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絶体絶命悪役令嬢  作者: 8D
絶体絶命第二王子
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三話 一対一の現場検証

 私は、廊下を足早に歩んでいた。

 目指すのは、王城二階。

 貴賓室の一つ。


 サクレ外交官へあてがわれた部屋だった。


 どういう事なのだろう?


 アスティが、サクレ外交官を殺した。

 守衛がもたらしたその報告に、私は困惑を隠せなかった。


 いち早く事の真偽を確認したくて、報告を受けてすぐに大広間を飛び出した。

 そしてそれは、私だけではなかったようである。


「どういう事だ……!」


 隣を歩く、レセーシュ王子が口にする。

 彼もまた、隠しきれない困惑をその表情に映している。


 そんなレセーシュ王子と並び、私は事件現場となった部屋へ向かっていた。


「わかりません。でも……」


 アスティがサクレ外交官に敵意を持っていた事は確かだ。


 アスティは、私と居た時に誰かから呼び出されていた。

 その呼び出した相手がサクレ外交官だったとするなら……。

 それに応じた彼がサクレ外交官と会い、そしてなんらかの理由から突発的に殺害してしまったのだとしたら……。


 いや、アスティはそんな事をしない。


 途中まで考え、しかしその結論で強引にそれまでの思考を否定する。


 現場へと辿り着く。

 部屋の前の廊下では、守衛が一人倒れていた。


 そちらも気にしつつ、私は内側に開け放たれた部屋のドアを通り、現場へと足を踏み入れた。




「王子!」


 私はアスティを呼ぶ。

 すると、彼は私に振り返った。


「アリシャ……」


 アスティも私を呼ぶ。

 その表情からは、動揺がうかがえた。


「どうして?」

「わ、わからない……」


 そう答える王子の声は弱弱しく、とても不安そうだった。


 思わず私は彼へ近づき、手を伸ばし……。


「貴様……っ!」


 彼へ触れる寸前に、怒声と共に横から押される。

 よろけ、倒れそうになった所をレセーシュ王子が支えてくれた。

 そしてアスティへ改めて目を向ける。


 すると、サクレ外交官と一緒にいた女性がアスティを殴りつける所だった。


 確か彼女の名は、シヤン。


「ぐっ!」


 体勢を崩したアスティをそのまま投げ転ばせ、後ろ手に腕を捻った。

 アスティはうつ伏せに拘束され、身動き取れなくされてしまう。

 その上で、取り出した拳銃をアスティの頭へ突きつけた。


 サクレ外交官が持っていた物と同じ、リボルバー拳銃である。


「何をする! 王族に対して無礼であろう!」


 レセーシュ王子がシヤンさんに対して毅然とした声で怒鳴りつける。

 すると、シヤンさんはアスティを拘束したまま、首だけを巡らせてレセーシュ王子を睨みつけた。


 その視線は鋭く、相手を射殺さんばかりの気迫があった。


「無礼……? サクレ様を殺した人間に礼儀を弁えろと言うのか!?」


 そしてそう怒鳴り返す。


 そんな彼女からは、初めて会った時の物静かな印象が完全に失せていた。

 ただただ強い攻撃性だけがあった。


 たとえそれを向ける相手が他国の王族だとしても、彼女の態度に揺るぎはない。

 下手をすれば、不敬罪で無礼討ちされてもおかしくない行為。

 しかし、それでも彼女は牙を剥き続ける。


 その姿は忠犬と称されるよりも、さながら狂犬のようだ。


「王族だろうが誰だろうが……。この男は、私からすればただの犯罪者だ」


 確かに、彼女から見ればそうだろう。


 でも……。


「あの、ちょっと良いですか?」


 私は彼女に声をかける。


「えーと、シヤンさん」

「……なんだ?」

「私はアリシャ・プローヴァです」


 一応、自己紹介しておく。


「どうでもいい」


 苛々とした様子を隠そうともせず、シヤンさんは素っ気無く答えた。


「それで……。まだ、アスティ殿下が殺したと決まったわけではないと思うのですが……」


 私はそう、シヤンさんへ申し出ていた。

 怒りをあらわにする彼女に少し恐怖を覚えていたので、少しばかり声が小さくなる。


「何だと?」


 彼女の鋭い眼光が、こちらへ向けられる。


「そうだ。まだ、詳しく調査は行われていない」


 レセーシュ王子が言う。


「アスティを犯人と断ずるなら、現場検証を待ってからでも――」

「駄目だ」


 にべもなく、彼女は答えた。


「この国の司法など、信用に値しない」

「何故?」

「知っているぞ。この国の司法が、不正にまみれている事は」


 レセーシュ王子は反論できなかった。

 それが事実であるからだ。


 少し前に二つの事件があり、その二つともでこの国の司法に携わる者の不正が発覚した。

 だから、そう彼女に言われても反論できないのだ。


「だから私は、この件についてトレランシアの介入を拒否する。現場検証は後日、リュゼの人員のみで行う。この男の身柄も、それまでは容疑者としてこちらで預からせてもらう」


 そう言って、シヤンさんはアスティを拘束する腕に力を込めた。

 アスティが小さく呻く。


「これは我が国での、それも王城で起こった事件だ! 許容できない!」


 シヤンさんの行き過ぎた要求に、レセーシュ王子は返した。

 しかし、シヤンさんはそれをさらに突っぱねる。


「たとえこの国の司法の件がなかったとしても、この国に事件の捜査を委ねるつもりはない。この男は王族だ。王族である事を理由に罪を問われない事もあるだろう。そんな事は許さない!」


 怒りに満ちた声音で、シヤンさんは言った。


 守るべき主を殺されたのだ。

 その怒りももっともだろう。


「しかし、捜査をさせてもらえないというのなら、それもいいかもしれない」


 強硬な態度から一転して、シヤンさんはそう言う。

 その意図を判じかね、レセーシュ王子は顔を顰めた。

 そんな王子を尻目に、シヤンさんは続ける。


「この事件、捜査するまでもなく犯人は決まっている」

「どういう意味だ?」


 レセーシュ王子が訊ね返す。


「状況が物語っている。この男以外に、サクレ様を殺せた人間はいない、と」


 状況……。


 私は現場を改めて眺めた。


 仰向けに倒れるサクレ外交官。

 遺体を見るという事に抵抗を覚えつつ、彼の様子をうかがった。


 頭がこちらを向いているから、その顔が良く見える。

 その顔は苦痛というより、驚きに満ちた表情で固まっている。

 胸には剣が刺さっていて、剣の柄には細やかな彫刻を施された珠玉がある。


 凶器と思しきこの剣……。

 これはアスティの剣だ。

 パーティが始まる前に見たから、多分間違いない。


 その前にアスティが立っていたとすれば、確かにアスティが殺したようにしか見えない……。


「第二王子が外交官を殺した……っ?」


 耳に入ってきた一言に、私は思考の世界から現実へと引き戻される。

 背後がざわめいていた。


 振り返り、私は初めて部屋の外に多くの人々が集まってきている事に気付いた。

 その人々は、パーティの参加者達。


 中には、他国の外交官達の姿もある。


 私と同じく、それに気付いたレセーシュ王子も苦々しい表情を取る。


「それも仕方ない事かもしれない。パーティでリュゼの外交官を怒鳴りつける所も見た」

「あの激情のままに、殺したとしてもおかしくない」

「公人として、感情で動く事は如何な物か……」


 口々に彼らの話す言葉が聞こえてくる。

 もはや、その内容はアスティが犯人であると決まったかのような物言いばかりだ。


「まずいな……」


 レセーシュ王子が呟く。


「ええ。このままじゃ、王子が犯人という事にされてしまう……」

「それだけじゃない。この国の今後にも関わってくる」


 この国の今後?


「国を司る王家の者が、怒りに任せて他国の使者を殺したとなれば……。国そのものの信頼を貶められてしまう。明日の会議にも、その影響はでてくるだろう」


 そうか。

 そういう事にもなるのか。


 アスティだけじゃなく、この国もまた危機に陥ろうとしているのか……。


「捜査させてもらえないならそれもいい。だがその時は、この第二王子が犯人だったと判断させてもらう」


 レセーシュ王子はこれ以上ないほどに苦々しい表情を作り、黙り込む。


 アスティの身柄を渡さないというのなら、捜査妨害と見做してアスティを事件の犯人だと断定する。

 シヤンさんはそう言っているのだ。


 問題なのは、アスティを犯人だと断定する人間が彼女だけじゃないという事……。

 この場に集まる外交官達は、彼女と同じ判断をするだろう。

 それも少なくない人数が……。


 それは、確かな真相ではないけれど……。

 でも、リュゼにとってそれは明確な真相なのだろう。


 殺したのはアスティであり、捜査の余地もない。

 さっき、彼女はそう断じていた。

 だから、無理に詳細な調査を行う必要はないのだ。


 これでは、リュゼを始めとした多くの国の人間がアスティを犯人だと誤解したままになってしまう。


 ……誤解?

 何故、私はそう思ったのか……。


 それはわかってる。

 アスティは確かに怒りっぽい所もあるけれど、それで感情に任せて人を殺すような人じゃない。

 私はそんな彼の事をよく知っているから、だから迷わずそれが誤解だと思える。


 彼を犯人として引き渡すべきではないだろう。


 けれど……彼が連れて行かれるのを止められない。

 レセーシュ王子ですら、苦々しい表情で動けずにいる。

 私に、止める事はできない。


 見守る事しかできない……。


 シヤンさんが、アスティを拘束したまま立ち上がらせようとする。

 連行されようとするアスティ。


 後ろ手に腕を拘束され、歩かされるその姿はいつもより一回り小さく見える。

 ふと、彼が首を巡らせて私を見た。

 アスティと目が合う。

 表情が見える……。

 今まで見た事もない、弱弱しい不安そうな表情。


 その姿を見て私は――


「お待ちください!」


 声を上げていた。

 シヤンさんは立ち止まり、私を見る。


 レセーシュ王子や、恐らくは部屋の外から見守る他国の外交官達も恐らく私に注目している事だろう。


「どうした? 捜査を認めないつもりか?」


 私を威嚇するように、睨みつけながらシヤンさんは問う。

 その眼光にやや怯みつつ、私は答える。


「……いいえ、捜査は行われるべきです」

「よくわかっているじゃないか」


 シヤンさんは険しい視線を向けたまま答える。


「ですが、それは今この場所で行うべきです」

「何だと?」


 そんなシヤンさんの表情が、小さな驚きに変わった。


「遺体が発見され、それほど時間は経っていません。現場も荒らされておらず、事件当時の状況が維持されている。なら、日を置く事なく今ここで、これから、捜査を行う事こそがもっとも真実へ近付く事ができる……! だから、捜査は今行うべきなんです!」


 私は彼女の威圧に負けじと、強い口調で主張した。


 そうだ。

 そうしなければならない。


 アスティをいち早く助けるためには。


「余もそれに賛成だ」


 不意に、そんな声が室内に響いた。

 振り返る。


 すると、そこには陛下がいた。

 部屋の入り口付近に集まる人垣の中、紛れるようにして陛下は立っていた。


 声を発した事で、付近の人達がその存在に気付き、慌てて道を開けた。

 その道を通って、陛下は入室する。


「トレランシア王……」


 シヤンさんが口にする。


「私はその提案を承服できない。リュゼはこの国の司法による捜査を拒否し、我が国の調査機関のみでの捜査を行わせてもらう」


 相手が陛下であっても、シヤンさんは態度を改めずに告げた。


「拒否すると言うのなら――」

「それは構わぬ」


 シヤンさんの言葉を遮り、陛下は一言答えた。

 そして続ける。


「だが、やるなら今すぐだ」

「それができないと言っているんだ。リュゼ側はその人員をすぐに用意できない。だから、その言葉には従えない」

「では、そなただけで行えばいい。人が足りないというのなら、こちらからも人員を出す」


 陛下の提案に、シヤンさんは困惑する。


「話を聞いているのか? この国の介入は――」

「そなたが我が国の介入を拒むのは、公正さを欠くからであろう?」


 シヤンさんの言葉を遮り、陛下は訊ね返した。


「王家の人間が容疑者となっているから、不正が行われるのではないか……。そう思っているからだ。なら、その公正ささえ保たれれば、こちらが人員を出したとて何の問題もないわけだ」


 陛下の言葉に、シヤンさんは黙り込んだ。

 そんな彼女に、陛下はさらに続ける。


「幸い、この場にはどちらの国にも属さない者が大勢いる」


 そう言って、陛下は周囲にいる他国の外交官達を見回した。


「なら、この場にいる者に証人となってもらえばいい。その上で現場検証を行えば、これ以上の公正さはあるまい」

「……」

「そちらの調査機関がもたらす結果も、我が国にとって公正とは言いがたい。我が息子を犯人に仕立て上げれば、そちらには都合が良いからな。そのように調査結果を捏造する可能性もあるし……。そなたに引き渡せば、息子がありもしない事実を語らされる可能性だってある」


 ありもしない事実?

 ……アスティが、拷問されるかもしれないという事?


 陛下の言葉に、シヤンさんは顔を顰めた。


「なら、第三者の立会いの下で、互いに人員を出しての合同現場検証を行うのが一番公正という物であろう? それとも、それではまずいのかな?」


 陛下の提案に、シヤンさんはしばらく黙り込んでいたが……。

 やがて、口を開いた。


「……何も、問題はない。それなら了承しよう。……だが、公正さに配慮するというのなら、この部屋へ立ち入る人員は、互いに一人だけ。という事にしてもらう。今、捜査ができるのは私だけだ」

「うむ。では、こちらは――」


 言いながら、陛下は私の後ろへ回った。

 振り返ろうとする私だったが、そうする前に両肩を掴まれる。


「このアリシャ嬢に現場検証を行ってもらおう」

「え?」


 思わぬ事に、私は驚きの声を上げた。


「その少女を、だと?」


 シヤンさんは怪訝な顔で訊ね返した。


「本気ですか、父上?」


 レセーシュ王子も異議があるのか、そう訊ね返す。


「彼女以上の適任はいないと思うが? それはお前も認める所であろう?」

「それは……」


 レセーシュ王子は言いよどむ。


「わかりました」


 そして、答えた。


「では、そのように。よろしいな?」


 陛下が訊ねると、シヤンさんは頷いた。


 陛下はそれを認めると、私に向き直る。

 私の肩を押し、私の体の向きを変えさせる。

 向き合う形となり、そして私の耳元へ顔を近づける。


「良い提案だった」


 囁くように陛下が告げる。


「はぁ……?」


 何の事かわからず、私はそんな声を出す。


「私も今すぐに現場検証を行う事は考えたのだがね。実の所、少し迷ったんだ」


 陛下は「余」ではなく、「私」と自分を呼んだ。

 それに少し砕けた口調で続ける。


「息子が犯人である可能性を捨て切れなかったから」


 それは、アスティを信じていないという事?

 実の親だというのに?


 その事実に気付いて、私は驚いた。


「アスティは、そんな事をしません」


 思わずそう答え返す。


「うん。良い返事だ。私はそこまで自分の息子を信じられない。だから、君がシヤン殿を引き止めた時、賭けてみようと思ったんだ。息子の無実に」

「そんな事で?」

「君が優秀な事は知っている。息子……レセーシュだって優秀だ。あいつに勝った君なら、この状況をひっくり返す事だってできるかもしれない」


 私がレセーシュ王子に勝った、とはあの事件の事を言っているのだろう。


「ですが陛下、あれは真実を暴くための議論でした。勝ち負けなどありません。もし、真実が違っていれば、結果は変わっていたはずです。純粋な知恵比べならば、きっと私はレセーシュ殿下に勝てない……」


 本心からの言葉だ。

 頭の良さで言うなら、私はレセーシュ王子に敵わない。


「それでも、君がいい。前提として、アスティを心から信じられる者でなければ、この苦境を乗り越える事はできないと私は思っているからね」

「はぁ……そうですか」


 そうは言うが、本当に大丈夫だろうか?

 不安を拭い去れないまま、私は返事をする。


「それに、面白そうだったゆえ」


 ん?


 思いがけない理由を告げた陛下は、今までの威厳ある表情を崩していたずらっ子のような笑みを作っていた。


 それに驚いたのも束の間、陛下は私の体の向きをシヤンさんの方へ変えた。

 背を押して送り出す。


「さぁ、死力を尽くすが良い。そなたならできよう。余は信じている」


 さっきの笑みが嘘のように、陛下は威厳ある表情と口調で言った。


 私は小さくため息を吐き、目前にいるシヤンさんを見た。

 気難しげな表情。

 睨み付けるような視線。


 そして、視線はそれだけじゃない。

 背後からも、無数の視線が向けられる。


 ちらりと振り返れば、真剣に状況を吟味する者も、好奇に笑みを浮かべる者もある。


 そこから視線をそらし、シヤンさんへ向き直る。


 彼女の鋭い視線を近くに……。

 私もまた、視線を返す。


 どうであれ、私はアスティの無実を証明する事を陛下より仰せつかった。

 そしてそれは、私としても望む所だ。


 私以外に、彼を助けられないというのなら……。


 覚悟を決める!


 決して怯む所を見せぬように、強く目に力を込めた。


「では、始めようか。現場検証を……」


 私は表情を引き締め、目前の状況とシヤンさんに挑んだ。

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