下だけです。サクレ様に出迎えられて、アスティ殿下は室内へ入りました。それ以降、誰も外へ出ていませんし、入ってもいません」」


 双子の守衛は余程自信があるのか、胸を張って言い切った。


「「あ、でも一度サクレ様が部屋の外へ声をかけてきました。シヤンさんに」」


 双子の証言に、私はシヤンさんを向く。

 シヤンさんはその証言を肯定するように、一つ頷いた。

 口を開き、補足する。


「途中で離れたが、私も彼らと一緒に部屋の前にいた。だが、事件の少し前に、サクレ様から茶を貰ってくるよう言付かったのだ」


 言いながら、シヤンさんは小袋を取り出して見せた。

 ほんのりと良い香りがする。

 茶葉が入っているのだろう。


「一階の厨房で茶葉を貰い……戻ってきたらサクレ様が殺されていた」


 シヤンさんは、悔しげに顔を歪めながら言った。


 そして戻ってきたシヤンさんは事件現場を目撃し、アスティを殴りつけた。

 という事か……。


 シヤンさんは再び表情を厳しいものへ変え、私を睨みつける。


「しかも、サクレ様の命を奪った剣は、この男の佩いていた物だ。それも証拠になるだろう」

「……別に、王子の物だというわけではないかもしれませんよ。同じのデザインの剣なら他にもあるかもしれませんし」


 シヤンさんの主張に、私は反論する。


「いや、それは間違いなくアスティの物だ」


 しかし、私の反論は別の声に否定された。

 見ると、発言者は陛下だった。


「その剣の紅玉に刻まれた意匠は、王家に伝わる物でな。王族である事を示すための意図もあって、同じ意匠の物を作る事は許されていない」


 黄門様の印籠みたいな物か……。


 でも、その証言でますますアスティの立場が悪くなってしまった。


「周知の事実である。隠し立てすれば、さらに立場が悪くなるだけであろう」


 考えていた事が表情に現れていたのか、陛下は弁明するように答えた。


「えーと……。でも、偽造されたという可能性は……」

「余の見る限り、本物だな。王家に代々伝わる剣だ。若い頃には、余が携行していた物でもある。見間違えぬさ」


 そうですか……。

 偽物であるという事はなさそうだ。


 ふと、気になった事がある。


「そういえば、シヤンさんがサクレ外交官の遺体を発見したのは、私とレセーシュ王子が部屋へ来た後ですよね?」

「そうだったな」

「私達が部屋へ訪れたのは、遺体が発見されたと聞いてからです。では、誰が最初にサクレ外交官の死に気付いたのですか?」


 私が問うと、「「はい」」と双子の守衛が同時に手を上げた。


「その時の事を訊かせてください」

「「わかりました。あれは花火の音が聞こえなくなって、少ししての事でした」」


 確か、花火は八時から始まって九時ぐらいに終わった。

 なら、九時以降という事だ。


「「そんな時に、パンッていう音がしたんです」」

「音、ですか?」

「「はい。破裂音のようで、最初は花火だと思ったんですけど……。花火にしては音が小さくて、それに部屋の中から聞こえてきたようだったので、部屋の中へ声をかけたんです」」

「それで?」

「「その後すぐ誰かが動き回るような音が聞こえて、僕達は部屋の中へもう一度声をかけました。でも返事がなくて……。扉を蹴破って入ったんです。そしたら……サクレ様が亡くなっていました」」

「蹴破った?」

「「鍵がかかっていたので……。アスティ殿下が部屋に入った時に、鍵をかける音がしたのでその時からだと思います」」


 鍵をかけたのはサクレ外交官自身だったのかもしれない。

 もしくは、アスティか……。

 そうまでして、何か内密にしたい話があったのだろうか。


「部屋へ踏み入った時、王子はどうしていたんですか?」

「「倒れていました。サクレ様の前で」」

「前、というのはあなた達から見て前、という事ですか?」


 双子は一糸乱れぬ動作で同時に頷いた。


 彼らから見て前、という事は入り口側に倒れていたという事だ。


 私がこの部屋へ訪れて、初めて見た光景と立ち位置は同じか……。


「「それからすぐに」」

「僕が陛下に伝えるべく、大広間に走ったんです」


 どっちがどっちだったか覚えていないが、双子の片割れだけが手を上げて答えた。


 なるほど。

 そこから先は、私も知っている。


 彼が大広間で事件を伝え、私とレセーシュ王子。

 それに、多くの客達が現場へと向かった。


 しかし気になるのは……。


「パンッ……。というのは、いったい何の音だったのでしょう?」

「恐らく、サクレ様が持っていた拳銃の発砲音だ」


 シヤンさんが答えた。

 私が声に反応して見ると、彼女は私の背後を指差した。


 指されて見やる。


 入り口方向の壁。

 さっきシヤンさんが言っていた、弾痕だ。


「慌しい音というのは恐らく、その男がサクレ様を襲った時の物だろう。襲われたサクレ様は、反撃するために銃を撃った。しかし、銃弾は外れて壁を穿った。その男は武器を失ったサクレ様に対し、自分の剣を突き立てた。そういう事だ」


 なるほど。

 そういう事か。


 反論したいけれど、情報が足りなくてその余地がない。

 私は黙って、シヤンさんの言葉を聞いた。


「わかったか? つまり、犯行に及ぶ事のできた人間は一人だけ。部屋に入った唯一の人物である、その男だけだ。犯人は、その男以外にありえない」


 そう言って、シヤンさんは部屋の外で拘束されたアスティを指した。


 アスティの表情が歪む。


 確かに、この証言だけを聞けば、アスティ以外に犯人はありえない……。


 でも、この事について証言できるのは、双子の守衛とシヤンさんだけではない。

 しかも、現場で何があったのか、正確に把握している人物が一人残っている。


「王子」


 私はアスティに声をかけた。

 彼が私に向く。


「どうしてサクレ外交官の部屋にいたのですか?」

「……呼び出されたからだ。例の銃について話がある、と」


 あの時の言伝ことづてか。


「では、部屋に着いてからは何がありました? ……サクレ外交官は、何故死んだのですか?」

「それは……」


 アスティは言葉に詰まった。

 何か言い難い事があるんだろうか?


 その態度は客観的に見て、とても疑わしい……。


「話してください」


 そう訊ねる私の声は、思わず語気が強くなった。


「……憶えていないんだ」

「憶えていない?」

「部屋を訪れた事は憶えている。それから……記憶にないんだ。気を失っていたらしく、気付いたら守衛に起こされて……。それで……サクレ外交官が亡くなっていた」


 そう答えるアスティの言葉は歯切れが悪い。

 正直、到底信じられる内容ではない。

 程度の低い言い訳にも聞こえる。


 でも私の知っているアスティなら、そんなすぐにバレそうな嘘は吐かない。

 むしろ彼自身、その証言があまりにも言い訳じみていると自覚しているから歯切れが悪いのだろう。


「ふざけるな! そんな言い訳が信用できるか!」


 案の定、シヤンさんが怒鳴る。

 アスティはそれを黙って受け止めた。

 苦しげに表情を歪ませる。


「私は信じます」


 答えると、アスティが私を見た。

 その表情は驚きに満ちている。

 同時に、シヤンさんが私を睨みつけた。


「こんな状況でも、よく言えたものだ。お前はその男の婚約者らしいな。庇いたいだけじゃないのか?」


 シヤンさんに言われ、私は首を左右に振った。


「それは違います。違いますが……。たとえそうだとしても、何か問題がありますか?」

「何だと?」


 敵意の篭った声で聞き返される。


「出揃った証言は、全て王子が犯人である事を示しています」


 そう、誰がどう聞いても、犯人はアスティだ。


 複数の証言者がそれを証明し、それ以外は考えられない。


「そんな中で、私一人が彼の証言を信じたとしても何かが変わるわけではない。大事なのは、真相なのですから。違いますか?」

「……違わない」


 答えながら、シヤンさんは私の意図を測ろうとするようにうかがってくる。

 そんな彼女に、私は続ける。


「なら私一人が信じていても、問題はないはずです」


 そう。

 何も状況は変わらない。

 私が信じた所で、この状況が覆るわけではないのだから。


 でも、私の心境は変わった。


 アスティという人間を知っている私だからこそ、この状況が示す真実が偽りであると理解できる。


 状況は絶望的。

 絶体絶命だ。


 確かに、この状況を覆す事は困難だろう。


 でも、アスティは犯人じゃない

 私はそれを信じられる。


 信じられるからこそ、その困難にも立ち向かっていける。


「ふん。愛情がそうさせるのか? くだらない」

「は? 愛情なわけないでしょう?」

「何でちょっと怒ってるんだ?」


 シヤンさんに反論すると、そう言い返されてしまった。

 ちょっと感情的に言葉を返してしまった。


「続けましょう。検証を」


 取り繕いつつ告げる。


「その必要があると思うのか?」


 しかし、それに対してシヤンさんは問い返す。


「もちろん」


 私はきっぱりと返した。


「確かに、今の時点で疑わしい人間は王子だけ。でも、疑わしいだけです」

「何が言いたい?」

「今の証言は、犯行に及ぶ事のできた人間をあぶり出しただけに過ぎません。だからと言って、王子が犯行に及んだという証明にはなりません。誰も、実際に王子が殺した所を見ていないのですから」

詭弁きべんだ!」


 シヤンさんが私を怒鳴りつけた。


 詭弁、か。

 上等だ。


 真実へ辿りつけるなら、詭弁だっていくらでも使ってやる。


「詭弁かどうか、それは検証を続ければわかる事でしょう。少なくとも、今までは部屋の外にいた人間の証言だけしか出ていない。なら、室内で起こった事を調べれば、他の犯人がいるという可能性だって見つかるかもしれない」


 答えると、シヤンさんは私を強く睨む。

 私もそれを受け止める。

 やがて……。


「……あくまでも、その男の犯行ではないと主張するのだな?」

「ええ」

「これ以上の検証が必要であると、その根拠を証明して見せろ」


 根拠……。


「信じるだと? 可能性だと? そんな物で状況が変わるわけではない。そんなあやふやな証明ではなく、答えを示せ。可能性を語るなら、その有無を明確にしろ。でなければ、到底応じる事などできん」


 それは……もっともだ。


 正直に言って、今の証拠だけでも王子を犯人と断定する事は可能だ。

 だからこそ、室内の調査をもっと詳しく行って否定材料を得たいのだが……。


 それをするには証明が必要だ。

 けれど私が振るえる武器は、信頼と不確かな可能性。

 それらに現状を打破する力はない。


 なら、ここで示すべきなのだろう。


 現状を打破できるだけの武器。

 再考の余地を生み出せる証拠を。


 私は、すばやく室内を見渡した。


 現場検証を許されないのなら、ここから見える範囲の中。

 その中から、反論できる要素を見つけるしかない。


 現場の状況。

 見えるのは、サクレ外交官の遺体だけ。

 こちらからは逆様さかさまに見える驚愕の表情。

 左胸に突き立った剣。

 右手に握られた拳銃。


 それぐらいしかない。

 その中から、探すしかない。


 違和感程度のかすかな物でいい。

 その形すらわからない、もしくは形すらない、何かを見つけるんだ。


 思い出せ。

 私は今までだって、そうやってきた。

 最後まで諦めず、抗い続けてきたんだから。


 今回も、同じ事をするだけだ……。


 現場を見渡し、考え……。

 そして、私は口元を歪めた。


 シヤンさんを見る。

 すると、彼女は怪訝に思ったのか、表情を顰めた。


「いいでしょう。では、反論させていただきます」


 そんな彼女に、私は言い放った。

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