二話 流出した技術
リュゼ。
トレランシア西方に位置する隣国の名である。
しかし友好的なオネットとの関係とは違い、トレランシアと長く戦争状態にあったためその関係は険悪。
周辺諸国との間に国家連合が発足された近代になってからも、大きな戦争にこそ至っていないが幾度かトレランシアとは小競り合いを起こしている。
過去の遺恨からかトレランシアともめる事は今でもあり、その度に連合からの調停が入って解決するという事がままあるらしい。
「ご機嫌麗しゅう、第二王子殿下」
そのリュゼの外交官は、アスティへ恭しく礼をした。
「そちらこそ、変わらぬようで。サクレ・クアド殿」
不機嫌そうな口調をそのままに、アスティは外交官をサクレと呼んだ。
「それより、面白い話をなさっていましたな。今回の会議の議題について。私も興味がありますな」
サクレ外交官は、背後に控える女性の事を紹介せずに話し始めた。
彼にとって、殊更紹介する必要がない事なのだろう。
「陛下はサプライズがお好きな方です。その時の楽しみに取っておられるのでしょう。……それに、他ならぬあなたにはもうわかっておられるのではないですか?」
サクレ外交官を半ば睨みつけ、アスティは言った。
「何の事でしょう?」
サクレ外交官は、とぼけるように訊ね返した。
「……」
アスティは答えなかった。
「はっは」
サクレ外交官は小さく笑う。
「ああ、そうだ。面白い物をお見せしましょうか」
ふと思いついたように言うと、サクレ外交官は腰に提げていた何かを右手で取り出した。
取り出したのは、リボルバー式の拳銃だった。
これがどうしたのだろう?
「それは……っ!」
それを目にしたアスティが、表情を険しくする。
「我が国で開発された、新型の拳銃ですよ」
サクレ外交官は『我が国』という部分を殊更に強調し、答えた。
新型か。
「大丈夫です。弾は入り口の守衛に取り上げられましたので、入っておりません」
まぁ、そりゃそうか。
剣の一本までは許されているようだけど、さすがに飛び道具までは許容できないのだろう。
「本当は銃そのものを取り上げられそうになりましたが、どうしてもこれを皆様にお見せしたかったものですから銃弾だけを預けてきました」
そうまでして、この銃を見せたかった?
どうして?
「今までの主流だったボルトアクションやフリントロックとは違う。連射機構を持った斬新な拳銃です」
そういえば、憲兵が腰にフリントロックピストルを提げている所は見た事があるけれど、リボルバーを持っている所は見た事がなかった。
まだ、開発されていない技術だったからなのだろう。
サクレ外交官はなおも説明を続ける。
「引き金を引く度に、この特殊な形をした弾倉が回転して次弾を装填するようになっていまして――」
「そんな事はわかっている!」
不意に、アスティは声を荒らげた。
そこには、隠し切れない怒りがあった。
「元々は、我が国の技術なのだからな!」
この国の技術?
なら、何故他国の外交官がそれを持っているのだろう?
……ああ、そういう事か。
さっき言っていた、流出した技術とはこれの事なんだ。
そう思っていると、サクレ外交官は嫌味ったらしい笑みを浮かべてアスティへ言葉を返す。
「この国の技術? なら何故、我が国にこの銃があって、この国にこの銃がないのでしょうね?」
「それは……」
サクレ外交官の言葉に、アスティは口籠る。
「言いがかりは止していただきたいものですな」
笑みを消さず、それでいて非難めいた色を声に含ませてサクレ外交官は抗議する。
「言いがかりだと!」
アスティはサクレ外交官へ詰め寄ろうとする。
が、その行く手を褐色の肌をした女性が遮った。
サクレ外交官を庇うように立ち、アスティを睨みつけて牽制する。
この行動といい、軍服といい、この人はサクレ外交官の護衛という立場なのかもしれない。
アスティも負けじと女性を睨み返す。
両者共に、敵意があった。
それは見守る私ですらも明確に感じ取れる程の強い物で……。
互いに譲らない両者は、今にも殴り合いでも始めそうな雰囲気を纏っていた。
それを止めたのは、サクレ外交官だった。
「止せ。シヤン」
その言葉で、シヤンと呼ばれた女性は一歩退いた。
「失礼した。彼女は忠犬と称される程に忠義心が厚いのです。私を守るためなら、その身を躊躇わずに投げ出す。その頬の傷も、私を守るためについた物なのですよ。そして誰が相手であろうと牙を剥く。お気をつけください。あなたも例外ではない」
笑みを浮かべて答えるサクレに対し、アスティもまた一歩退く。
睨み据える目をそのままに、一つ息を吐いた。
「……言いがかりかどうか。それは、明日はっきりする事だ」
そしてそう答えた。
「シャルル殿。私達はこれで失礼する」
「はい。わかりました。ごきげんよう」
アスティはシャルル様と言葉を交わし、私へ目を向ける。
「行こう。アリシャ」
「ええ」
足早にその場から離れようとするアスティ。
それに追いつく事が難しくて、小走りでその背を追う私。
私が見る彼の背中からは、隠しきれない怒りが見える。
彼が歩みを緩め、私はようやく彼の隣を歩む事ができるようになった。
かと思えば、彼は立ち止まる。
「……流出した技術ってあれの事なんですか?」
「……そうだ」
私が問うと、間を空けてアスティは答えた。
表情は渋く、声は低かった。
多分、その技術というのは、前の事件に関係した物だろう。
前の事件で、ある貴族の保有している金塊が見つかった。
金塊は輸入品に紛れて隠されていた物で、それを持っていた貴族が何らかの取引を隣国と行っていたという証拠になった。
その貴族が、金塊と交換で与えた物こそが回転式弾倉の技術情報だったのだろう。
そしてその事をアスティはとても苦々しく思っている。
悔しくて仕方がない様子だった。
確かに、自分の手柄を取られるというのはとても腹の立つ事だ。
「あの回転式弾倉は――」
「僕が考え、創り出した物です」
アスティの言葉を遮り、そう答える声があった。
そちらを見ると、そこには切り揃えられた青髪おかっぱ頭の青年が立っていた。
メガネのレンズ越しに私達を見る彼は、神経質そうな表情でこちらへ近づいてきていた。
「テクニカ」
「どうも、殿下。ご機嫌麗しゅう」
明らかに機嫌を損ねているアスティに対して、彼は言う。
社交辞令として義務的に言っているからだろう。
その口調も表情同様に神経質そうな早口だ。
相手に対する敬意の一切が感じられない。
私は彼に見覚えがあった。
というより、よく知っている。
彼はゲームの攻略対象の一人だからだ。
名前はテクニカ・フォルシュング。
ゲーム中での攻略は最高難易度を誇るという厄介なキャラクターとして有名だ。
学年は一年生でちょっと生意気な下級生属性。
技術者として、学生ながら国営の研究機関に研究者として在籍している。
……思えば、学生ながら頭角を現す人物が多いな、このゲーム。
超学園級の人物と言った所か。
ゲームにおける彼は研究以外の事に興味がなく、だから主人公に興味を持つまでが大変なのだ。
多分、ゲームに限らずこの世界においても間違いなくそうなのだろう。
そんな彼がアスティからちらりと視線を動かし、私と目が合った。
「初めまして。アリシャ・プローヴァと申します」
挨拶する。
「そうですか」
返された言葉はそれだけだった。
お返しの自己紹介なんてなかった。
流石は最高難易度の攻略対象である。
興味のない物にはとことん興味がないようだ。
「それより殿下」
『それより』で片付けられる私。
「僕は悔しいんです! 僕が創り出した最高の発明が、他国の誰とも知れない凡人の作となる事か!」
「それはわかっている。俺も悔しさでいっぱいだ。陛下もそれを理解している。今回の会議も、それを議題とする予定で開かれたのだ」
ああ、それが今回の会議の議題だったのか。
「お前には、その会議で開発者として証言してもらうつもりだ」
「ええ。聞いています。僕の開発した機構が如何に画期的であり、そしてリュゼのような時代遅れの国には決して思いつけぬ先進的な物である事を証明して見せましょう」
なるほど。
状況がわかってきた。
前の事件で、ある人物が他国と裏取引をしている事が発覚した。
そして、その取引によって流出したのが、この国で作られた技術。
回転式弾倉だった。
その技術によって、リュゼは銃を完成させた。
それがサクレ外交官の持っていたリボルバー拳銃。
その事について、陛下は国際会議によってリュゼを非難するつもりなのだ。
サクレ外交官が銃を見せびらかしていたのは、これが自分の国の技術だと周知させる目的があったのかもしれない。
あれ?
でも、技術があるのに何故この国はその機構を採用した銃を完成させられなかったのだろう?
サクレ外交官も同じような事を言っていた。
先に技術があったのなら、こちらの方が先に完成させられそうな物なのに……。
不自然な話だ。
「あの、一つ質問が」
私は小さく手を上げてアスティに声をかける。
「何だ?」
「技術を先に開発できたのに、どうして銃を完成させる事ができなかったんですか?」
素直に疑問を口にする。
「ふんっ」
嘲笑うように、テクニカくんが鼻を鳴らした。
「ま、君のような凡人には、この発明の偉大さがわからないだろうけどね。銃の連発化……いや、連射化というのが正しいか。それが如何に難しい事か。あの回転式弾倉が如何に画期的で斬新かという事も」
ふっ、と嫌味っぽく鼻で笑う。
その態度にちょっとカチンと来た。
「そんな事訊いてませんよ。結局、完成させられなかったんでしょう? 何で完成させられなかったんですか?」
やや口調を強くして、詰問するように訊ねる。
「言ったってわからないさ。君のような凡人には」
いちいち癪に障るなぁ……。
それをデレさせた時の破壊力が強いから人気キャラなんだけどね。
そんな私達の様子に呆れたのか、アスティはため息を吐く。
説明してくれる。
「実は一度作っている。だが、失敗作だったんだ」
「失敗作?」
私はテクニカくんからの説明をあきらめ、アスティに訊ね返した。
「回転式弾倉を搭載した旋条銃を作ったんだが、それが上手くいかなかった」
そういえば、リボルバー式のライフルという物は前世でも聞いた事がない。
連発式のライフルといえば、オートマチックが主流だ。
「どう、失敗だったんですか?」
「銃弾を発射する際に発生する燃焼ガスが強すぎたんだ。回転式弾倉を組み込んだ銃は、回転するという構造上、銃身と弾倉の間に隙間が出来る。この隙間から、燃焼ガスが射手へと噴出するんだ」
そのガスが強力すぎて、射手にも被害が出てしまうという事か。
「回転式弾倉って、ボルトアクションよりも良い物なんですか?」
正直、リボルバーという物は西部劇などのイメージが強くて、そこまで先進的に思えない。
むしろ、今正式に使われているボルトアクションの方がよっぽど先進的で強い気がする。
「マガジン式のボルトアクションに比べて、装弾数そのものは少なくなってしまうんだが。回転式弾倉はボルトハンドルを引く手間がないから連射性能では優れていた。引き金を引くだけで連射できる。手数を増やせるというのは、銃撃戦において有利な事だよ」
そんなもんなのか。
「しかし! 忌々しい事に、リュゼは拳銃に機構を採用する事でその点を解決した。小口径の銃弾なら、燃焼ガスは射手へ影響するほどでもないからな! 忌々しい事にっ!」
二回も言うという事は、彼にとってよっぽど忌々しい事だったのだろう。
「旋条銃はこの国の発明品だ。それがあるからか、そればかりを重視してきた。拳銃に至ってはフリントロック式以上の進化はなく、それでも事足りていた。だから、発想がその方向に向かなかった事は致し方ない」
アスティが言う。
「でも、それってやっぱり旋条銃が必要とされているから、そうなったんですよね? 拳銃の連発化ぐらいなら、それほど脅威にならないのでは?」
最初に作ろうとしたのが旋条銃であったように、国として必要とされているのは武力と成りえる物だ。
拳銃では、射程距離も威力も心許無い。
リュゼの戦力増強を懸念しているのなら、あの拳銃の発明程度は大事にならない気がする。
「特許の問題がある。発明品に対しては、連合に申請して特許を得る事ができる。そして同じ機構の物を作るには、特許を持つ者の許可を得る必要が出てくる。今後、回転式弾倉を採用した旋条銃を完成させたとしても、その製造許可をリュゼに求めねばならなくなる」
アスティが説明してくれる。
つまり、この場合は開発した事になっているリュゼから許可を得ないと、回転式弾倉は作れないという事か。
「特許……。特許。特許! そう特許がある! 何故そんな物がある! 僕の考えた発明品だというのに、何故他国の人間から許可を得て作らなければならないのか! それも忌々しい!」
握り拳を作り、テクニカは身を震わせる。
今のテクニカくんみたいに、自分の発明品を勝手に使われないように特許があるのだろうけれどね。
そんな様子にアスティは溜息を吐いた。
「まだ正式に特許の申請はなされていない。リュゼは今回の会議で特許の出願を行うつもりだった。しかし、その前に父上……陛下が先に会議の開催を各国に提案した」
「特許申請される前に非難して、リュゼの機先を制するつもりなんですね?」
訊ね返すと、アスティは頷いた。
「技術流出の露見がもう少し遅ければ、何の対応もできなかっただろう。だから、今回の事はお前の手柄が大きい」
「私の?」
「あの事件に内包された全てをお前が暴いたからこそ、技術の流出が発覚した。お前の手柄だよ」
私の知らない所でそんな大事になっていたとは知らなかった。
と、そこでアスティはため息を吐いた。
「……まぁ本来なら、そもそもこれは問題にならなかったんだがな」
言いながら、アスティはテクニカくんを見た。
「失敗作でも完成品はあったんだ。それで特許の申請もできたというのに」
そう呟くと、睨み返すようにしてテクニカくんはアスティを見た。
「あんなできそこないが完成品ですって? 冗談でしょう? あれを完成品と提出してしまえば、このテクニカ・フォルシュングの名は世界最大の失敗作を生み出した愚者として歴史に名を残す事となるでしょう。それがお解かりにならないとは、些か愚鈍に過ぎますよ。殿下」
この子、誰にでも噛み付くな……。
「それはすまなかったな」
その態度にも慣れた物なのか、アスティはもう一度溜息を吐いて彼の不敬を流した。
アスティは私に向き直る。
「リュゼが技術を盗んだ事。その証拠は十分に用意したつもりだ。しかし、この会議がどう転ぶかはわからない。他国の思惑も絡んでくるからな」
他の国にとっては、事の真相よりも自国に利する結末の方が嬉しいはずだ。
だから、リュゼが特許を得る方が良いと思う国は、リュゼの特許申請を認めるだろう。
きな臭い話だなぁ……。
「もういっその事、特許を必要としない新しい連射機構でも考えたらどうです?」
何気なく私は言う。
テクニカくんが首を巡らせ、私を見た。
「ふん! これだから凡人は困る。言ったはずだぞ?」
小馬鹿にした様子でテクニカくんは言う。
「そう簡単に思いつけるような代物じゃない。
この僕をして一世一代の発明と言わしめる画期的な発明だったんだ。
賭けてもいい。
どんな天才でもこれより百年はこれ以上の連発機構は思いつけないだろう、と。
だからこそ、今後の連射機構は如何にこの回転式弾倉の改良を進めるかという物になっていくのだ。
これ以上の連射機構をなど考えられない」
テクニカくんは早口でまくし立てた。
回転式弾倉以外の連射機構は絶対に開発できない、というんだな。
ふぅん……。
「ボルトアクションのライフルは、燃焼ガスの影響を受けないんですか?」
アスティに訊ねる。
「そうだな。ガスの漏れ出る隙間がないからな」
アスティが答える。
「じゃあ、ボルトアクションを自動化すればいいんじゃないですか?」
「何だって?」
私の発言に、テクニカくんは怪訝な表情で訊ね返した。
「だから、引き金を引く度に自動でボルトハンドルを引ける機構を作ればいいんじゃないかって話です」
ボルトアクションとは、ボルトハンドルを操作して銃弾の装填と排莢を行う機構の事だ。
さっきアスティが言っていたように、一発撃つ毎にハンドルを引かなくてはならない。
それを自動化しろという話だ。
「何を言い出すかと思えば……。そこまで突飛過ぎると凡人を通り越して気狂いだな」
わかってないなぁ。
というふうに、テクニカくんは肩を竦めた。
その様子に構わず、私は続ける。
「どっちにしろ、雷管の後ろを叩いて発射するプロセスは一緒でしょ? なら、ボルトアクションを自動で引けるようになれば連射できるじゃないですか」
「それができれば苦労はない。ボルトハンドルを引くために必要な力は、回転式弾倉を回すために必要な力の比ではない。どこからその力を確保すると?」
「旋条銃の銃弾は燃焼ガスが強いんですよね? じゃあ、そのガスの力でボルトを引けるようにすればいいんじゃないですか?」
詳しい理屈は知らないけれど、確かオートマチック銃の仕組みはそうだったはず。
一発目を手動で装填すれば、発射の際のガスでブローバックし、チャンバーへ次弾が装填される。
私が言うと、テクニカくんは呆気に取られた表情を作る。
その表情のまま俯き、口元に手をやる。
「ガス……? 確かに強い力だ。その行き先を制御するように密閉空間を作れば……」
ぶつぶつと何か呟く彼はやがて顔を上げ、緩やかにしかし確実に目を見開いていく。
「できる……? できるんじゃないか……? まったく新しい連射機構が……」
「できるんですか? 短い百年でしたね」
皮肉っぽく私は告げた。
そんな私へ、テクニカくんは目を向ける。
そして……。
「て、て、て、天才だ!」
そう叫ぶと、彼はその場で腰を抜かして尻餅をついた。
こんなに綺麗に腰を抜かした人間を初めて見た。
かと思えば、彼はすぐに立ち上がって私へ詰め寄る。
私の手を両手で握る。
その動作があまりにも速かったので、咄嗟に反応できなかった。
「結婚してください!」
え、すごい手の平返しだな。
あ、あれ?
最高難易度?
この子こんなにチョロかったっけ……?
葵くんでもここまでチョロくなかったよ。
「これから一緒に、多くの発明をしていきましょう!」
テクニカくんは情熱的にアプローチしてくる。
「お断りします。私は王子の婚約者なので」
断ると、テクニカくんはすぐさまアスティへ向き直った。
「殿下! 彼女を譲ってください」
「断る」
「そんな! 酷い! 言い値で買いますから!」
「他人の婚約者を買い取ろうとする方が酷いと思うが?」
アスティが眉根を寄せて返すと、テクニカくんは私達に背を向けた。
「まぁいいでしょう。諦めませんけれど。今は、彼女から貰ったアイディアをすぐにでも形にしたい。だから帰ります。諦めませんけれど!」
そう言って去ろうとする。
「待て、帰るな。お前には明日の証言を――」
「もう回転式弾倉の事はどうでもいいです」
「こっちはよくない!」
「資料は置いていきます! それに、明日の会議にはまた来るので!」
そう言い残し、今度こそテクニカくんは足早にその場を去っていった。
「……あれは明日になっても来ないな」
元々の付き合いがあるからなのだろうか?
アスティはテクニカくんの行動を察して呟く。
「そうなんですか?」
「アルティスタもそうなんだが……。一度好きな事を始めると、途中で止めるという事を知らないのだ」
ああ。
アルティスタくんはそういう事しそう。
テクニカくんと別れて、しばらくパーティで饗される食事を楽しみながら、アスティと会話をしていた。
時折、アスティが知り合いの貴族や外交官と会話をしては別れ、を繰り返して時間が過ぎていく。
そんな時だった。
「アスティ殿下」
給仕の一人がアスティに声をかけた。
「どうした?」
「言伝を預かっております」
給仕が、アスティの耳元で言葉をささやく。
それを聞くと、アスティの眉間にしわが寄る。
「わかった」
「では」
給仕が離れても、アスティは渋い顔をしていた。
そんな彼が私に向き直る。
「何かありましたか?」
「少し用ができた。悪いが席を外す」
「一緒に行きましょうか?」
「いや、いい。パーティを楽しんでいてほしい」
「そうですか。わかりました」
アスティが私から離れる。
その背中を見送り……。
途中で彼が歩みを止めた。
振り返る。
「花火の時間までには戻ってくる。そうしたら、バルコニーで一緒に花火を見よう」
「ええ。楽しみにしてますよ」
アスティは小さく笑い、踵を返した。
それから、しばらくアスティを待った。
このパーティは有力貴族と外交官だけが招待されている。
基本的に中年や初老の男性が多く、若い人間が少ない。
若年の人間がいたとしても、その中で私のような年頃の人間は一人もいないだろう。
レニスか葵くんがいてくれれば嬉しかったのだが、当然いない。
そうすると、私には必然的に饗される料理を一人で食べるくらいしかできない。
孤独のグルメである。
そうして、美味しそうな物を色々とたべていたのだが、その楽しみも無限には続かない。
そもそも、私の体は小さい。
その体に収まる胃袋だって当然小さい。
アスティとの会話を挟まず、食べる事に集中するとすぐにお腹がいっぱいになってしまい、その暇つぶしもあえなく終わってしまう。
「ふぅ……」
満腹の苦しさを持て余し、私は壁際に備え付けられた椅子へ腰を下ろした。
思ったより、王子の帰りが遅い。
花火の時間はいつだろう?
もうそろそろなのじゃないだろうか?
アスティ。
このままじゃ私、一人で花火を見る事になっちゃうよ?
そんな事を思っていると、視界が翳る。
顔を上げると、そこには気難しい表情の王子様がいた。
レセーシュ王子である。
「貴様も来ていたのか。まぁ、アスティの婚約者なら当然か……」
挨拶もなく、レセーシュ王子は呟く。
私は椅子から立ち上がり、礼をする。
「アスティはどうした?」
「何か用事ができたらしいですよ。殿下こそ、一人ですか? ジェイルは?」
レセーシュ王子はジェイルの事が好きだ。
どこまで本気なのか……はまぁゲームをしているから知っているけれど、少なくともルートによって最終的に結婚するくらいには好きだ。
で、恐らくジェイルは彼のルートに入っている。
だから、今のレセーシュ王子はジェイルの事が好きだろう。
「招待をしたい所だが、そういう集いではないからな。貴様のように婚約者という肩書きもない彼女を呼ぶ事はできない」
「それもそうですね」
「花火を共に見たかったのだがな……」
私は一度、伸びをする。
失礼、と一言断りを入れて、立ち上がる。
「でも花火なら、ジェイルもどこかで見ていると思いますよ。同じものを見られたなら、次に会った時その話ができます。ある意味、一緒に見た事になりません?」
「貴様は、相変わらず詭弁を弄するな。小賢しい」
そんなつもりはないんだけどな。
「しかし、それもまた良いかもしれん」
そう言って、レセーシュ王子は珍しく私へ笑みを向けた。
ボンッ、という音が聞こえてくる。
体を震わせるような、大きな音である。
花火の音だ。
私が大きな窓ガラス越しに外へ目を向けると、花火の光が散り散りに消えていく所だった。
「始まっちゃいましたか」
結局、アスティは間に合わなかったか。
でも、花火はまだ始まったばかりだ。
途中で戻ってくるかもしれない。
それまで、先にバルコニーへ出て待っていよう。
「私は、バルコニーに行きます」
「なら、私も行くとしよう」
そう言って、レセーシュ王子は私から離れていく。
「一緒に行かないんですか?」
「私は貴様が嫌いだ。一緒には行かん」
レセーシュ王子は、相変わらず私への当たりが強いな。
けれど、そう言った王子の表情に嫌悪感は見られない。
皮肉っぽさはあるけれど、むしろ笑顔だ。
「ではな」
「はい」
最後にそう言葉を交わし、レセーシュ王子はその場から離れていった。
「さて、と……」
私も行こう。
さきほどから、ずっと花火の音が鳴り続けている。
パンパン、ボンボン、と空に響き続けている。
早く行かなくちゃ、見ごたえのあるやつを見逃すかもしれない。
そうしてバルコニーへ向かった。
バルコニーにいる人間はそれほど多くない。
この国の貴族がほとんどだ。
他国の外交官達は、それよりもこの国や他国の人間とのやり取りの方を重視しているからだろう。
前世で見たような、凝った仕掛け花火などはなかった。
火花も単色が散るばかりである。
けれど、夜空に開く大輪の花は古くからずっと、その美しさで人を魅了してきた物だ。
人の心に感動を与えてきた物だ。
シンプルであっても、人を惹きつける物である事に変わりはない。
今の私もまた、花火の綺麗さに魅了されている。
花火を見るという体験は、その見目の美しさが全てじゃない。
火薬の臭いや肌を震わせる空気の振動も感じられる。
花火は、五感の全てを楽しませる娯楽なのだろう。
次々に上がる花火には、飽きが来なかった。
良い物だからこそ、長く親しまれる事になる。
研鑽が積まれ、いずれは前世で見たような花火も生み出される事となるのだろう。
あの拳銃だってそうだろう。
あらゆるものが新しくなり、進んでいく。
変わっていくのだ。
この世界は私にとってゲームの中の世界ではあるけれど……。
決して、閉じた世界ではないという事だ。
全てが進み続けている。
それからどれだけ時間が経ったのか。
花火は最後に今まで以上の大輪を夜空へ咲かせ、終わった。
バルコニーの手すりへ背を向け、体を預けるように寄りかかる。
結局、アスティは間に合わなかったか……。
別に、どうしても一緒に見たかったわけじゃないけれど。
少しだけ……。
少しだけだけど、残念だ。
私は手すりから体を離し、大広間へ戻った。
そんな時だった。
一人の守衛が慌てた様子で大広間の扉を開け放った。
勢いよく開け放たれた扉の音が、大広間に響き渡った。
そして響いた音を掻き消すように、守衛は叫んだ。
「大変です! 人が、人が殺されました!」
その叫びに、大広間は静まり返った。
世間話を興じていた貴族達も、情報交換のために談笑していた外交官達も、一斉に会話を中断した。
「正しく報告せよ」
そんな中、玉座の陛下が守衛へ告げる。
それで我に返ったのか、守衛は陛下の前へ走り寄り、跪く。
「はっ! リュゼの外交官、サクレ・クアド様が殺害されました」
殺害……。
ただ死んだ、ではなく、殺害?
なら、殺した人間がいる?
誰が?
「下手人は?」
陛下もその考えに至ったのだろう。
それが誰なのか訊ねる。
「それは……」
しかし問われた守衛は、言葉に詰まった。
「構わぬ。良いから報告せよ」
守衛はぐっと何かを覚悟するように、緊張した面持ちとなった。
そして告げる――
「アスティ・N・トレランシア殿下にあらせられます」
容疑者の名を……。
やたらと銃に詳しいアリシャ。




