十一話 赤頭巾の正体
誤字報告ありがとうございます。
学園の屋上。
私はルーにそこへ呼び出された。
階段を上って屋上へ出ると、ルーは既にそこで待っていた。
彼女は手すりに身を預けて、遠くを見ているようだった。
足音に気付いたのか、彼女は振り返る。
「どうしたの?」
近寄りながら訊ねる。
「一応、報告です」
何の、とは訊かない。
恐らくセルドの件だ。
ただ、葵くんの無実が証明された事はとうに知っている。
彼が登校するようになってもう何日か経っていた。
わざわざ言いに来たという事は、また別の件だろうか?
「司法長官の執務室から出た証拠の中に、気になる物があったんです」
「気になる物?」
少し興味を惹かれ、訊き返す。
「像の中身です」
「え! 何だったの?」
「金塊、ですよ」
金塊?
「像の穴にぴったりと収まる形の金塊が、執務室の金庫から見つかりました。形状から言って、間違いないでしょう」
金塊……。
金塊か……。
それが入っていたと言うのなら、アルティスタくんの証言とも一致する。
そんな物が入っていれば確かに重くもなる。
「どうしてそんな物が木材の中に?」
私は体の向きを変え、顔を俯けた。
思案する。
「……仮説ならあります」
ルーが言い、私は彼女に向き直った。
「恐らく、何らかの取引に使ったのでしょう」
取引?
「表に出したくない裏の取引。報酬や物を何か別の品の中へ隠してやり取りする、というのは後ろ暗い人間がよくやる手です」
そういう事か。
ぬいぐるみの中や服の中、はたまた胃の中などに隠して麻薬を密輸する犯罪者の話などは、前世でも聞いた事がある。
「問題なのは、その取引相手です」
「それにも心当たりが?」
「司法長官は辺境伯の位をいただく貴族。領地は、隣国との国境に面している。その関係で、隣国との輸出入を盛んに行っています」
隣国……。
「もしかして、あの木材はそこから?」
ルーは口を開かず、ただ頷いて応えた。
「シェルシェール氏の像に使われた木材は、どうやら隣国から司法長官の領を経由して輸入された物のようなのです」
「つまりそれって……」
その金塊は、隣国の木材から出てきたという事だ。
それも自然に入っていたものじゃなく、明らかに人の手が入っていた。
「まだ憶測の段階ですが、司法長官は隣国と何らかの裏取引をしたのではないか、と我々は睨んでいます」
つまり、セルドは隣国と何か後ろ暗い取引をしていて、どういうわけか金塊の入った木材がアルティスタくんの手へ渡った。
アルティスタくんは知らずにそれで木像を作った。
そして……。
「彼女に像を盗ませようとしたのも、もしかしてセルド司法長官?」
「まだ証言は得られていませんが、恐らくは……」
手違いで流してしまった木材をセルドは取り戻そうとした。
他人に盗ませるという方法で。
それは失敗したけれど、結果的に例の像はセルドの手元へ渡った。
あとは彼女に、証言を翻させれば自分の存在も隠せる。
そうして自分の事を黙っていれば、便宜を図るとでも言ったのだろう。
そうまでして露呈する事を避けたかった事実。
それは何なのか……。
「この件は今後の調査によって明らかとなるでしょう」
そこまで言うと、ルーは溜息を吐いた。
「しかし、司法局はもうダメかもしれませんね」
ルーは溜息混じりに呟いた。
「え?」
「現職検事の証拠捏造。司法長官の殺人とその隠蔽工作。大きな不祥事が続いています。もはや、この国の司法への信頼は地に落ちたと言ってもいいでしょう」
ルーは落ち込んだ様子で俯いた。
うーん。
それは……どうフォローしていいのかわからない。
でも、ある意味今回の不祥事で、ルーのしでかした事が霞むんじゃないだろうか?
これでうやむやになって検事に返り咲けたり……。
……流石に無理かな。
「ですが」
不意に、ルーは顔を上げた。
その表情に暗さはない。
「手が無いわけではないでしょう」
「どんな手?」
「ある人物を司法局へ迎え入れるのです。一人だけ、いるでしょう? それらの不祥事を払拭できるかもしれない清廉な人物が」
「誰?」
問うと、ルーは私の方に指を突きつけた。
「私!?」
驚いて声を上げると、ルーは突きつけた人差し指をそのままメガネに持っていった。
クイッとメガネを上げてから答える。
「どちらの不祥事も、あなたが暴いたんです。ある意味、あなたは不正と対極にある存在です。そんな人間が司法局に入ってくれれば、イメージアップを図る事ができるでしょう」
「ええっ! 流石に無理だよ!」
「ですが、あなたがいるかいないかで、今後の評判も大きく変わると思いますよ。だから……」
ルーが何を言おうとしているか、もうわかる。
「あなたには、司法局に入っていただきたい」
司法局、か……。
正直、私にはこの世界の法律などほとんどわからない。
多分授業などで習っているはずなのだが、記憶をさらっても一切出てこない。
記憶を取り戻す前の私が、如何に勉強嫌いかがよくわかる。
アスティの事ばかりは無駄によく憶えているんだけどな……。
アスティはフライドチキンを綺麗に骨だけ残して食べるのが得意、なんて知識は何の役に立つんだ。
授業で使うべき記憶容量を削って、アスティに関する記憶だけ拡張保存していたんだろう。
まぁでも……。
将来の事を考えれば、司法局に勤めるのは案外悪くない。
何せ公務員。
アスティとの婚約が解消されれば、家を追い出される可能性が高い。
手に職を付けておくのは悪くない。
「考えさせてください」
まだ踏ん切りはつかないので、とりあえず保留しておく事にした。
「いいお返事をお待ちしていますよ」
ルーはそう答え、微笑んだ。
将来を見据えて、勉強頑張らなくちゃな。
「それにしても、セルドはどうして像を処分しなかったんだろう?」
セルドは被害者殺害の凶器であるナイフを像へ隠したまま、それを処分せずに執務室へ飾り続けていた。
多分、処分する時間はいくらでもあったはずなのに。
でも、どういうわけかそれをしなかった。
それは奇妙な事である。
「憶測でしかありませんが。像の価値に目が眩んだから、ではないでしょうか?」
ルーが答える。
「自分の潔白よりも、像の価値が彼には大事だったという事か……。強欲だなぁ」
放課後。
私は中庭へ向かった。
葵くんに呼び出されたからだ。
今日はよく呼び出される日である。
一人で来て欲しいという話だったので、レニスには先に帰ってもらって一人で赴いた。
中庭。
前に葵くんが特訓していた場所へ向かうと、彼は木に寄りかかって俯いていた。
「葵くん」
私が呼び掛けると、葵くんの犬耳っ毛がぴょこんと立った。
あの毛、骨でも入ってるのかな?
彼が私の方に駆け寄ってくる。
そして、頭を下げた。
「あの、改めてありがとうございます。助けてくださって……」
ヒノモト語で礼を言う。
「いいよ。別に。お礼なんて」
たまたま彼を助けられる人間が私だけで、助けたいと思ったから尽力しただけだ。
それに、赤頭巾からの脅迫もあったので、純粋な動機で助けたとも言い難い。
「正直、この国でこんなに良くしてくれる人と出会えるなんて思いませんでした。皆さん、良くしてくれているのですが、僕を見る目にはどこか好奇が滲んでいて……」
ヒノモトの人間である葵くんは、確かにこの国では珍しいだろう。
というか、何かどこかで聞いた事のある台詞だな。
どこで聞いたんだっけ?
「あの、それで、僕……。アリシャさんに、言いたい事が……」
緊張した面持ちで、彼は言い難そうに言葉を搾り出す。
顔が紅潮している。
彼は一度言葉をためる。
いや、言い淀んでいるのかもしれない。
一度結ばれた口が、再び開かれる。
「あの……僕は、あなたの事をお慕い申し上げております……。僕と結婚してください」
彼ははにかみ、恥ずかしそうに私へ告げた。
その告白が唐突過ぎて、私の思考が数瞬停止した。
ん?
んん?
あっ……。
思い出した。
今さっきの一連の流れ、ゲームであったわ。
告白イベントのくだりだ。
……ああ、いろいろ思い出してきたぞ。
そういえば、主人公が葵くんと知り合うきっかけも手裏剣拾ったからだったっけ。
で、いろいろと文化の違いで困っている所を助けている内に、好感度が上がって告白してくるんだ。
あー、そういう事ね。
全部理解したわ。
私がそのイベントを起こしたからか……。
本当はいくつかのイベントを積み重ねる所を、今回の事で一気に好感度が上がった、と……。
まぁ、訴えられるなんて大事、ゲームでは起こらなかったからね。
あーなるほど。
なるほどねぇ……。
「ごめんなさい」
私は深々と頭を下げてお断りした。
「はうあっ!」
葵くんは奇妙な悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
そのまま動かなくなる。
葵くんが死んだ!
「葵くん!」
私は彼に駆け寄り、声をかけた。
すると、うっすらと彼の目が開き、言葉をかけてくる。
「大丈夫です……。ただの忍法狸騙しの術ですから……」
「そうなんだ。これが……」
結局死んだフリなんだね。
……普通に騙されかけた私は狸と同等だと?
「でも、今は騙されてください。僕、恥ずかしくてアリシャさんと顔を合わせられない……」
葵くんは両手で顔を多い、いやいやというように体を揺すった。
少女漫画に出てくる乙女みたいな仕草だ。
「うん……」
私は答え、けれどその場から離れなかった。
彼の側にしゃがみ込む。
お断りするなら、やっぱりその理由も言っておこうと思ったのだ。
「別に、葵くんの事が嫌いなわけじゃないんだけどね」
「じゃあ、どうして?」
葵くんが顔を隠していた手を離し、訊ねてくる。
「私、これでも婚約者いるから」
少なくとも今はまだ、アスティとは婚約者の関係だ。
破棄される可能性はあるが。
「……それだけ?」
葵くんは訊き返す。
「うん」
「……嘘ですよ」
思いがけず、葵くんはそんな言葉を返した。
「どうして?」
「だって……」
葵くんは私の問いに答えようとする。
けれど途中で言葉を止めて、起き上がった。
「僕の言葉に、アリシャさんは心を揺さぶられていないから」
詩的な言い回しだ。
「そう? ちょっとはドキッとしたよ」
顔の良い男子に告白されて心の揺れない乙女はいないでしょう。
「ちょっとだけ、でしょう?」
まぁ、そうかもしれない。
「それじゃあ、僕はこれで。帰って布団に篭りたいので」
「ごめんね」
「謝らないでください……」
葵くんは切ない表情で言った。
困るな。
こういう時に、どう言ってあげるべきなのかわからない。
ふと、葵くんはその切ない表情を消す。
再び私へ向き直った。
「改めて、ありがとうございました」
そう言って、葵くんはもう一度深々と頭を下げた。
「うん。また明日」
「はい。また明日」
私が笑いかけると、葵くんも可愛らしい微笑を返してくれる。
そして、その場から去って行った。
「おい」
どこからか、声がかかる。
声のした方を見ると、アスティがこちらに向かってきている所だった。
「王子。どうしてここに?」
「お前を探しに来た」
そう言って、アスティは柔らかく笑った。
機嫌が良いのだろうか。
こんな穏やかな表情、久し振りに見た。
「帰ろう。送っていく」
「はい。お願いします。……王子、何か機嫌良いです?」
「そうでもない。いつも通りだ」
そう答えた王子は、やっぱりどこか機嫌が良さそうだ。
こんな笑顔、今まで見た事ないよ。
前にも同じようにここへ迎えに来てくれたけれど、あの時の不機嫌さと比べてえらい違いだ。
「本当にぃ?」
「本当だ」
何度か訊ねてみたけれど、王子ははぐらかすばかりで答えてくれなかった。
翌日の学園。
休み時間。
廊下を一人歩いていた時の事。
「お待ちください」
不意に、後ろから呼び止められた。
振り返ろうとする。
「死にたくなければ、そのままで……」
そう言われて、背後にいる人物が誰なのか察する。
赤頭巾。
「途中から拝見させていただきましたが、あなたの弁護は見事でしたね。なんというのか、虚実を上手く使いこなすような立ち回りには感心致しました。武術に通じる所があります」
「それはありがとう」
「いえ、お礼はこちらが言いたいくらいです。弟子を助けてくださって、ありがとうございました」
「こちらこそ。あの像が無ければ負けていたから。……どうして、あれを届けてくれたの? 元々中身を知っていたの?」
中身を知っていなければ、あれが証拠になるとはわからない。
届けようなんて思わないはずだ。
「私があれの中身を知ったのは、あなたが法廷で活躍していた頃ですよ。何せ、夜の司法局は警備が厳重で。しかもあの司法長官殿は、昼間の間執務室をほとんど出ない方ですからね。法廷に立っている時にしか、調べる事ができなかった」
「じゃあ、その時に執務室へ進入してあれを見つけた?」
「ええ」
裁判が行なわれている間に、よく見つけられた物だ。
……見つかってよかった。
あれがなければ、間違いなく負けていた事だろうから。
「彼女。レイ・アングラークは、私の協力者でした」
「協力者?」
「セルド・アバリシアには疑わしい部分があり、私はそれを調べていた。そんな時、一人の女性が彼の事を調べている事に気付いたのです」
「それが、レイ・アングラーク」
「はい。なので、こちらから接触を図り、協力する事にしました。その渡りとして、葵を使っていたのですが。こんな事になってしまいましてね」
だから、葵くんは彼女と知り合いだったのか。
「あの夜は決定的な証拠を見つけたと彼女から連絡があったのです。ですが、恐らくセルドはそんな彼女の動きに気付いて、口を封じたのでしょう」
そう語る赤頭巾の声は、少しだけ沈んでいた。
彼女を助けられなかった事を悔いているのかもしれない。
「それより。あなたは、私との約束を守ってくれた。なので、私も約束を守りますよ」
「じゃあ、アスティは……」
「勿論。あなたが私の名を口にした事は不問に致します」
そう言われて、私はホッとした。
「ただし、あなたが私の正体を知るような事があれば、その限りではありません」
「え……それは、どういう」
訊ねるが、赤頭巾は意に介さず続ける。
「あなたは知り得る立場の人間ではありませんから。……まぁ、あなたが王族になる可能性もありますが……。それを思えば、すぐに始末するのも早計ですね。ふふ」
え?
どういう事だってばよ?
その言葉を最後に、気配が遠ざかる。
私はそこで振り返りそうになり、そこで踏み止まった。
振り返れば、その正体を知る事になるかもしれない。
少しして……。
肩を掴まれた。
今度こそ振り返る。
するとそこには、レニスがいた。
その姿を見て、ホッとする。
日常に帰ってきた、そんな気がした。
「レニス……」
「迎え……来た……」
レニスは言う。
「待たせちゃったね。ありがとう」
レニスは首を左右に振る。
「お昼、食べに行こうか」
「……うん」
レニスは頷いた。
食堂へ向けて歩き出す。
「ねぇ……」
すると、彼女が声をかけてきた。
今日の彼女はよく喋る。
いつもなら、ほとんど無言なのに。
それでも言葉にしたのは、前に私が言った事を気にしてなのかもしれない。
「何?」
「学園長と……何の話……してたの?」
「学園長?」
訊き返すと、レニスは頷く。
「さっき……アリシャの後ろ……立ってた」
え……?
まさか……。
「本当?」
「……うん」
私の後ろに学園長が立っていた。
つまりそれは、リヒター学園長が赤頭巾だという事か……。
そして私は今、その正体を意図せずに知ってしまった。
その正体を知った私はどうなるんだろう……。
始末されてしまうのだろうか?
でもおかしい。
そんなミスをあの忍者がするだろうか。
いや、恐らくわざとだ。
正体をわざとさらした……。
レニスが見ている事に気づいていて、それが私へ伝わるようにしたのだ。
どうして?
彼の最後の言葉が思い起こされる。
あなたが王族になる可能性もありますが……。
王族になる。
つまりそれは、私がアスティの婚約者であるから手は出さないと言う意味だ。
じゃあ、婚約解消されたら私は今度こそ始末される……?
「はぁ……どういうつもりなんだか……」
赤頭巾としては、私にアスティの婚約者でいてもらいたいという事か。
意図はわからないけれど、それが彼にとって都合の良い事なんだろう。
この事、アスティに話しておくべきなのかな?
……まぁいいや。
今は忘れよう。
忘れて御飯食べよう。
お腹空いたままじゃいい考えなんて浮かばないや。
「いっぱい食べるぞ」
私が言うと、レニスは頷いた。
アリシャは死体蹴りをした。
『絶体絶命留学忍者』は今回で終わりです。
そして、次の章でこのシリーズは完結の予定です。
例によって、完成は遅くなると思われます。




